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リシュエル1 魔導騎士リシュエル   作者: 五十嵐 綾子
23/26

15話 ナギ

 酒と煙草の臭いが充満している。いつもだけど店の中は騒がしい。この村で2軒しかない酒場の、大きい方の店と言う意味の看板はムライチ。ムライチとかいう名前をつけたって店が少しばかり広いってだけで、木で出来た看板も建物もはっきりぼろくて、表面は少し新しそうにしてあったけど、裏側なんかぼろぼろだ。

 今日は休日の前の日だから店は満員で、俺は皿や酒を両手に目一杯抱えて店内を駆け回っていた。9歳位から父親の借金のせいで働くはめになって1年位経った。仕事はもう慣れたので困る事も全然なかった。今日みたいに忙しい日は暇な時よりも客に長時間絡まれれりしないから、そこは助かるね。

「はいよっ!おまたせ、この料理は精が付くよ!」

「おー?ナギ、今日も元気がいいな」

 客にどうでもいい調子よい挨拶だけして次の料理を取りに行こうとした時だった。

 酒場の入り口に1人の黒いコートを着た男が入ってきた。

 忙しかった俺がその客に気付いたのは酒場の客のヒューっていう口笛と、冷やかしの声が聞こえてきたからだった。俺は全員が注目する方を見た。

 目立つはずだ。どう見ても異国の格好をしてる。黒くて長い見たことがない素材のコートを着て、顔が見えにくいほど深く帽子を被った背の高くない男。俺がその客を男だろうと思ったのは、他所から来てこういう店に平気で入ってくるのは男に決まってるし、小柄で細い感じがしたけど女の体型じゃないし、腰にベルトをしていて細長い刀剣をぶら下げていたからだ。

 珍しい客は直ぐに酔っ払いの男に絡まれた。

「よお、お嬢ちゃん、それともお姫さまかな?」

 下卑た笑いが店中から聞こえる。でも、その男は気にする様子もなく、誰の顔も見ないで答えずに店の中をすたすたと歩いて、立ち塞がる奴はさらりと手で退かした。

 なぜか誰もその小柄な男に手を出せなかった。俺は忙しく皿やコップを配りながら時々チラリと黒いコートを着た客を見た。

 入ってきた珍しい客にからかいがいがないと知るや、全員が他の話題を探してぐちゃぐちゃと話し始めた。

 黒いコートの男は店員に話しかけ、店長が出てきた。暫くは忙しくて見ないで居た。

  

 チャリン!チャラン!チャリン!突然誰もが反応したくなる音が聞こえてきた。

 全員がカウンターの横の丸テーブルを見る。銀貨だ。5枚?いや、10枚か?

 黒いコート男の手の中にある袋から惜しげ無く銀貨が掴み出される。無論銀貨を掴みだしているのも黒いコートの男本人だ。

  店中のだれもかれもが静かになって珍客を見た、みんなが黙って見守る中、店長のじじ臭いしゃがれ声が響く。

「あの子はよく働くしね」

 チャリン。銀貨がもう一枚テーブルの上に落とされる。

「人気もあるんですわ」

 次は、金貨が一枚

「気も効くんですよ」

 金貨がまた一枚。黒いコートの男は店長がその金額じゃぁ、ダメだと言う意味合いの事を言うたびに銀貨とか金貨を増やした。

 黒いコートの男はきっと気に入った女でも居るんだろうけど、店のオヤジはその誰かを褒めると金貨の枚数が増えるからどんどん褒める。

 それにしても金の無駄遣いだ。こんな安酒場で金貨なんて馬鹿みたい。

 そうやっていくうちに腹を立てたのか、黒い上着の男が袋の口を大きく開いて、金貨を一掴み机の上に乗せた。店長は大喜びで商談は成立したらしい。

 その男が俺の方に向き、袋から金貨や銀貨をぽとぽと落としながら近づいてくる。

「え?」

 俺は黒いコートの男がどういう理由でそんな大金を積む程、俺を気に入ったのかと驚いていた。

 黒い男の後ろでは、金貨や銀貨を拾おうとする人がお互いに重なり合っていく。

 もう、誰も黒い男の事なんか構わなかった。

 俺は近づいてきた男の肩に抱えられた。男は店の扉を開ける前に袋の中身をもう一掴みはぶちまけたので、店は今にも壊れそうなほどの騒ぎで店から出てくる奴は誰も居なかった。しかも、なぜか店に入ってくる人も居ない。

