1章-10話:アーロンVSネルア
「やるぅ!」
最低限かつ最速。最適の動作で盾の影から放たれるビーム。
常人ならば一発貰っているであろうそれを右にズレて難なく躱すと、その隙を突いて光線の後ろから本体が飛び出して来た。
セレンが右ならば、アーロンもまた右に飛び出て距離を取っている。そして捕捉されるよりも早くにビームライフルによる連射を仕掛け始める。
ネルアは上昇しつつもバックして距離を取り、前方に位置する彼の機体の姿を捉える。そして嘲りの笑みを浮かべた。
「コスモス・シューターⅢ!?よくもまあ、そんな機体でノコノコと出て来るねぇ!」
コスモス・シューターⅢは一世代前かつ量産機。ネルアが乗っているエース専用機に比べるとまるで劣った機体としか言えない。
しかも、その武装も片手にビームライフルを構えているだけなのである。
「例え機体が劣っていても、パイロットとケースバイケースでそんなものひっくり返せる!」
「あはっ、期待してる!」
別に通信を繋いでいる訳ではない。しかし、相対した彼らは真空越しに何かを感じ取っている様子だった。
小惑星基地の下から飛び出して宙間へと移動。回避行動を取りながら、ネルアは射撃の偏りを見出す。
「なんか、上に誘導しているね?」
アーロンは下に陣取り、足を狙った射撃で自分を上空に誘導している。それに気がついた彼女は意識を上に集中させた。
すると、上空に薄っすらといくつかの気配が漂っている。目視では確認が難しいが、そこには黒色の筒、つまるところ2連装のミサイルポッドが4つ転がっているのである。
「あははっ、バーン!」
彼女はすぐさま対応に移る。ビームで下を牽制しながら、上昇しつつ身を翻す。とんぼ返りでUターンする前準備を装うが、その行動の本質は前方に構えている拡散砲を自然と上に向けることにある。
ミサイルポッドを狙っていると気がつかれないように自然な動作で照準を合わせて撃ち放つが、引き金を引く寸前にその蓋が開いた。
「流石にバレるか」
全弾が射出され、ミサイルは機敏に拡散ビームを躱す。これで射出される前に破壊してしまう作戦は失敗だ。
8本のミサイルと下方に位置するアーロンの射撃に挟まれる形になると、彼女もまた自らのミサイルを射出した。
彼女の可変機は翼にそれぞれ6つのミサイルハッチを備えており、計12本のミサイルを発射可能になっている。
2つはRAの撃破に、1つはセレンを助けるために、そしてもう1つをアーロンを奇襲するために用いて残りの弾数は8つ。
その内の7本を射出した。手数を増やしてミサイルの迎撃に回すつもりである。
「よし、ドッグファイトと———」
それを確認してアーロンは上昇の速度を早める。何せ立ち位置は自分の方が有利だ。下方の自分と上空のミサイルで挟み撃ちを———掛けたかったのだが、その息は続かなかった。
「なにっ」
迎撃のために上昇すると思われていたミサイルは、なんと急降下して自分の元へと向かって来たのである。
距離を詰めようと接近していた彼にとっては全くの不意打ちだ。しかもミサイルを纏うようにしてネルアも降下してくる。
「チッ、武装の多い利点が……ッ」
「あはっ、負け惜しみ言わないでよねぇっ!」
無重力の宇宙空間において立ち位置の有利など一瞬で覆る。
彼女は拡散砲を背中にセットし、頭上から迫り来るアーロンのミサイルに対空砲火を浴びせつつ脚部の機銃を下方向に連射。
アーロンは一転して急速下降を始め、自身とミサイルの回避に意識を割きつつ、降りてくる彼女をビームライフルで迎え撃つ。
自機もミサイルも細かく制御し、目が何個あっても足りないような回避の連続。
互いに射撃も回避も超一流だ。シンプルな直線上の打ち合いを続ければ、どちらかがミスを犯さない限り機体の性能上ネルアがジリジリと有利になる。
「あはっ、これはどう?」
しかし、有利な側が寧ろ自分から仕掛けて来た。
自機に飛んで来たビームに対して、ネルアはミサイルの一つを盾にすることで対応する。それに対してアーロンが表情を硬らせる。
「なぜ———」
何しろ、避け切れない攻撃ではなかった。それなのにワザワザ数に限りのあるミサイルを消費して来たのである。
その理由は何か、一瞬の時の中で素早く思考を巡らせる。二人の間でミサイルが爆発したため彼からはネルアの姿が見えない。そのため爆炎の向こうの存在に思いを馳せ———
「———それかっ!」
熱源レーダーを確認するとネルアが後退してどこかに向かおうとしている。
