1章-15話:オシリスとアルファラ
少女を照らし続けた太陽は最後まで鮮烈な輝きを放ち———そして、消えた。
意識を手放した中で、痛みや恐怖を感じずに逝けたことは幸運だったのだろうか。
オシリスを守り抜くことが出来て、彼は満足だったのだろうか。
「あ、あ……」
その結果妹の目の前で命を落として、それで良かったのだろうか。
実の妹が最新兵器に乗って敵のエースと対峙しているこの光景を、彼は望んでいたのだろうか。
「んっ、この感覚は……!」
セレンとアルファラの元に接近しようとしていたネルアは、突如体を通り抜けた不快な感覚に身震いする。
「……ああ、お兄さんをやったんだね」
そして、その感覚とセレンから飛んできた通信内容から事態を把握した。
「やったよネルア!私の勝ち、あいつをやっつけたんだ!」
……彼女がはしゃぐ声は、年相応の子供のようだった。
自分達を苦しめ、命を奪いかねなかった脅威を排除出来たことを本能的に喜び、同時に勝利と言う高揚感に煽られているのである。
———ミサイル5本を囮にしてパイロット一人を焼き殺したことを、勝利だと喜んでいるのだ。
「ん……。ま、いいんじゃない!」
ネルアとしてはオシリスに乗った彼と健全な機体で全力で戦いたいと言う気持ちも少しはあったのだが……。
そんなことが実現していたら仲間内にも被害が出ただろうし、それこそセレンが犠牲になっていたかもしれない。自分の戦闘欲を抑え、エースパイロットを排除した彼女のことを褒める。
「これよりも強いパイロットなんてホルスにはいないだろうし、終戦も近いだろうね」
数多の戦場を駆け回って数百機のRAと交戦して来た彼女は、ホルス国に彼以上のパイロットが存在しないことを知っていた。
「(この新型RAの情報を重く見て、地球はホルス国を脅威として捉えるはず。近々全戦力を用いてコロニー攻めを開始するだろう)」
同等以下のパイロットならば2人ほど知っているのだが、それも自分を含む強化人間部隊で総攻撃を掛ければどうとでもなるはずだ。
それゆえにやはり残念なところもあるのだが……。
「うん!平和になったら、きっとみんなで学校に行こうね。私たちはようやく普通の人間として生きられるんだ」
「……そうだね」
通信越しに伝わってくる彼女の幼い顔を思い浮かべると、そんなことは口が裂けても言えないのだった。
二人はほっと一息つけたかのように笑い合うが———
「———あ」
———ここは戦場だ。誰かが笑うと言うことは、それは同時に誰かが泣くと言うこと。
「ぁ、う、うぁ……」
兄の残影から目を背け、アルファラは背後を振り返る。そしてその視界に水色の機体を捉え———
「うああああっ!!」
———雄叫びを上げながら兄の仇へと飛びかかるのだった。
「セレン!!」
アルファラは被弾面積など気にせず、前のめりの姿勢で真正面から突進する。
6門のビーム砲と2門のビーム機銃が乱射され、18発のミサイルが全弾発射される。ミサイルはビームを縫うようにして放射線状に広がり、セレンを包み込もうと迫る。
「っ!!」
セレンは咄嗟に上昇して距離を取ろうとするが、その足元をビームが掠って機体のバランスが崩れる。
アルファラが仕掛けているビーム弾幕は相手の逃げ場を誘導して致命打を叩き込むようなものではなく、とにかく広範囲にビームを放って少しでもダメージを与えようと言う戦法だ。
「なんで、なんで、なんで……っ!!」
……いや。
戦っている本人には戦法など存在せず、少しでも早く目の前の仇に攻撃を食らわせることだけを考えているのかもしれない。
「ちっ、ドローンもどきも……!」
セレンは体勢を整えつつもとにかく上昇して距離を取ろうとするが、アルファラも宙返りすることでスカートのスラスターを彼女の進行方向に合わせた。
ビームを乱射し、ミサイルを飛ばし、さらに、その間を縫ってナイルチューブも四方八方に伸ばしている。
セレンがナイルチューブを気にいる間にミサイル群の一部は彼女を追い越し、包囲網を形成する。
「しまっ———」
全てのミサイルが彼女に雁首を向ける。そして一斉に飛び掛かろうとするが、その動きは直前で止まった。なぜならばネルアが頭上から拡散砲を見舞ったためである。
「きゃっ!!」
