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異国情緒あふれる港町を、私は日傘を差しながら歩いていた。
王都から馬車で三日ほどの距離にある風光明媚なこの町は、貴族や富裕層から人気が高い観光地だ。
特に最近は、先日海を隔てた隣国へ輿入れのために出立した第三王女の行列を一目見ようと、押し掛けた観光客たちで賑わっている。
これから王女の一団は、幾つかの領地で歓待を受けながら、国境近くの大きな港を経由して隣国に向かう。
国一番の美少女と名高い第三王女の人気は高く、熱心な王女の信望者に至っては、一団の後をついて回ろうとする者まで出ているとか。
(この町の喧騒も、その頃には少し落ち着くのかな)
期待混じりにブーツを履いた足を進める。
町の大半は、低い山々から海へと続く緩やかな丘陵でできていた。
貴族の別荘が立ち並ぶ高台。裕福な平民層の家や観光客相手のお店。
そして漁師や地元民の住む猥雑な町並みから海に至る。
港には帆をたたんだ商船や観光船、漁船らしい小さな船が隙間なく並び、沖では水面がきらきらと輝いていた。
私は傘をくるりと回すと、後ろに付いてくる侍女に目を向けた。
小太りの侍女はふぅふぅと息を吐きながら、しきりにハンカチで汗を拭っていた。
「そんなに暑いのなら、ハンナだけ家に残っていても良かったのに」
「とんでもありません、マリーお嬢様。 こんな雑然とした場所に、うら若い御令嬢が供も連れずに出歩くなんて」
暑さに顔を火照らせながらも、きっぱりと首を振る侍女に、苦笑がこぼれる。
確かに、この町には漁師や商船の乗組員など、柄の悪い男が多い。
しかし一方では、貴族の別荘地ということもあり、治安自体はさほど悪くないと聞いている。
「大丈夫よ。 ここには騎士隊の駐屯地もあるそうだし、ちょっとお土産を買うだけなんだから」
ついでに街中をぶらぶら散歩もしたいし――
心の中で呟き、普段はめったに着ることのない、ゆったりしたワンピースの腰をそっと払う。
生成り色のワンピースは、ウエストに鮮やかに染められた異国風のスカーフを巻いている。
このスカーフがお洒落のポイントなのだと、服を貸してくれたメイドに教わった。
すれ違う人々もまた、女性はスカーフを巻いたワンピース姿が多い。
男性は生成りのシャツに太いズボン、剣を佩いた腰にはやはり鮮やかな布を巻いている。
皆一様に、貝細工のネックレスや腕輪でじゃらじゃらと身を飾っているのが面白い。
私がこれから向かおうとしているのも、事情通なメイドに教わった、地元民しか知らない安くて可愛い雑貨屋さん。
「あっ、いけない」
私はふと立ち止まると、左手を持ち上げた。
指にはまった真新しい指輪――生成りの服にはそぐわない、小さな一粒石のはめられた金細工の指輪が、陽光を受けてキラリと光る。
「これは、ハンナが巾着に入れて持っていてちょうだい」
「そんな……恐れ多うございます」
外した指輪を、拒むように手を振る侍女に押しつけようとした瞬間――
「え……?」
「あ……っ」
緩んだ手から指輪が滑り落ち、緩い下り坂を弾むように転がっていった。
呆然と見送る私の前で、我に返ったハンナが悲鳴をあげる。
「おっ、お嬢様っ!」
「しっ、ハンナ。 追いかけましょうっ」
両手で口を押さえて頷く侍女を促し、私は小走りで坂を降りた。
指輪は雑踏の中をすり抜けて、もう目では追えない。
こめかみの汗を払いながら、周りに目を向ける。
雑踏に紛れていた護衛たちが、三々五々に散っていった。
***
「もしもし、そこのお嬢さん」
地面に目を落としていた私の耳に、男の声が届いた。
軽薄な調子の台詞に苛立ちながら顔を上げると、すぐ目の前に指がぬっと突き出された。
骨ばった長い指先には、探していた指輪がつままれている。
「探し物は、これかな?」
「あ………っ!」
分かりやすく声を上げたハンナの横で、整えた笑顔を男に向ける。
「ええ、そうです。 ありがとう――」
差し出した手の前で、指輪がぱしりと男の手の中に握り込まれる。
「あ」
「これを渡す前に」
近づいた男の黒く真っ直ぐな眉の下で、琥珀色の瞳が一瞬ギラリと光る。
「何かお礼が欲しいな。 大事な物なんだろう?」
「っ……、礼なら」
巾着を探るハンナを掌で制し、男は見せつけるように指輪を己の小指に嵌めてウインクした。
「少しの間、付き合ってもらおうじゃないか」




