8話 逃亡~2
前回のあらすじ、セゥルド王子の、腹違いの弟イスル王子が毒殺された。
大臣グラウダの策略により、セゥルド王子に弟イスル王子殺害の嫌疑がかけられた。
セゥルド王子の部屋へ訪れた魔術の教師リードがセゥルド王子を地下道へと逃がした。リードは弟子のミストに王子にお供し逃亡を助けるようにと言った。
セゥルド王子、護衛のラスター、ミストの三人は暗い地下道を急いだが、そこにも追っ手が迫っていた。
松明を持っているであろう追っ手の足音は我々よりも明らかに速く進んで来ている。
私は何とか出来ないものかと思ったが、魔術で大きな明かりを点す等は未だ出来たことがない。
「いたぞー、あっちだー」
追っ手の兵士らしき男の声が響いた。
走り来る追っ手がこちらからも見えてくる。こんな時リードなら、暗闇で戦う事も出来るだろう。魔術で追っ手を一網打尽にできてしまうのだろう。そう思うと、私は自分の不甲斐なさを身にしみて感じていた。
しかし、悩んでいる暇は無かった。
既に剣を抜いたラスター氏が後ろを振り返りながら、王子を前に急ぎ足で進む、しかし、この足下の悪さと暗さでは、追いつかれてしまうのは間違いない。
何人もの追っ手が近づいてくる。
「王子、先へお進み下さい。此所は私が」
ラスターが後ろを向き、しっかりと両の足を踏みしめ構える。
「いや、一人で戦うより共に戦った方が効率が良い」
そう言うと、セゥルド王子も剣を抜いた。
「あの、セゥルド様、わたしに短い方の剣を貸して下さい。私も戦います」
「そうか、ミスト!それは頼もしい、頼むぞ」
「はい」
追っ手が持っている松明のお陰で周囲は明るい。ラスターと私は王子を後ろに剣を構え、飛びかかってくる追っ手と剣を交えた。
私たちは戦っては少し逃げるという方法を繰り返して出口へと向かおうとした。私は、剣で戦うには人数において不利であることから、追手から少しでも離れたら、魔術を使ってより多くの追っ手を倒す事に専念した。それでも、私には一人ずつしか倒せない。次々と現れる追っ手に徐々に不利になって追い詰められて、とうとう、我々は追っ手の兵士達に囲まれる事になった。
その時だった。突然、追っ手の者達が持っている松明が大きく燃え始め、手や体に火が移って、追っ手の兵達が慌て始めた。皆、自分に付いてしまった火を払うのに必死である。
「遅れて申し訳ありません」
「テュルーナス。助かったぞ」
と、王子が嬉しそうに表れた男性に声をかけた。どうやら、王子のお知り合いの方らしい。助っ人を得た私たちは王城の外へと急いだ。
「リードから連絡を受けたので急いで参りました。この先に船があります、急ぎましょう」
こうして、船に乗り、王都の中を通る川を下り、王宮を外から眺めると、騒動など無いかのように静まり、豪奢で優雅なたたずまいに見惚れるばかりだった。
川沿いに下って行き、地図の場所に近い辺りに船を止めた。
「ミスト、この地図の場所は分かるか?」
船を下りて直ぐに王子が口を開いた。
「いえ、私はつい先日まで、人里離れた山暮らしをしておりましたので、王都の地理はよく知りません」
私がそう答えると、地図を覗き込んだラスターがすぐに言った。
「この地図の場所ならわかります。私が先に進むかので着いて来てください」
またもや、私は何も出来ない。恥ずかしい事だ。
ラスター氏は王子の前を歩きながら、王子をお守りする事にも神経を使っている。テュルーナスという私よりも強力な魔術を使える人は黙って王子の後に従い、私はその後ろを歩いた。
暫く歩くと、木造の建物の前で、王子が止まった。
「どうやら、ここの様だが、この建物は何だ?民家ではなさそうだな」
「私が最初に入って、安全を確認して参ります」