彼はミサイルの映像を注視し、レーダーも頼りにしてビームライフルを連射。すると再び、1つ、2つと近くのミサイルが前に出てその攻撃を防いでいく。
「間に合わないか———」
———なぜ、ミサイルを盾にしたのか。アーロンの予想は二つあった。
一つは目眩し。爆炎によって有視界を奪い、その隙にビーム攻撃を仕掛けると言うもの。
そしてもう一つが、変形の隙を作ると言うことだった。
ミサイルを盾にすると言う奇策を弄し、その理由についても考えさせることで変形の時間を稼ぐ。その可能性に気がつけたからこそ、彼は変形の邪魔をするために攻撃を仕掛けていたのである。
しかしそれは全て防がれてしまった。1つならまだしもミサイルを湯水のように使い捨てるのは異常な状況だ。……となれば、彼の二つ目の予想は正しいと言えるだろう。
「くそっ……!」
度重なる爆発によってネルアの姿が隠れる。そして再び彼女を視界に捉えた時には、それは既に戦闘機の形態へと変形していたのだった。
ここでミサイルを3つ失うデメリットと、変形によって敵のミサイルに対してアドバンテージを持ち、機動力の低いアーロンを翻弄できると言うメリット。それらを天秤に掛けて後者が勝ったと言うことだ。
「センスは悪くないけど、惜しいねっ!」
そして加速。降り注ぐミサイルが彼女を捉えるギリギリでその場を逃れた。
やはり戦闘機の加速力は桁違いである。
「不味いな……」
分かっていたのに止められなかったと言うのは余計胸に来るが、それを嘆いている暇もない。彼は彼女の行き先を潰すように射撃を仕掛ける。
絶対に近づかせてはならない。戦闘機の機動に自機の旋回が追いつけなくなった時が終わりの合図である。
「早い……!」
しかし、圧倒的な直線加速力。しかもサブスラスターによる軌道修正が抜群だ。ビームライフル一門による射撃なんてモノともせずに突っ込んでくる。
彼は急速浮上によって突進を回避。ふわりと前転しながら背後へと駆け抜けて行くネルアに銃口を向けるが、彼女の機銃が後ろを向き、既に自分を捉えていることを確認すると慌てて回避行動に移った。
機体を僅かに逸らし、全身の関節を逸らして隙間を潜るギリギリの回避。
一方的に翻弄される負のスパイラルに陥ったかと思われたが———彼はそんな状況で寧ろ笑みを浮かべた。
「シメた……!」
突進によって位置取りが変わった。彼は連射を躱しながらバックし、加えて上昇。ネルアと自分、そして小惑星基地が一直線になるように移動する。
「へぇ、なるほどねぇ」
そう、背後に小惑星基地を背負うことで彼女の突進を封じたのである。
ついでに上空で宙ぶらりんになっていたミサイルを撃墜に向かわせる。戦場が移行したのを契機として彼らのミサイルは互いにぶつかり合ってその数を減らしていたため、彼が操れるのは残り4機のミサイルである。
「いいねぇ……!」
となれば形勢は逆転。条件を突きつけられたのは寧ろネルアの方だ。
推力でミサイルを振り切ろうとすれば直進先を偏差射撃が塞いで来る。かと言ってその場に留まればミサイルの餌食だ。しかもアーロンが小惑星を背負っているため急接近も難しい。
そのため彼女は進行方向を若干下げ、小惑星基地の下に潜り込むように加速を掛けた。その間にも射撃が止むことはなく、互いに最短の動作で回避を繰り返す。
真下に潜り込んで急速上昇を掛けるつもりだろうとアーロンは踏むが、様子が違う。
「……ッ、変形か!」
一手遅れてネルアの思考をアーロンが読み取る。
戦闘区域が制限された以上、戦闘機形態には最早メリットがない。ネルアは小惑星の影に隠れて人型形態に戻るつもりなのだ。
「行かせるか……!」
「あはっ、その程度の加速でっ!」
アーロンが慌てて下降する光景を捉え、彼女は笑う。
最大加速した戦闘機と汎用型RAを比べればその速度は段違いだ。アーロンの機体が小惑星の下に潜り込むよりも早くにネルアはその影に自機を隠し、間髪入れずに変形を掛けた。
「引き撃ち飽きちゃったもん!そろそろ決着つけようよ———!」
折り畳まれていた脚部が伸び、広がっていた腕が元に戻り、翼を担っていたパーツが引っ込む。
変形しながら背負っていたビーム砲を手に取り、もう片方の腕でビームソードを抜き放ち、近接戦闘に切り替え———
「っ———!?」
———変形の瞬間。突然、熱源レーダーが反応を示す。
「馬鹿な———」