セレンを取り囲むミサイルを牽制する射撃のため、放たれたビームは彼女を中心としてスコールのように降り注ぐ。当然その一部は彼女にも直撃するのだが、これがなければさらに火力の高いミサイルの餌食になっていただろう。
「セレン上がって!!」
ネルアの指示に従って彼女がビームを受けながら上昇を始めると、アルファラはミサイルを待機させる訳には行かなくなった。
スコールに沿ってミサイルを上昇させ、彼女を追いかける。加えて自機も上昇し、行先を塞ぐようにビームを乱射してセレンの上昇速度を抑える。
「———不味いな」
それを受けたネルアは逡巡する。
今はビームのスコールと言うバリアでセレンをミサイルから守っている状態だ。しかしそのバリアはビームを防ぐことはできず、加えてこのままセレンがスコールの中に佇めば自らの攻撃によって彼女を撃墜することになってしまう。
拡散砲の指向性を調整してなるべく中心部にビームが来ないようにはしているが、それでもこのままではダメだ。
しかし、打つ手がない訳ではない。
「それなら!」
彼女は宇宙空間にビーム砲を自律固定し、自らはスコールに沿って下降してアルファラを迎え撃つ。
「セレン!」
「ネルア!」
セレンと協力し、計4門の機銃によるクロスファイアでミサイルの進行方向を制限する。そして、アルファラのビームを自分に集めてセレンが退避する隙を作りたいのだが———
「仇以外興味なしってか!」
アルファラは執拗にセレンを狙い続ける。ネルアがビームソードを抜き放って攻撃体勢に入ると、ようやくその右腕を彼女に向けるのだった。
「感情で動くから遅いのさっ!」
超至近距離で放たれる直接攻撃を危うげもなく躱し、彼女が切り掛かると———オシリスの指の先から、光が溢れ出す。
「んっ!?」
———それは、ビームソードだった。
爪のように指から形成された5本のビームソードで彼女の攻撃を受け止めたのである。
「なあんだ、近接戦闘も出来るんじゃん……っ!」
ネルア機とオシリスのパワーは互角だった。ゆえに切り結び続けることは可能なのだが、すぐさま小手に取り付けられたビームが自分の方を向く。
「———!」
それが発射される寸前にネルアは飛び退き、ビームは彼女の真横を掠って行ったのだった。
しかし、ネルアに1/6の武装を割いたことでセレンが若干フリーになる。彼女もその隙を見逃さない。
「脱出完了———」
スコールから飛び出したセレンは通信を送るが———
「右に加速っ!!」
———それをネルアの声が遮る。
「えっ!?」
彼女の言葉に従って反射的に動くと、スコールを突っ切って飛んできた4本のビームが自分の居た場所を貫いて行った。
「何!?どこから———」
アルファラは目の前だし、小惑星基地に武装が残っていたとしても位置的に違う。
誰も居るはずのない宇宙空間からの攻撃。彼女がレーダーを頼りに発射元に目線を向けると———
「セレン!!」
「きゃあっ!」
上昇したネルアがセレンに追いつき、彼女の背中を蹴飛ばしてその反動で自分も退く。すると、彼女達の間を斜め下からコクピットを狙っていたと思われるビームが貫いて行った。
もちろん、そこにも誰もいる筈はないのに。
「何が、どこから———」
ネルアに弾き飛ばされた勢いで宙を飛びながら遠くに視線を飛ばしていたセレンだったが、その下からはスコールを影にしてオシリスが直接迫っている。
「セレンっ!!!」
オシリスから放たれた6本のビームにネルアは割り込み、自機の脚部でセレンへの直撃弾を防ぐ。
度重なる戦闘によってビームコーティングを消費していたその脚部は2連装砲2門の直撃を受けて貫通し、千切れ飛んだ。
「っ———!!」
セレンは仲間の被弾によってようやく冷静さを取り戻し、下降してオシリスにカウンターを叩き込むが———
「———!?くそッ、どこから!」
再び異次元の方向から飛んできたビームを躱すと、体勢が崩れた隙を突いてオシリスが5本のビームソードを振り翳し———
「えいっ!」
———しかし一旦退却したのは、自分の元に予想外の凶器が飛んで来たためだった。
「離れるよ!!」
ネルアは千切れた脚部のクローを起動させると、機銃を撃ち放しながらそれをオシリスに投げつけたのだ。
オシリスが退くと、セレンもネルアの指示に従ってその場を離れるが———
「下来るよっ!」
「っ!」
