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宇宙の亡霊 <Birth of the Space Ghost>  作者: 雪道風岬
1章:ラーの夜明け
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1章-11話:宇宙に散る

「ネルアっ!!」


セレンの機体が躍動する。もはや目下のアイシャ機など眼中にはなく、全速力でネルアの元へと駆ける。

そして、その意図をアルファラが読み取った。


「止めないと———お兄さんがやられる!」

「なにっ、アーロンが……!?」


既に味方機は全滅し、孤軍奮闘の状態。すっかり怖気付いていたアイシャもその言葉で奮起する。


「降りて!そっちに行かせないでください!」

「分かってる……っ!」


セレンの進行方向を塞ぐように彼女が前に出て、二機が相対する———が。


「退けっ゛!」


セレンは闇雲に左腕を振るい、裏拳で彼女の機体をいなす。

それをモロに喰らえば確実に弾き飛ばされてしまうが、焦りを感じさせるその動きをアルファラだって見逃さない。


「ビームライフルを捨てて、言葉終わりのタイミングで飛んで来る腕を掴んで!」

「腕をね……!」


攻撃のタイミングを読んで指示を出す。そして、アイシャがその指示に忠実に従う。


「やった、掴んだよ!」

「左手はそのままキャッチ!右小手のソードを抜いて翼を———」


指示通り左手首をキャッチ。そこを軸にして攻撃を仕掛けようとするが、次の瞬間セレン機の左足が勢い良く振りかぶられる。

腰が捻られ、股関節が90度以上回転する。足裏のクローが変形し、その切っ先が弧を描くと———


「いけないっ———! AI制御に移行して腕十字!」

「う、腕十字!?腕十字のコマンド……っ!」


普段使わないコマンドのため反応が遅れるが、脳のメモリーを見開いて記憶を捻り出した。

コマンドを打ち込めば、彼女の機体はセレンの左腕に吸い寄せられるように体勢移動。両足が腕をロックし、腕十字の姿勢になる。


そして次の瞬間、信じられない角度で飛んで来た後ろ蹴りが先ほどまで彼女がいた場所を切り裂いて行った。


「ちょこまかちょこまかと……!」


しかし攻撃は止まない。脚部に備え付けられた機銃が張り付いた彼女を狙って来ることなど自明なため、アルファラはそれよりも早くに指示を出す。


「背面への攻撃をカバー!手首を軸にして180度回転っ!」

「か、回転ねっ!?」


組み付いたまま手首を軸にして上に回り、自機をセレン機の頭部と横並びにする。彼女の腕と肩の影に隠れて機銃の死角に入ったのである。

これで機銃は防げる。組み付いている左腕だって封じている。四肢の3/4を封じたが、残った右腕がフリーだ。


「煩わしいっ!!」


ネルアとしてはたまったもんじゃない。反射的にアイシャ機の左足とコクピットの間に右手を差し込んだのは、彼女自身の脚部に機銃が付いていることが頭を過ぎったからだろう。

そして、一度冷静になれば背後のビーム砲に手を伸ばす。アルファラ機は右足を乗せる形で軽いロックを掛けているが、流石にその程度で妨害することはできない。


「っ!右足を盾にして!」

「わかったけど……!」


アルファラは役割を失った右足をガードに回すように進言する。一時凌ぎにしかならない苦し紛れの指示にもアイシャは従うが———攻撃は、飛んでこない。


「———」


一手先を読んでいるからこそ、想定外の行動を受けてアルファラの思考は停止する。纏わりついているアイシャ機を落とす意外に一体何の目的で———


「あ、違う。無視してもいいからか」


———そして理解する。セレンの目的はネルアの救出であり、右腕にアイシャ機が纏わりついているところでセレン機の速度にはそれほど支障が出ないのだ。

トランス・システムで全身のスラスターを意のままに操れるアーロンと違って、手動操作のアルファラ機では推力を打ち消すような精密な動作は行えない。それならば、下手に振り落とすよりもそのまま機体を走らせた方が速いと言うことだ。

ビーム砲を手に取ったのは単純にネルア機救出に向けた前準備である。


セレンは小惑星基地の真下を突っ切り、奇妙な格好ながらも全速力で駆ける。


「セレン、あと10秒くらい」

「分かってるっ……!!」


タイムリミットとしていた30秒はその2/3を消費。時間を空けたお陰かネルアの声は落ち着いたものに変わっていたが、それと反比例するようにセレンの声音に焦りが滲んでいる。


