1章-7話:命の値段
「砲台は壊すとして、後はカタパルトや港辺りですね」
射線を避け、大回りになりながらも着実に接近する。そしてターゲットの砲台が自分を捉えるよりも早く、背負ったビーム砲と脚部の機銃による三連撃を叩き込んだ。
それによって砲身がひしゃげ、エネルギー変換器が破壊され、砲台の一つが使用不可能になる。すかさず他の砲撃が彼女を襲うが、ひらひらと宙を舞う蝶のように攻撃をかわして次のターゲットを絞る。
基地までの直線距離は10kmほど。完全に取り付いたと言える。
「———ん?」
基地には迎撃のために備えている兵装は少なく、護衛機すらいない。セレンによる一方的な蹂躙が予想されるが、そんな彼女は視界の端に何かを捉えた。
それは、進行先の宙間に何やら黒い物体が転がっているのである。
黒光りするそれは縦3mほどの大きさであり、RAよりは小さいがゴミや機雷にしては大きい。形状は筒を二つくっ付けたような形になっている。
そんな物体が二つ。ただのゴミとして無視してもいいのだが、熱源レーダーの閾値を下げるとその中から僅かな熱源反応があることが確かめられた。
「機雷?しかし———」
———しかし、相手がなんであろうとも破壊してしまえば脅威ではなくなる。
彼女が機銃の照準を合わせて破壊を試みた瞬間———その筒の先端に位置していた蓋のようなものが開いた。
そして、そこから転出るようにして棒状の物体が1本、計4本飛び出した。機銃は筒を撃ち抜くのに止まり、その棒は機敏に加速して彼女の方へと飛んで来たのである。
棒状の物体と言えば少し前にも同じような表現が登場していただろう。そう、ネルアがミサイルを放った時のことである。
要するに基地の近くにはミサイルポッドが仕掛けられており、それが彼女を迎え撃ったのだ。
「小癪な……!」
4本のミサイルが拡散し、彼女を包み込むように追従する。
すぐさま脚部の機銃が旋回。照準を合わせて迎撃を試みるが、ミサイルは自分が標的にされていることを察知すると側面のスラスターを噴きその攻撃を回避してしまった。
直射は避けられてしまう。であればと、彼女は機銃の射撃スタイルを集中射撃から連射に切り替え、後退しつつもミサイルの迎撃を狙った。
2門の機銃による連続射撃。機銃の角度と機体の位置を変化させて狙いをつけ、直射と偏射とランダム射撃を一機で行う。しかも基地側のRA群が行っている面からの射撃とは異なり、宙間を飛び回りながり多方面からの弾幕を張っているのだ。
「まずは一機———」
順々に処理することを目的として、一機のミサイルに対して集中砲火を行う。
水色の残像と、そこから降り注ぐ黄金の雨。並の操作技術ではビームの雨を抜けることなんて出来ないし、AIによる自動制御程度ならば一瞬で落とされているだろう。
「———っ、なんで落ちない!」
しかし落ちないのは、それをアーロンが操作しているからである。RAにトランス・システムを組み込むのには多額の費用と時間がかかるが、後部スラスターと側面4つのスラスターしか備えていないミサイルならばその制御系にトランス・システムを組み込むのは然程難しくもない。
彼はセレン機の位置と機銃の角度から射撃方向を予測し、回避可能なスペースをいち早く測っていた。見掛け上は抜け道の見えない弾幕であっても所詮は1機体2門による偏りの大きい攻撃。どこかに必ず穴は存在するのだ。
しかもミサイルは4本存在する。1本にかまけている間に残りの3本が接近して来たため、彼女は後方のスラスターを全開にして超加速によりミサイルを振り切ろうとする。これはスラスターを後方に集めた戦闘機形態だからこそ出来る離れ技である。
「ちっ!」
だが、そんな目論みはアーロンに読まれていた。熱源レーダーに感あり。進行先を防ぐように基地からビームを撃ち込まれたのである。
彼女はその直前でトンボ返り。すると加速力が落ちた所を見計らって3本のミサイルが襲いかかろうとするが、それに対しては自らもミサイルを放つことで対応した。
戦闘機の翼から放たれた3つのミサイルは急速下降し、本体を狙う3つのミサイルにそれぞれ相対する。
———数に限りのあるミサイルを切ったのは後々響くかもしれないが、これでこの場における立場は逆転した。
アーロンのミサイルを迎撃するか邪魔にならない程度に遠ざければ良いセレンのミサイルと、セレン機にダメージを与える必要があるアーロンのミサイルでは同じミサイルでも目的が大きく異なる。
追うセレンと躱すアーロン。その構図を作り上げると、セレンはトンボ返りの状態で錐揉みして垂直降下。ミサイルがドッグファイトしている中を抜けて行った。
「よくも、ミサイルでそれだけ耐える!」
そしてミサイルの間合いを抜けると、彼女は戦闘機形態から人型形態へと変形する。背負っていたビーム砲を手に取り、それを頭上のミサイル群に向けた。
気がつけば彼女の語気は荒くなっており、その目や口元も怒りに歪んでいた。
———何せ、自分は強化人間なのだ。普通の人間よりも優れているはずなのに、なぜ目の前のミサイルを撃ち落とせないのか。なぜドッグファイトに勝てないのか。
ただの人間に翻弄されている現状に苛立ちを隠せないらしい。
彼女は上空へとビームを連射する。先ほどから1つ増え、3門の砲による対空攻撃。加えて今回は人型形態によって更に柔軟な射撃が可能になっている。
しかも、その上でミサイル同士のドッグファイトにより動きを制限しているのである。
アーロンのミサイルは1つ2つと落とされ、残る1つにも彼女は砲口を向けた。
「たかが人間、所詮はこんなもの!」
その一撃はミサイルを直接狙ったものではない。機銃で相手の進行方向を制限しつつ、敢えて自らのミサイルに射撃を命中させることでその爆発に敵のミサイルを巻き込む。
これで3つ、全てのミサイルを撃破———
「———っ!?」
———全て?
