1章-9話:アイシャ、アルファラ、アーロン
「ありがとう。……じゃあ、お兄ちゃんいってくるから」
———まるで根性の別れのような、兄妹の触れ合いが終わる。
彼は部屋を飛び出し、今度こそ出撃するために基地の中を急ぐ。
同時にアイシャの機体が発進した。曖昧に微笑んでいたアルファラは慌てて彼女に回線を繋ぐのだった。
「アイシャさん、私がサポートします!」
「アルファラ!?子供が出る幕じゃない———」
反発するアイシャにアーロンが無線を繋げる。
「アルファラから通信は来たか!?」
「き、来たけどなんで……」
困惑する彼女に彼は早口で指示を出す。
「アルファラは並列処理の面では俺よりも優れた資質を持っている。熱源レーダーやカメラの情報をリアルタイムで処理して危険をいち早く察知できるはずだ」
「あの子が!?そんな馬鹿な……」
アルファラの並列思考能力をアイシャはここに来て初めて知ったらしい。急にそんなことを言われても納得できないだろう。
「メカニック科とはいえ、パイロット演習の成績はクラスでも上位だったんだよ!?自分の命をどうして他人に……!」
「従えとは言わない!でも、生き延びるための参考にして欲しい。俺もすぐに合流するから———」
———アイシャは、彼の言葉を最後まで聞くことが出来なかった。
「急速上昇!」
「えっ」
アルファラが叫ぶ。先ほどまでは反発していたアイシャも、友達の声に反応して思わず体が動いた。
反射的にペダルを踏んで上昇すると、その刹那、背後から吹き抜けた黄金の閃光が彼女の足元を照らした。
上昇中に後ろを振り返れば、そこに佇むのは水色の機体。そう、セレンである。
彼女は人型形態に変形しており、両手で大口径砲のビーム砲を構えていた。
「よし、今度はこっちが———」
敵機をカメラ内に収めたことでAIがターゲットを自動照準する。アイシャは反撃の一撃を放とうとするが、それをアルファラが静止した。
「AIの自動ターゲッティングを外して下さい!その機体で正面から勝つのは無理です!」
「えっ」
少し遅く、アイシャは攻撃を放ってしまう。するとその直前にセレン機が動き、僅かに上体を逸らした。
———本当に僅かな最小限の動きだが、それで確かにアイシャの射線からは逸れていた。そして、彼女が攻撃を放つのと同時にカウンターを仕掛けて来たのである。
攻撃を避けて、離れた位置からカウンターを返して、また避けて……。と言う大振りな動きなら読みやすいのだが、攻撃を放った瞬間には躱す体勢が完成していて、相手が回避したかどうかを確認する前にカウンターが届く……と言うのは間合いを掴めない。
これはビームがすれ違うことによる熱源レーダーの視認性の悪さと、射撃直後の残心を狙い撃ちした奇襲である。
アイシャ一人ならばここで1被弾だが、そこはアルファラがついている。カウンターを仕掛けられる寸前で指示が飛んだ。
「う———いや、右!右に全速力!カメラにポインターを出すので、その位置まで!」
ペダルを踏み込んで上昇しかけるが、今度はギリギリ指示に従うことが出来た。
左部スラスターを全開にして右に飛べば、機体の左側面を巨大なビームが掠めて行く。しかも、元居た場所を振り返ればそこには2門の機銃によるビーム光線が自分が居た場所の上下を走って行く光景があった。
セレンはアイシャ機が上か下に飛ぶと予測して3連撃を放っていたのである。あのまま上昇していれば被弾しているところだった。
彼女はアルファラがカメラ映像に合成表示させたポインターを追い、その位置まで移動する。
「アルファラ次はっ!?」
彼女たちが悲鳴のようなやりとりを続ける中、セレンは目の前の一機が自分の攻撃を躱したことに驚きを覚えていた。
「これは、並程度のパイロットが乗っているようですね———」
セレンの機銃が連射に切り替わり、弾幕がばら撒かれる。その上で彼女は後方のスラスターを全開。弾幕を放ちながらアイシャに向かって突進してきた。
迫り来る弾丸を見てアイシャは叫び、アルファラが指示を返す。
「———そのまま留まって!ポイント地点に照準合わせて攻撃!」
「えっ」
———が、その指示には従えなかった。
アルファラが出した指示は、相手の弾幕を体で受け止めながら反撃の一撃を返せと言う無茶振りに近いものだったからだ。
アイシャは自動回避のAIに頼り、回避のベクトルを調整しながら機銃の回避に移る。
