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宇宙の亡霊 <Birth of the Space Ghost>  作者: 雪道風岬
1章:ラーの夜明け
18/21

1章-16話:強化人間メテラ

———音が。


「……」


———音が、鳴っている。

その机を揺らすバイブ音は、友からのメッセージを思い浮かべて好きな人もいれば、公的な何かを思い浮かべて苦手に思う人もいるだろう。


……いや、カスタムが自在なこの現代において携帯の着信にバイブ音を使っている人も少ないか。となれば、この音を聞いて思い浮かべるのは単純に『何かが送信された』と言うことかもしれない。


「……誰よ」


そして、不機嫌そうな声と共ににゅっと伸びた腕が鳴り響くバイブ音を止めたのだった。


「どうせネルア……。いや、ネルアは哨戒任務中か」


タブレット端末をスタンドから取り外すその指は細く、色白い。

しかし、宇宙空間による不健康さではなく、生まれつきある程度色白なように見受けられる。細長い指も余計な肉を排した結果なのかもしれない。


「ルーナの通知は切ったし、他の誰かしら」


ボソボソと呟くその声は掠れ気味だが、イラつきと言う明確な意志を持っている。

彼女がタブレット端末に相対すると、黒い液晶に彼女自身の顔が写った。


「……」


どうやら寝起きらしく、その目は声よりも不機嫌そうに細められている。また、150cmちょっとの低身長に対しては整った顔立ちだ。高校生くらいだろうか。

彼女は視界を横切るボサボサの白髪を払い除けると、タブレットにパスワードを打ち込んでメッセージの主を確かめる。


「……」


メッセージアプリの1番上に表示された『ルーナ:25件』の通知を横目で流しながら最新のメッセージを表示すると、そこには意外な名前があった。


「ネルアじゃん。あいつ任務中に何しているのよ」


軍事用とは言え任務中にメッセージアプリを利用するなんてご法度だし、いくらトランス・システムと言ってもRAに乗りながら携帯を弄るのは危険だ。

作戦が中止にでもなったのかと思いながらチャットを開くと、縦にびっしりと並んだ長文が目に入って来た。


『やっほー!小惑星帯の警備任務お疲れ様―!RA操縦中のながらスマホを心配してくれているかもしれないけど、今はセレンの中だから平気なんだ。暇だから連絡しちゃった♡』

「……。元気そうで何より」


ネルアはメッセージの頻度こそ少ないのだが、一文がとてつも長い。

寝そべりながら流し読もうとしていた彼女はそれを思い出し、ベッドに取り付けられた身体固定具を外すと机に向き直るのだった。


『いやー、今回の任務は大変だったよ。哨戒任務のはずがE-7で目的の研究施設を見つけちゃってさ。そしたら大尉ってば2人で基地を落とせって言うんだよ?まあ基地そのものと研究者風情なら相手にならないし別に良いっちゃ良いんけどさ。ただ、その後に出てきたパイロットが面白かったのよ。基地が見える前からなーんか雰囲気は漂っていたんだよね。覚えてる?3ヶ月前の任務。ホルス宙域E-1を哨戒してたら民間線沈めちゃったやつ。多分あの時のパイロットだと思うんだけど、オンボロ機体の癖によくやるのよ。私がミサイルでカタパルトを———』


———その後は暫く戦闘にまつわる長々とした独り語りが続くため、彼女は情報をシャットアウトした。

『ホルス国の研究施設を見つけた。攻撃を仕掛けて壊滅させた。以前交戦したエースパイロットが現れた』取り敢えずこの情報さえ頭に入れれば十分だ。


「……本当、こいつには恐れる心がないのかしら」


アーロンとの接戦を長々と書いたかと思えば、それと対比するように研究員の撃墜光景を無様だと論って並べて行く。数十機に取り囲まれて一歩間違えれば命を落としていたと言うのにそんな恐れを全く感じさせない。


「はぁ……」


戦闘で味わった興奮をただただ書き殴ったような文章を眺めて白髪の少女はため息を吐く。

しかし、そのため息は単にネルアの戦闘民族さに呆れを呈したのではなく、もっと広いところに向けられているようにも感じられた。


「……あんなに優しいのに、どうしてそんなに残酷になれるのかしら」


何かに対する怒りと諦念、そして哀しみの混じった呟きをこぼすと、彼女は再び文章に目を通し始めた。

研究員を殲滅した後はアーロンとの戦闘が再開しており、彼が敢えて武装を減らした置きバズーカで自分の撃墜を狙ったことを褒め称えている。


「……!」


セレンが回避不能な特攻を仕掛けられた下りを読んで彼女の心臓はドキッと跳ねるが、致命傷を食らっていればこんなメッセージは送れまい……と思い至って首をブンブンと横に振った。


