10話 拷問
「リード、すまぬ」
「いえ、後の事はわたしにお任せ下さい」
「ミスト、王子を頼みましたよ」
「はい」
リードは三人が地下道の抜け道への階段を降りるのを見届けると、床に書いた魔術の紋を消し、ラスター王子の私室の椅子にゆったりと腰をかけた。
王子を捕らえる様にと、王の命を受けた兵士達の足音が廊下から聞こえてくる。
ドンドンと扉を叩く音が部屋に響いた。
リードはこれと言って答える事も無く、のんびりと椅子に座っていた。
扉を開けて入って来た兵士達は王子がおらず、誰やら分からない魔術師の服を着た男が何者なのかと訝しんだ。
「貴様、何者だ?王子は何処へ行った!」
隊の責任者らしき兵士が大きな声でリードに問うた。
「おや?いらっしゃい。あなた大きな声ですね。そんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ。わたしは、セゥルド王子の魔術の教師です。見ての通り、王子はお出かけ中と思いますが?何かセゥルド様に御用でも?それにしても随分と粗野な方を使いに来させて、王子に対して失礼ですねえ」
リードの落ち着き払った態度に腹を立てたのか兵士は更に声を大にして言った。
「なんだと?貴様!さては王子を逃がしたな!」
「これはまた、逃がしたとは異なる仰り様、如何にも、王子がお出かけになられるのをお手伝いを致しましたが、なにか問題でも?」
「セゥルド王子にはたった今、イルス王子の毒殺の容疑で、御身を拘束されよとの王の命が下ったばかりだ。貴様知っていて逃がしたのだろう!」
「おや、そうでしたか。それは、存じませんでした。そういう事でしたら、外出のお手伝いは控えたのですがねえ、もう少し早くお知らせ頂ければねぇ。」
リードはのんびりと話して、て王子達が逃げる為の時間を少しでも長く作ろうとした。
「この男は王子の逃亡を手伝ったと見える。捕らえよ」
隊の責任者らしき兵士は王子に逃げられたという自分の責を軽くしたいのだった。
「それから、そこのお前」
隊の責任者である兵士は荒々しく、近くに居た兵士に声を掛けた。
「はい」
「王子が逃げた事を陛下にご報告しろ」
「はっ、かしこまりました」
兵士の報告にグラウダは王宮から抜け出せる全ての道を探索するように命じた。
リードは、全く抵抗をせず、腕に縄を掛けられ牢へと連れて行かれた。
牢に入れられ暫く経つと、牢屋の窓に白い鳥が飛んできてとまり美しい声で囀った。ミストからの知らせである。鳥の体に手紙を付ける等という一般的な方法ではない魔術による伝達方法で、鳥の鳴き声で伝達するという方法だ。魔術を鍛錬していない人間には分からない伝達手段だ。ミストからの知らせは王宮無事脱出したとの内容であった。窓に止まった鳥はリードが指先を小さく動かした瞬間に一枚の羽根となって牢の床にヒラリと落ちた。元々この鳥は一枚の羽根であり、それを手紙として利用する為にミストの魔術で鳥の姿をしていたので、用を終えて証拠として残らないようにリードが元の羽のの姿に戻した。という訳であることは無論、魔術の心得のない者には分からない。
その少し後、牢の門番が扉を開け、リードの腕を縛る紐を持ち、拷問部屋へと引っ張った。
拷問部屋、その部屋には、どことなく血生臭い臭いが漂い、壁には鎖手錠がぶら下がり、壁にも床にも染みが付着してしみこんでいる。部屋に入るだけで気分が悪くなるような雰囲気があった。
拷問長である、黒いローブを着た男が、顎を動かし、二人の拷問係の男が沈黙のまま、リードが着ている魔術師のローブと、ローブの下に着ていたシャツをはぎ取り、両腕を壁にぶら下がっている鎖手錠に嵌めた。
そして、何の質問をする事もなく、拷問長は手にした鞭でリードの体を数度打った。
「っ、痛いですね。流石は王宮に雇われるだけの拷問士、鞭の使い方が優れています」
リードは極めて冷静な声で感想を延べた。
「ふん、誉めてもらって有り難いが、今にそんな口も利けなくなる。さて、お前は、王子を逃亡させた犯人として、王子の行き先きを言うまで拷問するようにと、グラウダ様のご命令だ。早く言ってしまえば楽にしてやるとグラウダ様が温情の言葉まで下さった。鞭などは如何に楽な拷問だったか思い知る前に、さっさと、王子の居所を言うんだな」
まるで、何かにとりつかれ苛々としたかの様子でリードの前を左右に歩きながら、拷問長が言った。
「例え、大地が裂けようとも、わたしは口を割ることはありません」
リードは毅然と答えた。その瞳には鬼気迫るものがあった。
「生意気な、思い知らせてやる!」
拷問部屋に数え切れない程、鞭の音が鳴り響いた。