魔法使いリザリー
少年……ライオットは気ままに過ごすごく普通の村人だった。
だが三ヶ月前、故郷の村を魔物に襲われ、両親は勿論村人全員が魔物に殺された。
ライオットも殺されそうになったものの、命からがら逃げていきどうにか、今はこの場にいるという訳である。
あの時の自分を呪い、そして生き残った自分に何が出来るのか?
そして考えた、何か伝承に関する物を調べていると。
「魔を滅する神器の剣…?」
生き延びて行き着いた小さな町の図書館で、その様な文献をライオットは見付けた。
胡散臭そうに聞こえそうな内容だが、今は藁にも縋る思いな為にその文献を読み漁った。
「世界が災厄に齎されし時、世界を救う希望が再誕せし時、神器の剣がその者の手に宿る。か……」
文献に書かれていたのはそんな内容だった。
「希望……か」
ライオットはそう呟き、文献を元の場所に戻してから王都へ旅立った。
王都なら、この伝承に関する物があるかもしれないと踏んだからだ。
だが、此処から王都まで凡そ五日は掛かるとの事、ライオットはそこら辺で旅慣れしてそうな冒険者を探すなりして、話を聞いてみるのが先決であろう。
ガサガサッと近くにある茂みから音がし、ライオットは戦闘体勢のまま見詰める。
ガサゴソと動く茂みに身構えながら、その音の原因が現れるのを待っている。
すると、茂みから液体状の物体がライオットの足に到達する。
ライオットが見詰めていた茂みから出てきたのは、四足歩行の軟体生物の様な魔物であるスライムだった。
魔物の一個体としても低級な存在であり、駆け出しの冒険者でも簡単に討伐出来るとの事だが。
「うおっ!?」
ライオットはスライムに驚き、思わず剣を振ってしまう。
スライムは剣で縦に真っ二つにされ、びちゃっと地面に落ちる。
「全く驚かしやがって……つい咄嗟にやっつけちゃった」
ライオットは剣に付着するスライムの体液を振り払って、鞘に収める。
「あ、6エスペルみっけ」
スライムがいた場所にお金が落ちていて、ライオットはそれを拾う。
エスペルはこの世界の通貨の事である。
コイン一枚で1エスペルとなっている。
「あら、随分と荒削りな剣術ね。そんな雑魚に驚いてちゃ、先が思いやられるわよ」
「だ……誰だ!?」
何処からか聞こえてきた声、周りを見渡すが人影が見当たらない。
「こっちよ」
ガササッと近くにある樹木が揺れ動き、中から一人の少女が降り立つ。
橙色の短髪の上に三角帽子を被り、赤黒いローブを纏っている。
紫色の両眼を宿し、15歳程の背丈だった。
手には木彫の龍を頭部を模した杖があり、少女は悪戯笑みを浮かべライオットへ向く。
「私の名前はリザリー、魔法使いよ」
「見たまんまだね。俺はライオット」
お互いに自己紹介する。
「あんた、剣の腕に無駄があるじゃない。さては素人ね」
少女……リザリーの指摘に、ライオットはムッとする。
「だったら何だ? 素人で悪いか」
「ええ、悪いわ。だって、世の中は魔王の所為で魔物だらけじゃない?今の様なまぐれ当たりがこの先、続くとは到底思えないからね」
「生意気だな〜。で、その魔法使い様が何か用?」
「フフン、ある目的の為に旅の途中」
得意気に言うリザリーに、ライオットは物珍しそうな顔をする。
「へぇ〜目的って?」
「秘密」
何か事情でもあるのだと察し、ライオットはそれ以上は追及しない。
「俺は魔王を倒してこの世界に平和を取り戻す!この世界の何処かに魔を滅する神器の剣があるって聞いて、それを探す為にこのイスルト王国の王都ファルンを目指しているんだ」
天真爛漫にも見えるが、その瞳には強固な意志も感じられるライオットに、リザリーは面白そうに笑う。
「面白いわねあんた、一人旅って訳にもいかないし私もついていくわ」
「良いのか?俺は助かるけど……」
「私も王都に用があるからね。用を足すついでにあんたみたいな危なっかしい人間、ほっとけないわ」
「俺は子供じゃないぞ!」
「子供よ。ま、旅は道連れって言うじゃない?これから宜しくね、ライオット」
「ああ、宜しくなリザリー」
二人は互いに握手を交わす。
こうしてライオットはリザリーを仲間として迎え入れたのであった。
***
「ねぇねぇ、ライオット」
「何?」
夜。
焚火を前にし、ライオットとリザリーは座り込み夕食の準備をする。