……『回避のベクトル』と言うよく分からない日本語を解説すると、AIは熱源レーダーを頼りに攻撃を回避するのだが、その際に回避の選択肢は無限に存在する訳である。攻撃は点か線で、空間は三次元なのだから当然のことだ。
そんな無数の選択肢の中でも、例えば浮上の割合が多いのか、バックステップの割合が多いのか。それが『ベクトル』である。
多くの場合では『A地点からB地点に行きたいがその道中で回避の必要がある』、と言った状況で使われ、回避にまつわる細かい動きをパイロット側で調整するのである。
「な、何をやっているんですか!?」
「何ってあのまま棒立ちしてたら格好の的でしょ!?」
「あの程度なら10秒は耐えますし、あのバラ撒きは目眩しのためですよ!?折角のチャンスだったのに———いや、それよりも全速力で前進して下さい!」
回避行動を続けながら二人は互いの主張をぶつけ合う……が、いつの間にか彼女を狙っていた弾幕は止んでいた。
そしてセレン本体の姿も消えている。この一瞬でカメラから消える筈が———
「待って、敵は?敵はどこに———」
「ですから全速力で前進!」
「えっ」
次の瞬間、彼女の機体を背後から強烈な衝撃が襲った。
———さて、ここら辺で種明かしをしておこう。セレンがアイシャに対して連射を仕掛けた時、なぜアルファラはその場に留まるように指示を出していたのか。それは、セレンのばら撒いた弾幕が目眩しの目的を持っていたことに起因する。
セレンの目的は弾幕と突進で相手を威圧し、相手の意識が自分から逸れた瞬間に自機を変形。戦闘機形態で一気に距離を詰めて近接戦闘に持ち込むことだった。
何せ、射撃戦闘を続けたいのであれば機銃とビーム砲で遠くから芋っておけば良いのだ。ワザワザ近づきながら弾幕をばら撒くなど不自然の極み。だからこそ、アルファラはセレンの目的を瞬時に察知することが出来たのである。
あそこで敢えて攻撃を受け止めて反撃を仕掛けていれば、セレンが変形している所にビームを叩き込むことが出来た。それは変形の構造によって一部の装甲が薄くなっている可変機にとっては致命打になり得たかもしれない。もし事前に察知して避けられたとしても警戒心を与えた上で時間は稼げるだろう。
だからこそあの指示を出したのだ。
しかも、あの場で逃げに徹するのは相手の変形を許容することと同義。それならばせめてセレンの動きをマークして置くべきなのにそれもしなかった。その後の指示にも従わず、前進して逃げてもくれない。アルファラとしてはもどかしい所の騒ぎではない。
お陰でまんまと後ろを取られ、人型に戻ったセレン機によって背後に斬撃を喰らったのである。
「そんなっ———」
アルファラはワンテンポ遅れて前進を開始するがセレン機との距離が離れない。なぜならばセレンは空いた方の手で彼女のバックパックを掴んでいるからだ。
逃げ場を潰し、トドメの一撃を———
「———っ!?」
しかし、その寸前に彼女は背後の視界に異物を捉えた。棒状の物体、つまるところミサイルが自分の元へと飛んで来ていたのである。
「俺が援護する、アイシャは下がれ!」
「機体を縦軸90度回転して相手の手が外れた瞬間に全速後退!」
「し、指示が多い!」
アイシャは左右から自分を翻弄する指示に戸惑いながらも、今度こそそれに従おうと努力する。
「ちっ……!」
対するセレンは手を離し、急速上昇してミサイルを回避。そして"ついで"と言った様子で機銃の直射によって置き土産を仕掛けるが、それはアイシャがアルファラの指示に従っていたお陰で避けることが出来た。
機銃に半身を向けて後退。リンボーダンスで鉄棒をくぐるような体勢でギリギリ回避に成功する。
「アルファラはその調子で頼む!整備班、ミサイルポッドを可能なだけ射出しろ!」
そして、指示を出すアーロンは既に自らの機体へと乗り込んでいた。
彼の機体は他機の格納庫からは離れた場所にあり、垂直降下型のカタパルトで小惑星基地の真下から射出される形になっている。
彼の機体はそのコンセプトや全体的な外観こそ先ほど散っていった彼らと殆ど同じだが、一応それらと比べると1世代進化した機体である。トランス・システムを搭載しているのも大きな強みだろう。
また片手に構えているビームライフルに加えて背後には実弾のバズーカを装備しており、多少の弾切れならば装備の転換で対応可能だ。
そして、もう片方の手には盾を構えていた。