———あり得ない。アーロンはあそこで、ミサイルだって遠い。潜り込んだ瞬間にクリアリングもした。それなのに、何もないはずの背後で突然熱源が生じたのだ。
ここは小惑星基地の真下。そんな所から、どうして熱源が……。
彼女は困惑するが———。しかし、ここで読者の方は思い返して見てほしい。具体的に指し示すのであれば、7話のアーロンが出撃するシーンで彼が何を装備していたのかを思い出してほしい。
彼の機体はコスモス・シューターⅢ。両手にビームライフルと盾を構え、そして———背中にバズーカを背負っていた。
……そう。ビームライフルは所持しており盾は射出の際に投げ捨てていたが、バズーカの所在が行方不明だったのである。
———では、そのバズーカはどこに行ったのだろうか。
さらに別視点からヒントを出すと、小惑星基地の真下とはアーロンが射出された場所である。そこには、一体何があるのか。
「盾の裏———」
ネルアが熱源へと視線をズラせば、そこには彼が放置していた盾が転がっている。そしてその僅かな隙間から砲口が覗き、既に発射された弾丸が自分へと迫っているのだった。
「———ああ、決着を付けよう」
———そう。出撃してこの瞬間に至るまで、アーロンは盾の裏にバズーカを隠し続けていたのである。
全てはネルアの隙を突くために。真っ向からでは勝てないと分かっているからこそ、敢えて武装を減らして奇襲に賭ける博打を打ったのだ。
そしてそれは成功した。バズーカ弾は変形の無防備を突き、ネルアに突き刺さる。
「これは一本取られたね———っ!」
直撃は免れない。しかし、ネルアは可能な限り旋回して被弾位置を調整する。
その結果、弾丸は彼女の背中を直撃した。———もっと言えば、背中に背負っている戦闘機の翼部分に直撃した。
鉄鋼弾が装甲を貫き、大爆発が内部から機体を損傷させる。しかし、それによって破壊されたのはあくまでも変形に必要なパーツでしかない。
「———くそッ!」
「ごめんねっ、これは機体性能に助けられちゃったぁ!」
重症であっても致命傷は免れた。或いは、決死の攻撃が重症に終わった。
それはネルアにとっては朗報で、アーロンにとっては最悪の報せある。思わず悪態が漏れる。
「———だが、条件はイーブンに近付いたッ!」
しかし諦めない。アーロン自体も小惑星の下へと潜り込み、ミサイルと合流して体勢が崩れているネルアへと接近。畳み掛ける。
そしてそんな彼を出迎えたのは、視界の端で始動を開始した棒状の物体である。
「確かに、武装自体はイーブンかもねっ!」
それは被弾する寸前に逃しておいた最後のミサイルだ。ネルアはミサイルで時間を稼ぎつつ後退。そして律儀に正対して来た盾を蹴飛ばし、その裏に機銃を叩き込んでアーロンのバズーカを破壊した。
その間にアーロンはミサイル同士をシンプルに衝突させて迎撃を果たす。律儀な対空戦闘をするよりもここは距離を詰めたいと言う考えだ。
バズーカで追った傷がそれなりに響いているようで、性能差が大きいはずの2機の距離はぐんぐんと近付いて行く。
ネルアは機銃と拡散砲による引き撃ちを仕掛けるが、アーロンは盾を回収して加速。ビームの向かい雨をすり抜け、被弾面を最小限に抑えつつも盾で無理やり突っ込む。
「その機体は悪く言えば器用貧乏ッ!近接戦闘能力に限ってはこっちの方が優れているはずだ!」
ビームライフルを背中に預けると右小手に備え付けられているビームソードを抜き放ち、近接攻撃へと移行。盾を突き出して死角を作り、その影から切り掛かる。
しかし、その程度の小細工に引っかかるネルアではない。彼女もまたビームソードを抜いてその一撃を受け止める。
「ぐっ……!」
切り上げるアーロンと受け止めるネルア。ビームが干渉し合い火花が散る。
しかし、苦しい表情をしているのは攻撃を仕掛けたアーロンの側である。
何せ出力の差で切り結び続けられないのだ。すぐさまバックステップで鍔迫り合いから逃れ、再び別の角度から攻撃を仕掛ける。
それは宛らボクシングのステップだ。前後のスラスターが交互に火を噴き、ヒットアンドアウェイで三連続攻撃を叩き込む。機体の挙動は愚直で直線的だが、それを補って余りある程にビームソードの軌道が鋭い。
一撃目は右腕の関節を切り下げ、それを弾いてソードが下がった所に刺突によってメインカメラを狙う。旋回で回避されてその勢いでカウンターが飛んでくると、盾でガードを押し上げて空いたコクピットをビームソードで突く。