彼女は忘れていた。
何せミサイルポッドから射出されたミサイルは4つ。その1つを集中的に狙って他のミサイル群から引き離していたため、残りの3つが同時に襲って来たのだ。
そう、ミサイルは1つ残っているのである。
「生憎軍人でね……!」
これはアーロンの策だ。
熱源レーダーはビームやエンジン等の熱源に反応するため、最後の一つはエンジンを切り初速のみでネルアの元へと接近させていたのだ。これは真空で抵抗のない宇宙だからこそ出来る離れ技である。
そして全てのミサイルを撃墜したと思い込んで気が緩んだところを見計らい、スラスターを全開。彼女を奇襲したのである。
しかも、進行方向の制限と目眩の目的も込めて基地の砲台も利用した。彼女を取り囲むような砲撃で回避先を下方向だけに絞り、急速下降で慌てて回避したところに下方向からのミサイルを迫らせたのだ。
急速下降と急速上昇の相対。しかもビームの熱源に気を取られてミサイルに気がつくのが遅くなる。
それは完璧な奇襲だったが———。そこに、横槍を入れる者がいた。
「セレンっ!」
……ここで思い出して見てほしい。ネルアが9機のRAに相対した時、彼女が放ったミサイルは2本だったはず。しかし実際に爆発したのはナイアスを落とした時の1本であり、もう1本の所在は分からなくなっていた。
ネルアはそれをエンジンを切った状態で宙間に放置しており、伏兵としていつか使えないかと考えていたのだ。そして、今まさにそれを用いて横槍を入れてきたのである。
———そう、伏兵ミサイル同士の交錯だ。
「なにっ」
アーロンからしてみれば千載一遇のチャンスを潰されてしまった。彼は回避こそ成功させるが、お陰でターゲットはロスト。ネルアのミサイルと気を取り直したセレンの迎撃に挟まれ、最後のミサイルも止むなく撃墜されてしまったのだった。
「不味いな……」
せっかくの奇襲だったのに、それによって得られた成果はミサイル同士の相殺である。アーロンは歯軋りし、対して一命を取り留めたセレンはホッと息を吐く。
「……ありがと、助かった」
「温いねぇ。ミサイルなんかに構っているからそうなるんだよ」
「っ!分かってる……!」
ネルアの指摘を受けてセレンは視線を小惑星基地へと向け直す。同時に、13機と相対して回避に専念していたネルアもようやく均衡を崩すことができた。
「時代遅れのラジコンなんて———!」
アーロンの指示とパイロットの動きが微妙にズレる。それによって弾幕にほんの僅かな穴が生じた。
「っ!?これは———!」
本来の彼は、そんな事態を予測してある程度の穴ならば他機や小惑星のビーム砲でカバーできるように戦略を組んでいた。
しかし、意識と武装をセレンに割いていた為か、はたまた生じた誤差が想定外だったのか。それをカバー出来ないことを直感的に悟る。
———だが、その隙間だって本当に僅かなのだ。コンマ1秒にも満たないタイミングと数10cmのズレも許されない空間を、それこそ秒速数kmで通り抜けなければならない。文字通り針の穴に糸を通すような所業だ。
しかもネルアはセレンのカバーにも意識を割いていたのだ。直前までミサイル撃墜のためにドッグファイトも手伝っていたと言うのに、その上で別方面の僅かな隙を見つけ出すなんて———
「私の勝ちだよ」
———ネルアはビームが機体を掠めかねないギリギリをすり抜け、Y平面。つまり7機の側に到着。
平面を突き抜けて背後に出ると同時に人型に変形し、ビームソードを抜き放った。
「え……。あれ?アーロンさん、敵機が上に居ま———」
困惑の声が悲鳴に変わる。ネルアの放ったミサイルが一機のコクピットに直撃し、その爆風によってメインカメラが潰れたためである。
それは惨禍の幕開けを告げる合図。正面の敵には拡散砲が見舞い、自在に回転する機銃で主要部位を貫き、接近すればビームソードで機体を切り裂く。彼女は混乱の隙を突き、通り魔の如く手当たり次第に攻撃を仕掛け始める。
