四年間付き合ってきた彼女にフラれたら、幼馴染の女の子に告白された
「はあ……死にたい」
放課後の教室で一人、真田翔太は盛大に溜め息をついた。
「(まさか、小学生の頃から付き合ってた彼女にフラれるなんて……)」
翔太は今朝、小学六年生の頃から高校一年生である現在に至るまでの、約四年間に渡って付き合ってきた彼女にフラれてしまったのだった。
さすがにショックが大きく家に帰る気力も起こらないためか、放課後になってクラスメートがぱらぱらと教室から出ていく中、翔太は自席の机に突っ伏していた。
教室内が翔太一人になってしばらく時間が経つ。日が沈みかけ、辺りが少し薄暗くなった。
ガラララッ
閑散としていた教室に引き戸が開かれる音が響く。誰かが入ってきたようだ。
「あれ、翔太まだ帰ってなかったんだ」
「ん……? ああ、静流か……」
入ってきたのは翔太の幼馴染みであり、現在も仲の良い友達の氷川静流だった。
蒼色に煌めくショートカットに髪と同じ色の透き通った双眸が特徴の女の子で、『静流』という名前のイメージ通り凛とした綺麗な顔立ちをしている。
「うん、忘れ物を取りに来たんだ。ってうわ、大丈夫? 顔色悪いどころの話じゃないよ?」
翔太が突っ伏していた顔をむくりと上げると、その顔を見た静流が思わずたじろく。よっぽどひどい顔をしているんだろう。
「大丈夫……じゃないかも」
「……だよね、聞いたよ。その、彼女さんにフラれたんだってね」
「今朝の話なのにもう広まってるのか……。ああ、さすがにキツすぎて、ここから動く気にもなれない……」
翔太にとって初めて経験する失恋。心へのダメージはとてつもなく重かった。
自分のどこがいけなかったのだろう、もっとこうすれば良かったのかと考えれば考えるほど、マイナス思考に頭を支配される。
「そうだよね。おせっかいじゃなければだけど、話したいことがあればいつでも聞くよ」
「……ありがとう。じゃあ今、話聞いてもらってもいいか」
「うん。もちろん」
静流は翔太の隣の席の椅子に座る。翔太は静流の方へ体を向け、ぽつりぽつりと語り始めた。
「俺さ。喧嘩したとかでもないのに突然フラれたんだ。それで納得ができなかったから、俺のどこがダメだったのか聞いてみたんだよ」
「何て言われたの?」
「……『どこが悪いとかじゃないけど、もう好きじゃなくなった』って言われた。つまりさ、冷められちゃったんだよ」
「…………」
哀しげな表情で自虐気味に言う翔太に、静流はどんな声を掛ければ良いのか分からず、ただ黙っていることしかできなかった。
「そりゃあ四年も同じ男といれば、飽きるかもしれない。でも、俺だって何も考えずに付き合っていた訳じゃないんだ。例えばデートのときは、なるべくマンネリ化しないようにいろんなプランを練った。サプライズでプレゼントをあげたりもしたさ」
「そうなんだ。いろんなデートプランを考えるのも、プレゼントを考えるのも大変だろうに凄いね」
静流の褒め言葉に、翔太は遠慮がちにありがとうと答える。そして辛い気持ちを抑えるように眉間に皺を寄せ、話を続けた。
「それに記念日だって毎回違う形で必ず祝ったし、見た目だってちゃんと気を使うようにした。恥ずかしい話だけど、好きっていう気持ちも伝えるようにしてた。……それでも冷められたんだ。くそ、一体どうすれば良かったんだよ!」
涙混じりの声で苦しそうに、自分の気持ちをさらけ出す翔太。
「翔太は悪くないと思うよ。飽きさせないようにって、いつも考えながら真摯に付き合ってたんだもん」
「……だからこそ、落ち込んでるんだよ」
「え、どういうこと?」
「俺は良い彼氏でいられるように努力してたつもりだし、飽きさせないためにいろいろ考えて行動してきた。だから正直、自分の行いが悪かったとは思ってない。もちろん、相手が悪いと言うつもりもない。ただ……」
翔太は悔しそうに、グッと拳を固めた。
「これだけ彼氏としての最善を尽くしても、冷められてフラれた。つまり行動だけじゃどうにもならない、俺自身の魅力が無かったんだ。自分が惚れた人をどうやっても惹きつけられない、そんな自分があまりにもみじめで、悔しくて……!」
肩を震わせながら恨めしそうに、どうにもできなかった自分を嘆く。
相手を飽きさせない魅力。それを自分が持っているかどうかは、恋愛において重要な要素である。
しかし何をもって魅力的に感じるかは、人によって違う。自身の好みを理解していない人もいるだろう。
そしてそれは、意識や行動を変えるだけではどうにもならない要素であることがあるのだ。
そのどうにもできない要素のせいで相手に飽きられ、やがて冷められてフラれることがある。それが恋愛の残酷なところである。
「(翔太……)」
己の無力さに苛まれている幼馴染みの男の子が、目の前にいる。その姿はあまりにも不憫で、静流の胸の辺りがきゅっと締め付けられる。
