問❶話 はみ出し者と捻くれ少女
初めての方は初めまして、珠扇キリンです。今回から書かせていただくのは捻くれ者をテーマにしたラブコメです。僕が最初に書いたラブコメも同じテーマを元にしたものだったので今回は結構、思い入れがあります。
是非、皆さんにも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです!
突然、まるで自分が大海を漂っている様な奇妙な感覚に陥った。皆んなが足を揃えて歩く中で…自分だけは身体がフワフワと宙に浮いて、地ベタに足が着かない感覚だ。
その時、自分は周りとは違うのだと気付いた。自分にとっての普通は、皆んなにとっての普通とは違うのだと…
◇
家から学校への往復をする退屈な日々、毎日の様にグルグルと回る階段を登り教室へ…クラスの連中は、俺に一瞬視線を向けるだけで、向こうから話しかけて来る奴などいない。
それが俺、南野夜永を取り巻く空気というものだ。
高校に入学して直ぐに、中学時代の噂が学校中に広まり、関わっちゃダメな人間のレッテルを貼られてしまった。
まあ、噂の半分くらいが事実なので、自業自得と言えばそれまでなのだが…──しかし、別に俺は一人が嫌だとか恥ずかしいなんて思った事はない。寧ろ一人は気楽で良いもんだ。
一人というのは自分の事だけ考えて生きていれば良い。他人の顔色なんて伺う必要なんて無いから面倒事も少ない…このまま一人でも良いと思っていた。
そんな俺にも高校に入り、気の良い友人が何人か出来た。今は進級して別のクラスにはなってしまったが、こういうのも悪くないなぁ…と思える様になってきた。
それなのに時折、漠然とした不安に襲われる。俺はこのままで良いのだろうか?…
自分なりに今の環境に満足している。多分、退屈でも幸せだと笑える日常を送れている筈なのに…──不意に原因不明の猛烈な虚しさに襲われる。
【『世界は廻る、君は遅れて走り出す。』by.珠扇キリン】
高校2年生になってから俺を取り巻いている環境に変化はあれど、空気そのものに変化は無い。只、目立った変化があったとすれば……
「南野くん、おはよう!」
新入生の入学式から一週間ほど休んでいた俺に、クラスメイトの汐沢恋彩が話しかて来る。俺みたいな人間にも話かけて来る物好きな女子だ。
汐沢はクラスの人気者で、男女分け隔てなく接するクラスの女子だ。どの学校にでも、多分一人くらいは居るタイプだと思う。
「学校、休んでたみたいだけど体調治って良かったよ」
心配してくれるのは有難いが、こういう人気者からの気遣いは、目立ちたくない奴とかに対しては逆効果というか…悪手なんだよなぁ。俺は気にしないけど…
昔の俺なら、こういう相手に、『良い人アピールしやがって…』と思ってしまっていたんだろう。実際、今でもこういう愛想良くて誰に対しても優しい奴は苦手だけど…
人間には多かれ少かなかれ裏があるし、裏表の無い人間の方が少ない。だから、どうしても自分に優しい人間にこそ裏が在るんじゃないかと疑ってしまう。
「南野くん、まだ体調悪かったりする?」
「ありがとう、大丈夫。汐沢が心配する事はないよ」
「そっか、南野くんが元気そうで安心した!またね!」
そう言って汐沢は女子のグループの中に戻って行く。心配してくれたのに申し訳ないけど、実は仮病で一週間も休んでいた…とは口が裂けても言えない。何か心が痛むな…
「席に着け、お前ら、HRを始めるぞ!」
教室の扉が開いて担任の松井理歩先生が入って来た。それと同時にHRの時間を知らせるチャイムが鳴る。また退屈な授業が始まると思うと少し億劫になるな。
まあ、いつも通りにやるか。授業は何となく聴いて、休み時間はイヤホンを片耳に付けてスマホを触っていれば良い。そうしていれば、こうして半日があっという間に過ぎている。
◇
昼休みになり、やっと俺は教室を包む空気と喧騒から解放された。購買でサンドイッチ、自販機でエナドリを買ってからいつもの場所に向かう。
「あれ、もう誰かいるな…」
体育館近くの俺の特等席、そこで女子が騒いでいた。仮病使った俺が悪いけど、休んでいる間に憩いの場所が奪われてしまった…と思い、踵を返そうとしたのだが…
「お前さ、何なの…初日からと言い、その態度はさ」
明らかに聞こえてきた会話が友達同士のそれではない。イジメかはともかく、穏やかな話じゃない…とは言え、聞いてしまったからには放っておけない。
そういう性と言えば、それまでなのだが…昔から見て見ぬ振りの出来ない質だった。そのせいで小学校の頃から、よく面倒事に首を突っ込んでは厄介事に巻き込まれていた。
「お前ら、こんな所で何してんの?」
「えっ…あ、南野先輩!?…ち、違うんです!私達は…!」
俺の事を知ってたみたいだな…俺を先輩と呼ぶという事は新入生か。まだ入学式から2週間くらいしか経ってないのに、もう噂が拡まってるのか…
「そう、私達はクラスメイトとお話をしてたんです!…でも、話は終わったので私達は失礼します!」
