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宇宙の亡霊 <Birth of the Space Ghost>  作者: 雪道風岬
バックストーリー
1/11

バックストーリー前半:2250年12月17日に至るまで

2250年の1月20日。地球周辺を舞台とした宇宙戦争が勃発した。それは史上最大規模となる宇宙空間の戦闘であり、当然として史上最大の資材が投入された。

史上最大の人員が動員され、史上最大の戦死者が生じ、そして———


———2250年12月17日の現在、すでに終わりつつある戦いでもあった。



大戦のきっかけは100年以上前に遡る。

人口増加による地球のキャパオーバーに伴い、2100年初頭から始まった人類の宇宙進出。手始めに月や衛星軌道上にプラントが建造されると、それらを拠点として新しい経済・工業活動が広まっていった。

軌道エレベーターによる資材・人員の迅速な宇宙搬出。さらにそれらをベースとして、無重力を利用した巨大建造物の組み立て技術が急速に発展。その結果スペースコロニー等の建造が急ピッチで進み、『宇宙進出時代』と呼ぶべき新時代が始まったのである。


もちろん、それに伴って多くの人間が宇宙に上がった。

コロニーの整備を担う作業員やその家族は別として、自ら宇宙への移住を望んだチャレンジャーは誰か。やはり未知の舞台に心を躍らせる野心家や冒険家が……と思われるかもしれないが、実はそんな人物は少数派であった。

その大半は、アフリカや南アメリカ、アジアの一部小国…….。一括りでまとめると、『貧富に苦しむ人々』だったのである。


———人類の格差は何100年をかけてもなくならかった。宇宙進出だなんだと騒いでいる研究者たちを横目に、世界には安全な水や食料すら手に入らない人々が溢れていた。

……いや違うか。『なくならかった』と言うのは嘘かもしれない。正しく言い表すならば『悪化していた』とするべきである。


レーダー技術の発展によって衛星から各国の温暖化ガス排出量が正確に計測できるようになると、地球温暖化防止のために温暖化ガスの排出量を一定に抑えることを旨とした国際法が公布された。それは火力発電から脱却しつつあった先進国にこそダメージは少なく、技術が発達途中だった発展途上国の成長を著しく阻害する形となった。

彼らが経済や工業活動を発展させるためには先進国に取り入る他の道がなく、属国や植民地、奴隷と言った言葉が中世の頃のように頻繁に飛び交うようになった。国家間の格差は著しく悪化したのである。


不毛の大地、未開の地、大国の締め付け。国によっては生まれた瞬間から外れクジを引かされて死人のように一生を過ごす宿命を背負う。親ガチャ失敗どころか生まれた瞬間に借金を背負わされ、マイナスのスタートを切らされる。

そんな希望も未来も見えない人々にとって、スペースコロニーの『何もない』……つまるところ0()()()()は寧ろ魅力的に見えていたのである。


そして、絶対的ブルーオーシャンである宇宙を開拓する事は自分達が先進国と同じスタートライン———()()()に立つことも意味していた。


劣っていることにコンプレックスを抱く彼らにとって、宇宙進出とは逆転を果たす下剋上のチャンスでもあったのだ。

貧困に苦しむ人々や、現在の社会構造や自分の置かれた立場に不満を持つレジスタンス。時には小国一つが丸ごとスペースコロニーへと移住したと言う。



"強者は地球に残り弱者が宇宙に出る"


誰に指示されるでもなく。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自然とその構造が出来上がった。

当初の望み通り、地球の人口・人口増加率は低減した訳だ。


すると地球では、弱者の保護のために社会全体の平均値を下げる従来の方針が一転。平均以上の人間を保護し、その平均値を上げることを目的とした政策が優先的に取られるようになった。

