1話 テュルーナス ~1
初めてのファンタジー作品です。長くなるかもしれません。
私の名はテュルーナス、王宮魔導士である。
この記録は私の人生を大きく変えた、ある1人の魔導騎士について記したものである。
その人については多くの事が謎である。
私の知人友人に彼について記して貰ったが、
その記録が彼の全てではない。
謎の多いところは許して頂きたい。私にもわからない事が多いのだ。
1 テュルーナス
私が彼と出遭った時。既に彼は有名な魔導騎士だった。
何処からともなく各国に現れ、戦場で危機を救い、多くの人々の目に留まる事無く姿を消してしまう。幻の男として噂を聞いてはいた。
その噂の男は無償で国を助けていた訳ではない。その働きに対しての報酬は相手を見て金額を変えてくるとの話しではあったが、実際にはどうなっていたのかは私は知らない。
ここ数年は、私が住むエル・ソニュル王国の戦しか参戦しないらしかった。
私が彼の姿を初めて見たのはまだ学生で魔術師見習いの時だった。当時、私は王宮が経営する学校に通っていて、魔術科の中等生だった。実習の為に魔術士の一団に付いて戦地へ初めて出た時、この魔導騎士に出会った。戦場と言っても、国境の領地の小競り合いでそう難しくない戦場だった。
彼の美しさ、それとは相反する凄まじい強さが印象に残っている。
「大丈夫ですか?」
赤土の上に倒れていた私に誰かが声をかけた。その声は低すぎず、やわらかな口調だった。私はゆっくりと目を開くと、優しいげな黒い瞳の、整った女性の顔が目の前にあった。黒く長い髪。私はその容姿の持ち主が女性と勘違いしながら、一瞬、彼の美しさに見惚れた。
「しっかりしてください。ここは戦場ですよ」
言われてはっとして周囲を見回した。どうやら私は魔術の実習に夢中になり、魔術の発動するすぐ近くまで出過ぎて魔術の発動の勢いで敵方に近い方向へ吹き飛ばされたらしかった。
「ここは、少し危険かもしれません。こちらへいらしゃい」
黒い皮の手袋をはめた手を差し出された。
「あの…、ぼくは」
「気絶していましたが怪我はありません」
彼の言葉で、やっとハッキリ思い出した。そうだ、ここは実習に来た戦場で、美しい女性がこんな場所にのんびりと居る筈がない。
「あっ、ありがとうございます。お名前は?」
「一戦士です。こういう場所では細かい事を気にしなくていい」
彼が戦士であろうことは、鎖帷子を着て、腰に少しのカーブがある剣を携えているという装備状態からもわかった。整った顔、細くしなやかな肢体、艶やかな髪、私がこの戦士はさほど強くないのだろうと思ったのは、彼が自分とそう変わらない年齢だろうと思われる若さに見えたらからだった。
「でも、訓練ですから報告しないと、助けて頂いたとなれば余計に、名前も聞かなかったという訳にはいきませんし」
「わたしはリシュエル。ですが、この名はやたらに言わない方がいい」
「え?」
驚いて自分の耳を疑った。そこにいるのは決して屈強とも見えず、恐ろしい雰囲気も無い。長い黒髪、優しい瞳が印象的な若く細い男性だ。
世間の噂では、魔導騎士リシュエルという人物は見るからに禍々しく恐ろしい風体なのだとか、人間の姿を留めていないらしい等、あまり外見が良い印象は無かった。それなのに若くて穏やかなこの若い男性がリシュエルだと名乗るのだ。嘘をつく筈はなかった。彼の名を勝手に名乗って良い事が有った人は誰も居なかったと聞かされていた。
「さあ、いそいで」
「はい」
彼の手に掴まり、魔術師が集まっていた後方へ戻ろうと急いだ。
安全そうな所まで着くと、彼は「では、気をつけて」と一言残し直積攻撃の陣地へ戻っていった。
焔が燃え上がり、剣が交わる、音矢が風を切る音、馬の嘶き、そんな戦いの喧騒の中で、不思議な人影を目の中に焼き付けていた。
彼の周囲には誰も近寄らず。リシュエルが剣を一振りする度に辺りは黒い煙幕を巻き上げ、その瞬間に戦場の状況が見えにくく成り、次に目に映るのは、大量に倒れた人馬だけ。という具合だった。
学校に戻って、実習の報告書を提出すると、教員から生徒指導室に呼び出された。指導室には担任や魔術の専門の教師、校長までいて、魔導騎士リシュエルとどのように関わったかを聞きかれた。1時間少しは指導室にいたと思う。私は報告書に書いたと通り助けてもらった事を素直に話した。
