1章-14話:アルファラ出撃
「熱源!?」
唯一、アルファラだけがセレンの動きを把握していた。ビームの照準は一寸違わずに自分を捉えているため、デッキの空いている箇所に移動すればギリギリで回避可能だと気が付く。
火を入れたばかりのスラスターを噴かせて壁際に体を寄せたその瞬間に、ビームが小惑星基地へと衝突した。
「きゃあっ!」
フルチャージのビーム砲は岩壁を削り、内部を貫こうと迫る。その振動で基地全体が揺れ動き、急拵えの基地では崩落が始まった。
「あわわっ!」
重力の存在しない小惑星基地において落石は至る箇所から飛んでくるため、とりあえずメインカメラの前でクラッチを組んで最低限の防御をする。
そして、その直後にビームが岩壁を貫通。彼女の眼前を貫いて行った。
「きゃあっ!」
至近距離を黄金の光線が照らし、カメラが効かなくなる。
加えて穴から酸素が放出するのに従って機体がビームに吸い寄せられそうになるため、彼女はスラスターを全力で逆噴射して耐える。しかし———
「———っ!」
———それで守れるのは自分だけだ。
ビームの余波によってオシリスを展示していたショーケースが割れ、研究所の中の空気が漏れ出す。博士は空気とともに黄金の光に吸い込まれ、声を上げる間も無くその姿を消したのだった。
「ビームの消失は1.103秒後……!」
目の前で大切な人の命が潰えたことにも気がつけず、彼女は戦場に意識を割くしかない。
「敵はあそこで、この出力、時間で反対側の岩壁は———破れない!」
ビームの侵入口から外に出れば撃って来た相手とかち合うことになるだろう。そのため彼女はスカートと小手に取り付けられたビーム砲を敢えて岩壁に照射し、セレンのビームが基地を通貫出来るようにサポートする。
「———今!」
そして目論見通り基地を貫通したのを確認すると、彼女はビームに沿うように移動を開始。
タイミングを読み、ビームが途切れた瞬間に外に飛び出すことに成功したが———
「新型だぁっ!」
———飛び出した瞬間にその全身を拡散ビームが見舞う。
「ふんっ!」
———有視界ならば上記の表現で合っているが、アルファラはレーダーを通して熱源の発生を感じ取っていた。
彼女は倒壊した支柱を拾い、それを盾にしてビームを最大限防ぎながら外に飛び出したのだった。
「っ、戦闘に支障はありません!」
「この気配、カタログスペックのあいつだねっ!」
数発擦るが、ビームコーティングによってことなきを得る。
新型RAの姿を捉えたネルアはすぐさま機銃と拡散砲による弾幕を張るが、アルファラは急加速でそれを振り切って小惑星基地の後ろに隠れた。
「あはっ、図体に見合わず素早い奴!」
オシリスは足の代わりに取り付けられたスカートの中に巨大なスラスターを備えており、これを操ることで急加速が可能である。
「ただ、弱点は上部からの接近でしょ?———ねぇ!セレンーっ!」
スカートにスラスターがあると言う事は、逆に言えば下降する能力は低いと言うこと。本当ならば戦闘機に変形して接近戦を仕掛けたいのだが、生憎アーロンに破壊されていて変形ができない。そのためセレンに呼びかけるのだが———
「新型RAぁっ!」
既にセレンは真下に回り込んで攻撃を仕掛けている。
「っ!」
アルファラがそれをサラリと躱して急上昇を始めると、セレンは戦闘機形態に変形。彼女を追いかけて同じく上昇に移る。
「セ、レ、ン〜っ!」
だから上に回れと……と言う説教をかましつつ、自身も上昇しながら支援射撃をするが、速度が違いすぎる。
「セレン、気をつけて!」
彼女の忠告を背に、二人は彗星の尾のように残像を引きながら昇っていく。
「死ね死ね死ね!」
「ぐぬぬぬっ……!」
小細工の効かない一直線上の撃ち合いだが、お互いのアドバンテージはかなり異なっている。
セレン機は真上に機銃を打てば翼に被弾するため、実質的な攻撃手段をビーム砲しか持っていない。
対するオシリスは小手の2連装ビーム砲2門とスカートの2連装ビーム砲4門の計6門による攻撃手段を持っているが、その代わりに機体が大きい。背中に背負っている大型バッテリーなんて邪魔そのものだ。
そして、オシリスよりもセレン機の速度が早いことも戦局を複雑にしているだろう。
「ひいっ、うわっ!」
アルファラは機体を回転させ、僅かにサイドスラスターで軌道を変えることでビームを回避する。
