第5章:旧友との再会と新たな出会い
エレノア・グランツが再び王立魔法学園に姿を現してから、一週間が経過していた。
その間、彼女の存在は徐々に学園内で注目を集めるようになっていた。かつての悪役令嬢という印象が色濃く残る中、実技演習で披露した独自魔法は生徒たちの評価を覆し始めていた。
とはいえ、全ての視線が好意的というわけではない。
「……あいつ、変わったな」
「いや、むしろ“変わらされた”んじゃないか? 追放された後、どこかで修行でもしてたとか」
「でも正直、ちょっとカッコよかったよな、あの再構成魔法……」
教室の隅で囁かれる声を、エレノアはただ無視した。くだらない噂に気を取られる暇はなかった。
(私は敵を作りに来たわけじゃない。けれど、立ち向かわなければならない敵はいる)
その日の昼休み、校内の図書棟にて。魔導理論書を探していたエレノアの前に、懐かしい影が現れた。
「……やっぱり、君だったのか。エレノア」
その声に振り返った瞬間、彼女の胸に懐かしさがこみ上げた。
「アルヴィン……?」
長身に端正な顔立ち、銀髪を後ろで束ねた姿――アルヴィン・クローデル。平民出身ながらも、かつてエレノアが密かに信頼を寄せていた、元同級生だった。
「君が戻ってきたって聞いて……信じられなかったよ。でも、こうして見れば納得できる」
「……私はもう、昔の私じゃないわ」
「そうみたいだな。昔はもっと、……尖ってた。でも今の君のほうが、ずっといい」
その言葉に、エレノアは少しだけ目を伏せた。
(アルヴィンは変わってない……でも、きっと彼もただの“優しさ”だけではここにいない)
「どうしてここに? あなた、魔法学園を辞めたって……」
「一度はな。でも、貴族制度の腐敗を暴く研究機関に推薦されたんだ。今はその名目で、再び学園で情報を集めてる」
「……それって……」
「そう。君と同じ“戦場”に立ってる」
視線が交錯する。そこには過去のしがらみも、階級の壁もなかった。ただ、信念を共有する者としての敬意があった。
* * *
その日の午後、彼女はもう一人の“新たな出会い”を果たすことになる。
実技演習の見学席で、一人の少女が目を輝かせていた。栗色の髪に小柄な身体、制服の裾には修復跡が縫い込まれている。平民階級の生徒、しかも初等科から特進してきたばかりの新入生だった。
「す、すごい……あの構築式、書物で見たこともないわ……!」
見学が終わった後、彼女は緊張した面持ちでエレノアに駆け寄ってきた。
「あ、あのっ……エレノア様ですよね!? 私、私……お話ししたくて……!」
驚きつつも、その真っ直ぐな目に嘘はなかった。名を問うと、少女は深く頭を下げて名乗った。
「ティナ・ベルレインと申します! 以前、論文大会でエレノア様の論評を読んで……それで、憧れてました!」
「……あれを読んでくれたの? あの会は、貴族限定だったはずよ」
「はい! 使用人として参加した方が記録を残していて……偶然、それを読んだんです!」
恥ずかしげに話すティナを見て、エレノアは思わず微笑んだ。
(こういう子が、この国の“希望”なのかもしれない)
「ティナ、今度よかったら、資料整理を手伝ってくれないかしら?」
「えっ、私が!? もちろんです、ぜひっ!」
感極まったように喜ぶ少女に、周囲の貴族たちは訝しげな視線を向けていた。しかしエレノアは気に留めなかった。
(私は新しい力を育てる。そのためにも、ティナのような存在は大切にしないと)
* * *
夜。寮の一室。
エレノアは机に向かいながら、ふと窓の外を見上げた。満月が高く輝いている。
(旧友との再会、そして新たな協力者。力を貸してくれる人がいる……私は、一人じゃない)
リディアがそっとお茶を注いでくれる。
「皆さん、エレノア様に惹かれていくんですね」
「そう見えるかしら? でも……私はまだ、信じきれていないのよ」
「それでも、一歩ずつですね」
そう言って微笑むリディアの姿に、エレノアは静かに頷いた。
(信じられなくてもいい。信じようと“努力”する。それもまた、私の成長)
「明日から、次の段階に進みましょう。研究室への申請と、魔導演習の再編……まだまだやることは山ほどあるわ」
革命の種は、確かに蒔かれ始めていた。