対するネルアはトンボ返りで彼を飛び越して3撃目を回避。ついでに機銃で真下を狙うがそれは盾によって防がれる。
しかし、アーロンの足が防御によって止まったお陰で若干の猶予が生まれた。その隙にビーム砲を背中に戻し、返す刀でもう一本のビームソードを抜く。
ネルアも近接戦闘に移行。今度は自分から接近し、二刀流で攻撃を仕掛ける。
「ちっ……!」
彼女の突進を受けてアーロンは後退———と見せかけて、急加速。寧ろ自らも突っ込む。
相手から見て自分の機体が隠れるように盾を突き出すのだ。そしてそれを押し付けるように———いや、形容詞もいらない。全力で盾を押し付けに行く。
ビームソードは相手を切り裂くのは得意だが、実体を受け止める力は弱いのだ。だからこそ、ネルアが両手にビームソードを構えたのを見計らってこの作戦を取った。全身を使った突進で質量を以って轢き潰すつもりである。
「柔軟だねぇっ!」
しかし、その程度の対応を受けて焦るネルアでもない。彼女は前のめりの突進体勢から上体を起こし、盾に対して右足を突き出す。
盾を足場として体勢を整え、背後のアーロンに対して攻撃を仕掛けるつもりである。
ドロップキックを叩き込むような形で盾に着地。すぐ様その裏を狙うが———キックを繰り出したのは彼女だけではなかった。
「ぎゃっ……!」
ネルアのキックを受けて推進力が相殺されたその瞬間、アーロンもまた自分の盾を裏側から蹴り付けたのである。
そこには大きな陥没が生じ、盾と共にネルアも衝撃で弾き飛ばされる。
「もらったッ!」
そして、その隙を突いて彼は盾の裏から脱出。急速下降でメインカメラから外れた後に急速上昇を掛けてネルアの死角を突く。移動しながらもう一本のビームソードを抜き放って二刀流に構え、彼女の胴体を切り上げる。
———そしてその攻撃を防いだのは、皮肉にも彼自身が投げ捨てた盾であった。
ネルアは、彼の蹴りで弾き飛ばされたのと同時に自機の足を変形させていたのだ。踵とつま先が90度折れ曲がり、まるでクローのような形を形成する。そして、それで盾の隆起部分を掴んでいたのである。
彼女は工業用アームのように足首を回転させて盾を旋回。膝と股関節の動きで盾を攻撃の間に割り込ませ、彼の斬撃を防いだのであった。
盾と言っても、所詮はビームコーティングを塗った分厚い装甲でしかない。ここまで攻撃を受ければビームコーティングはすっかり剥がれ落ち、最早物理障壁にしかならないだろう。
しかも盾の裏側で攻撃を受けることになったが、多少の時間を稼げればそれで良いのである。
彼の一撃が盾を切り裂いて向こう側に届いた頃には、彼女は既にその場を脱していたのだった。
「なんだと……!?」
アーロンは驚く。何せ、以前この種類の機体と対面した時にそんな仕組みはなかったはずだ。
となれば、この機体はその時と比べてバージョンアップしていることになる。全体的な性能の向上に加えて新たな武装まで搭載しているとなれば更に警戒を強める必要があるだろう。
「いいのかい?ただでさえ少ない武装をさあっ!」
彼は急速上昇の勢いのまま上空へと突き抜けるため、盾から飛び出したネルアが下を取った。
重力下の戦闘では基本的に上に位置した側の方が有利とされるが、ここが無重力である以上大切になるのは機体同士の向き合い方である。
そして、この位置取りは全く以ってアーロンにとって不利なのだ。ネルアは背負った拡散砲を撃ち放ちながら上昇を掛けて来るだろう。せめて真上からは逸れて拡散砲の射線から逃れなければならない。
「ちっ……!」
引き金が引かれる寸前にサイドスラスターを噴かし、その射線上から僅かに逸れる。しかし、真上を逸れれば代わりに機銃が追尾して来るのが悩みの種だ。
彼の移動先を予測して偏差射撃が飛んでくるが、そこで機体を横軸回転してトンボ返り。ビームがスレスレを掠っていく中で上昇から下降へと転じる。
最早多少の被弾ならば厭わない姿勢だ。彼はビームコーティングを削りながら装甲でビームを受け止め、最短距離でネルアへと飛び掛かる。
「はあっ!」
右腕で切り下げれば、ネルアは左腕を振り上げて全力でそれを弾いて来た。その勢いをモロに喰らって彼の機体は右に回転する。
「あはっ、お手並み拝見っ!」
その隙を見計らって彼女が返す刀の左突きを繰り出すと、彼は寧ろ機体にかかっている右回転を利用してみせた。フリーになっている左腕を彼女の左腕に内側からぶつけて、パーリングの要領でその攻撃を押し流したのである。