その後は駆けつけたセレンと協力して彼を追い詰める工程がざっくりと書かれており、その粘りを称賛しつつも今度は出撃して来た新型RAに話題が移る。

ネルア目線のため名前は書かれていないが、オシリスのことである。


「はぁ、ようやく本題ね。『勝った』と書くだけでこれだけの文量?」


単純に文章が長かったのか、ネルアを反射的に心配してしまったことへの照れ隠しか……もしくは、その両方か。

彼女はブツブツと文句を言いながら、このメッセージの一番大切であろう箇所に目を通す。


『でねー、お兄さんを追い詰めてたら新型が出て来やがったの。ただ、戦った感想としては武装が多いなぁってだけだったけどね。とにかく全身にビーム砲を積んで殲滅力特化って感じ。セレン用に開発している大型RAとコンセプトは同じかな?大尉からのリーク情報だからよく知らないけどさ』

「リークって……。そうやって私たちを贔屓にしているからロリコン大尉とか呼ばれるんですよ」


リークと言う大層な呼ばれ方をしているが、要するに『大尉』と呼ばれる彼女たちの上官が喋ってはいけないことを色々と教えてくれるのだろう。

……まあ、それで外部に情報が漏れたら大問題だしリークで合ってはいるか。


「(セレンの専用機ね……。同位体の生体ユニットを用いた空間把握能力サポートシステム搭載型RAみたいな噂を聞いたことがあるけどそれかな?ネルアよりも先に専用機を貰える理由がないし、新システムの実験みたいなものでしょう)」


彼女は自分にしか分からないことを心の中で呟きつつ、新型機体のイメージを済ませる。汎用性を追求した現状のRAを改良した大型RAなんて想像は容易いものだ。


『足もついてなくて宇宙戦闘特化。スカート型スラスターを用いた一方向への加速度は驚異的だけど、戦闘機形態のバトルヒュームMK IIよりは少し遅いしその程度だね。ミサイルポッドも付いていて、弾数は不明だけど少なくとも20発はある。後は胸の機銃と、そうそう指のビームソードが凄いんだよ!爪みたいにシャキーンって伸びて攻撃して来るの。ソードと言うよりはフェンシングの針って感じ?あんな細い形状にして何が強いのかさっぱりだけど、獣みたいでカッコ良いんだよ!』


戦闘を思い出して興奮しているのか、分かりやすく文章がノリノリになっている。


「ふぅん。量産されたら大変そうだけど、これを扱えるパイロットがあっちに何人いるのかしら」


ミサイルは当然警戒するにしても指ソードは初見殺しだなぁ……と思いながら続きに目を通すと、ふと見慣れないワードが出現した。


『後は、スラスター搭載型のワイヤーがなかなかトリッキーで面白かったね』

「……ワイヤー?」


曳航用のワイヤーなら知っているが、そんなものをどうやって攻撃に活かすのか。


『ワイヤーでミサイル防衛網を張ったり、戦場に転がっているビーム砲の引き金を引いて思いがけない場所から攻撃を加えたり。あれは使い手の技量が試される兵器だねぇ』


続く文章でワイヤーの使い方は分かった。しかし、それを理解した彼女は更なる困惑に包まれるのだった。


「?何それ。ドローン積めばいい話じゃないの?」


あり得ない方向から攻撃を加えたいのであればドローンにビーム砲を積んで飛ばせば良いし、ミサイルの迎撃だってドローンの射撃を当てれば良い。タイムラグが大きい上に数に限りもあるワイヤーを利用するなんて非合理的じゃないかと彼女は思ったのだ。


しかし、メッセージの続きが具体的な交戦内容に入ったことでオシリスの武装がそれだけなことを理解する。

それではワイヤーを使う理由は何かと考え———彼女は一つの明確な結論にたどり着いた。


それは()()()()()()()()()()()()()である。


「(トランス・システム搭載のドローンを開発する余裕はないし、資源にも乏しいからワイヤーを使って他機体の武装をリユースするってことでしょ?……よくもまあ貧乏精神の賜物を新型兵器と銘打って売り出せるわね)」