先の戦闘ではビームコーティングのお陰でなんとか犠牲者を二人に抑えられたが、今回はそうも行かない。何せビームコーティングのお陰で助かったと言うことは、イコール殆どの機体がビームコーティングを消耗してしまったことを指している。
今度こそ直撃を食らった機体は容赦無くダメージを受けるのだ。
「あはっ、自分の命を他人に預ける無能にお似合いの末路だよ!」
100発100中。RAの装甲は紙細工に刃物でも通すかの如く貫かれ、引き裂かれ、ほぼ同時に4機が沈んだ。
カメラを潰され、関節を潰され、武器を潰される。闇の中で死の瞬間まで動けず、反撃すら叶わない。
「———クソっ!」
5機目が沈み、残り2機もそれぞれ両足、武器を潰された継戦不可能に近い状態。
その時、腕を潰された1機がネルアの元に単身で飛び出した。
「ドロセア下がれ!」
「止めないでアーロン!」
彼女は左手に備え付けられたビームソードの出力をオンにし、それを構える。
「ナイアス姉と約束したの!ララだけは助けるって———!」
彼女がアーロンの回線を切って後ろの機体に通信を繋げると、そのコクピットにはすぐさま少女の声が響き渡った。
「姉様下がってください!軍人として、私が命を———」
「やめなさいっ!」
ドロセアはその声を遮る。同時にビームソードでネルアに切りかかるが、初撃はネルアの抜き放ったビームソードによって難なく防がれてしまった。
「軍人と言っても徴兵された少年兵でしょう!?それを躊躇なく死地に送り出せるあの人はおかしいのよ……!」
「ふぅん……。この中じゃあ及第点ってところかなぁ?」
パワー差のせいで鍔迫り合いは出来ない。そのため、ドロセアはネルア機の押し出す力に合わせて機体を回転させる。
ボクシングにおけるスリッピングアウェイの要領で全身を用いて打ち合いを可能にするのだ。
「こんな戦争で、負けが決まっているような馬鹿げた戦争でっ!それでどうして死ぬ必要があるの!?オシリスなんて作ったところで何も変わらない。ここで壊れて敗戦の理由になった方がマシよ……!」
「あははっ!必死だねぇ」
彼女は背後の妹を逃すために全力で戦う。機体の全身を用いた大ぶりな打ち合いがその必死さを醸し出すようだった。
「クソッ!必死に生きていたのに。なんで、なんでこんな目にっ……!」
さも当然のように自己犠牲を選んでいるが、そんな彼女だって20代半ばの若者だ。もちろん死にたくなんてないのだ。
クソみたいな国に生まれて。物理的に選択肢なんて殆どない子供生活を送って。その中で研究者と言う働き先を見つけて。
そして辺境で秘密兵器の開発をさせられて、親は戦争で死に、姉を殺され。最後にはこうやって捨て駒にされるのだ。
彼女は叫び、悲しみと悔しさの混じった涙を流す。自身の死に怯えながら、死した姉に顔向けするために最後の仕事を務める。
「あははっ……!」
ドロセアの抱く悲哀を感じ取ったのかネルアは嘲笑を浮かべるが、その目はどこか笑っていなかった。
そこには嘲りすら浮かんでおらず、ただただ目の前のパイロットを冷たく見遣る。
「そうやって自分が不幸だと信じながら死ねるのは幸せだねぇ」
彼女たちは切り結ぶ。ドロセアは目の前の戦いに必死だが、ネルアは彼女との戦いなど苦でもなんでもない様子だった。
先ほどまでのネルアの動きを見ていれば彼女の違和感に気がつけるだろう。それはやけに無駄のある動きをしていると言うことである。
手動操作のRAなんてトランス・システムの機動力を用いて3次元機動で叩けばすぐに終わるのに、なぜか時代劇の如く律儀に相対して棒立ちで打ち合っている。まるでワザと倒すのを遅らせているようだ。
ドロセアとしては棒立ちで切り結ぶのに必死なため、舐めプされているとは到底思えない。
彼女のカメラ目線だと、眼前のネルアはまるで踊っているように見えた。それはコサックダンス。腕はビームソードを単調に振りながら、足だけがやけに左右に動いているのだ。
……足。
ネルア機の足に一体何がついているのか。そう、それは機銃である。
では。機銃のついた足を左右に激しく動かすとどうなるのか。それは、機銃が相対するドロセア機の影から出るようになるのだ。