飛び出したバッテリーのせいで歪になった遠心力を寧ろ回避に活かすこともあれば、セレンがそれを読んだ攻撃をしてくればスラスターで調整して円運動に収まるようにする。
「ちっ!追いつけば、こんな奴っ!」
対するセレンはサイドスラスターを全力で噴かせ、先の先の攻撃を読んで連続攻撃を大振りに躱す。
XY軸の回避が基本だが、速度で優っている分敢えて速度を落としたZ軸の回避も取り入れる。
それで居ながら二人の距離はジリジリと詰まり、やがて———0になる。
「消えろっ!!」
「えっ」
先に動きを見せたのはセレンだ。彼女はアルファラを間合いに捉えた瞬間にミサイルを全弾発射したのである。
ミサイルは放射線状に広がり、アルファラを包み込むように上昇する。
想定外すぎるフルファイアに彼女は驚くが、一瞬で計算し、切り返しには影響しないと言う判断を下した。
ここで言う切り返しとは、これまでの進行方向と逆方向に移動するための体勢移動のことである。水泳のターンのようなものだ。
「えっ」
なんて勿体無いことを……と観戦していたネルアは一人でに絶望するが、これで撃破に持ち込めるならば良いだろうとその思いを振り払う。
……ただ、その絶望が正しいことをすぐに示されることになるのだが。
「えいっ!!」
切り返しの寸前、アルファラは真下に向かって6門のビームを一斉射する。
目眩しと間合いを取る目的で撒かれたそのビームは敢えてセレンの少し手前を狙って放たれ、彼女の後退を促す。
「くっ!」
「あちゃー、せめて隙間を縫って機銃を打ち込むくらいしないと」
その通りに彼女が後退すれば、アルファラはその隙を突いて宙返り。彼女のカメラを通して戦況を見守っていたネルアは通信を繋がずに野次を飛ばす。
「やれっ!」
「あらぁ、無駄にミサイル散らしたせいで半分しかぶつけられてないじゃん」
アルファラは無事真下に降下する体勢を整えるが、そこにはミサイル群が迫っている———のだが、そんなこと当然彼女も分かっている。
「行けっ———!」
彼女の号令によって放たれるのは6本の蛇だ。
スカートから這い出たナイルチューブが宙間を滑り、ミサイルへと飛ぶ。
「っ、ドローン!?最新兵器が何かと思ったら……!」
実際は6本のチューブが宙間に張られているのだが、熱源レーダーに映るのはスラスターがついている先端だけである。
胴体のブロックは真っ黒な宇宙に隠れており、セレンは6つのドローンが射出されたと勘違いする。
「———いや、違う!ワイヤーだ!」
その光景を眺めていたネルアは、チューブの動きによって星の輝きが遮られることと、持ち前の直感によってそれを察知するが、ワンテンポ遅かった。
「セレン、接触信管をオフに———」
その助言が届く前にセレンはミサイルをぶつけていたのだ。
「———っ!?なんだ、岩石か!?どうして全弾が潰されて———!?」
———かつて、1900年台の初頭。阻塞気球と呼ばれた兵器が空中に張り巡らせたワイヤーで飛行機の侵入を防いだように。張り巡らされたチューブがミサイルの先端を切り潰し、自爆を誘発させる。
側から見れば突如ミサイルが自爆したようにしか見えず、セレンは驚きを隠せない。
「やった!」
そして、セレンを遠ざけ、ミサイルも撃墜し、アルファラは悠々と降下を始めるのだった。
「———ッッ!!」
出遅れたセレンも錐揉み状に回転しながら機体を倒し、行き先を下へと変える。
セレンはインターバルを必死に詰めながら先ほどと同じようにアルファラの背中を追いかけるだけなのだが、アルファラの側には明確な変化が生じていた。
「———近接通信?」
それは、トランス・システムを介した近接通信の要求だった。
誰かが自分に通信を求めている。しかも、その機体IDはオシリスに登録済みで名前の表示がある。
———"機体NAME:アーロン"
「お兄さん!!」
慌てて通信を繋ぐが、声は聞こえてこない。彼の脳は身体を自由に制御できる状態ではないため声を発することができないのだ。
しかし、その代わりにリアルタイム入力型の文章でメッセージが添付されてきた。
『アルファラ、オシリスが起動できたことを嬉しく思うよ』
『はい!私が———』
『いや、アルファラの声はTSを通して聞こえているからそのままでいいよ』
あたかもアルファラに喋る許可を与えたように聞こえるが、実態は健全なアルファラの高速入力にアーロンの思考が追いつかないのである。