斜め読みしている交戦内容にもオシリスがワイヤーで撃墜機体の武装を利用したことが記されている。

考え方は分かったが、彼女の言う通り貧乏精神の塊のような兵器だろう。


新型兵器と言っても所詮は悪足掻きか……と思っていると、メッセージの最後の段落に行き着く。そこにはこう書かれていた。


『って訳で撤退しちゃったんだよね。今はセレンに抱きつきながら打ってまーす。羨ましいでしょ。で、そんな感じの云々があったのが10:35。そっちの任務が時間通りに終わったら14:00くらいにD-7だよね?お姉さんが小惑星基地の周りに留まってくれればいいんだけど、運悪く遭遇するかもしれないからさ。気をつけてね♡ ネルアより愛を込めて』


お姉さんって誰よ。アカウント名は自動で表示されるし末尾の名前もいらない———と、名前に付随された文言も込みで突っ込みたいのは山々なのだが、それ以上に気になる文言がある。

それは当然、『交戦が終わったのが10:35』と言う箇所である。


慌ててタブレットを確認すると現在時刻は14:22である。宇宙における衛星通信、特に軍事施設を通じた通信のリアルタイム性は低く、3時間近く前のメッセージが今更届いたのだろう。

彼女は続いてGPSを確認し、現在位置とE-7の距離を確かめる。


「(近い。3時間もあれば十分ね……)」


直線距離で言えば余裕だ。お釣りすら来るだろう。

しかし、360度自由に広がる宇宙を秒速10kmで一直線に飛んだとしてそれで運悪く自分とかち合う可能性はかなり低い。


それこそ死亡率ばかりに目が行って確率の低い飛行機事故を恐れるようなものなのだが……それを恐れる人が多いのもまた事実だ。


「……」


———そして、タブレットを握りしめて暗い顔をしている彼女もまた同じような思考なのかもしれない。

先ほどまでの凛としながらどこか擦れているような表情とは異なり、さっと血の気が引いたように表情が固まっている。


彼女が震える指で民間製のチャットアプリを開くと、そこにもネルアからの一件のメッセージが届いていた。


『ごめん!こっちには詳細書けない!でも忠告はしておくね———』


そんな前置きの後に、一言だけ言葉が添えられている。



『———化け物が来るかもしれないけど、死なないでね』


そのメッセージが届いたのは11:00。ネルアなりに軍機に反しない範囲で手を尽くしてくれていたようだが、寝過ごして無視していたらしい。


彼女は画面に表示された『死』の文字を覆い隠すようにタブレットを握りしめると、小さく呟く。


「……誰が、死ぬもんですか」


それは本来の調子を取り戻すための喝だったが、その震える声には怒りや恐怖、卑屈さのようなネガティブな感情が混じっていた。

取り敢えず形だけでも気持ちを整えようとパイロットスーツに手を伸ばすと———


「———!?」



———彼女の全身を、言葉で言い表せない感覚が襲う。


「ネルア、ルーナ?……いや違う」


反射的に呼んでしまったその名前は全身を襲うこの強烈な気配に該当し得る人物なのか、恐怖が今ここにいて欲しい人物を口走ったのか。


「あの二人よりも芯が通っていなくて、液体みたい。それでいながら本質は硬いけど、暖かい……?」



———それとも、この気配に対してその二人と接している時のようにどこか心地良さを感じているのだろうか。

いつの間にか震えが止まっていた腕を抑えながら、彼女はブンブンと首を横に振った。


「分からないけど、本質はどうであろうとも、この気配は敵で間違いない。強烈な存在が迫っている……!」


真空空間を通して、確かに何かが伝わって来る。彼女は内線を取り、オペレーターに連絡を繋ぐ。


『はい。こちらオペレーター、何のご用ですか?』

「特殊作戦支援部隊の()()()です。艦長に繋いで下さい」


特殊作戦支援部隊。その単語を聞いた相手が硬直する様子を電話越しに感じ取っていると、すぐさま声の主が変わった。


『は、はい、艦長に代わりました。この度は小惑星帯の哨戒と言う辺鄙な任務に協力いただき誠にありがとうございます』

「いえ。こちらこそ、無理を言って同行させていただきありがとうございました」


彼女———ないしメテラが小惑星帯の探索に同行していたのは、こちらもオシリスの研究室を探すのが目的だった。

火星よりも外に位置する小惑星帯を直接哨戒する行為は準備に時間がかかる上に装備が高価かつ特徴的なため、この時代においてもおいそれと実行できるものではない。そのため、事前に準備を進めていた部隊に対して強化人間部隊の管轄である月の総本部がメテラを同行させるように圧力を加えたのである。