では、機銃をドロセア機の影から出してどうなるのか。それは、ドロセアによって隠されている背後を狙えるようになるのである。
———つまるところ、背後の機体を狙い放題と言うことである。
「えっ———」
閃光と異物の衝突に気がついてドロセアが後ろを振り向けば、その背後に残っていたのはRAの残骸だけだった。
足を落とされて機動力を削がれていたララ機は機銃の連射を避け切れず、敢えなく撃墜されていたのである。
理解したくない現状にドロセアの脳が一時停止する。一瞬呆気に取られ、そしてその顔が憤怒に染まった。
「———!!」
「時間稼ぎご苦労様」
声にならない怒りをネルアは一蹴する。
ネルアの眼中にはすでに———いや、最初からドロセアなど捉えられていなかった。落とそうと努力していたのは背後の機体だし、その視線の先にいたのはZ平面から駆けつけて来た6機のRAであった。
彼女がワザと手を抜いて近接戦闘を長引かせていた理由がこれだ。その6機は彼女に攻撃可能な位置まで近づいていたが、味方機が鍔迫り合いをしていたため誤爆を恐れて攻撃を仕掛けられなかったのだ。
ネルアはその心理を読み、彼らが自分の間合いに入るまで敢えて戦闘を長引かせていたのである。自分に有利な環境をセッティングし、ついでに背後の機体も落として一石二鳥と言うわけだ。
そしてその目的が達成された以上、もはや棒立ち戦闘を継続させる必要などない。ネルアはドロセアの切り払いを急速下降で避けると、用済みと言わんばかりに彼女を放置して6機の元へと向かう。
「ふざけ———」
———が、機体は下がっても機銃は上を向いていたし、背中に背負っているビーム砲だって上を向いているのだ。直立状態から真上に射撃すると自分の機体に損傷を生じさせてしまうため彼女は膝を折り曲げた形で降下している。
その不自然さに気がつければこの攻撃は避けられただろう。
ドロセアが下に向き直って突撃を仕掛けようとした瞬間、3連続攻撃がそのコクピットを撃ち抜いたのだった。
その断末魔は誰にも届かない。いや、突然すぎて声すら上げられなかった。
何も守れず、何の成果も上げられず、後世にも語り継がれない特攻などただの犬死にだ。
残る6機だってまんまと餌に引っかかって懐に潜り込まれてしまった以上、時間こそ稼げても勝てるはずがない。
———そして、戦場の優劣が決したのは小惑星基地もまた同じだった。
「見掛け倒しが……!」
セレンは荒い息を吐く。紆余曲折もあったものの、ミサイルの迎撃を機に勢いづいた彼女が6門の砲台全てを沈黙させた。もはや基地の防衛能力は0に近い。
「こちらセレン。基地の防衛能力を無力化完了」
「ナイス!こっちもあと少しで終わりそうだよ」
RA隊は壊滅寸前で基地の戦闘能力は喪失。
絶望的と言うよりは絶望そのもの。優劣どころか雌雄が決したと言っても良いだろう。
「ビーム!?あ、腕、落ちてる。足も……?え、何も見えない———」「アーロン次は!?奴はどこに———」「怖いっ、死にたくないよぉっ!」「RAなんて操れない!アーロンさん助け———」
アーロンはトランス・システムによって全パイロットと同時に通信を繋いでいるため、彼の頭の中にはいくつもの悲鳴がこだます。悲痛な叫びと断末魔、肉が焼けて機体の崩壊する音が脳を蝕む。
「あははっ、さっさと出てきなよエースちゃん!捨て駒の命が無駄にならないようにさあっ!」
そしてネルアの煽り声は、宇宙空間を介してなお彼の頭に届いているようだった。
「……。分かっているさ」
———この作戦における護衛対象には、秘密兵器であるオシリスは当然としてそのパイロットであるアーロンも含まれている。
護衛対象が自ら打って出るなど倒錯の極みだが、ここまで追い詰められてしまうと護衛対象にも優先順位をつけなければならない。
もはや4の5の言っている場合ではないのだ。
最悪な展開に最悪の敵。想定できる限りで最も最悪な事態。本当に———最悪だ。
「———博士、いくよ」
限界を迎え、アーロンが動き始める。