私はやっと自分が出来る事をみつけて、少しばかり嬉しく思いながら、知らぬ建物に訪問する緊張を高めた。
扉を叩くと、少女の声が答えた。
「だれ?」
「私は、ミストという者ですが、お願いがあって伺いました」
「ちょっと待ってて」
少女がそう言ってから少し経つと、扉が開いた。そこに立っていたのは顔にそばかすがある青年だ。
「あなたがミスさん?はじめまして。どうぞ中へ入ってください」
どうやら、ミストと名乗る人物が此処へ来る事を青年は知っていたらしい。疑わずに中へ入れてくれた。多分リードの采配なのだろう。
「私一人では無いのですが、構いませんか?」
少年は私の後ろに居る三人の髪の色や服装をチラリと見てから、
「ああ、聞いてる。全員入って」
と答えた。やはり、リードが連絡をしておいてくれたらしい。
「お兄ちゃんたち、こんばんは」
中へ入ると、先程の声の持ち主らしき、幼い少女が挨拶をしてきた。
建物の中は広く、工具や、縫い物をする道具があちこちに置かれていた。
「えっと、そこら辺に座って下さい。汚い椅子しかなくてすみません。さっきあなたから手紙を貰ったから待ってました。俺はバルヌって名前です」
と、私の連れ当たる王子とラスターとテュルーナスに自己紹介をし、幼い少女の方へ向き
「おい、ミルカ椅子をちょっと綺麗に拭いてくれ」
と言った。
「はーい」
と楽しそうに答えた少女は布を持ち、ちょこちょこと可愛らしい動きで急いで椅子を拭いてくれた。私たちが座るとバルヌが私の方に向いて話して来た。
「えっと、俺たちミストさんには凄く感謝してます。あなたが出資してくれて、この職業訓練所を作ってくれたお陰で、俺たちは自分達で稼いでちゃんと食えるようになったし、安心して寝るところも出来た」
「そうですか、それは良かった」
私はリードが彼らの為に何をしてやったのかよく知らない。昔、私は幼かった時に両親を亡くし住む家も無く、食べる事もままならなかった頃、彼らの仲間に拾われ一緒に過ごしていた。その後、私はリードの城で暮らすようになって、彼らがどう暮らしていたのか考えた事も無かったが、リードはこの建物を買い取り、彼らの生活を援助し、彼らが仕事が出来るように技術を身につけさせる為に職人を送りこんだのだろう。
細かい事情を知らぬ私は、あまり多くを語らないように気をつけながら話した。
「今日はお願いがあって、こちらに来ました」
「なんでも言って下さいよ、おれら、ミストさんの為だったら何でもしますよ」
バルヌの話から察するに、どうやら、彼らは支援者のミストとしてのリードに会ったことがないのだろう。私をミストと信じてくれているのはリードが私たちが此処に辿り着く前に、彼らに送った手紙に私たちの外見を詳しく書いていたのだろう。
「すみません、お願いします。所で、私達が此所へ訪れた事は口外しないで欲しいのですが、それもお願い出来ますか?」
「ああ、勿論、今、此所にいるのは俺とミルカだけだから、仲間には黙ってますよ。ミルカ!絶対に言わないよな」
「うん、言わない」
「言ったら、口を縫っちゃうからな」
「言わないってば」
「あの、そこまでしなくても、もし、兵隊に捕まってしまったら、素直に言って下さい。いいですね」
「わかった。ミルカ、お前も分かったな?」
「はい!兵隊につかまっちゃったら、仕方なく言う」
「よし、お前は頭が良い子だ」
「さて、相当身分が高い人を連れているみたいだけど、俺はそれ以上は聞かない。ミストさん、俺に出来る事は何でも言ってくれ」
私は、馬を人数分と干し肉などの食料、王子や、如何にもそれと分かる質の良い服を着ている王子とラスター氏の為に目立たない着る物などを頼み、そのための資金を手持ちの金貨で支払い手数料を後で送る事をバルヌに約束した。支度が整うと王都を発った。