第4章:魔法学園への再入学
三ヶ月の歳月が流れた。
エレノア・グランツは、かつて断罪され追放された王立魔法学園の門前に、再び姿を現した。
だがその表情には、以前のような誇り高くも孤高の仮面ではなく、自信と目的を宿した静かな覚悟が宿っていた。身に纏うのは黒を基調としたシンプルなローブ。だが、魔力を織り込んだ特製の織物で、ただの平服ではない。
(もう私は“元令嬢”ではない。知識と魔法をもって、改革の礎となる者)
入学手続きは事前に完了していた。名義上は「特待生制度に基づく再編入」、だがその裏には、グランツ家が持つ古代魔導資料の提出と引き換えに得た“便宜”があった。
迎え入れた学院側は、外聞を重んじながらも、その力と知識を手放せないと判断したのだ。
「戻ってきたわね……エレノア・グランツ」
門の影から姿を現したのは、一人の青年だった。蒼い制服に身を包んだ端正な顔立ち。第二王子、ジュリアン・ラグランジェ。その瞳は冷ややかに、しかしどこか興味深げに彼女を見つめていた。
「お会いするのは初めてですわね、殿下」
エレノアは一礼しつつも、目線を逸らさない。ジュリアンは眉を上げ、静かに言葉を返した。
「兄上の断罪劇の時、お前は黙して去った。だが今、こうして戻ってきた。何を企んでいる?」
「学び直すのです。この国の魔法を、そして……仕組みそのものを」
答えは淡々としていたが、その中には明確な意志があった。ジュリアンはしばし沈黙し、そして薄く笑った。
「なるほど。面白い。だが、学園はお前にとって安穏の場ではないぞ」
「そのつもりもありません。戦場のつもりで戻ってきましたので」
短いやり取りだったが、互いの内にある“火種”を確かに感じ取った。
* * *
再編入の日。エレノアは高等科の特別クラスに配属された。そこは、貴族の中でも実力と家柄を兼ね備えた者のみが集う、いわば精鋭の集団。
教室に入った瞬間、空気が変わった。囁き声、視線、嘲りと警戒が入り混じった波が押し寄せる。
(予想通りね)
その中から、一人の少女が立ち上がった。金糸の巻き髪に、絹のようなドレス制服。かつてエレノアの取り巻きであった令嬢――カミラ・アーデルハイトだった。
「まあ、よく戻ってこられましたわね。まさか罪人が特待生扱いとは」
「ありがとう、歓迎の言葉として受け取っておくわ」
エレノアは微笑みを浮かべたが、その目は鋭かった。カミラは一瞬たじろぎながらも、負けじと応じる。
「昔のようにはいきませんことよ。今の学園では、ミリア様が正義なのですから」
「そう。ならその“正義”が、どこまで通用するか、見せてもらうわ」
空気が凍りつく。だが、教師が入ってくると同時に騒然は収まり、形式的な自己紹介が始まった。
「改めて紹介する。特待生として復学したエレノア・グランツ嬢だ。成績、魔力量共に評価基準を大きく超えている。……誹謗中傷は厳禁とする」
その言葉に、いくつかの生徒の眉が跳ね上がる。学園側の“守り”があることを示されたからだ。
(これも一種の“交渉材料”……利用できるうちは、使わせてもらうわ)
* * *
その日の午後、実技演習の時間。各生徒が持ち魔法を披露し、基礎能力を確認する場だった。
エレノアは、静かに前に出た。
「グランツ家、再構成魔法式・初動展開」
手を掲げると、空間に複雑な魔法陣が浮かび上がる。既存の火属性魔法を基に、周囲の空気中の魔素を自在に変換し、属性変化を伴う“変異魔法”へと再構成。
「“赫閃”」
彼女の詠唱と共に、淡紅色の光がほとばしり、空間に一瞬、花が咲くような閃光が走った。
「……なっ……これは、構築理論が……!」
教師が驚愕の声を上げ、生徒たちは息を飲んだ。
「既存の火魔法を分解し、風と光の属性を組み合わせて構築した応用魔法です。制御は難しいですが、消耗は最小限に抑えました」
平然と言い放つエレノアに、教室は静まり返った。
「ここで示さなきゃいけないの。“私は力を持つ”って。そうでなきゃ、誰も耳を貸してくれない」
その瞳は、冷静さの奥に燃えるような情熱を秘めていた。
* * *
その夜。寮の部屋で机に向かうエレノアに、リディアがそっと紅茶を差し出した。
「お疲れ様でした、エレノア様。今日の魔法……とても素晴らしかったです」
「ありがとう、リディア。でもまだ足りない。あれはただの“見せ札”に過ぎないから」
「“何か”を変えるには、もっと力が必要……ですか?」
「ええ。そしてその力を得るために、私はここに戻ってきた」
月明かりの差し込む窓辺に立ち、エレノアは静かに目を閉じた。
(私は変わる。そして、世界を変える)
その決意は、もはや揺るぎなかった。