そのため、敢えて喋ってもらうことで処理を間に合わせているのだ。
『ただ、機体の損傷がちょっと酷くてね。オシリスの複座に乗せてほしいんだ』
「え、大丈夫ですか!?」
『ああ!別に、戦闘に支障がある程度さ』
両手を捥がれ、片足を失い、コクピットの蓋を飛ばされ、もはや死ぬ寸前のような状況だが、彼は努めて明るく振る舞う。
『位置はその通りだから、近くまで来て欲しい。俺がコクピットを飛び出したらナイルチューブで運んでもらえると嬉しいな』
「かまいませんけど……」
TSを通して位置情報が送られてくる。やることは至ってシンプルで質問の余地もないが、わざわざナイルチューブで運んでもらうことを望むことに彼女は違和感を感じた。
「何か、怪我をしているんですか」
自分だけに通話をさせるのは不自然だし、入力だって普段と比べて格段に遅い。
一瞬の沈黙の後に返事が返る。
『いや、エースパイロット2機を相手にするのは流石に疲れちゃったからさ。アルファラの好意に甘えたいだけさ』
「本当———」
疑問を呈そうとした瞬間、彼女は視界の端に複数の熱源を捉える。セレンとの距離は取ったが、降下したことでネルアの間合いに入ったのだ。
「あはっ、そっちには行かせないっての!」
ネルアは拡散ビーム砲と1門の機銃でアルファラに射撃を加えつつも、回収してもらうために僅かに小惑星の影から飛び出したアーロンをもう片方の機銃の偏差射撃で向かえ撃つ。
「なっ———」
アルファラは十分に距離を取っていたが、アーロンは僅かに反応が遅れ、機体を傾けるに留まった。
コクピットの直撃こそ避けたものの、ビームは頭部を貫いて爆発を引き起こす。
「ぐあっ!」
「お兄さんっ!!」
「余所見すんなってぇっ!」
再び小惑星の裏に引き返したアーロンを確認し、セレンは全ての武装をアルファラへと向けた。そしてオシリスの頭部が目の前の自分から逸らされたことを受け、彼女は悪態を吐きつつ総攻撃を仕掛ける。
しかし、メインカメラは別方向を向いていてもレーダーと複合カメラで彼女の動きは把握していた。
「邪魔をしないで下さい!」
下部スラスターを利用した急発進で彼女の攻撃を避けつつ、オシリスの6門のビーム砲が一斉に火を噴く。
しかし、回避先を塞ぐような広範囲射撃が来ることを読んだネルアはその場で半身を向けてビームと相対する面積を減らし、全身をしならせて曲芸のような体勢でその攻撃を回避。
そして、回避しながらも機銃を撃ち放す。アルファラも機銃の角度から自分の頭部を狙った攻撃が飛んでくることは読んだが、読むのが少し遅かった。
「っ!」
彼女はサブスラスターで緊急下降するが、これは明らかなミスだ。そして、その動きを期待していたネルアは彼女の反応を確認する前に全力で加速している。
機銃をばら撒いてサイドへの移動を制限しつつ、一瞬で上を取った。
「近接戦闘は苦手と見た!」
既に抜き放っていたビームソードで斬りかかろうとしたその瞬間———彼女は、オシリスの胸に等間隔に取り付けられた2本の棒のような物が自分の方向を向いたのを捉えた。
そして、直感的にそれを理解する。
「———機銃か!」
彼女は反射的に動く。空いていた左腕を自らの顔の前に通し、ビームソードを構えていた右腕を掴んだのだ。
一見理解不能なこの行動の真意はすぐに明かされる。
「しゃあっ」
同時に放たれた2つのビームの内、1つはサイドスラスターによる僅かな動きで回避。
そして回避不可能なもう一つのビームは、右手首を回転させ、自らのビームソードで切り払ったのである。
左腕を右腕に添えたのはビームの切り払いに伴う衝撃を受け止めるためだ。ギリギリ被弾しそうなビームをパーリングする程度ならばそこまでの衝撃はないのだが、ビームの斥力を真正面から相殺するには相当なパワーが生じる。それを二本の腕で受け止めたのだ。
そこまでしてオシリスの頭上を譲らない。そしてそれだけのことをしたからこそ、この攻撃が成立する。
「きゃっ!」
アルファラの悲鳴。ネルアのビームソードが頭部を捉えたのである。
ビームコーティングによって大したダメージは入らないが、彼女は間髪入れずにオシリスの頭部にしがみつき、振り解かれるのを回避する。
「捕まえたあっ!」
機銃を撃ってビームコーティングを剥がしつつ、ビームソードを逆手に構え、それを首元からコクピットに挿入しようとすると———