ビームソードを構えているのだからそれで切りつけろと思われるかもしれないが、ビームコーティングのせいで装甲を一発で切断できる保証がない。
加えてここは宇宙空間だ。例え腕の関節を両断した所で、自分の胸を突いて来るビームソードの速度を落とすことはできないのである。
だからこそ、まずは攻撃を逸らす。続いて小手を返してネルアのコクピットを狙うのだが、それは彼女が上半身を反らしたことで回避された。
そして、同時に彼女の腰がグイッと捻られる。アーロンの仕掛けたパーリングの勢いを活かした左回転。
「ぐっ……!」
アーロンは引くが、一歩遅い。
彼女の左足が下がり、代わりに右足の残像が弧を描く。カウンターを狙った強烈なハイキックが炸裂したのだ。
振り抜かれたクローがアーロン機の左手首を切り飛ばす。更にそのタイミングで機銃も発射。メインカメラを潰そうと迫るが、それは彼が上体を捻ったことでギリギリ回避された。
「左手は痛いが、しかし……!」
アーロンは唸る。左手を失ったのは痛いが、ネルアの仕掛けたハイキックとは大きな隙が生じる技でもある。
現に、彼女は両足を開脚した不安定な体勢になっている。ここでカウンターを掛けない理由がない。
彼は体を捻りながら突進を敢行。蹴り足を潜り抜けて一気に間合いを詰める。その動作は片足タックルに近いが、無重力空間で軸足を掴む必要などない。
「うおおおッ!」
自機の反動も気に掛けずに全力で激突。背後からネルアの腰にしがみつく様な体勢になると、彼女の股座から右腕を突き出し、ビームソードでそのコクピットを突き刺しにしようする。
———だが、ネルアの視点を自分に置き換えてその光景を想像してみてほしい。股からヌッと腕が伸びて来て、刃物で胸を狙われる。それを防ぐためにはどうすれば良いだろうか。
……そんなもの、自分の手を上から被せて押さえつければ良いだけの話である。
「きゃはっ!」
ネルアはビームソードを投げ捨てて左手で彼の腕を押さえる。そして右手を後ろに回し、彼の機体を突き刺そうとするが———
「まだだッ!」
彼は右足を振り上げ、それを彼女の脇に突っ込む。これも想像して見て欲しい。自分の脇に大きな物体を突っ込むと、腕はどうなるだろうか。
……そう、腕を下ろすことが出来なくなるのだ。
ネルアの腕の可動域は格段に狭まった。これでは背後に攻撃が届かない。
「あははっ!そう言うの、悪くないよ」
アーロンはネルアの腰にしがみ付いている。その右足を彼女の右脇に挟み、股座から右腕を突き出した格好。
対するネルアは彼が突き出してきた腕を左手で止め、右腕は動かせない状態。
———人間知恵の輪ならぬロボット知恵の輪。何とも奇妙な形で彼らは膠着する。
「でもねぇ……。私がお兄さんと同じ機体ならその戦法も使えるだろうけど、この機体差じゃ意味がないよ」
しかし、彼女が言う通りこの状況は永久的な膠着ではない。何せネルアの脚部には機銃が付いているのだ。これを用いれば一方的に膠着を解いて撃破にまで持っていくことが可能である。
仕掛けたのはアーロンだと言うのに、チェックメイトを掛けたのはネルアの側。これが機体性能の差である。
「……?」
……しかし、いつでもトドメを刺せると言うのに彼女は動かない。寧ろ動きがあったのはアーロンの側だった。
「……なにっ。通信だって……?」
彼の元に近接通信の接続許可を求めるメッセージが届いたのである。
この近接通信とは、敵兵に対して投降や救難のメッセージを送ることを目的として設計されたシステムだ。これは、外部へのメッセージを伝え辛い宇宙空間における『人道的な戦闘行為』を担保するために、全てのRAに取り付けるように国際法で義務付けられている。
……しかし、この状況でネルアが送って来るメッセージなど上記のどれにも該当しないだろう。繋いでやる義理など全くないのだが、アーロンはその通信を繋ぐのだった。
「初めましてー!お兄さん強いねぇっ!」
すると、すぐさまそのコクピットをネルアの声が埋めた。幼さの残る甲高い声がアーロンの耳に響く。
自分と対峙している相手が女性。しかもこんな子供だと知れば困惑や動揺を覚える人間が多数だろう。しかし、彼にはそんな空気が全くない。
まるで、そんなことは既に知っていたと言う様子である。
「どうして通信を繋いだ。そんなに戦いが楽しいのか?」
「うん!」
彼の問いかけに対して彼女は満面の笑みを返す。