校内ではどうやって知られたのか、私が呼び出された理由が魔導騎士リシュエルに関わったらしい。という噂がどこからか広がり話題になっていた。
各先生方の質問に、子供ながら懸命に答え終え、今回の事は校外で自慢げにふれて回らない事と、魔動騎士リシュエルを子供の好奇心から調べ回らない様にと強く言い渡され退室を許された。
私にはリシュエルと名乗った人が危険な人にも見えなかったが、彼に対する世間での噂や知名度を考えると、先生方も学生に余分な危害が及ばないように、私の身を案じての事だったのだろう。
指導室の扉を出ると、友人達が待ち構えていた。
「テウ」
退室し、扉を閉め、廊下で一息ついた私に声をかけて来たのは同学年の学友のルゥナだ。彼女の横には、将来騎士になるのを志しているラスターがいる。ラスターは私よりも1歳年上だが、同年の入学。ルゥナとラスターとは気が合ってかねてから仲良くしていた。テウというのは当時の私の愛称だった。
「どうだった?」
私がいつも通り落ち着いていると判断したらしいルゥナは明るく指導室での様子を聞いて来た。
「うん、罰則指導じゃなくてただの話し合いだったから」
「でも、噂の人の事だったんでしょ?」
ルゥナは女の子らしくよくしゃべる。好奇心の旺盛な彼女は赤い髪、血色の良い頬、ふっくらとした唇で、明るく、声も高い。
日頃から仲良くしていて信頼関係がしっかりと出来ている2人には話しても大丈夫だろうと思い、話しても問題が無さそうな範囲を考慮しながら答えた。
「まあ、そうだけど、話を聞かれただけだし、怒られたりもしなかったよ」
「で?噂の人は?どんな人だったの?」
女の子というのは遠慮がない。気になる事はすぐに聞いてくる。
「おい、ここじゃあ人に聞かれるから良くないだろ?いつもの所に行こう」
私よりも背が高く体躯の良い、騎士を目指しているラスターは噂には興味はあるだろう、話を聞きたいのかもしれないが、先ずは私の身を案じてくれている様子で、茶色の瞳は少しの心配の色をうかがわせていた。
いつもの所というのは、子供らしく大きくてしっかりとした木の枝の上だった。
「テウ!はやくーぅ、ねえ、聞かせてよ」
女の子だけれど、ちょっとおてんばで、活発なルゥナは木の枝に跨り、活発な彼女らしく落ち着き無い様子で、期待感たっぷりと言わんばかりに、足を前後に振り子のように振りながら、話を即す。
「それがね…、よくわからないんだ」
「実習先で会ったんだだったな。そっちの枝弱くなってるから気を付けろよ」
ラスターは将来騎士に成るために体を鍛えているだけあって、目的の枝に一番早く辿り着いていたが、落ち着きのある態度で私の様子を見ながら質問してくれた。
「うーん。そうなんだけど、なんていうのかな。噂とは違いすぎて…」
魔術科の生徒である私は、日頃からあまり鍛えてはいないので、ゆっくりと登り、目的の定位置の枝に到着し枝に腰を掛け太い木に背中をもたせて体を安定させた。繁った木の葉の香が周囲の空気を爽やかにしてくれていて、そこから漏れる日の光を心地よく感じ、指導室に居た時の緊張がほぐれる。
2人は早く話を聞きたのだろうが、普段からのんびりしている私に成れているらしく、私の様子を見守ってくれていたので気分が落ち着いてから答えた。
「彼には、助けてもらったんだ」
「どんなだった?恐いんだよね。噂だと化け物みたいだって聞いたわよ」
「ルゥナ、どんどん聞くなよ。テウが話しにくいだろ?」
2人のテンポの良いやりとりはいつもながら私を楽しくさせてくれる。
「それがね、僕たちが知ってる噂とは違うんだ。優しそうで綺麗な顔だったな」
ルゥナが身を乗り出し、容姿をもっと聞きたいらしく。
「綺麗なの?かっこいい?」
と、聞いてくる。女の子って綺麗な男性と聞くとすぐ反応するなあ、と思いながら答えた。
「うん。笑顔が綺麗だったな」
「で?どのくらい強かった?」
強さにこだわるところが騎士になりたいラスターらしい質問だ。
「そうだね。でも魔術を使っていたみたいだったから、どんな風に戦ってたかはよく見えなかったよ。彼が剣を振り上た後に黒っぽい煙と砂埃が舞い上がったのが見えて、そのすぐ後に200人位かそれよりもっと多くの人が倒れてた」