「やあっ!」
「ちっ!」
オシリスの腕が自分の真横に伸び、その小手に取り付けられた2連装ビーム砲の照準が自分に向けられている。
ビーム砲を受けてなおオシリスを相討ちに持ち込める自信があればそれを選択したかもしれないが、アーロンとの戦闘でビームコーティングが剥がれ切った機体でビームを受ければコクピットを貫かれて即死だ。ただの無駄死には選ばない。
彼女がふわりと浮き上がると、足元を黄金の光が駆け抜けていった。
「おー怖い」
近くには自分のメインカメラがあるのによくやるもんだ、と笑いながら彼女はその場を離れる。
離れつつも機銃を叩き込んでダメージを蓄積しようとするが、アルファラはその場でくるっとひっくり返った。スカートのヒダを見せつけ、微妙にスラスターは狙わせない。
「お兄さん、行きます!」
「あ、やばっ」
ネルアが上に位置してくれたお陰で自機とアーロン機との間に障壁がなくなった。彼女は急加速して垂直に下降すると、徐々に角度を変えながらアーロンの元へ接近するが———
「死ねえっ!」
「っ、水色の弱い方!」
行き先を塞ぐように3本のビーム光線が降りて来る。垂直下降していたセレンが追いついたのである。
セレンはオシリスのビーム砲が自分に向けられるよりも前に人型に変形し、片手にはビームソード、もう片方の手には背負っていたビーム砲を持つ。
アルファラはその隙を突いて前進しようかと悩むが、このままアーロンに近づいたところで戦闘に巻き込むだけだと気がついてネルアに対峙する。
「邪魔をしないでって……!」
ネルアが取るのは機銃で動きを制限し、そこにビーム砲を撃ち込んでくる持ち前の戦術だ。彼女はそこに自分から突っ込み、上昇しながら攻撃を躱して行く。
そして自らもまた6門のビーム砲を叩き込み、互いに向かい合って至近距離で撃ち合う。
「図体ばかりでかい奴が……!」
まるで彼女たちの間に支柱があり、二人がそこに糸で括り付けられているように、彼女たちはぐるぐると回りながら相手を狙う。
回りながらも角度を、中心点を、半径を、回転方向を変え、そこにネルアが乱入してくるまで撃ち合った。
「っ!」
拡散ビームを後退して避けると、その隙を突いてセレンのビーム砲が迫っている。それを読んだからこそ、単純なバックではなく角度を付けてセレンの攻撃も同時に躱す。
そしてセレンにカウンターの一撃を———
「えっ!?」
———いない。熱源に視線をやると、そこにセレンがいないのだ。射出を続けているビーム砲だけが設置されており、本体の姿がない。
「っ!」
そしてその姿は、ビームが途切れた瞬間にその残影を突っ切るようにして真正面から突っ込んできた。ビームのギリギリに沿って進むことで自機の姿を隠していたのである。
この短期間で身を隠す場所と言えばビームの後ろしかない……と言うことで、アルファラも胸の前に腕を構えて準備はしていた。しかし、防御姿勢よりもバックした方がよかっただろう。
彼女が咄嗟に放った攻撃に対してセレンは事前に半身を向けて回避体勢を整えており、そのままの勢いでコクピットにドロップキックを叩き込む。———が、それはアルファラが構えていたもう片方の手によって防がれた。
「ちっ!」
コクピットに直撃していれば、足クローで機体を固定した上でビームソードを0距離から照射して撃墜できていたかもしれない。
しかしオシリスの腕は大きく、足ビームの一発で装甲ごと破壊するのは不可能だ。スカートのビーム砲が自分目掛けて旋回を始めていることにも気がついたため、彼女は背後に跳ね飛んで後退する。
「———っ!」
アルファラは追撃を掛けようとするが、レーダーの情報を汲み取ってそれどころではないことを悟る。何故ならば上空からネルアが接近しているからである。
「ううっ!」
スカートのビーム砲は彼女を追い払うために利用し、同時に身を翻して降下を始める。
このまま距離を取れば被弾は避けられるが、それは一時凌ぎでしかないだろう。
奇襲が失敗したと分かるや否や、ネルアは距離を取って射撃に専念している。そして、このまま撃ち合えば先ほどと同じようにセレンが接近してくる。
近接戦闘の苦手なオシリスではジリ貧であり、アーロンの回収など到底間に合わない。
強化人間のタッグはあまりにも強力だ。
アルファラのパイロット能力、そして最新兵器を用いてなお勝ち目がない———?