後輩らしき女子達は、ベンチに座っている髪の長い女子を一人置いて逃げ去ってしまった。まあ、悪評もこういう時は役に経つなぁ…
「それで…大丈夫?」
「…はあ、後輩を助けてヒーロー気取りですか?良い人アピールなら他所でお願いします。まあ、礼は言っておきますが」
この後輩、何だろう…凄い既知感だ。何だか、昔の自分を見ている様な気分になる。中学時代の俺も、こんな感じだったなぁ…
「えっと、あの二人は友達って感じじゃなかったけど…何か揉めてた?」
「別に揉めてた訳じゃないです。向こうが一方的に私に嫉妬して、言いたい事を言ってきただけです」
ああ、なるほど。嫉妬って事は、好きな男絡みかなぁ…?怖いな女の子って、女子の世界じゃ妬み嫉みで恨みを買うとかよくある話らしいけど…
「クラスに私なんかに頻繁に話しかけてくる物好きな男子が居て、周りに注目されるのも面倒なんで、言ってやったんですよ。『周りに良い人だと思われたいなら、他の人でやって下さい』って」
…うん、それはお前が悪いわ。向こうに下心があるかは知らないが、少なくともその発言だけは良くなかっただろう。
その男子に思いを寄せてる女子からしたら、他の女子が構われてるだけでさぞ煩わしいだろうに、そんな男子をキツい言葉で突き放し方したら周りが敵に回ってもおかしくない。
「…まあ、俺には関係無い話だけど、せいぜいあの女子達には気を付けろよ」
そう言って俺はその場を後にしようと思ったが、彼女の足元で食べかけのパンが潰れてるのが見えた。うわぁ、食べものに罪は無いってのに…あの女子達もよくやるなぁ。
「はぁ…ほら、これ貰ってくれ」
俺は溜息混じりに、袋から取り出したサンドイッチを差し出す。目の前の後輩は不思議そうな顔で、差し出されたサンドイッチと俺の顔を交互に見ている。
「えっ…私にくれるんですか?でも、先輩のお昼が…」
「良いって、お腹鳴ったりしたら困るだろ?…俺はちょっと食欲湧かなかっただけだから気にすんな」
まあ、嘘だし朝から何も食べてないんだけど…見て見ぬ振りするのは夢見が悪いしな。
「仕方ないですね、購買のパンなら毒とかは入ってないでしょうし…貰ってあげます」
「…お前って捻くれてるってよく言われない?」
「はい、そうやって良く褒められますよ」
「いや、褒められてはないだろ…それ多分、悪口だぞ?」
「いいえ、私にとっては褒め言葉ですね。彼奴等みたいな有象無象共とは違う考えた方が出来るって事ですから」
そう言って彼女は、受け取ったサンドイッチの包装を剥がして食べ始める。気の所為かも知れないが、少し照れ臭そうに…こちらをチラチラと見ながら食べていた。
「…南野先輩は噂で聞いていた人とは違いますね。少し私の中での評価を上げましょう」
「お前も俺のを知ってるんだな。てか、何だその上から目線は…俺は品定めされてたのか?」
「フッ、教室に居たら嫌でも有象無象共の噂話が聞こえてきますからね。中学時代に同じクラスの男子を病院送りした…って」
「何だよ、その見下した様な笑いは…まあ、それ噂じゃなくて本当なんだけどな」
「ひょっとして、私ってとんでもない先輩に絡まれているのでは?…助けを呼んだ方が良い感じですか?叫びますか?」
「マジでやめろ、中学時代の行いと拡められた噂の所為で洒落にならんから…」
「冗談です…今日はありがとうございます。だけど、これからは私なんかを気にかけてくれなくて結構なんで」
こんな事を思うのは失礼かも知れないが、コイツは昔の俺によく似ていると思う…だからこの後輩も、他人に迷惑掛けたくなくて、他人を遠ざけようとしているのかも知れない。
「あっそ、じゃあ俺はそろそろ行くから…」
そういう俺も、誰かと必要以上に仲良くなる事は辞めている。この口振りからして、向こうから話しかけて来る事も無いだろう…──そう思っていた。
「あっ…先輩、一つ言うのを忘れてました」
「ん…なんだ、どうした?」
「私の名前は芥夜空、塵芥の芥に夜の空と書きます。南野先輩…」
でも、そうやって何となくしたお節介によって似た者同士だった俺達は出会った。
これが物語なら、もっとロマンティックな出会いでも良かったんだろうけど…きっと、そういうのは俺達には似合わない。
問①話 はみ出し者と捻くれ少女 [完](())
問①話 『はみ出し者と捻くれ少女』を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。実はこの作品はフィクションと実際の出来事を織り交ぜた話になっていまして、登場人物にはモデルがいたりします。
まあストーリーに関しては、ほぼフィクションなんですが…キャラクターの境遇なんか殆んどモデルの自分の話がそのままに書いています。
今作を書くきっかけをくれたのは僕が勝手に戦友だと思い込んでいる芥庭深乱さんのお陰です本当にありがとうございます。
そして改めて、『世界は廻る、君は遅れて走り出す。』を読んでいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いします!