 外に出ると俺は男に高く掲げられ馬に乗せられた。鞍の手前にちょこんと座らされ、後ろに黒い上着の男が乗った。

 こんな所に見張りもつけないで、よく馬が盗まれなかったと思った。直後、間髪を入れず馬が走り出す。馬なんて乗ったことも無かったから手近にあった(たてがみ)を掴んだ。暫く経つと慣れてきたので馬の動きに合わせて体を任せた。

 村から出てちょっと経った所で馬の歩きが少し緩やかになった。後ろに居る男に話しかけた。

「ちょっと、どういうつもりだよ?」

「お前を買った」

「で、俺をどうする気」

「育てる」

「あんた馬鹿じゃないのか?俺のオヤジはいくらでも借金つくるし、あんた、払えるのかよ?」

「かまう事は無い。そういう者は誰か頼る相手がいれば何処までも頼る。お前はその父親に未練があるか?」

「あるとか無いとかじゃないだろ。他に生きようが無いんだから」

「遠くへ行けば思いは断ち切れるか?」

「…そんなの先にならなきゃ解んないだろ?」

「出世して父親を助ける事もできる様にも成れるかも知れない。父親の心がけが変わればだがな」

「意味がわかんないぞ。あんた何者だよ?育てるって何のためだよ?」

 そんな俺の質問に答える気がないのか、男はだまっていた。

 山に入り川に近い所で馬が止まった。男が馬を降りて俺を地面に下してくれた。男は馬の鞍とか何かを全部外して馬を逃がしてしまった。もったいないって言いたかったけど、今は何も言わない方が良さそうだった。


 焚き火の側に座っている若そうな緑色の服を着た男が立ち上がって黒い上着の男の方へ向かって歩いてきた。この人達はどうやら、ここで寝泊まりしているらしい。旅の異国人という事だろう。さっき金貨を出していたんだから金が無いって事も無さそうだけど宿を取らないでいるのは、なにか訳があるのかも知れない。

「何処に行ってたんですか!リード…」

 歩き出した黒い上着の男がちょっと俺の方を振り返った。もう1人の男が俺が居る事に気が付いたらしい。

「えー?ちょっとお、どこから子供なんか連れてきたんですか?」

 なんかって言われたってなあ、俺だって半ば強引に連れてこられたんだし事情がよくわからないのに。

 黒い男が緑色の服を着た青年に耳打ちしている。どう見ても緑色のほうが背が高い。黒い方は火の側へ行った。緑色が近づいてくる。

「あー、ええっと、こんばんは」

 緑色の服の男を見上げた。金色の髪に薄緑の瞳。なんか人の良さそうな奴だ。

「私は、その…名前はミスト?かな?」

 ?自分の名前で悩むって無いと思うけど、変な人。

「君は?なんていうの?名前」

「ナギ。あいつ…だれ?」

 黒い上着の男が火の側で帽子を取った。黒く長い髪。女みたいに綺麗な顔。

「あー、うんとね」

「あいつに連れてこられたんだ」

「あの人はちょっと変わり者っていうか、難しい人だから気にしなくていいよ。君、お父さんとかお母さんとかいる?家で心配してない?」

「ああ、飲んだくれの博打好きの馬鹿オヤジがいるけど、だから何?」

 ミストという金色の髪の男は少しホッとした顔をした。

「帰った方がいいのかな?」

「さあ」

「どうして連れて来られたかわかる?」

「金で買われたんだろ?」

「え?うそ!ちょっと、リード!あっ、どっか行った」

「向うの木の後ろに隠れたよ」

「はー。もう。で?名前なんだっけ?」

「ナギ」

「ナギ、宜しくね。なにか飲み物を持ってくるからちょっと待っててね」

 金色の髪の奴は忙しそうにうろうろして、お茶を持ってきた。

「どう?かな。これ、飲みにくい?」

 金色の髪のミストと名乗った若い男は心配そうに俺に聞いた。

「お茶?」

「そんなところだけど、お酒は入ってないよ。火の側に座ろうか?」

「いいけど、俺、どうなる訳?」

「大丈夫。心配しなくていいよ。君が家に帰りたいなら返すし、一緒に来てくれるなら、ちゃんと考えるから」

「俺、真面目に働くし。嘘とかもつかないし、えっと、それで食べて行かれる?俺を悪い奴に売ったりしない?」

 俺は自分が買われたから帰れないのかと思っていたが、そうでもないらしかった。でも、一応、聞きたい事は聞いてみた。

「うん。子供らしい質問だね。俺はね、親が居なかったけどあの人に拾われてこの通り元気に育ったよ。だから心配しないで。取り敢えず体が冷えると良くないから、火の側においで、火の側の方が安全だし」

