8話 逃亡~1
王都に着き、ガレットという名を改めた私ミストは、王都内に宿を取り、2日程、王宮内の動向を探ると言って出かけたリードを待った。
2日目の昼、リードが宿へ戻り、急ぎ王宮に共に来るようにと私に言った。
「時間がありません。ここからセゥルド王子の部屋へ直接空間移動をしましょう、あなたも魔術を学んだのだから、移動魔術で一緒に来て下さい。あなたの力が必要になります。細かいことは、その都度支持します。協力してください」
「はい、喜んで。ミスト、いえ、リード」
「では、行きましょう」
魔術で一瞬にして王子の部屋へ着いた私たちに気付いたセゥルド王子が振り返った。
「リードか、どうした」
長身で爽やかな青年のセゥルド王子は、私達がいきなり現れた事にも驚かない様子から察するに、今までにもリードはこの方法で何度も王子の部屋へ訪れているらしかった。
王子の隣にいる護衛らしき、精悍な顔立ちのよく鍛え上げられた体躯の男は、突然の来訪者に反射的に刀の柄に手をかけていたが、リードを見ると直ぐに刀から手を離した。
「セゥルド様、ラスター、グラウダ大臣の動向を探って来ました。今すぐに、王宮を出て下さい」
「今すぐとは?何が起こっている」
王子は爽やかでは有るが、王子らしい毅然とした態度でリードに聞いた。
「セゥルド様にイルス様毒殺の嫌疑を掛けようとしている様です。時間がありません。どうか急ぎ、王宮を出られるようにお願い致します」
と答えたリードに、王子は少し暗い顔をしたが、冷静に考えている様子で
「いかにも、グラウダが考えそうな事だが、しかし、今、逃げたのでは自分が犯人だと言っているのと同じではないのか?私が直接父に会って、身の証を立てるほうが良いのではないか?」
と言ったが、リードは状況を詳しく話した。
「いえ、グラウダは既に王子の部屋から、イルス王子を殺したものと同じ毒を手に入れたと申しております。まもなく、王家の兵がこの部屋へあなたを捕らえにやって参りましょう。後の事はわたくしにお任せ下さい」
王子は戸惑いの色を見せ
「しかし、それでは…」
と言ったが、リードは遮った。
「身の証は生きてこそ立てられるものです。いまは、お辛いとは思いますが、今、捕らえられてしまっては、お命も危ういかと存じます。グラウダは邪魔になる者は徹底的に排除する。そういう男です」
「解った、リードを信じよう」
王子が覚悟を決め様子で言うと、リードが私に指示を発した。
「ミスト、あなたには、私とセゥルド様との間の通信の役割をしてもらいます。いいですね」
「わかりました」
「あなたは、取り敢えず王子とラスターと共に此所を出て下さい。そして、王都内のこの地図の場所に、バルヌという青年がいます。その青年にミストが来たと言って下さい」
「バルヌって確か」
「そう、あなたが孤児だった頃同じグループの長の少年だった人です」
「彼らと会っていたのですか?」
「それについては話すと長くなります。商人ミストと名乗れば一夜二夜位は匿ってくれるでしょう。その間に旅の支度をして、支度ができ次第、西の大神殿へ向かって下さい。出来ますか?」
「はい」
「セゥルド様、ラスター殿、この者はわたしの弟子、ミストです。彼にお供をさせて下さい」
「ミスト殿、宜しく頼む」
王子は丁寧に私に頼んでくれ、私は快く引き受けた。
「はい、畏まりました」
私が答えたのを笑顔で受け止めた王子は、すぐにリードに話しかける。
「それで、リード。どうやってここから抜け出す?グラウダがそこまで采配したなら、普通に出かける事は出来ぬだろう」
「はい、セゥルド様その通りですが、この王城には地下を通り城外へ出る事の出来る、抜け道というものが御座います」
「如何にも、抜け道は有るが、それは王座の奥の間にしか戸口がない」
「ご安心を、ただいま、この部屋に出現させます」
そう言うと、リードは部屋の隅に行き、床に星形とその周囲に魔術記号を書き示した。
星形の図の中央に人が一人通れる程の大きさの穴が開き、階段が見えた。
「階段を下りれば地下通路です。この魔術はそう長く持ちません。さあ、お急ぎ下さい」
「リード、すまぬ」
「いえ、あとはわたしにお任せ下さい。王子のご無事をお祈りしております」
王子が階段を下り始めた。その後ろから、ラスターが長剣を腰から外し手に持ち階段を下りる。
「ミスト、王子をお願いしましたよ」
「はい」
私は薄暗い階段を下った。
私達が下る地下道への階段は暗く、どうやら結構長いらしい。私は先行きが明るく見えるように、両手の中に小さな明かりを点す魔術を使った。地下へ着くと道はさほど狭くなかった。松明があればよく見えるのだが、私の魔術の灯火では少し前を照らす事が出来る程度で、王子のご不安はいかばかりかと心配したが、流石、王家の方だけあられる。どちらの方向に向かうかをご存じの様子だった。
足下が明るくないせいで時間がかかってしまったのか、追っ手が来る足音と声が聞こえてきていた。