ライオットと旅をする事を決め、その時からずっと世話になるだけの関係は嫌だと言い、料理は専らリザリーが請け負う事を申し出て今はこうして即席の味噌汁もどきを作ってくれていた。
味見したら味付けが少し濃いめだったらしく、おかわりが必要かもしれない。
「あんたは何で魔王を倒す旅に出たの?」
「……」
「唯単にそれだけが目標じゃないでしょう」
魔王討伐は人類総出の願いだ。
このイスルト王国は勿論、西のウェストン王国、南のサウセリア王国、北のノストール王国も同じく魔王軍の侵攻で甚大な被害を受けている。
王政府直属の兵士達や民間の軍隊、そして冒険者達も魔王討伐を目指して日々活動に勤しんでいるのだ。
此処での出来事の全てが偶然?ではないのだろう。
きっと人々の思いから彼等は呼び出されて集っている。
「リザリーには敵わないなぁ」
ライオットは観念したかの様に、口を開く。
「俺は……村を魔物に滅ぼされた」
「!」
「三ヶ月前、突然魔物の軍勢を率いた魔族が攻めてきた。村を、畑を、井戸水を血の色で染めるように魔物が跋扈し始めた」
ライオットは歯を噛み締め、悔しい気持ちを押し殺す。
「家族や友人は皆殺された。俺みたいなちっぽけな人間も同じ事になると思った。だけど……その魔族は俺を敢えて見逃した」
自分みたいな弱い人間を殺す価値がないと思ったのか、その魔族はライオットを敢えて見過ごした。
いつでも殺せると余裕の態度なのだと思ったライオットは、近くにある木材で剣を作り上げて旅に出た。
「復讐しようと思わなかったの?」
「最初は思った。でも……それだと、俺みたいに戦いや、自分の生まれや生活に不満を持っている人が増えてああなるんじゃないかって思って。だから復讐じゃなく、魔王を止める為に俺は旅に出た」
村を滅ぼされ、何もかも奪われた自分と同じ想いを他の人が少しでもしない為に。
ライオットは真っ直ぐとした目でリザリーを見詰め、話を聞いたリザリーは瞳に宿す光を淡くさせる。
「何よそれ……バッカじゃないの?甘いんじゃないの?」
「多分そうだと思う……でも、俺はやってみようと思ってる」
リザリーは酷く悲しそうな笑みを浮かべて、ライオットは気持ちを語る。
「さて、そろそろ寝ましょう。明日も歩く訳だし」
「そうだな。じゃ、俺が火を消すよ」
パチパチと火が薄らいで消える。
お互い毛布に包まるが、何時までもリザリーは複雑な表情で空を見詰める。
(あぁ〜……きっと今夜はぐっすりは寝れないわ)
この先どうするか、その不安を胸に抱きながらリザリーの意識は闇へ落ちていったのであった。
「う〜ん……」
朝、ライオットは目を覚ますと四肢を大きく伸ばして深呼吸をし、上半身を起こす。
「起きたわね、其処に朝食を置いてるから食べなさい」
リザリーに促されてライオットは起き上がり、指差された所に目を向ける。
そこにあったのは丸い木の皿に野菜とお米が入った粥が置かれており、卵焼きとデザートにオレンジが3個程置かれている。
「ひょっとして、リザリーが作ったのか?」
「まぁね」
「そうか、有り難く頂くよ」
ライオットは身体を起こし、頂きますをして匙を持って食べていく。
そして食べ終えると二人は歩き出す。
「そう言えばリザリーって魔法使いだろ?どんな魔法使うんだ?」
「ああ、まだ魔法を習って一ヶ月だからね。基本的に炎と風、水などの初級魔法しかまだ使えないのよ」
「ふぅん……」
「あ、信じてないわね、その顔。特別に見せて上げる」
木彫りの杖を空に向け、リザリーは詠唱を唱える。
「我求むは灼熱の炎、我が敵を燃やし尽くせ! ファイアーボール!」
すると杖の先端から火の玉が現れ、まっすぐ空に向けて消えていった。
「こんな感じ」
「ふむ……こういうのに、慣れなきゃいけないんだな」
これから戦い抜いて行く訳なのだから、弱音は吐いてられないとライオットは思う。
「他にもあるわよ。我求むは風の刃、我求めしは全てを切り裂く刃。我が風に望みしもの、形となれ! ウインドエッジ!」
今度は先端から緑色の魔力光を模った三日月型の刃が現れ、木に切り傷を刻む。
「とまぁ、こんな感じね」
「凄いな……魔法は」
「でしょ?」
ふふんと胸を張って言うリザリー、胸はないが。
「大体把握したよ。じゃあ改めて王都に出発!」
「おーっ!」
リザリーは再び杖を振りかざし、二人は王都に向けて一歩を踏み出すのであった。