前々から述べている通りこの基地は見つからないことを前提にしていたため、機体の防御性が全く考慮されていない。そのためRA用の盾がこの一枚しか存在していないのである。
ビームライフル、バズーカ、盾。他の機体と比べて全体的に武装が多い。まさにエース機と言った様子である。
———まぁ、他の機体より強いとは言っても所詮1世代前の量産機なことに変わりはないのだが。
「アーロン・カリル、コスモス・シューターⅢ!出撃する!」
彼は凛々しく宣告し、自らハッチを開けてカタパルトへと着いた。
そして急速下降によって戦場へと飛び出すのだが、そんな彼の気配を察知した者がいた。
「あははっ!ようやく出て来たぁ……!」
———そう、ネルアが動き出す。
「———っ!」
カタパルトによって高速射出され、出口まで残り半分の位置に差し掛かった時、彼は外から接近してくる気配に気がついた。
「あの気配かっ」
間髪入れずに真下に対してビームライフルを発射。このような閉所でビームを放つのは自殺行為だが、そのデメリットを甘んじてでも射撃のメリットの方が多いと直感的に感じたのだ。
すると、出口から高速で飛び込んで来る物体があった。
その棒状の物体はネルアの放ったミサイルである。アーロンの起動を感じ取った彼女は、彼が無防備になる出撃のタイミングを予見して攻撃を仕掛けていたのである。
だが、それはアーロンによって補足された。発射口に飛び込んだ時には既にビームが真上に迫っている。
ネルアの回避力を持ってしても、こんな閉所でビームと相対すれば物理的に避けることができない。
「やってくれるッ……!」
貫かれたミサイルが爆発。ビームの熱とミサイルの爆風が壁を削り、発射口の崩落が始まる。その中を突っ切るように彼は降下して行く。
「上々っ!」
攻撃が失敗したと言うのにネルアは楽しそうだ。自分へ特攻を掛けてきた一機を八つ裂きにすると、その視線を完全にアーロンの方へと向けた。
「ようやくメインディッシュ……!」
彼女は、先ほどから交戦中の6機の内、3機を落としていた。残りの機体も戦闘に支障が出るほどの損害を与えていたが、まだ戦闘状態は継続していた。
しかし、最早彼らには構っていられないと言った様子で戦線を離脱したのだった。
「セレン、後は任せた!」
「えっ」
勝手にバトンタッチしたのは、ミサイルから逃げながらアイシャと相対していたセレンである。彼女に追加で3機を押し付けたと言う訳だ。
ネルアが敵機を引き連れて正面からやって来たことに彼女は驚愕の表情を浮かべたが、よく見ると死に体が並んでいるだけだったので気を取り直す。
「帰ったら覚えておいてよ……!」
手始めに急速上昇によって正面の1機を飛び越え、自分を追尾していたミサイルをそれにぶつけた。そして宙返りしながら人型に変形すると、同時に大口径ビーム砲を発射。目の前の味方をかわそうとしたミサイルと、その1機をまとめて薙ぎ払う。
「アイシャさんバック!」
「分かってるっ!」
セレンを追いかけていたアイシャもその余波に巻き込まれそうになるが、ギリギリで踏みとどまって距離を取ったのだった。
そして、自由の身となったネルアは素早く小惑星の下に潜り込んで彼の射出予測場所に銃口を向ける。
俗に言うリス狩り。彼が発射口から姿を現した瞬間にビームを打ち込む気である。
「来る!———でも、気配が違う?」
予想通り発射口から何かが姿を表すが、彼女はその気配からそれが本体ではないことを悟る。
そして予想通り、発射口から姿を現したのはRAではなく長方形の物体。それは彼が構えていた盾であった。どうやら下降の途中で盾を放り投げて先に外に出してきたらしい。
盾を先に降下させ、その奥に自分が降下することで攻撃を防ごうと言うのだろう。
当然ネルアはその背面に回り込んで攻撃を仕掛けようとするが、その動きに合わせて盾が自立で動く。盾やビーム砲には反動の打ち消しや体勢制御のためにスラスターが備えられている場合が多く、それを用いれば多少の自立移動が可能なのである。
「あははっ、そうでなくちゃ……!」
誘導ミサイルで盾を躱すのは可能だが、最早それでは間に合わないことを直観的に悟った。そしてその予感を裏付けるかのように———盾の裏側に強烈な気配が降り立った。
同時にキラリと、盾の影から何かの反射光が覗く。何の光……と悠長に構えていれば一発目の被弾を喰らうことになるだろう。
次の瞬間、そこから強烈な閃光が放たれたのだった。