モノだったもの
初投稿です。おにくと申します。
この作品は私の中では力作なので誰かに読んで欲しいと思い、投稿しました。
うわぁ……緊張するぅ……
「君はピジョンだ。よろしく」
意識が覚醒したとき、既に私は
"コード0『ピジョン』"だった。
体の動かし方も、言葉遣いも既存のモノ。
「よろしくお願いします、博士」
「博士はちょっと硬いかな……まぁいっか」
博士は私をまじまじと見た後、おかしそうに笑った。
「どうかなされましたか」
「いや、本当によく出来てるなぁと」
「私をつくられたのは博士では」
「そうなんだけどさ……いや、いいや」
博士の表情が少し暗くなる。
「では、私は何をしたら良いのでしょうか」
「ああそうだね。じゃあまずは、掃除でもしてもらおうかな。物の並び方とかはもうダウンロードしてあるから参考にしてね」
「分かりました」
私は速やかに物の配置を確認し、整理、掃除機がけ、雑巾拭きを終わらせた。
「終わりました」
「はやい!凄いよピジョン!」
「私をつくった博士が凄いのでは」
「それでも凄いよ!」
博士は私をたくさん褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「博士、コーヒーをどうぞ」
「ああ、ありがとう。頼んでないけど?」
「私の独断です」
「そっか。成長したね、ピジョン」
博士は穏やかな微笑みを浮かべながら、頭を撫でてきた。
「子を持った親ってこんな気分なのかな」
「私は博士の娘なのですか」
「うーん、どうだろう。」
頭を抱える博士。
「娘だけど娘じゃない、みたいな?」
「よく分かりません」
「うん、私も分からない」
博士は肩を揺らして笑った。
「ねぇピジョン、オセロしない?」
オセロ盤を広げる博士。
その表情はまるではやく遊びたいと思う子どものようだった。
「ちょっと研究尽くしで疲れちゃってさ。たまにはこういうゲームで息抜きも大事かなって」
「共に娯楽を楽しむ存在は『友達』というらしいですがもしかして博士、友達がいないのですか?」
私は遠回りもせず、直接質問した。
「そうだね……人間の友達は、もうどこにもいないかな」
博士は自嘲気味に笑った後、視線を落とした。
明らかに博士の表情が暗い。
私はよく分からなかった。
「そうですか。失礼しました」
「いやいいんだ。しょうがないことだった。それに今はピジョンがいるしね」
「私と博士はモノと主です。友達ではありません」
「なかなかに辛辣だなぁ」
博士は少し困ったように笑った。
「じゃあ、私が死ぬまでピジョンは私のモノなの?」
「その通りです」
「なら、生きてる内に友達は作れないか」
博士は諦めに似た笑い声をあげた。
「それにしても、感情表現が上手くなったね、ピジョン」
「博士や恋愛シュミレーションゲームの登場人物の話し方、表情を真似ることなら簡単なことです」
「え?恋愛シュミレーションゲームから学習してるの?」
「はい。特に博士がプレイしておられる『ビューティフルラブ―イケメンビッグスリーに言い寄られて私、どうしたらいいの!?―』にはたくさん学ばせて頂きました。」
「ちょ!?なんで知ってんの!?恥ずかしいから隠してたのに!」
「ピジョン、おやすみ」
「おやすみなさい、博士」
博士が寝室に行ったからか、この研究室はやけに静かだった。
掃除を終わらせるために床に落ちているファイルを集めていたとき、ファイルに入れられた紙に書かれた題名が私を立ち止まらせた。
『人間の消滅について』
私は何故かファイルをぱらぱらとめくっていた。
そこにはぎっしりと文章が書き留められていた。
急いでいたのか文字が少し荒いが、読めないことはない。
『この地球から人間は私を除いて全員消滅してしまった。異世界への扉が開いたことが原因だ。まず、扉が開いた瞬間、凄まじい衝撃波により推定でも世界人口の4分の3が消滅してしまった。これは消滅した人間全員の魔法耐性が低かったからだと最近の研究から仮説が立てられた。その後、世界中に開いた扉から大きな種子のようなものが次々と投下された。種子は地面に着くと根を生やし、つるを伸ばし始めた。そのつるは毎秒約2mほどの速さで成長し、人間に巻き付く性質を持っている。そして、巻き付かれた人間はつるの表面にある口に似た器官によりすべてを吸われ、跡形もなく消えてしまう。これにより、人間は数ヶ月も経たず消滅してしまった。私が生き残れたのは本当に偶然だった。だから今の内に、私の研究と人間の知恵をここに残していこうと思う。誰でもいい。異世界と繋がり、怪物が住み着いたこの地球でもう一度新しい文明を起こせる、勇気ある者が来ることを祈って。
斎藤 虹葉―さいとう いろは―』
「今日は外に出て、お散歩に行こうか」
身支度を済ませる博士。
「博士、外は安全なのですか?」
私は昨日の夜に見たファイルから外は危険だと容易に推測できる。
外に出かけるのは無謀ではないか。
「んー……安全とは言えないけど、これからの研究で必要なことだしなぁ」
「では、私が博士をお守りします。護衛はおまかせください」
博士はポカンとした後、腹を抱えて笑った。
「君には戦い方を教えてないんだけど……うん、護衛は任せたよ、ピジョン」
博士に信用されて、私の胸は何かに満たされた。