 へぇ、この人いいひとっぽい。いざとなったら逃げればいいし。なんとかなりそう。

 俺は焚き火の側に腰を掛けた。

 ミストはさっき隠れた黒いコートの男のいる木の方に向かって言った。

「そこに居るのは分ってるから、いい加減出てきたら?お茶、入れましたから」

 木の陰からさっきの男が出て来て火から少し離れた所に座って足を組んだ。

「はい、リード、お茶。ナギくんは?美味しい?」

 ミストは黒い髪の男にお茶を渡してから俺に聞いてきた。

「うん、でも酔っ払っちゃいそうな味がする」

「ごめん。急だったから子供向けの味に出来なくて。お酒は入ってないから安心して」

「俺、あんた達と一緒に居る場合はどういう仕事したらいいのかな?」

「それは後でにして、もう夜も遅いから、今日は何か消化に良いものを食べて寝ようね」

 なんか、変なの。だって、見たこともない子供に食事を与えるのもどうなんだよ?そう思ったけど、ミストっていう人は俺に肉とか野菜とかが混ざった料理をだしてくれて、ひとつまみ食べたら凄く美味かったかったから気に入って食べた。俺が食べている間ミストって人が俺を連れて来たリードっていう名前の黒髪の男と話している

「あなたっ、ちょっと無責任でしょ。どうするんですか?それにお金、散財して。旅はこれからなんでしょ?」

 ミストはちょっとふてくされたようにリードって名前の黒髪の男に言っている。俺に話しかけてるんじゃない。黒髪の男から、ああ、みたいな返事が聞こえた。黒髪の男は、どうやらあまり話すのが好きじゃないらしい。

 よく見ると、黒い髪の男は体が細くて、年齢は俺より歳は上だろうけど、ミストと変わらない気がする。

 どっちが偉いんだか分らないけど。よくしゃべる人と黙ってる男だ。


 「あー!美味しかった。」

俺が言うと、すぐに天幕みたいな布の部屋へ入るようにとミストに言われた

「子供は、夜寝ないと、ちゃんと育たないから」

とか言われて天幕の下へ押しやられた感じだった。折りたたみ布団に包って横になった。1年以上も昼間は寝て夜働いていたから、夜にぐっすり寝られるわけが無かった。

 いつの間に寝ていたのか、うっすらしたぼやけた感じの夢かなんかを見たのかもしれない。

 外から声がしてる…気がする

「だから、旅費はどうにかしますから。あの子を育ててください」

「ちょっと、リード、あなたのお世話だって忙しいのに、どうやって」

「わたしはいいです」

「いいって言ったって、お金なんかどうやって稼ぐ気ですか!また危ない事でもしようと思ってません?」

「適当に調達しますから。それよりあの子、お願い」

「だめです」

「そんな事言わないで。そうだ、あなた、そろそろ」

「なんですか!」

「魔術とか、教えてもいいかな…」

「え?ほんと?」

「ええ、あの子を良い子に育ててくれたら」

「それって、すごい遠回りですけど」

「それなりに価値のある子です」

「じゃなくて」

「あの子の髪の色、あの方と同じ色だから」

「まさか、それだけの理由で連れて来たんじゃないでしょうね。他には?」

「酒場の店長が、よく働くし気も利くし人気もあると言っていたし。あとは…元気も良いしとにかく良い事だらけなので」

「それって相手の良いようにお金を差し出したって事ですよね」

「それとあの子はバランス感覚はいいですね。あと、もうひとつ、多分あの子は特別な能力を持っているんじゃないかな…。ミスト、あの子を面倒見ている間は遠慮なく魔術を使ってくれていい。その方があなたも練習になるでしょ?うまくいけば早くに教えられます」

