17話ミスト(ガレット)
「ミストは本当に澄んだ、目をしているな」
私がセゥルド様によく話しかけられる言葉だ。
セゥルド王子が、王太子となられてから、リードの采配で王子に付き添って学ぶと決まった。
「リードの弟子だったな。以前会った時にも思ったが、君は爽やかな青年だな」
「お褒めのお言葉を頂き、有難うございます」
「勉強をしたいと聞いたが、何を学ぶつもりだ?」
「私でお役に立てる事でしたら、何でも学びたいと思っています」
「ふーむ。では、共に学ぼう。君が嫌でなければだが」
「はい。是非、有難う御座います」
「これからは学友だからセゥルドと呼捨てでよいぞ」
「そんな…殿下に対して、呼び捨てなんて、もったいないです」
とはいったものの、結局、他の呼び方をすると、まだ学んでいる身の上なのに偉そうにするのはうれしくないと機嫌悪そうにするので暫くは呼捨てにするしかなかった。学ぶと言っても学校に行っていたのではなく教師が来て恐れ多くもセゥルド様の講義を一緒に受けるというものだった。
セゥルド様のお側には常にラスターという騎士が護衛をなさっていた。彼は体ががっちりとしていて、セゥルド様をお守りする事に集中していたが、長く一緒に過ごすうち少しずつ話をするようになった。
いかにリードの紹介とは言っても、セゥルド様の臣下として正式にお勤めする事が決まっていない私に余計な事は言わない人だが、以前、王都外へ逃亡した折にご一緒させて頂いた事もあってか、徐々に気持ちが開けてきたらしく、彼から話かけてくれることが増えていた。
「ミスト、お前は、剣を扱えるか?」
ラスター様は、騎士なので剣術の話題からはなし始めるのが彼らしさと感じた。
「一応は、でもそういうのはどちらかと言えば不得意ですね。貴方が守っていらっしゃる限りセゥルド様に危険はありませんよ。安心してください」
「その気があれば教えようか?」
「そう言って頂けるのは嬉しいです。お願いします。それと…ご迷惑で無ければ、戦略について教えて欲しいんですが」
「そうか、剣術からやってみるか?戦略についてはそのうちゆっくり話そう」
「お願いします」
「殿下がお気に入られたとは言っても呼捨ては納得がいかないが、そのうちセゥルド様の臣下に下るのだろう?」
「いずれ、そうなりますね」
「その時はよろしくな」
ラスターは明るい笑顔を見せた。個人的に付き合ってみると彼はよく食べ、よく笑い、酒も程々に飲む。結構単純な人で、セゥルド様のお人柄に心酔しているらしかった。酔うと私にだけは奥様のお惚気話が多かった。実は奥様はセゥルド様の想い人だったとか。
「だから俺はセゥルド様をお守りするのだ」 と言っていたけど、結局はセゥルド様の寛大さに惚れこんだという事だと思った。誰に対しても面倒見がいいのも彼の素晴らしい所だ。
テュルーナスは、少し年若いけれどとても優秀な魔術師で、彼がラスターの学友だったのも面白い。
テュルーナスに会って直ぐに彼の優しさを感じた。
何かが、私と似通っていて最初から話が合った。魔術に詳しいのもありがたかった。彼とのおしゃべりは尽きない。
心遣いの細やかさ。強い精神力。私としては最も心安らぐ友だ。ただ、体力の面はほんの少し心配な人なので、私もそれとなく彼の体調には気を配った。
「テュルーナス!」
「ああ、ミスト、いらっしゃい、お会いしたいと思ってました。今日はセゥルド様とご一緒じゃないのですか?」
テュルーナスの家に訪ねた私に、とても嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「ええ。あの方も最近はお忙しいから、そうなるとラスターもでしょ?」
「それで私に会いに来たのですね、それでもお会いできて良かったです」
「そんな風に言わなくても、私もお話したかったですよ」
「今、丁度お茶を入れようと思っていたので、ご一緒しましょう」
さりげなく気を使ってくれるテュルーナスの言葉は、とてもありがたい。
「ええ。ぜひ、お菓子でも持って来れば良かったな。すみません気が付かなくて」
「お菓子って、子供じゃないんですから持っ来て下さらなくても大丈夫ですよ。そんな事より、なにかミストの魔術でも見せて、何か助言できるかも」
「うーん。私はですか?テュルーナスから見たらレベルが低くないかな?」
「そんな事は気になさらないで、貴方の魔術は面白いから」
「どうして?」
「ミストは、感性も発想も意外性がいっぱいあるし、私より自由な使い方をするから。飽きないんですよ」
「褒められたみたいだけど、あんまり稚拙で馬鹿にされない様に気をつけないといけませんね」
「馬鹿にする訳は無いでしょ?例えば、私のように学校で魔術を習ったり、研究所で使う魔術ほとんどが攻撃を目的としたものですが、ミストは普段の生活にちょっと便利な使い方をしますよね。独創的ですよね。あなたみたいな方がいると新しい発想が出てくると思うな」
「そうでしたか?」
静かな時間の流れ、笑顔と甘い香りのお茶。まるで両思いの恋人同士のような密かな笑い声。
意志の強さを内に秘める能力の高い魔術師。彼から学ぶ事は多かった。
リードが見出した人材は心が清らかで秀でていた。
ナギも例外でなかった。ナギはこの世界で、たった一人しかいない竜騎士だ。何処からとも無く何体かの竜を引き連れ、戦場に現れて一気に片付けて去ってしまう。
