1章-5話:超人的な勘
一人は無表情で、一人は笑顔を貼り付け、彼らの瞳孔が大きく開かれる。
熱源レーダーにビームの感あり。小惑星基地からの攻撃だ。
その情報をAIが分析して彼女たちを狙っていると警告を告げるが、それよりも早くに二人は回避行動を取っていた。
彼女たちは最低限の動きでビームを避けようとするが、カメラの情報から他の砲台が自分たちの移動先を補足していることを把握。次弾の位置を予測すると飽和攻撃に備えて前方への速力を落とし始める。
「あはっ!黙っていると思ってたら激しい奴」
予想通り。一発を避ければ移動先を狙ってビームによる偏差射撃が飛んで来るが、三次元の偏差射撃を面で撃って当たるはずもない。
……いや、これだけ精密性の高い連続偏差射撃となると一般のパイロット程度ならば回避に苦労するのだが、彼女たちにとっては朝飯前と言うことである。
躱すのは容易く、そしてそれで満足するほど甘くもない。
「まさか、この程度で足止めが叶うとは思っていないでしょうね」
「ほんと、見え見えの誘導しちゃってさぁ!」
彼女たちの通信は音声通信からトランス・システムを用いたリアルタイム性の高いものに切り替わっている。それによって二人は瞬時に情報を共有し、作戦を立てていた。
この攻撃が直接の撃墜を狙ったものではないとしたらどんな意図があるのか。セレンは足止め、ネルアは誘導だと瞬時に予想を立てる。
「足止めだとすれば何を待っているのか」
「射線が低い。一見すれば足を狙っているけど、誘導だとすれば上に行かせたいってことっ……!」
彼女達の意思が共有される。相手の作戦を読み、それを打ち壊すための策略が生み出される。
ビーム砲を躱すために散開していた二人は、一転して小惑星基地に対して一直線になるように移動する。ネルアが前、セレンが後ろに並ぶように位置し、2方面に分散していた砲撃を敢えて集中させるような不思議なフォーメーションだ。
息もつかぬ連携で攻撃を避け続ける中、突然ネルアが目を見開いた。その目は、自分達が誘導されている上空とは反対の小惑星基地の下側に向けられている。
「見えたっ!セレン、1.5秒後にビーム砲チャージ74.5%、そのタイミングでバースト!」
何が見えたのか、それはわからないため置いておこう。
基本的にRA程度のビーム砲はチャージ時間なしでも砲撃可能だが、セレンの持っている大型の口径砲はチャージすることで威力を増大させる事ができる。
ネルアはセレンに対して出力を指定し、タイミングも指示する。加えて攻撃箇所についてもトランス・システムを用いて共有した。そこは、一見では何の変哲もない小惑星の岸壁の一部である。
そこを狙ってどうなるのかは分からないが、ネルア自身が持っているビーム砲は拡散式のためセレンの高出力ビームで狙撃をさせたいのだろう。
「了解」
先ほどまで小煩く口を挟んでいたセレンが素直に従って動く。
「敵砲台の射線を収束させるから、バーストの0.2秒前に射撃地点へ!」
「言われなくとも……!」
先ほどから、彼女らは一直線に並んで敵の攻撃を集中させている。これは一見メリットがないように思えるが、攻撃が集中する言うことはつまり攻撃の分散率が下がることも意味している。
回避の難易度は上がるが、広範囲に縦横無尽な攻撃を仕掛けられるよりはこちらのペースに引き込みやすいのだ。
二人は動きをシンクロさせ、その上でネルアが前に出ることによって攻撃を自身に収束させる。それによってビームの弾幕が狭まり、セレンが自由に動けるタイミングが発生した。
その瞬間こそが砲撃の0.2秒前。間髪入れずにセレン機が急速下降。背中に担いでいた大型口径のビーム砲を指定されたターゲットに向けた。
———そして、その瞬間だった。
小惑星基地の一部、岸壁だと思われた灰色の塊が突然動き始めた。どうやらそれは岸壁に偽装したハッチだったようで、中から光が覗き始める。
そして———そのハッチこそが、ネルアの指定したターゲットであった。