「やります。やらせて下さい」

「というわけでそろそろ寝てください。わたしが火の番をする時間です」

どうやら二人の会話が終わったらしくて、天幕の中に金髪の青年が入ってきた。折りたたみ布団を開けて潜り込んでいるらしい。

 俺は目が覚めたけどじっとしていた。そのうちミストの寝息が聞こえてきた。

 このミストという人はなんか安心する雰囲気の人だ。寝息を聞いているうちに眠ってしまった。


 次の日、朝ミストに起こされて着替えを渡された。焚き火の前で朝食を食べながらリードって人は何処かと辺りを見回したけど、ミストの他には誰も居なかった。

「今日から君の世話をさせてもらうことになったから、よろしくね。私の事は呼び捨てでいいよ。今日は昼間は寝ないで夜寝て。食事も準備するから遠慮なく食べて下さい。あとは、そうだな、2~3日は気楽に過ごしてね。会いたい人がいたら村につれて行ってあげるから心配しないで何でも言ってください」

 背の高い青年はにこやかに言った。

「俺、働く」

「いいから。そうだな、お願いがあるんだけど、いい?」

「なんでも言ってよ。俺、…器用だから」

 器用っていうのは酒場の店長が言ったことを真似しただけだけど。

「んー。じゃあ、まず、言葉かな。それと、一緒に洗濯しようか?」

 なんか、どっちが世話するんだろう?まあいいか、世話してもらって仕事がないのもまずい。

 洗濯を手伝いながら敬語っていうのを教えられた。リードっていう昨日の黒髪の男の前では出来るだけぼくか私って言ったほうがいいとか、うんじゃなくて「はい」とか「です」とか「ます」とか?声にしてみたけど慣れないな。

 それにしても、ミストはよくしゃべる。彼の言葉をよく聞いてればなんとかなるかも。

 多分だけどリードって人の方が偉いんだろうな。


 数日間、ミストの手伝いをしながら休憩も十分にとらせてもらって。食事も沢山食べさせてもらって、夜はぐっすり眠るようになった。その後はミストに連れられて村に行って衣類を買ってもらって、友達に会いに広場へ行った。

 同じ歳頃の知ってる奴らはみんな働きに出ていた。年下の子達が集まって話しかけてくる。

「ナギー」

「ねえねえ、ナギって本当はお金持ちの子供だったって、ほんとのこと?」「ナギぃ、膝すりむいちゃったー」「ちがうよ。ナギはね、悪い奴に連れて行かれるんだって、だれかが言ってたもん」「え?そうなの?」「ばーか、そんなの嘘に決まってるだろ?」「きのう金貨、拾ったって」「酒場で身売りだとかいってたけど」

 あーもう、うるさいなぁ。小さい子たちって騒がしい。大人の騒がしいより可愛いからいいけどな、とにかく声がよく響く。俺は大丈夫だよ。って笑ってやった。それから、年が上の奴らに元気だって伝えるように頼んでおいた。

 帰りの馬上でミストが話しかけてくる。

「ほんとだ、君バランス感覚いいね。君って人気あるんですね」

「仲間の間ではね」

「謙遜しちゃって」

「けんそん?って何?」

「うーん、いい所をついてくるね。なんていうのかな?可愛いって事かな」

「あんた、そっちの趣味ないよな」

「なに?」

「わからないのか?なら、いいよ」

「気になるー!」

「子供好きの…へんな事する人みたいな」

「え?なにそれ?普通は子供って大切にするけど?子供をいじめるような事をするなんて許せませんね」

 やっぱり分らないらしい。この人って育ちがいいんだろうな。


 数日休んだ後からは、細い木の棒でチャンバラをしたり、木登りをしたり、毎日遊んで暮らしてるみたいな生活だった。気が引けたからミストの手伝いを一生懸命にやった。言われた事もきちんと聞いた。

リードっていう人は、食料とか旅費とかの調達に行ってるってミストから聞いた。

 たまに、リードをみかけたけど、向こうは遠くから見ているらしくて、話し掛けられたりもしなかった。ミストは爽やかで優しい人だから一緒にいるのが楽しかった。

 俺はミストを信じて良いと判断した。少し気にかけていたのは俺の親父の事だったけど、俺は今まで親父を憎んだりはした事がなかったけど、俺にとって親父は俺に迷惑をかけても何とも思わない人だった。