要するに弱者の切り捨てを堂々と宣言した訳である。


当然反対する人間も現れるが、声を上げる人間が減ったのを良いことにインフルエンサーが人々に語りかけ、マスコミが弱者の声を取り上げなくなった。

まるで弱者など存在しないかのように、迅速に、世界規模の改革が行われていった。


———そう、迅速に。まるですべては想定されていたかのように。地球は弱者の存在を許さない星へと変わっていったのだった。


やがて切り捨てられた人間は、一人、また一人と宇宙に逃げて行った。そしてそんな弱者が集う宇宙では、生産・経済活動を隠れ蓑に、臥薪嘗胆をモットーとした軍事技術の研究が進められていったのである。



———そして、そこから100年もの歳月を経て現在へと至る。宇宙と地球が衝突する、史上最大規模の宇宙戦争。その火蓋を切ったのは宇宙側だった。

宇宙と地球の格差。特に、地球が持つ『宇宙への生殺与奪権』を主張してスペースコロニーの同志を募ったのである。


———宇宙への生殺与奪権。

宇宙では、家畜専用のコロニーや大型施設による植物の栽培によって食糧の自給自足を目指していた。しかしそれでもその全てを十分に賄うことはできず、食糧や有機肥料などを地球からの輸入に頼っている事情があったのだ。

その為、もしも地球側が食糧の輸出を拒めばスペースコロニーは飢餓に陥る可能性がある。それを『生殺与奪権』と表したのである。

この問題を解決するためには、地球内部に宇宙側による直轄領を設けて食糧等の確実な輸出を担保しなければならない。我々の息の根を止める権利を地球が有していることは到底容認できるものではなく、今こそ宇宙と地球の格差は是正されなければならないと。


弱者を宇宙に追いやった強者への憎しみも交え、武力によって宇宙の地位を確立することをついに決定したのである。


———まさに『ついに』と言うべきことである。発端は何であれ、いつかは必ず訪れる未来だった。

何ぜ宇宙ではこの日のために100年以上もの時間を掛けて軍事技術が開発されて来たのだ。本来ならば医療やインフラに割くべき資金を軍事開発に投じ、食糧生産の効率化等のライフラインに直結する研究を疎かにしてでも、とにかく地球を見返すために軍事研究に投資を続けて来たのだから。



地球の直轄領を除くすべてのスペースコロニーがその意見に賛同し、『宇宙連合』が成立した。そして地球を一纏めに『地球連合』と呼ぶと、それを打ち倒すための軍事作戦を開始したのである。


スペースコロニー総人口30億と地球人口80億の激突。

地球に拠点を構える地球連合と、コロニーや小惑星が拠点の宇宙連合では国力に圧倒的な差がある。人口、兵力、資源、生産力……全ての面で地球には及ばないだろう。


しかし、彼らは自らの勝利を疑っていなかった。

何故ならば "宇宙空間における経験値"の面においては、彼らは地球連合と比べて圧倒的に優位だったからである。


地球に住んでいながら宇宙で活動したことのある人間は極一部。対する宇宙連合は大半の人間が宇宙生まれであり、誰しもが宇宙空間に晒されている。

すると必然的に宇宙連合では、宇宙空間に特化した成長を遂げた軍事技術と、宇宙こそが勝手知ったる住処である兵士たちが育つ。その経験の差は戦闘に大きく影響すると考えたのだ。


『数よりも質』それこそが宇宙連合の掲げる勝ち筋であった。



宣戦布告に向けて戦略会議が開かれたが、彼らの作戦は非常にシンプルな物だった。

それは一言で形容するならば『先手必勝」である。


まずは戦力として、総勢200隻の艦艇から組まれる宇宙連合艦隊を結成。それを180の主力部隊と20の先遣隊に分けて地球に対して同時攻撃を仕掛ける。先遣隊は衛星軌道上にある地球連合の工業用プラントを占拠。同時に主力部隊は、地球連合の持つ宇宙最大の基地・工業地帯である月を占領する。