「200人?一気に?凄いな、魔導騎士って言われるだけはあるって事か。テウは魔術科だろう?どんな魔術だったのかわからなかったのか?」
「中等部の僕に魔導の術がわかるわけないよ」
色々聞かれて、見たことは大体話したが二人は今ひとつ理解できない様だった。
私自身も彼の最初の鮮明な姿に夢で見たかのように、なにか勘違いでもしている気がして、それ以降その事については話すことも無かった。
その後彼に会ったのは1年たってからだった。
15歳になって、中級過程を終えた私は高等過程に入れる事が嬉しくて、1人で街を歩き回っていた。学生の私はさほど多くの金銭を持っていないかったが、中級過程を一位の成績で卒業したお祝い金を自宅から幾らかもらったので、新しい魔具を探していた。杖でも良かったし小さな爆薬の類でも何でも良かった。
魔術というのはとんでもない不思議な力と思われがちだが、高等部以下はそれほどでもない。魔術師となると何らかの才能を持っていなければなれなかったが、普通の魔法使いは科学的で、後はスタイルの問題だった。如何に相手をびっくりさせて味方に先制攻撃をかけさせるか、とかそんな物だ。魔法を使い、みせかけ小細工や言葉による心理攻撃が殆どではあったが、魔導士というのは少し違っていた。魔術師が50人以内の人を魔術で攻撃できるのに対し、杖の一振りで100人程度に影響を及ぼすのが魔導士。魔導騎士とか魔導戦士などと呼ばれる人たちは、一回の攻撃で200から300人程度を倒せるという噂を聞いてはいたが、個人差があるらしかった。
そして、驚くことに魔導騎士リシュエルはひとりで千人とか二千を超す兵を倒す程の攻撃力と噂されていた。
当時戦乱が収まりつつあったが、未だ戦争はあるの世だったので、癒しの魔術より防護魔術や攻撃力の高い魔術が非常に珍重された。
街に出た私は、煉瓦造りや木の建物が並ぶ町並みを歩き、魔術用具の店の外で以前から欲しいと思っていた白いローブを見つめていた。子供には手の届かない値段のものだった。
「それは、あなたには少しサイズが大きいですよ」
聞いた事のある声に振り返ると、つばが広い明るめの青色の帽子を被り、マントを羽織った黒い髪の青年が立っていた。
「あなたは!リシュ」
「名前は言わないで下さい」
「あ、すみません」
「いいえ。あなたはテュルーナスでしたよね。以前お会いした。覚えて下さっていたんですね」
「あの時は助けて頂いてありがとうございました」
流れるような話し方。口角が上っていて薄い唇、温かみのある瞳。どこをとっても世間の噂とは別人だった。あの戦場での強さも、この繊細な雰囲気の青年とは結びつかない。
「これ、欲しいの?」
彼は私が眺めていた白いローブを見て言った。
「あなた、なかなか物を見る目がありますね。これはただ高いという物ではありません。少しだけ古い魔法がかかっています。もちろん素材も値段なりにいいですけれどね」
そう言われるとますます欲しくなったが、学生が頑張っても買える値段ではない。諦めて肩を落とした私の様子を見ていた彼が口を開いた。
「まだ当分売れないでしょう。それまでに手に入れる事も出来ます。高等部に入る前にちょっと稼ぐといい」
「は…い」
どうして、有名な魔導騎士のリシュエルが自分のようなたった一度会っただけの子供を覚えていてくれたのか、なぜ自分が中級クラスを卒業して高等部へ入る事を知っているのか見当もつかなかった。
「ところで、路に迷ったようなのですが、王宮学校高等部の魔術科はどちらでしたか?」
これから高等部で学ぶ私が知らないはずがない場所をわざわざ聞いてくるのは、まだ若い私に緊張を与えない為のものだったかもしれないが、用事があるのかもしれなかった。どちらにしても恩人に頼ってもらえるのは悪い気がしない。
「それだったら、よく知ってますからご案内できます」
「助かった」
嬉しそうにニコリと笑った笑顔は少年のように見えた。思わず親近感まで抱いてしまったのは子供の怖い物知らずな所でもある。
「じゃあ、テュルーナス、道案内をお願いしていい?」