俺は、酒ばかり飲んで博打をして俺を働かせて来た父親から離れていいんじゃないかと思った。ミストは、俺を子供とし親切に接してくれて、俺は今までに無かった人の優しさをミストからもらっていた。ミストと居る方が俺にとっては。はつっきり良かったんだ。

 

 何週間かして、明け方話し声が聞こえた

「もう、剣も持たせてますし、馬も乗れるし、順調です」

「そう。ありがとう。明後日には此処を発ちます。支度してください」

「そう思って少しずつ遠出できるようにしてきました、ナギにも手伝って貰ったから、いつでもいいですよ。それと、ナギに確認したら一緒に来たいと言ってくれました」

「いろいろすみません」

 この人たちの会話だと、どっちが偉いのか本当に分らなくなる。

「リード、あなたは?私たちと一緒に行動するの?」

「ええ、まぁ…起きたかな?また後で」

 なんで起き上がったのが分るの?何者なんだろう。俺を育ててどうするつもりなんだろう?そんな事は聞けないまま、旅に出るらしかった。俺はミストを信じた。

 次の山まで馬に乗ってゆっくり移動した。ミストはずっと俺に気を使ってくれた。

山で狩を教えて貰った。ミストには数えきれないほど色々してもらって、なんでも教えて貰った。リードは付かず離れずだったけど、ミストとはいつも連絡をとっているらしかった。

 どうしても気になってミストにリードの事をそれとなく聞いたけど、あまり答えてもらえなかった。



 ある日、昼間に薪とか山菜を探しにミストと出かけた時。ミストが俺の体を制した。

「さがって」

「え?」

「いいから。後ろへ」

 ミストの声が真剣だったので言われた通りにすると、わけのわからない動物が姿を現した。

 なにこれ…。怪獣?見たことも無い生き物だ。。二本足ででかい。いや、ミストと同じくらいか。

「剣を抜いて構えていて。そのまま動かないで」

 ミストが低い声で言った。黙って言われた通りにするしかない。

 後ろから声がした。いつの間に来たのか、リードが立っていた。

「その子にやらせなさい」

「でも、リード、これは普通の生き物じゃない!」

「ガレット!彼にやらせるんです」

 リードが厳しい口調で言うと、ミストは一瞬黙ってから

「…ナギ、私が手伝うから一緒に戦ってくだい」

と言った。


 俺は太刀を構えた。気持ちを落ち着けて生き物を睨んだ。なんでもいい。必ずしとめる。

 生き物の目が俺を捕らえる。向かってきた。動きが遅い。だったら、こっちに分がある。

 思い切って太刀を振り上げながら走った。なんだか声を出してたかもしれない。

 一太刀は浴びせた筈。振り返って生き物の背中を見る。

 尻尾がある。掴もうとする。尻尾の力で吹き飛ばされる。安全な柔らかそうな地面に飛び回転し、向き直って突く。青い返り血。化け物は怒ったらしい。どっかんどっかん足を鳴らす。今だ!突く。だめだ。もっと深く!

 化け物の体に刺さった剣が抜けなくて、足を掛ける。ここで手を放したらおしまいだ。

後方から、槍を渡された。受け取りながらそのまま後ろに飛び距離を置いた。

斜めに振り、偶然敵の足の指を刺した後、「しゃがめ!」と言う声に反応し素直に体を下へ沈めながら次の攻撃をする為に化け物の足から槍を抜いた。俺は槍を抜く時にめいっぱい力を入たせいで後ろに大きく態勢を崩した。その時に強風が背中の方から吹いて、後方から飛躍したリードが俺の目の前に立ち。俺はその瞬間に態勢を立て直した。

 直後、目の前のリードが凄い速さで化け物に切りかかった。俺は化け物の大きな鳴き声を聞いた。次に俺の目に映ったのは、目に怪我をした化け物だ。とどめだ!。倒れそうな勢いの化け物に槍を深く突き立てる。