彼女は宇宙の暗闇の中で灰色に偽装されたハッチを見抜き、開閉のタイミングまで読んで攻撃の指示を出したのである。
「ビーム砲発射」
「あはっ、全部殺しちゃえっ!」
開き始めたばかりのハッチの中に何があるのか。そんなもの分かる筈がないのだが、ネルアはとっくの昔に気がついている。
———超人的な勘。しかし、それを有しているのは彼女だけではなかった。
「———ダメだ、ハッチ閉じろッ!」
それが響き渡ったのは小惑星基地の中。叫んだのはアーロンである。
「えっ、それは……」
彼が閉めろと命令したのはRA射出用のカタパルトハッチの一つである。この小惑星基地には2つのカタパルトがあり、そこにはそれぞれ9機のRAが待機していた。
彼らは、小惑星基地の砲撃によって敵機を引きつけている間に18機を一斉発進する予定だったのである。
そのため、発進直前にそれを取り消す指令が飛んで来て通信先の男は困惑する。しかし、アーロンは彼を無視して独断でハッチを閉じ始める。
彼は現在、トランス・システムを用いて小惑星基地の殆どの権限に同時アクセス可能になっている。それを用いて全力でハッチを閉じるが、先ほどまで開こうとしていた扉に突然別ベクトルの力を加えるのだからすぐに閉まる筈がない。
「全機全力待避!ハッチの前から離れるんだ!」
「か、カタパルト止まりません。射出動作停止不可能です!!」
同時に指令も飛ばすが、それでは間に合わないことをその直感が告げていた。そしてカタパルトの先頭に位置するRAはもはや射出動作の停止が間に合わない。
一本取られたことを、認めざるを得なかった。
「やってくれる……!」
アーロンの怨嗟が溢れた次の瞬間、宇宙空間を巨大な閃光が貫いた。
そして小惑星基地全体を揺れが襲う。セレン機から放たれた高出力のビーム光線がカタパルトの一つに直撃したのである。
「あ、アーロン隊長!光が———」
通信機から絶叫がこだますが、それはすぐに消えて失せた。ハッチの隙間から侵入したビームがカタパルトを直進し、先頭に位置していたRAを穿ったからである。
カタパルトの加速とビームの閃光に挟まれ、その機体は磨り潰されるかの如く一瞬で貫かれる。そのためビームの勢いは衰えることなく、後ろで待避を試みていたもう一機のRAにも直撃した。
「カタパルトが外れませ———」
焦燥感に包まれた女性の声はやがて悲鳴へと変わり、破壊音と共に切断された通信が新たな犠牲者が出たことを告げる。
これで2機。残った7機の内6機は退避に成功したが、最後の1機がまだ逃れることが出来ない。
「くそッ、だからRAってのは———」
そのパイロットは思い通りに動かない機体を見限っていたようで、コクピットを開けて外へと脱出した。
前方の機体が攻撃を受けている間に自分だけでも退避しようと言う魂胆だったが、一歩外に出ればビームの放つ強烈な熱と衝撃が彼の体を直接襲うことになる。例え宇宙服を身につけていてもそのエネルギーを全て受け止める事などできない。
彼は凄まじい勢いで壁に叩きつけられて動かなくなった。
やがてビームは前方の機体を貫き操作主の消えた後ろの機体へと迫るが、寸前でその照準は上へと逸れた。ビームは機体の頭部を掠って壁へと激突する。
「軍隊で独断行動は御法度だってのに……!」
それは、アーロンが小惑星基地をズラして照準を僅かに逸らさせたためであった。
小惑星を縦に回転させることでビームはハッチを逸れ、やがて岸壁へと直撃する。
「あはっ、やるぅ」
セレン機がビーム砲を撃ち放ってから僅か3秒にも満たない間の攻防。しかし、その3秒でRA2機が撃破されて3人が死んだ。カタパルトだってビームの熱と落盤によって使用不可能な状態になっている。
奇襲が完璧に決まった形になるが、まだ戦闘は始まったばかりである。何故ならばセレンが穿ったのは2つあるカタパルトの内の一つでしかない。
もう片方からは予定通りに全機が発進して、今まさに仇を打たんと彼女たちに迫っていたのだから。