「———いや、違います!」
———が、彼女は発想を転換する。これはジリ貧の始まりではなく、むしろチャンスなのだと。
このまま真っ直ぐ下降すれば小惑星基地まで降りられる。ネルアは離れてくれたし、セレンだってそれを邪魔できる場所にいない。
そして小惑星基地の近くまで辿り着けばアーロンを拾える。
———これ以上時間をかけるのではなく、ここに賭けるべきである。
「———行けっ!」
戦場では思い立ったが吉日だ。彼女は作戦を立て、同時にスカートからナイルチューブを放出した。
「っ!」
それを受けたセレンは後退して距離を取る。何故ならば彼女目線でこの兵器の詳細は全く不明だからだ。
先端にビームやビームソードが取り付けられたドローンかもしれないし、的にぶつかって自爆する爆弾かもしれない。
彼女はアルファラを追って降下こそするが、距離を詰められない。しかもビームを打って来る可能性を考慮すれば迂闊に変形も出来ないため、だんだんと距離が離れて行く。
「こんな使い方おかしいけど、頼るしかない!」
もちろんナイルチューブの機能は上記のどれとも違う。加えて、この状況下では "ナイルチューブの真の力" を発揮することができない。
それが分かっているからこそアルファラの頭にはナイルチューブを利用する考えが浮かばなかったのだが、相手の知識不足を逆手にとって思いがけない形で活用することが出来た。
RAを撃墜するような真似は出来ないが、セレンを遠ざけたのことに大きな意味がある。
「お兄さん、迎えに行くので出てきてください!」
アーロンに呼びかけると、1秒ほどの沈黙の後に返信がやって来る。
……気絶寸前の彼にとってはたった1秒でも、宇宙の戦闘における1秒とはとても大きい。
『レーダーで動きは把握していたよ。その加速度だと3.5秒くらいで———』
「———っ!ミサイル!」
彼の返信を遮ったのは、アルファラがミサイルの存在に気がついたためである。
セレンが放出した残り5本のミサイルがどこに行ったのか記憶の片隅で気にしてはいたが、どうやらある程度の加速をつけた後にスラスターを切って接近していたらしい。
「———スラスターを切った割には奇襲をかけない?どうして?」
ミサイルのスラスターを切るのは熱源レーダーの影を突いた奇襲を仕掛ける場合が殆どだが、5本のミサイルはセレンと合流した後に彼女を纏うように降下して来る。
その様子に違和感を覚えて彼女は逡巡するが、すぐに答えを出した。
「———いえ!大丈夫です、ナイルチューブで防げます!」
理由は分からないが、一方向に固まってくれるのならば対処はしやすい。今はその事実を受け取っていち早く次の行動を取るべきだ。
このまま降下すればネルアとアーロンの間に自分の機体が位置し、一直線になるタイミングが生まれるだろう。彼女はそのタイミングを計算してアーロンに伝える。
『カウントダウン送りました!3.234秒後にコクピットを飛び出してポインターの方向まで指定の速度で飛んで下さい!誤差はナイルチューブで補います!ダメなら降下速度を落とします!』
声による指示では到底間に合わないため、TSを通して一瞬で文章を送信する。
文章を読み、添付されたカウントダウンやポインターを見たアーロンは苦笑をこぼした。
「この体で飛び出せは無理な相談だぜ……!」
脳から発せられた情報通りに体が動く保証がない。しかし、苦笑しつつも彼はアルファラの提案を断りはしなかった。何故ならば彼女がそのような提案をして来ることは事前に想定済みで、代替案も用意していたからだ。
「速度が微妙に速いが、そこは発射タイミングをズラすだけだ」
彼はコクピットシートの『緊急脱出装置』を利用して外に飛び出そうとしているのである。パイロットの体をコクピット外に射出するこの機能を利用すれば彼女の指示に従うことができる訳だ。
『緊急脱出装置を使うからタイミングをズラすぞ!』