そしてその笑みは嘲笑へと変わり、言葉を続けるのだった。
「だってさぁ、宇宙側のRAは弱すぎるんだもん。トランスすら積んでないゴミをチマチマ落とす作業なんてやってられないよ」
"ゴミ"
そこには、散って行った15人の研究者も含まれているのだろうか。
「気配を感じた時からずーっと待ってたんだ!お兄さんが出て来るのをさあっ!」
そう言ってケタケタを笑う彼女は、一体どれだけのRAを撃墜したのだろう。どれだけの人間を死に追いやったのだろう。
「……そうか」
そんなことを考えながら、彼は続いて問いかける。
それは戦闘が始まってから今に至るまで、彼が彼女に対して”最も問いかけたかったこと”だった。
「……3ヶ月前。お前は何の任務に付いていた」
「……ん?」
前後不明の問いを唐突に投げ掛けられ、彼女は困惑する。
「さあ……?こっちは方々の作戦に引っ張りだこなんだから。そんな抽象的な質問じゃ分からないよ」
「そうか。なら、的確に指摘してやろう。9月の12日、国際時刻13:45だ」
彼が具体的な時間を示すと、彼女は顎に手を当てて黙り込む。そしてすぐに「あぁ!」と声を漏らした。
「その時はホルス宙域E-1の哨戒作戦中だったよ。お兄さんにも分かるように説明してあげると、この小惑星基地とホルス国コロニーの中間辺りのことね」
親切にも地球連合側の名称を翻訳してくれる。そこまで言い終えて、彼女は少し顔を顰めたのだった。
「あの時は大変だったよ。そっちの疎開船が航行してるって言うのにお構いましに攻撃を仕掛けて来たんだから!」
———前後の関係が分からないが、恐らくは哨戒任務の途中でホルス国の疎開船を発見。追跡や立ち入り調査等を実施していたのだろう。そして、その過程でホルス国の軍隊に襲われたと言うことだ。
軍隊同士がドンパチするのは自由だが、その過程で民間船に被害を出せば国際法違反になる。
互いに静観するのが暗黙の了解だが、この場合ではよりにもよって民間船の所有国であるホルス側から攻撃を仕掛けて来たらしい。
「お陰で民間船を沈めて大目玉!セレンと一緒に私も謹慎食らったんだからっ!」
なぜ、率先的に静観できる筈のホルス国の側から攻撃を仕掛けて来たのか。どうして民間人を巻き込んでまでネルアたちを撃墜したかったのか。
「相手が強くて生存者も取り逃しちゃうし、本当に良い所なしだったよ。全く、なんであんな攻撃を仕掛けて来たのか……」
当時を振り返りながら彼女は目の前のアーロンに視線をやる。
……そして、ふと気になる点が浮かび上がって来た。
「そう言えば……あのパイロットやけに強かったんだよね。空間把握能力が完璧で戦闘も臨機応変。まるで———」
———まるで、"お兄さんみたい"
そう言いかけた時、彼女の頭の中でパズルのピースが組み合わさって行った。
ホルス国と小惑星基地の中間と言う位置関係。
強化人間と渡り合う圧倒的なパイロット。
そして、彼の気配を察知した時———読者目線だと、第3話で描写された「どこかで感じたことがある」と言う感覚。
全ての情報が出揃い、彼女は「なるほど」と声を上げた。
「へぇ!これは初対面じゃないってことねっ……!」
その声色はこれまでになく弾んでいる。
そして彼女はうっとりと自分の手を頬の横で合わせた。まるでこれが運命とでも言うように興奮した様子である。
「……。ああ、何て運命なんだろうね」
———対するアーロンも、別の視点で感情が昂っていた。
「運命としか言えないよ。———家族の仇を、ここで落とせるんだからな」
———想定外の独白。
ネルアは一瞬キョトンとするが、やがてその状況を飲み込んだようだった。
「なるほど。あいつが途中から救援に舵を振り切っていたのが謎だったけど、あれは生き残った家族を救出していたのかぁ」
彼女はひとりでに頷く。まるで胸に痞えていたしこりが取れたようだ。
そして、アーロンに対して平謝りを返した。
「ごめんねー、壊すのは得意だけど守りながら戦うのって苦手だからさぁ。一応謹慎はしたんだから多めに見てよ」
相も変わらないケラケラとした笑い声。先ほどまでは淡々と聞いていたその声に対して、アーロンは明らかな不快感を示した。
「ああ。あんたの仲間———あそこで戦っている水色の可変機に殺されたよ」
その声音には明確な怒りが滲んでいる。その感情が伝播してアーロンの機体が小刻みに震える。
対するネルアは当時を思い出して———さらに面白おかしく笑い始めた。