これが『嬉しい』という感情……なのかな。
「おまかせください、博士」
博士と私は何もない荒野を東に向かって歩き始めた。
「どこに向かわれているのですか?博士」
「まだ秘密。行ってからのお楽しみだよ」
私は博士を追う。
その間も周りに気を配っていた。
でも、やけに周りは静かで何もない。
しばらくすると博士は歩みを止めた。
そこには、小さな花畑があった。
赤とピンクのカーネーションたちだ。
荒廃した土地との差がさらにそれの美しさを際立たせている。
「これをピジョンに見せたかったんだよ」
「どうしてですか?」
「何でだろうね、よく分からないけど……」
博士は子どものように笑った。
「ピジョンとの思い出を残したかったから、かな」
どうしてだろう。
今の博士の言葉は、声はとても儚く、もうすぐに散る花のようだった。
「思い出……」
「ねぇピジョン」
「はい、どうかされましたか」
就寝前、博士はいつもより弱々しい表情で話しかけてきた。
「あのファイル、見た?」
「……はい」
あのファイルというのは『人間の消滅について』のことだろう。
「そっか……ピジョン、君はさ。異世界からこの地球をやり直せる誰かが来る可能性はあると思う?」
今の博士の声には、普段の博士から感じる自信が感じられない。
博士自身、その可能性は低いと考えているのだろう。
だからこそ私は自信を持って博士にこう伝えた。
「私はあると思っています。異世界から怪物が現れたのなら、賢い人間が現れる可能性もゼロではありませんから」
博士は目を丸くした。
非科学的だ、と否定されると思っていたのだろうか。
昔の私ならそう言っていたかもしれない。
でも今は、博士と同じ景色を見てみたい。同じ想いを持っていたい。そう思った。
博士は安心したかのように息を大きく吐いた。
「……確かにそうだね。ならもう少しだけ信じてみようか。いつか、勇気ある者がこの地に降り立つことを」
「ピジョン、今日も外に出ようか」
「了解しました」
「今日は素材集めがメインだから、昨日とは逆の道を……」
博士が扉を開けた瞬間、博士の左腕が吹き飛んだ。
急いで扉を閉めた博士は左腕があった所を抑えながら、壁に背中を預けて腰を下ろした。
「博士、すぐに救急箱を持ってきます」
「いや、これは……もうダメかな」
「どうしてですか?」
「今私がくらったのは魔法だった。そして、魔法で傷ついた……肉体を再生させるためには回復魔法、もしくはポーションなどの……魔法に作用する特別な道具が必要なんだ」
「それらは無いのですか?」
「無い。少なくとも……この研究所の中には」
私たちが話している間に赤い水溜まり―博士の血が床に広がっている。
白衣も真っ赤に侵食されてしまっている。
このままだと博士は……
私は応急手当をしようとした。
だが、何かの力にそれを阻まれてしまった。
「無駄だよ、ピジョン」
博士の声色はそれでも冷静だった。
「ですが、まだ……」
「ピジョン……君はもう自由だ。私は出血している。じきに死ぬだろう。もういいよ」
どうして。どうして博士はそこまで冷静でいられるのだろう。
諦めたような表情をしているのはどうして……
「いいえ。まだ、博士の生命維持活動は停止していません」
私はまだ諦められなかった。諦めたくなかった。
「はは……たしかにそうだ」
博士は弱々しく笑った。
左腕からは未だに血が溢れ出ている。
博士は私の目をまっすぐに見て。
「ピジョン、最後の命令だ。私を……安らかに、眠らせてくれ……」
ピジョンは、マスターの命令には抗えない。
「……ご命令とあらば」
私は鈴の鳴るような音で子守唄を奏でた。
しかしその音たちは微かに震えている。
完璧とは言えない子守唄。
何でも完璧にこなしてしまう私は初めて完璧に命令を果たせなかった。
それでも博士はゆっくりと目を閉じ、安らかな表情で生命維持活動を完全に停止した。
「博士、どうか安らかに……」
最後の命令を果たした私は、博士をベッドの上に寝かせた。
そして、もう冷えてきている友達の胸に顔を押し付け、涙を流した。
博士が眠ってからどれだけの時間が経ったのだろう。
私は今でも研究所を離れられずにいた。
博士と過ごした日々が忘れられない。
あの日々が、あの記憶が私を今もここに閉じ込めている。
博士の椅子、よく座ったまま寝てたっけ。
博士の机、紙だけでなく机自体にもメモがいっぱいだ。
博士の白衣、汚れはないがシワが目立っている。
博士のファイル、努力の結晶だ。
博士が遺したものは数え切れない。
私はそれを守り続けるのだ。
どんなに時間が過ぎ去っていくのだとしても。
博士が信じた可能性を、私は信じたい。
「今日も掃除を始めましょうか」
そう言って私が掃除機をかけようとしたその時。
研究所と外界を繋ぐ鉄のドアがゆっくり開いた。
「すみません、誰かいますか?」
おにくと申します。
「モノだったもの」はどうでしたか?
続きそうな終わり方にしちゃったのは、この世界を舞台にした作品をもう1つ書こうとしているからです。
その時はまた違った作品になると思います。
よければ感想を頂けると嬉しいです。
でも初投稿だから強めの批判は怖い……
だけど、しっかり読ませて頂きますm(_ _)m
読んでくださりありがとうございました!