「アイシャさん、左腕を絡み付ける代わりに右腕をフリーにして下さい!ビームソードでコクピットに攻撃を!」

「うんっ、左腕を移行して右腕を攻撃コマンド……!」


その緊張感は真空を通してアルファラにも伝播する。一切の予断を許さない状況と見てすぐさま攻撃の指示を出し、アイシャも従う。


「落ちろっ!!」


左腕を絡めて自機をさらに密着させ、フリーな右腕を突き出してコクピットを狙う。

———が、次の瞬間()()()()姿()()()()()()()


「舐めるなっ!」


セレンの振り上げた左足。もっと言えばクローから生えている”ビームソード”が、彼女の右手首を切り飛ばしたのである。


どうやら、可変機の新武装としてアーロンが警戒していた足クローはビームソードの形成機器と言うことでファイナルアンサーらしい。


「あ、足にビームソード……!?」


これにはアルファラだって驚きを隠せない。

背中にビーム砲、脚部に機銃、備え付けたビームソード2本、翼にミサイルと来て、さらに足裏にビームソードとは。しかも変形までしてくるのだ。一機にどれだけの武装を詰め込んだのだろうか。


「なっ……!?こいつ、そんな機能まで付いているのか!」


———そして、セレン機の姿を眼中に収めたのはアルファラやアイシャだけではなかった。小惑星基地の影から姿を表した彼女の機体をアーロンも目撃したのである。そして———


「見つけた……!!」


———彼が彼女を捉えたと言うことは、()()()()()()()()()。その姿を視界に入れた瞬間、セレンはビーム砲を構える。その照準の先にあるのはミサイル群だ。

距離こそ離れているが、直線上にさえ捉えていればビームによる撃墜を狙えるのだ。


「っ———!?」


足ビームに驚いていたアーロンもワンテンポ遅れて思考が追い付く。そして、その致命的な事実に気が付いた。


「———待て、やめろ」


タイムリミットまで残り5秒。思わず、口から哀願が溢れた。


「私が機銃で進行方向を抑えるよ」

「うん、トドメは……っ」


しかし、彼が最も望まないことだからこそ彼女たちはそれを行うのだ。二人はすぐさま連携し、ミサイルの迎撃に移る。


「させるかっ……!」


そして脚部を照射していた機銃がミサイルへと向けられようとした瞬間、彼は蹴りを打ち込んだ。

コクピットを晒してまで、必死に機銃を蹴ってその向きを変えようとするが———届かない。


「アイシャも、動けないかっ。データ転送終了までも残り5分。……ダメだ、ここで一機は落とさないとッ!!」


ならば、ミサイルを全力で動かす。彼女たちの立ち位置と機銃の仰角、さらに常人では感知できない何かを汲み取って先を読むが———


「無駄だよっ!」

「レーザー砲照準合わせ!」


———もう、終わりなのだ。


彼女たちの射撃は完璧だ。加えて、速度に重きを置いてミサイル群を密集させていたのも裏目に出た。

ミサイルの動きは機銃によって完全に制限されている。ここにビーム砲を撃ち込まれれば、一方通行のトンネルでトラックと相対するように、もはや物理的に避け切ることができない。


「残された手はッ!……くそッ!俺が思いつかないのか……!」


自分の経験と能力を信じているからこそ、何も手立てが浮かばないことに彼は絶望する。

このままでは攻撃を防がれてしまう。武装を投げ出し、機体を消耗し、道化を演じて機会を作り、命まで賭けた一撃だと言うのに。それを防がれてしまう。


———そう。たくさん仲間が死をもって託してくれたバトンを、落としてしまう。


避けなければならない悲劇を、しかし避けられないと予見出来るからこそ。そこに残るのは哀叫だけだ。



「やめろオオ———!」


その叫びも虚しく、セレン機がビーム砲を構える。


「やらせないっ———!?」


組み付いたアイシャが暴れてその照準をずらそうとすると、セレンはビーム砲から手を離した。

これで振動は伝播しない。ビーム砲は小型スラスターによって素早く微調整を済ませ、ミサイル群を照準に捉える。


そして、間髪入れずにその一撃が放たれた。


「あぁ……」



———戦場とは、無情である。


「ミサイル全機撃墜!」

「ありがとセレンっ、あとはこれを片付けるだけねっ!」


個々のパイロットは鍛錬を重ね、仲間を増やし、全力を注ぐほど戦場で生き残ることができる。軍が優秀な技術者を雇い、研究や開発に金を注ぎ込み、それによって開発された高価な兵器を買うほど個々の力は強くなる。

戦場とは正しい努力のみが評価され、報われる世界だ。


最新のRAを操り、強化人間による高いスペックを誇り、何よりも信頼のおけるパートナーが居た彼女たちと、旧世代のRAで孤軍奮闘していた彼とでは何もかもが違いすぎたのだ。