「そうそう、セレンが命中させちゃったんだよねっ!セレンってば、一つのことに熱くなりすぎるのが玉に瑕———」
「ふざけるなっ!」
ピシャリと発せられた怒鳴り声がネルアのお喋りを遮る。
———彼の言い分を信じるのであれば、身内を殺害されたことに対してヘラヘラと笑いを挟まれたのだ。そんな反応になるのも自然なことだろう。
「アルファラは両親とのつながりが切れてしまった!アイシャに至っては両親が目の前で死んだんだ!肉親がビームで焼かれ、船の残骸に貫かれた姿を間近で見せつけられた……!」
その怒りはご最もに思える。しかし———彼の言葉を受けたネルアは、今日一番の笑い声を上げたのだった。
「キャハハハッ!そんなことで怒られても困るってぇ!」
そして、彼女の感情に呼応するようにその機銃が火を噴く。彼は左足を振り上げてそれをコクピットの防御へと回すが、彼女はワザと攻撃を外しているようでビームは宙を駆けるのみだ。
それでも笑いは止まない。運命に上気して吊り上がっていた口角はいつしか嘲笑へと変わっていた。
「だって民間船を盾にしたのはあんたたちの方じゃん。それを棚に上げて何被害者面してるんだよ」
自分達が民間船を沈めたのは事実だが、そのきっかけを作ったのはお前達だろうと。そう前置きした上で畳み掛ける。
「民間船撃沈なんてしたら、特別な理由がない限りその場で退却して始末書が鉄則。それを狙ってここに辿り着かないようにしたんでしょう?」
あの場所はホルス国と小惑星基地ラーの中間地点だ。疎開船の行動次第ではラーが捕捉される可能性があった。
それを避けるために民間人を犠牲にしたんだろう?と彼女は問う。
「お兄さんの立案では無いとしても、それを呑み込んで実行したことに変わりはない。そんな人間に誰かを責める権利なんてあるの?」
「……」
アーロンは黙り込む。その反応を確認すると、彼女は「あははっ」と乾いた笑いを吐く。
「身内が死んだからなに?だって戦争なんてそんなもんじゃん。私だってセレンが殺されたら泣いてキレるけど、だからって相手のパイロットに恨み言は吐かないよ」
———その声音には、どこか諦念の色が含まれていた。
それは戦争と言う不条理に対する割り切りであると共に、目の前のパイロットに抱いていた幻想が冷めてしまったことも表している様だった。
「———もういいや」
彼女がボソッと呟くと共に、その脚部についている機銃がアーロンを捕捉した。そして、すぐさま持続的なビームが放たれる。
それはコクピットを守るために振り上げられた足の装甲を的確に焼き切り、その分断を図る。
「ぐっ……!」
感傷的になっていたアーロンもその攻撃によって現実へと引き戻される。
このままではいけない。しかし機体の出力差が大きすぎる。自力ではとても逃げられない。
「まだ、何か手立てが……!」
「……」
彼のうめき声は通信を通してネルアの元へとダイレクトで伝わる。口を噤んだ彼女はそれを受けて何を感じているのだろうか。
無様な姿に嘲りを覚えるのか、もしくは嘲りを通り過ぎて哀れみすら感じているのか。
———いや、違う。
彼女はアーロンから視線を逸らし、それを宙間に泳がせた。暗闇の中に何かがあることを確信しているようにその目を見開く。
「(このパイロットは狡猾だ。盾を捨て、自らの武装を一つに減らしてまで奇襲に賭けるような人間だ。となれば通信を繋いだことにすら意味があると考えたほうが良い)」
冷たい視線と思考がアーロンを見遣る。
「(考えられる目的は当然時間稼ぎ。では何のための時間稼ぎ?そして今、ワザとらしく動揺を伝えてきた。これで油断を誘おうってことか)」
感覚を研ぎ澄ませ、目を凝らし———。
「(———あれか)」
そして、見つけた。何か小さな物体が3つ、自分の元へと飛んで来ている。
速度は100km/h程度とかなり遅く、この閾値では熱源反応も出ない。一見はただのゴミだが、そうではないことを彼女は確信していた。
何せ——この"棒状の物体"には見覚えがあるのだ。
「(落ちろ———)」
彼女はビームを射出したまま機銃を旋回。向かって来る物体を焼き払わんとするが———その寸前でソレらは機敏に動き、攻撃を回避したのだった。
「チッ」
説明するまでもないと思うが、それらは彼が使役していた残り3本のミサイルである。
ネルアが近接戦闘に意識を逸らした隙を見計らってエンジンを切って接近させていたのだが、後少しのところで気づかれてしまったのだ。