ネルアとアルファラの位置関係、速度に基づき、飛び出すタイミングは計算済みだ。あとはその時を待つだけなのだが……。
「っ!」
アーロンが飛び出す寸前にセレンのミサイルが一斉にアルファラに飛びかかり、機銃から放たれたビームが彼女を襲う。避けるのは簡単だが、下手に自機の位置をズラすと合流のタイミングに間に合わなくなる。
「っ!仕方がありません———!」
一瞬で状況を読み、分析する。
彼女は機銃を避けつつもここが切り時だと判断し、自らもまたミサイルを放った。
「ちっ、ミサイルくらいは積んでいるか!」
セレンはミサイルの迎撃に注力し、少なくとも機銃を攻撃に回せる状況ではなくなった。
そして、アルファラはビーム砲を四方に放つことでミサイルが自分の後ろに回り込むのを防ぎつつ、ナイルチューブで迎撃網を張った。
「よしっ!これで———行けます!」
先端の動きに惑わされているのか、レーダーに映らないブロックを視認出来ないのか、セレンのミサイルは次々と自爆していく。
セレン本人もミサイルと鬼ごっこしているし、ジャストタイミングでアーロンと合流する状況が整った。
アーロンも、意を決する。
「おう……。分かっているさ———ッ!」
緊急脱出装置が作動し、コクピットシートからアーロンが射出される。そして———
「———」
———トランスシステムに支えられた彼の意識は、この瞬間に途切れたのだった。
「この位置なら問題ない———!」
気絶こそしたが、まだ死んではいない。しかし彼が自力で体勢を整えられない以上、ここで回収できなければその体は宇宙の彼方に飛んで行くだろう。
アルファラはナイルチューブの1本を彼に伸ばし、受け止めようとするが———
「———?」
———その瞬間に、違和感を感じた。
それは強烈な違和感。何かを大切なことを見落としているような、そんな違和感だ。
そして今この瞬間に違和感の対象になり得る事象と言えば———
「(お兄さんとの間に邪魔が入る?でも、障壁は全て排除したはず———)」
ミサイルは落とした。破片は自機でブロックできる。セレンだって攻撃してこないし、この距離でビームを打てば同じく自機でブロックできる。
ネルアも遠くに位置しており、この位置関係では邪魔立ては出来ない。
誰にも邪魔なんて———
「———!?」
———出来ないはずなのに、あり得ない位置から熱源が発せられる。あそこは———
「———」
———ああ、水色の期待が居た場所だ。懐かしい。あの機体はビーム砲を囮にして近接戦闘を仕掛けてきたんだ。
「———!」
———"囮にした"
何か、その言葉が引っかかる。
囮にした。
……囮にした?囮にしたらどうするんだ?
ビーム砲を囮にするってことは、ビーム砲をどこかに設置して自分は別の場所から攻撃を仕掛けるってことだろう?
———そうだ。あの機体は囮にしたビーム砲をどこに———
「———お兄さんっ!!」
———想定外の熱源を観測した頭はフル回転し、その原因を突き止める。
それに気がついた時。彼女は全力で前進し、手を伸ばすが、間に合わない。
「死ねえ———っ!!」
セレンが遠隔で撃ち放ったビーム砲は宙を貫き、彼女の有視界を横切り、アーロンの移動を完璧に読み切り———
———その背中を、抉るように撫でた。
「あ———」
背中が抉れ、熱と断裂によって宇宙服が縮む。ビームの衝撃に押されて胸が異常なほど突き出し、体全体が大きく反る。
肩が溶ければ支えのなくなった両腕が千切れ飛び、それもバラバラと回転しながら光の中へ消えた。
———最後まで頭が残ったのは、幸運だったのか、不運だったのか。
時間にしては0.1秒にも満たない。しかし彼の死に様はその一言一句が黄金の光に照らされ、否応なく視界に焼き付いてしまう。
「あ、あ……」
鮮烈な光を放ちながら、アーロン・カリルは宇宙へと消え失せるのだった。