そして、異変を察知した地球連合の戦力が宇宙に上がって来たところを先遣隊と主力部隊が合流して迎え撃つのだ。

地球連合の戦力を壊滅させ、宇宙におけるアドバンテージを奪い、有利な条件で講和を結ぼうと言うのである。


誰もが作戦の成功を疑わず、戦闘が始まるまでは全てが思惑通りに進んでいた。



そして2250年1月20日。先遣隊の戦艦から放たれたビーム砲が宇宙VS地球の火蓋を切る。

そしてその結果は———散々たるものだった。


艦隊の接近はプラントに気づかれていたようで、ビームはプラントの一部を穿ったものの ”その中にいた存在” に傷をつけることはできなかった。

宇宙連合の先遣隊を迎え撃ったのは、工業用プラントから飛び出した複数の『人型ロボット』であった。



———人類による宇宙進出が始まって以来、宇宙では人型ロボットの開発が盛んに行われてきた。

当初は人間よりも一回り大きい程度だったそれは、全身に多種の機能を備えて巨大化。やがて10メートルを超える巨大ロボットとなった。

レバーやタッチパネル操作。それにAI制御を加えることで、人が水中を遊泳するようにロボットが宇宙空間を自在に動く。いつしかそれはロボットと言う括りではなく、機械化した鎧———『ロボティック・アーマー(RA)』と呼ばれるようになった。


もちろん宇宙連合も自分達の開発したロボティック・アーマーを艦艇内に備えていた。

頭、胸、肩、胴体、腕、足、バックパックとブロックごとに分かれたその構造は誰しもが簡単に想像できる人型ロボット兵器の姿だろう。右手には盾を構え、左手にはビームライフルを構え、小手に収納されたビームソードで近接戦闘もこなす。

それは『コスモス・シューターⅢ』、宇宙連合の標準的な量産機である。



先遣隊の接近を確認して工業用プラントから地球連合のRAが飛び出すと、それを迎え撃つために宇宙連合のRAもそれぞれの艦艇から発進した。

遠目ではどちらの機体も武装や構造に大差はない。

……いや、遠目で見ずとも双方の機体のコンセプト自体は同じだ。何しろ、どちらも一般兵が臨機応変に使うことを目的として開発された汎用的な量産機だったのだから。


しかし、コンセプトは同じでもその二機の間には決定的な違いがあった。宇宙連合がそれに気がついたのはRA同士の交戦が始まってからであった。



———早い。早すぎるのだ。

銃口を向ける前に射程外に逃げられる。簡単に死角に侵入されてビームを撃たる。レーダーの熱源反応でそれに気がついて慌てて避けるが、そこには次の攻撃が迫っている。

攻撃するプラント側と逃げ惑う先遣隊に分かれ、まるで七面鳥撃ちの様相を呈していた。もはや戦闘が成立していない。


その中でも最も印象的なシーンを挙げるとすれば、それは戦闘において初めて生じた鍔迫り合いだろう。


RA同士の機動力は地球連合が圧倒していたが、出撃数では宇宙連合の方が優っていた。

他の機体群に気を取られている隙を突いて、一機のRAがビームソードを抜き放ちアウトコースで地球連合側へと突撃。攻撃の対象を見定めると、死角である機体の真下へと滑り込み急速浮上してコクピットを狙う。

奇襲を受けた機体もギリギリで気がつき、腰に備え付けたビームソードを抜き放った。


そこで鍔迫り合いが発生するが、宇宙連合のアーマーは切り結び続けることが出来なかった。なぜならば一方的にビームソードを押し込まれ、あわや跳ね返った自分のビームソードがコクピットを切り付けるところだったからだ。


鍔迫り合いは不可能。しかも機体の加速が原因で瞬発的に下がることもできない。

やむなく相手のビームソードを可能な限り逸らし、腕を犠牲にする代わりに機体を縦軸回転。相手機体の腕の側面を転がるようにして斬撃の射線を逸れる。そして全力で飛び退いて何とか間合いから遠ざかった。