「そこまで読まれるか……!」
バレたからには仕方がない。隠密を止め、ミサイルのエンジンを全開にする。
通信機から溢れるアーロンの声音にもはや演技の色など含まれておらず、その真意を体現するかのようにミサイルが猛追を開始した。
……しかし、これは万策尽きた上で開き直っただけである。だからこそネルアの反応は冷たい。
「そうやって子供騙しで生きて来たんだろう?だからいつまで経っても未熟さを受け止められないのさ」
彼女はその場で旋回。彼の機体がミサイルと対面するように向きを変える。このままミサイルをぶつければお前が盾になるぞ、と言う脅しである。
「まさか。子供騙しでエースパイロットになれるはずがないだろう?」
———しかし、彼のミサイルは止まらない。
回り込む動きすら見せずに、もはや彼の機体を目指しているように愚直に突っ込んで来る。これに対しては彼女も眉を顰めた。
「ふぅん……。こう言うの、地球じゃあチキンレースって言うんだっけ?」
チキンレースを仕掛けてこちらから逃げ出すのを待っているんだろう?と彼女は煽る。そして、その魂胆を読んでいる以上自分からリリースすることはない。
ある程度ミサイルから距離を取るためにも彼にしがみつかれたまま後退を始め———しかし、機体が上手く動かないことに気がついた。
「ん?」
彼女の機体に異常が生じている訳ではない。アーロンが自機のスラスターを噴射し、全力で彼女の動きを妨害しているのである。
「こいつ……」
ネルア機のスラスターを読み切り、正反対のベクトルから力を加えるのだ。機体性能の差によって完全な相殺とまでは至らないが、それでもネルア機の速度は1/2程度には下がっていた。
徐々に迫り来るミサイルを見据えて彼女は悪態を吐く。
「はっ!このまま現状維持を続けたところで自爆に至るだけだと———」
そう吐き捨て———そして、気が付く。
「(いや、違う。差し込まれたビームサーベルを私が抑えているのだから、拘束の主導権を握っているのは彼の方じゃないか)」
今の状況は、彼が組み付いてそれを彼女が抑えているのだ。彼女はアーロンが自分に拘束を解かせるように仕向けて来ていると推測していたが、元より彼女が自主的に拘束を解くことはできないのである。
つまり、ミサイルでチキンレースをし掛けるメリットなどないのだ。
———であれば彼の目的は一つしかない。そしてそれは彼女が既に述べた通りである。
「まさか、本当に自爆を……!?」
———自分の命を代償に敵を倒す。
彼が戦闘で見せていた悪足掻きを思うとそんな捨て身の方法を取ってくるとは思えなかった。だからこそ、その可能性に至るのが遅れた。
発せられた驚きの声にアーロンは叫び返す。
「故人に囚われるほど愚かではないが、未来に託すためならば命は厭わない!」
「ちいっ!」
雑兵によるヤケクソな特攻と、エースが命を厭わない攻撃を仕掛けてくるのではその厄介さは大きく異なる。
機体性能を活かして拘束を振り解くのは可能だが、それをするには初動が遅すぎた。別の手段を取る必要がある。
一番手取り早いのはアーロンを殺してミサイルへの指示を中断させることだ。しかし、彼は脚部の装甲を盾にして必死の抵抗を試みている。また、関節を小まめに調節することで被弾箇所を分散させている。これは装甲の高熱化を防ぎ、ビームコーティングを最大限に活かすための工夫である。
ただでさえ装甲を切り裂くのには時間がかかるのに、これでは到底間に合わない。ミサイルに追い付かれる。
「こいつっ……!」
ネルア機は脚部にスラスターを集中させているため、頭上へと全力で加速を掛ける。背負っている拡散砲のスラスターも併せて全力で退避を試みるが———間に合わない。
タイムリミットは、残り30秒か。
「———」
———堕ちる。
その考えに至った瞬間、彼女は叫んでいた。
「———セレン゛ッ!!」
それは、戦場を共にしているパートナーの名前。
しかし、呼びかけた相手も交戦の真っ只中だ。普段のやり取りや先ほど敵を押し付けたことを思えばしばらく返答がなくてもおかしくはないだろう。
———しかし、一拍すら置かずに返事が返る。
「ネルア゛ッ!!」
それは、まるで遠吠えひとつで意思疎通を図る狼のようだ。
ネルアの置かれて居る状況、タイムリミット。その全てを名を呼ぶ声音一つで把握する。そして自らの決意を返すように、セレンもまたパートナーの名を叫ぶのだった。