名目は敵戦力に備えた傭兵だが、その実態は基地や新型兵器を発見した際に機密を保持しつつ確実にそれらを確保するための特殊戦力と言うことだ。


この船の艦長が言葉を詰まらせているのはメテラがエースパイロットなためだろう。強化人間部隊は多くの艦艇を撃墜して開戦を有利に進めた英雄であり、表向きは超エリート集団として認識されている。

階級こそ違えど、その立場の差は大きい。小惑星帯哨戒船の艦長程度で釣り合う相手ではないのだ。



その気弱な様子に一抹の不安を覚えつつも彼女は本題を切り出す。


「突然ですが、E-7についてご存知ですか?」

『E-7?隣の宙域ですよね。それが何か?』

「この4時間以内に、連絡が届いていませんか?」

『……?あんな辺境に地球軍直轄の本部は存在していなかったと記憶していますが……』


メテラが遠巻きに尋ねたのは『E-7に関する情報が届いていないか』と言うことだが、それを受けた艦長は『E-7から情報が届いていないか』と受け取った上でそんなところから情報が送られてくる訳がないと返している。


「(言えないのか、最重要機密だから知らされていないのか。……この反応は後者ね)」


———敵の秘密基地を襲撃して新型RAを発見した。ついでに取り逃した。

そんな情報が外部に漏れては困るし、内部でも選ばれた人間にしか共有できないだろう。最悪の場合はネルアたちから対面で話を聞けるまで判断を見送っているかもしれない。ここの艦長が知らなくて当然だ。


「(不味いな。軍事機密を話す訳にはいかないし、話したところで信じて貰える材料がない)」


思ったよりも都合の悪い現状に不安を募らせていると、突如通信先が慌ただしくなり始めた。


『なにっ、()()()()()()()()()()()だと……!?』

「っ!本当に来たの……!?」


———彼女の勘の通り、何かが近づいて来ているのだ。


「艦長。敵影と聞こえましたがその情報は本当ですか?」

『え?い、いや、レーダーに映っただけでまだはっきりとは……』


煮え切らない返事に苛立ちを覚えながらも彼女は現状を整理する。


「(この船のレーダーは1.25万km。限界速度を秒速10kmだと仮定して到達まで21分程度。やぶれかぶれの単騎突撃なら、この距離から牽制射撃を仕掛けて来てもおかしくないけど———)」