ネルアの呼び掛けに応じるように斜め下からビームが走り、セレンは上昇速度を早めて躱す。
相変わらずどこから飛んで来ているのか不明なビームだが、それに対してネルアは答えを出していた。
「あれはワイヤーだよ。落ちていたビーム砲を遠隔で起動しているんだ」
「ワイヤー……?」
———ワイヤー。そう、ナイルチューブ。彼女の言う通り、それこそがこの仕掛けの種である。
アルファラは落ちていたビーム砲にナイルチューブを絡め、タイミングを合わせて引き金を引くことであり得ない位置からの攻撃を可能にしていたのである。
セレンと対峙したアルファラがミサイルとともにナイルチューブを飛ばしていたのがこの仕掛けの布石だった。
肝心のビーム砲は、研究員18機の撃墜場所でいくらでも拾うことが出来る訳である。
「そ、そんなことで……」
散々苦戦させられたが、いざ種が割れるとなんとも単純でアナログな仕掛けである。
セレンはそんな仕掛けに自分が引っかかっていたことに動揺を覚えるが、すぐに迷いを振り払うように吐き捨てた。
「はっ!最新兵器が何かと思ったら、仲間の落とした武器をゴミ拾いすることですか」
「……」
セレンの強がりを聞き流しつつ、ネルアは再び距離を詰めようとして来るオシリスの姿を見つめた。
———そして、一つの決断を下す。
「セレン、撤退しよう」
「えっ!?私はまだ———」
戦おうとして譲らないセレンを、彼女は笑い声で遮った。
「———あはっ。セレンはこの機体で戦い続けろって言うの?」
ネルアの機体は変形機能を壊され、脚部も片方損壊した中破状態。このまま戦いを続けたところで足手まといにしかならないだろう。
「っ、それは……」
自らの勝ちは譲らないセレンも、パートナーのことになると話が違った。
「……了解」
「あはっ、ありがとっ!」
彼女はこれまでの戦意が嘘だったようにすぐさま承諾し、それを受けたネルアは自機から脱出するための手段を打つ。
「———!?」
その『手段』とは、アルファラ目線では特攻のようにしか思えなかった。
何故ならば上昇していたはずのネルアが突然突進に転じて自分の方へと向かって来たのだから。
———しかし、突進と言っても機体の方向転換は伴わない後ろ向きの移動である。
「あはっ。腕はいいけど経験は足りないみたいだね!」
———そう。彼女は自分の機体を囮と盾として利用し、その隙にコクピットを開けて脱出したのである。
コクピットシートを蹴って飛び出すと、行先には同じくコクピットを開けたセレンが待っている。
慣性も合わさってかなりの速度が出ていたのだが、彼女は寸分の狂いなくセレン機の胸に開いた穴に吸い込まれて行った。
「あはっ、ダイブーっ!」
「ネルア、戦闘中なんだからっ!」
抱きついて来るネルアを無視してセレンはコクピットを閉め、彼女の機体の影に隠れるようにして変形した。
「っ!?待———」
そしてアルファラがネルア機を躱してその後ろ側に回ったときには、セレンは既に撤退の体勢を整えていたのだった。
彼女は手を伸ばすが、もう届かない。戦闘機形態のセレン機にオシリスが追いつけないのは前に示した通りだ。
「待って!待ってよ!どうしてっ!!」
遠ざかる背中にビームを放つが、それはサイドスラスターによる微動作で回避される。
ワイヤーを利用した多方面攻撃も仕掛けるが、中にいるネルアがタイミングを読んで回避を指示するため当たらない。
「水色のっ!あなたは、お兄さんをっ!!」
———追いつけないと、直感的に理解したからこそ、戦闘の終わりを悟ってしまう。
そして、緊張の糸が解けることでアーロンを失ったことの実感が強く滲み出してくる。
「う、っ……」
やがてその機体がレーダーから外れ、遠くの星々のように小さくなると、彼女はようやく足を止めた。
「あ、あぅ、っ……」
もう、周りには誰もいない。仲間どころか敵すらおらず、小惑星基地に戻ったところで一人ぼっちだ。
永遠に広がる暗闇の中で、永遠に一人ぼっち。
「う、あぁっ……」
———戦闘中はそれどころではなかったため、彼女は上記の事実をまだ知らない。
ただただ兄の死を受け止め、涙を流す。
彼女はしばらくうめき声を上げ、そして、叫んだ。
「うああああっ!!」
コクピットの中を反響するその悲鳴を受け止めてくれる人なんて———未来永劫、どこにもいないのである。