「はい。えっと…名前はなんてお呼びしたらいいですか」
「私のことはリードと呼んで下さい」
「はい。リード」
「良い返事です。案内お願いしますね」
私は、内心嬉しくてたまらなかった。この有名な人は私にだけ自分の本当の姿を明かしてくれた。秘密は守ろうと胸の奥で決めた。
「ここ、曲がるよ。溝板が壊れてて危ないから踏まないように気をつけて」
「はい」
彼の若々しく優しい態度のせいか、いつの間にか自分の友達に話しかけるように話をしていた。近道をと頼まれたので裏通りを通った。
「着いたよ」
「ありがとう。一番偉い人いる?」
「えっと」
学生が考える偉い人とは校長だ。
「校長先生なら、多分校長室にいると思うけど、一緒に行く?」
「ええ。お願いします」
「いいよ」
王宮が経営する学校というのは、大きくは魔術科と武道剣術科、その他の能力科に別れる。
先代の王が開設した学校で、王都内の王宮近くにある学校だ。開設された目的は、王国の武力や政治力の向上だったらしく学費も高くはなかったが、現王は以前からいる武将や政治家に満足しているらしく、教育に全く興味がない。
学校側は卒業生に職業の斡旋もしていないし、王宮経営の学校を出たからといって特にそれが何の資格であると言う程の事でもなく、専門知識や技術、特殊能力を磨く場であって、実際に世の中に出て働いてみて実力があるかどうかの方が大切なので、世間一般では学校に入るよりも仕事を先に見つけて、それから専門に学びたいと言う10代半ばよりも上の人が入学することが多かったし、人数もあまり多くはなかった。
私はさほど裕福な家の生まれでもなかったので、現王があまりにも教育に興味がなく、学校が縮小も拡大もしせず、学費が高くなかったのは私にとっては運が良かったかもしれない。
学校の敷地はあまり広くもなかったが、初等部中等部までは同じ校舎で学び、中等部からは教科の選択があり、高等部は各専門に別れて校舎が違ったり、他の敷地にある科もあった。
魔術の科は比較的人数が多く、王宮に近い広い敷地にあった。
緑の多い校庭を通り抜け、石造りの建物の奥の教員室へ行き、来客を教師に告げ、教師は彼を校長室へ案内した。リードの要望で私も校長室前まで行った。
校長室の扉に着くと、彼が私に部屋の外で待っていて欲しいと頼んできたので校長室の前で待っていた。長い時間は待たなかった。
「お待たせしました」
「リード」
「さてと、では行きましょうかね」
「お帰りですか?」
「戦に行きます」
「そうですか…ええっと、ボクのような勉強中の学生があなたみたいに有名な方にお気を付けてって言うのも変ですけど、でも、どうか気を付けて下さい。それと、出来れば帰ったら無事を教えて下さいね」
「その必要はありません、一緒に行きますから」
リシュエルという人はあっさりした笑顔を浮かべながらとんでもない事を言う。と驚いた。
「ぼくが?ですか?」
「ええ、この前は助けたから、今度は君が、わたしを助けるんです」
「は?」
「外出許可は、今、頂いてきましたから心配しないで。すぐに終わります。手を貸して下さい。行きましょう」
白い手袋をはめた左手を差し出された。私は不思議と手を伸ばしていた。彼が私の体を腕の中に抱え、反対の手でマントを翻した。次の瞬間、青と白い光に包まれ気付くと戦場にいた。
場所はどこだかわからない。自分が立っている場所は天幕を張った陣地の近くの魔術を行う円陣を書いた土の上で、少し離れた場所で戦いが繰り広げられていた。
「リード!ぼくは…」
「黙って、その杖を持って立っていてください」
「え?」
そう言われて自分が杖を持っていることに初めて気付いた。長くて二本の木の枝が幾重にも螺旋を描き絡まる重たい杖。杖の手元には赤い大きな宝石がはめ込まれていた。
「そこで、じっとしていて」
私を見つめる彼の目は先程の穏やかで優しいものではなかった。真剣な瞳の中には邪悪とも思える光があり、戦いを楽しむような、それでいて戦いを嫌っているような複雑で厳しい目、唇の端を歪むように持ち上げると、私に背を向けた。その姿はいつの間にか黒い甲冑を纏い。黒く長い髪には不吉な感じの赤い汚れがついていた。
「まって!待ってください」
彼は振り返ら無かった。