すると、通信先から声が上がる。


『え、左足しか残っていないコスモスシューターⅢだって?……いやぁ、失礼しましたメテラ少尉。どうやら漂流機体のようです』

「(ホルス国の旧型機。E-7の戦闘で破損した機体?偶然流れ着いてレーダーに入った?……いや、そんな訳が無い)」


あり得ない話ではないが、直感が違うと告げている。加えて再び通信先が騒がしくなり始めた。


『なにっ、もう一機残骸が?……しかもバトルヒュームだと!?』

「え、バトルヒューム!?」


艦長も驚いているが、それを受け取ったメテラもよほど想定外だったのか目を丸くしている。


「(バトルヒュームは強化人間専用機体。無印だって候補生にしか搭乗が許されていない。撃墜された記録はもちろんないし……)」


無敗の強化人間専用機の残骸など存在するはずがない。

……しかし、ネルアからのメッセージを思い返して一つだけ心当たりが浮かんできた。


「艦長、バトルヒュームの色は?」

『色?ええっと———』

「———もしかして、緑色ですか?」


艦長の言葉が途切れた直後にメテラが言い放つと、通信の先で驚きの声が漏れる。


『その通り、緑色です。どうして分かったのですか?』

「(やっぱりネルアが乗り捨てた機体ね。でも、同じ戦場で撃墜された機体が数万kmも離れた場所に同じような形で漂着してくるなんてあり得るの?)」


やはり偶然ではないだろう。艦長の言葉は無視し、この意味を推測していると———



「———っ、来る……!?」


———言葉が口を衝き、それと同時に船体が大きく動いた。


『なにっ!?sin1.16,cos5.11よりビーム12本!』


窓から外を食い入れば秒速1000kmを超えるビームが宇宙空間を貫いてこちらに飛んで来ている。

殺人的な光の列は恐怖を煽るが、この距離では到達まで12秒近くあるため流石に被弾はしない。


「2連装のビーム砲6本。ネルアの言っていた通り……!」


AIによる自動回避システムが荒っぽくも最短で最適な回避行動を取るが、すぐに回避先を狙って次弾が迫っている。


『っ、残骸の間に稼働機だと!?メテラ少尉、大型RAがビームを乱射しながら近づいて来ます!』

「敵影ですね?私が出ます、部屋を開けて下さい」


表向きは出撃要請だが、彼女が望んでいるのはさっさとRAに乗ることである。

ビームが飛び交う中で武装も練度も知ったもんじゃない哨戒船に缶詰なんてゴメンだし、いざとなれば戦闘機形態で離脱すれば良い。


向こうとしてもエースパイロットの自分を出さない理由がないだろうと考えて出撃を要請したのだが———


『い、いえ!哨戒の任務は無事終わりましたので。これは我々で対処いたします!』

「は?」


……思わず頭の中が口に出てしまった。彼女はごほんと咳払いして仕切り直す。


「……確かに、契約の内容は『小惑星帯間の移動と小惑星帯に限った自由戦闘』でした。でもこれは緊急事態ですよ?」

『いえ、作戦外で少尉にもしものことがあったら———いけませんから!』


———作戦外でもしものことがあったら私の首が飛ぶ。

そう言いかけて慌てて軌道修正したのだろうと彼女は察する。


階級の低いエースパイロットに船体の操作や索敵を任せたり、偶然通りかかった体で敵の基地を襲撃して手柄を立てる……と言った過去の悪例を繰り返さないための契約なのだが、それが悪い方向に働いているようだ。


「(同じ保守思考でも生存第一なら私を出しただろうけど、立場に縋っているとこうなるのね。クズはクズでもベクトルが同じ方が気が合うみたい……!)」


階級社会の軍隊において、彼が立場が下の自分に散々へり下っていたことからもその性格は窺える。

しかし、引く訳にはいかない。


「一人で戦って、ダメそうなら戻りますから。今出撃させて貰えればそちらの手も煩わせません」

『いえいえ!こちらで8機を出撃させて迎撃に当たらせますよ。RA単騎なんてどこかの敗残兵でしょうし、8倍の戦力なら負けやしません!』



———戦場では遠距離では銃撃戦、敵が近づいてきたら近距離武装に切り替えて攻撃、兵士が生存のために必死で戦う……なんてイメージがあるかもしれないが、これは現代の2020年ですらそんなことはない。戦場とは純然たる情報の分析と統計学によって形成されているのである。

人数が有利なら、技術が有利なら、地形が有利ならば勝率は上がる。味方の死亡率も当然減る。

しかし、そこに兵士一人一人の個性など含まれておらず、一定割合の兵士が死ぬなんて当たり前。兵士とは引き算でしかないのだ。


一般兵卒にとってRAの正面対決とは運と数の優位で勝敗が決まるものであり、その判断基準をメテラにも適用しているのである。


『それでは、部隊の指揮に移るので通信を切ります!』

「は!?RAは指揮を出すような———」


逃げるように通信は切られてしまったのだった。


「っ、私が堕とされるなら強化人間呼んで来ないと勝てないっての……!」


怒りを込めて壁を叩くと、拳を起点に右腕全体を壁に押しつけて怨嗟の声を吐く。


このまま部屋に閉じ込められて戦闘が開始すれば、何も出来ずに死んでしまうだろう。

———RAから降りて自分の無力感を味わうこの瞬間が彼女は大嫌いだった。


「だから、強化人間科の監督していない船には乗りたくないのよ……!」


仲間がいれば、あの人がいれば。……もしくは、自分に艦長を説き伏せるだけの何かがあれば。

そう考える度にこの状況に苛立ちが募る。


接近に伴って段々と船体に近づいているビームと、その発信源へと直行する8機のRAを、彼女は恨みがましい目で見送るしかないのだった。

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