ナギは何処かリードと似ている。戦場で常にリードと繋がりがあるらしく、そのコンビネーションには目を見張った。他人には分からない方法でリードがナギに指示にを送り、それに従ってナギが動くという形だったようだった。めったに、二人同時の活躍などは見られるものでもなかった。彼らの戦場での働きには驚くばかりだった。
ナギの強さはとにかく強烈だった。
リードと違っていたのはナギは人前で明るく話す社交的な性格だという所だった。常に自由で行きたい所へ行き、私の前にも何時でも現れ、明るい屈託の無い姿を見せてくれる。若く強く大胆で奔放なナギ。彼こそが国王だと言えば信じてしまう人もいるかもしれない。事実、髪の色は陛下と同じだから。
私が戦場で少し寂しかったのは、リードとナギの間には特別な関係があって、私には入れない何かがあったという事。いつの間に彼らが仲良くなったのかも知らなかったし何時何処で話し合ったのかも何も知らされず。戦場では三人で会う事もなかった。
二人の目的は明らかに協力し合い戦に勝つ事だったのだろうが、その先はどうしているのか、姿を眩ましたり、いきなり私の前に現れたりするので予想がつかなかった。3人で一緒に暮らしていた時もあったが、ナギとリードは私から見たら、仲が良いのか悪いのかちょっと分かり難い不思議な人間関係だった。
二人は結局、私を守っていたのだろう。その程度の事は私にだってわかった。
年月が経ちセゥルド様は国王になられた。
セゥルド様が陛下になられてからは、この国は多くの国と同盟を結んだが、それでも敵対する国はあり、私は正式な臣下になり、戦略家として働いた。
以前よりこの国に敵対してきたハラドール国との戦いが始まろうとしていた。リードは国外で得た情報を陛下に報告たいと言ってきた。その時は陛下を含めラスター様と王国魔導士テュルーナスが会し、私も末席に居た。
「陛下、今回の戦は少々厄介な事になりそうです」
陛下の前に跪いたリードが珍しく戦を重く語った。この国はどの国からも攻め難い事で知られている。
ナギとリードがいるからだ。彼らは圧倒的に強く如何なる戦でも負ける事は考えられなかったが、今回リードが事態を重く見るのにはそれなりに理由があるらしい。
「リード、偵察苦労だった。ハラドール公国にどういう策があるのだ」
「策というより、裏で人外の者が糸を引いております」
「人外の者とは?」
「はい。強い魔力を持ち、武器による攻撃も出来るかと、彼の者がハラドールとイルブラン王国に同盟を結ばせ連合軍を編成してくると思われます」
「しかし、あの両国の軍では我が国を攻撃して勝てるだけの強さはないと思うが?」
将軍とら成れたラスター殿らしく、他国の軍勢の情報に詳しい意見だ。
「流石、ラスター殿、他国の軍隊にまで詳しいですね。しかし、今回は人外の者が荷担致します故、一筋縄では行かないと思います」
「リードがそこまで言う程、強い魔力の持ち主が関与しているという事なのか」
「はい、陛下、奴は如何なる手をも使って来ましょう。恐らく敵国は強気で来ます。魔導騎士リシュエルの名をも恐れぬ軍となってかかって参りましょう」
「解った。急ぎ作戦を立てよう。ミスト、ラスター、テュルーナス、忙しくなるが頼んだぞ」
「御意」
その戦について書くと長くなるので、あまり多くを書きません。
リードはその戦に全てを投げ打って、力尽きたように見えた。現在は消息を絶っている。
あの戦の後、我が国の強さを恐れたのか、攻撃してくる国も無くなった。
今、私は戦争も無くなったので政治家として働きながら、将来国民の為の学校を作る準備にも忙しい。民の一人一人が知識を身に付けより高い文化を目指す。理想ではあるけれど、それこそがリードの意志を継ぐ事なのだと私は思っている。テュルーナスもラスターも賛成してくれて助力を惜しまないでいてくれる。
セゥルド陛下も国民の財産を守る事、色々な人種の子供がいるこの国では、自国他国問わず、互いの文化を尊重する事を条件付けて金銭的な援助をしてくれる。
視野の広いセゥルド様らしくあらゆる文化を取り入れた王宮。それすらも、セゥルド様には狭い世界であられるのだろう。
その後、大地の巫女様であられるルーニアさまが、人々の怪我や病気を治癒する施設を作られた。もうその頃はリードの存在が無く。彼女はひたすら傷ついた人々の為に尽くす素晴らしい人だ。彼女もリードを知っていたらしいが、その出会いについては語らなかった。戦いが終わった戦地跡で傷ついた人々を癒す彼女の姿を何度も見かけた。あまりに大変そうだったので声をかけたこともあった。
「その病人はちょっと厄介です。お手伝いします」
「わたくしが至らないのです」
「とんでもありません。貴方の様な方が自ら出向いて下さっただけで民がどれだけ力づけられたか。でも、貴女はご自身のお体をもう少し大切になさるべきです。ここは私に任せて休んでください」
「いいえ、まだ。あと10人は癒せます」
高潔で何処までも体力のある女性。女性というのは失礼だ。聖職者なのだから性別は関係ない。
それにしても、このルーニアという巫女は人々に何と献身的なのか。私など足元にも及ばない。多くの人々が彼女の存在に癒され、希望を見いだした。
私の書くべき事は余り無い。皆に世話になりっぱなしというのが私だったから。
時々思い出す。私の大切な人の声。
「ガレット、貴方には戦いは似合いません」
そう、その通りでしたよ。私は貴方に会いたい。もう一度会いたいです。
生きているのかそれとも神々の元へ召されたのか。それぐらい知らせてくれてもいいんじゃないですか?
私はまだまだこれからするべきことが多い。感傷に浸っている暇はまだ無いのでこの辺にして後はテュルーナスに任せる事にします。