しかし、逃れた所でそこは袋の鼠。周囲から集中砲火を受けて敢え無く撃沈し、この戦争における初の犠牲者となった。



動きを追えない。鍔迫り合いが成立しない。

そう、二機の "パワー" はあまりにも違っていのである。


馬力が違う。ジェネレーターの出力が違う。ビームの威力が違う。どちらも同じ量産機であるにも関わらず、ロボティック・アーマーに求められる性能、その何もかもにおいて地球連合の機体の方が上回っていたのだ。

宇宙連合にとっては全くの誤算である。なぜならば、彼らは宇宙空間における自らの技術力を誇っていたのだから。


……しかし、考えてみればこれは当然とも言えるだろう。


優秀な機体を作るのに技術は必須だが、それ以上に必要になるのはやはり資金や資材だ。

加えて、兵器を運用するためには一定以上の数を備える必要がある。超高額な高性能機体を500機作ったところでカバーできる戦線など高が知れている。それよりはワンランク落ちた機体を5000機作った方が遥かに戦力になるのだ。


技術だけでこの2種の量産機を比較するのであれば、確かに宇宙連合側に軍配が上がるかもしれない。

しかし、だ。材料を安価で済ませ、ジェネレーターの性能を落とし、質素倹約を重ねて量産された機体ではいくら技術が高くてもその性能は眉唾物である。


事実、宇宙連合がエース機の開発・改造に使っていた資金を地球では量産機一機一機に回していた。その上で、開戦当時の地球には宇宙連合の5倍以上の機体が存在していたのである。


『数よりも質』宇宙連合が勝利の鍵としていたその根底はこの瞬間に覆ってしまったのだった。


そしてもう一つ、2機の間には致命的とも呼べる違いがあった。それはロボティック・アーマーの『操縦方法』である。


宇宙連合の機体は、レバー・ボタン操作にタッチパネル等の精密動作を組み合わせたアナログな操縦。それをAIでサポートする操縦方法だ。昔馴染みの常識的な操縦方法であり、宇宙連合に与する全ての技術者がこの操縦に問題があるなど思ってはいなかった。


しかし、対する地球側は秘密裏にロボティック・アーマーの新しい操縦方法を確立していた。それが、『トランス・システム』である。


トランス・システム———これは機体と体をトランス(憑依)させる操縦方法になっている。要するにレバー等のアナログ的な入力ではなく、機械が操縦者の思考を読み取り、それに従って直感的に機体を動かす操縦方法と言うことである。


これの最大のメリットが体を動かすような感覚でRAを動かせることにある。従来の方法では到底実現不可能だった指一本にまで至る超精密動作が可能になり、それはRAの回避や攻撃方法に多様な選択を与えた。

回避、攻撃動作を必要最低限に抑えれば隙は極限まで減る。隙が減ればそれを反撃等のチャンスに転じることも可能になる。

特に柔軟な判断を求められる近接戦闘では、アナログの操縦方法とトランス・システムでは勝負が成り立たないほどの致命的な差が生まれることになった。


加えてトランス・システムの直感的操作により操縦者は従来の煩雑なマニュアルを読み込む必要がなくなった。従来の操作方法では一定以上の教育を受けた人間が数ヶ月の訓練を掛けてたどり着くレベルを、トランス・システムでは素人が1週間もあればカバー出来てしまう。

兵士の教育に必要な時間は大幅に減り、必要な学力レベルも大幅に下がった。誰彼問わず優秀な兵士を短期間で大量に作れるのだからもう訳が無いのである。


"機体の基本性能"

"トランス・システム"


その大きすぎる二つのイレギュラーは、宇宙連合の想定を完膚なきまでに崩壊させてしまった。


工業用プラントに駐屯していたRAはプラント一つにつき数機、合計しても30機にも満たない。しかもその内情は軍隊ですらない警備隊だ。

しかし、その程度の相手に、先遣隊の艦艇20隻、総勢300機を超えるRAは大苦戦。1時間もあれば可能だと思われていた衛星軌道上のプラント制圧は、結局開戦から3時間以上経ってもなし得なかったのである。

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