「……ッ!」


もはや勝ち目はない。その事実を咀嚼して飲み込むように彼は一度だけ歯軋りをする。

そして意識を切り替え、アイシャへと通信を飛ばした。


「アイシャ、聞こえるか!」

「!?き、聞こえるよ!」


通信が繋がったことを確認すると、彼は淡々と指示を出した。


「作戦は失敗だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


———淡々と、そんなことを宣う。


「え?」


アイシャはフリーズするが、そんな彼らの裏でネルアたちは次の一手を打ち始めている。


「固定するから背後から焼いちゃってよ!」

「了解。ビーム砲は遠隔操作して直接向かう」


ネルアはビーム砲に半身を向けて、しがみついているアーロンをその射線上に晒す。背面から抉る形で彼のコクピットを破壊するつもりである。

そして、セレンはビーム砲のエネルギーをチャージしながら自らはネルアたちの元へと飛んだ。何かの間違いで攻撃を躱されたとしても近接戦闘でどうにでも御せると言うことだ。

そして、纏わりついている蝿を払ってもらおうという魂胆である。


———そう。もはや、投降の指示ですら一刻を争う状況なのだ。



「彼女たちは情緒不安定な一面もあるが、基本的には理知的だ。非戦闘員が降伏を申し込んだのを無視するような人間ではない」


そんな彼女たちの動きをアーロンも理解している。だからこそ、自分が撃墜されて一段落ついたところですぐさま降伏を持ちかけるように指示を出したのである。


「な、何を……」


そして、フリーズしていたアイシャからも言葉が絞り出される。それは混乱によって迫り上がって来たオウム返しのような代物だったが、何とか言葉だけでも返すことが出来る。


「何を、何を言っているの!?なんで、アーロンは死ぬって。訳が分からない……!」

「次の手が読めたんだ。俺の降伏を聞き入れてもらえる時間はないし、この攻撃は避けられ———」


理詰めで戦闘を行なっているからこそどうしても事務的な応答になってしまうが、彼は気がついた。実質的な遺言をそんな事務的に伝えられたら、却って混乱を招くだけだと言うことを。


だからこそ、彼は無理やり明るい声を作って言葉を付け加えた。


「……なーに、俺だって軍人さ。任務を果たせなかった責任を負って殉職くらいさせてくれってことよ」

「っ……!」


完璧を求められる命の削り合いから離れ、彼の人間らしさに触れたからこそ。アイシャの混乱が解かれる。

同時に彼女は視界の端で強烈な光源が発生するのを捉えた。


「フルチャージ、ビーム砲発射!」


フルチャージされたセレン機のビーム砲は対艦砲の1/3程度の出力を持つ。その熱源が戦場を照らし、今まさに放たれたのである。


「アルファラを———頼むよ」


通信越しに微笑みが伝わるような、そんな柔らかい声色が彼女の耳をくすぐり———



「ダメっ!!」


アイシャが、動いた。


「ん?」

「え、アイシャさん———」


真っ先に疑問符を浮かべたのは、彼女の機体を視認していたセレンとアルファラだ。

アイシャは自発的に腕十字をリリースしてセレンの元から離れたのである。その目的はただ一つ、アーロンへの攻撃を妨害することだ。


「……」


しかし、では何をすれば良いのだろうか。

蹴りや突進でビーム砲の照準を変えられればよかったのが、セレンがアーロンの元に接近しているせいでそれは遠い向こうにある。アーロンを射線外に弾き飛ばすにしても遠い。

ビームライフルを捨ててしまったため遠隔で発射元を破壊する手立てはないし、もはや発射される刹那のようなタイミングでそれは間に合わないだろう。


照準を変えられず、発射元の破壊も不可能。ならばビームを防ぐ方法は———


「まだある!」


———方法は、1つしかない。


「届けっ!!」


刹那の選択によってアドレナリンが放出され、スローモーションの世界を彼女は駆ける。宙間を突き進む黄金の光を視界の端で捉えながら———やがて()()()()()()()()()()


発射元、対象への干渉が不可能ならば、取れるのは()()()()()しかない。

黄金の光をビームを真正面から受け止め、アーロンへの道を遮る。


———そう、自らの体を盾にしたのである。



「———待て」

「え、アイシャさんそこは———」


兄妹の言葉が重なる中。迫り来る光を見据えながら、彼女はアーロンへと通信を繋いだ。


「アーロン!私ずっとね———」



———通信越しにも、その爛漫な笑顔が伝わるようだった。




「アイシャーッ!!」


そしてその叫びは、虚しく宇宙(そら)へと散るのだった。

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