サーという音を立てて生き物の体が青い塵になっていく。

これで本当に終わったのかどうかよくわからなかった俺は、いつでも攻撃できるように構えながら消えた化け物がいた場所を見つめた。

「お疲れ様。もう大丈夫ですよ」

ミストの優しい声を聞き、気がゆるんだ俺は、少しの間気を失った。 


「うーん、槍はよく解ってないな。でも初めてとは思えない判断力だ。それに、追い風をありがとう。よくやったねミスト」

「っていうか、あなたがもうちょっと魔術でなんとかすると思ったのに」

「あなた、魔術を勉強したがっていたでしょう。習うより慣れろっていうでしょ?実戦で使えて良かったと思いなさい」

 まじゅつ?なんだろう?前に聞いた気がする。

「気が付いたみたいですね」

 目を開くと黒い皮の鎧を着て長い髪を後ろへ束ねたリードが俺からそっと離れた。無表情なリード…。その横でミストが心配そうに覗き込んでいる。

「怪我はないみたいですよ。起き上がれる?」

 ミストが優しく話しかけてきた。

「あっ、うん」

「ゆっくり。痛いところが無いか確認して」

「うん」

 痛いところが無いので起き上がった。

 後姿のリードが歩き出す。

「まって!」

 俺が声をかけ、リードが立ち止まる。

「あの、剣で怪物の目をさして加勢してくれたの助かったよ。ありがと」

 一瞬、リードが笑った気がした。振り向いた綺麗な横顔はいつもと同じ様に表情がない。

「まだまだです」

 そう言ってリードは瞬き。

「頑張って」

 無表情で冷たい声で言うと俺から離れて立ち去っていく。さっき怪物に攻撃した時のリードの動きを思い出した、この人は強い人なんだ。そして俺には厳しい。そんな事を思いながら立ち去っていく後姿を見ていたらミストに遮られた。

「よく出来ました。がんばったね」

 清々しい笑顔、しっかりした明るい緑色の輝く瞳。肩下まである金色の柔らかそうな髪。あなたが居て良かった。


 夕食を食べながらミストがリードのことを話す。

「あの人はね、君の寝顔を見ては、良い顔だって言ってますよ。それと、心配してた。自分は間違ってなかったかって何度も聞かれたし」

「嘘でしょ?」

「今にわかるって。あの人の優しさが」

「絶対優しくない」

「じゃあ、私も優しく無いって事になっちゃうな。だって今の名前、彼が使ってたものだから」

「え?そうなの?なんかあの人には似合わない気がする」

「そんなこと無かったよ。私には凄く優しい笑顔を見せる人だよ」

「信じられない…。あの人の前で俺って言うの止めてみようかな。ぼくにするかな?」

「あ、良い子だ」

「やめるの、やめようかな」

「まあ、その時その時でね」

「あなたっていい加減ですね」

「あはは」

 穏やかに明るい声で笑う、俺はミストの笑顔が好きだ。

 

 翌朝、野菜が入った籠に大きめの卵が乗っていた。俺はミストに

「今日は卵も食べるの?」

 と聞いたが、ミストが戸惑ったみたいに答えた。

「え?卵?どの?あれ…これって、怪獣の…」

「怪獣?」

「昨日の…」

「えー?」

 俺は飛び上がって思わず剣の柄に手を置いた。

「いえ。というより、昨日の怪獣はこの卵の幻影ですね。これって、怪獣じゃなくて、何て言うか、鳥というか、竜の卵だと思うけど。私も初めて見るな」

「食べないの?」

「食べ物じゃないから。君の事を気に入って付いて来たんでしょうね」

 卵が歩き回る訳ないと思ったけど、本とかで勉強してるミストが言うならそうなのかも知れなかった。

「これは、私は触れないから、ナギが持ってみて」

「はぃ」

「そっと」

 手を伸ばした。パカッ!

「あっ」

「生まれちゃったね」

 ちっちゃい。卵は大きいのに小さいのが手の上に乗ってきた

「なにこれ」

 雛を見つめながら、ちょっと可愛いかなと思った。

「雛でしょ?」

 俺の掌の上で禿げた雛がピョッ!と声を上げた。

「こいつ。かわいいかも」

「じゃあその子はナギが育てるといいよ。リードに見せないでね」

「内緒なの?」

「そうだね。あの人は色々うるさいから」

「エサは何を上げればいいのかな」

「多分、虫かお肉でしょうね」

「ふーん」

 試しに干し肉をちぎってよく咬んで与えた。食べるみたいだ。

 その日から懐に雛を入れて歩いた。干し肉とか魚を与えた。雛はよく食べ、どんどん成長して、俺は雛を育てる為にせっせと狩をした。

 数ヶ月後、海に向かった。異国へ行くらしいので俺は生まれ育った場所を離れる覚悟をした。



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