「ごめんな。慰めようとしてくれてたのに、一方的に愚痴っちまって」
「んーん、大丈夫だよ。こういうのは人に話して、辛い気持ちを吐き出しちゃった方が楽になるっていうし。むしろ、辛いのに全部話してくれてありがとう」
「感謝するのは俺の方だって。確かに少し気持ちが楽になった気がするよ。ありがとう、静流」
「それなら良かった」
静流は気にしないで、と微笑むと、何故か哀しそうな表情を浮かべた。
「……翔太の辛い気持ち、凄く分かるよ。私も、同じような経験したから」
「え、そうなのか?」
「うん、随分前のことだけどね。小学生の頃、好きな男の子がいたんだ。たくさんアプローチしたんだけど、結局振り向いてもらえなくてさ。……あの時はへこんだなあ」
懐かしそうに話す静流の姿は、どこか儚げな雰囲気を醸し出していた。
「そうか……。静流も辛い思いしてきたんだな。俺、静流に好きな人がいたって知らなかったよ」
「うん。そうだろうなって思ってた」
「教えてくれれば良かったのに。そしたら応援したぞ?」
「…………勇気が無かったんだよ。はあ……」
静流の綺麗な瞳に、若干の後悔の色が混じる。彼女はそれを誤魔化すかのように大きな溜め息をついた。
「そっか。確かに小学生の頃は好きな人を知られるって凄く恥ずかしいことだったし、他の人に教えるのって勇気いるもんな」
「そういうことじゃないんだけどね」
そう言ってジト目で翔太を見る静流。当人は再び項垂れてしまったため、自分が冷たい目で見られていることに気づかなかった。
「好きな人にフラれたり、好きになってもらえないのってつらいよな。ショックなのは当然だけど、自分に自信を持てなくなるっていうか……」
「うん。私も小学生なりに精一杯努力したのに、何で好きになってもらえないんだろう、そんなに魅力ないかなってその時は落ち込んだよ」
静流はそう言いながらほんの少しだけ口を尖らせた。
「いや、静流が好きになった男の子の目が節穴なだけで、昔も今も静流は魅力的な女の子だろ」
「……それ、翔太が一番言っちゃいけないことだからね。魅力的だって思ってくれてるのは嬉しいけどさ」
「え?」
訳が分からないといった様子で戸惑う翔太を見て、静流は思わず苦笑した。
「あとさ。自分に自信が持てなくなるって言ってるけど、そんな悲観的にならなくても大丈夫だよ。少なくとも私は、翔太だってちゃんと男の子としての魅力あると思うな」
「そ、そうかな。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないよ。……現に、小学生の頃から今までずっと翔太のことを好きな女の子がいるの知ってるし」
「そ、そんなやついるのか!?」
「うん。ずっと片想いしてる。翔太が元カノさんと付き合ってた間も、ずっとね。翔太、本当に心当たりはないの?」
「心当たりって言われてもな。小学生の頃から仲の良い女子なんて、元カノを除いたら静流ぐらいしかいないぞ?」
「……はあ、やっぱり翔太って呆れるぐらい鈍感だよ」
「そ、そうなのか?」
翔太のあまりの鈍感さに、静流は少し本気で引いた様子だった。
「乙女心の理解が足りないんじゃない? 翔太はもっと、乙女心を勉強をした方が良いよ」
「うぐ、そうなのか。確かに、そのせいでフラれたのかもしれないしな……。でも、乙女心ってどうやって勉強すればいいんだ?」
「身近な女子の言動の意味を考えてみるとかかな?」
「な、なるほど……」
「ふふっ、翔太にとっては難しいかもね。でも今はそんなこと考えないで、気持ちが落ち着くまでゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」
「そうだな。はあ、立ち直れるかなあ」
「きっと時間が経てば落ち着くよ。あ、一人になりたかったら言ってね? それなら私帰るから」
「……いや、俺も帰るよ。残ってたらいつまでもここにいそうだ」
「そう? じゃあ、一緒に帰る?」
「そうしようかな」
「分かった。久しぶりだね、一緒に帰るの」
「そういやそうだな。今までは元カノと帰ってたし」
「ふふ、何だか懐かしい気分だよ。じゃ、行こっか」
静流が立ち上がると、翔太も重い腰を上げて立ち上がる。こうして二人は学校を後にした。
★ ★ ★ ★ ★
それから約一か月後。翔太は静流に言われて放課後、教室に残っていた。
翔太と静流は同じクラスなのだが、何処へ行ったのやら静流の姿は見当たらなかった。
ガラララッ
「あ、翔太。待っててくれたんだ」
教室内に翔太以外の生徒がいなくなった頃、静流が入ってくる。
「待っててって言われたんだから当然だよ。それより、何か用か?」
「いや、用という用はないよ。ただ、ちゃんと立ち直れたか気になってさ」
「ああ、そうなのか。心配してくれてありがとうな」
「ううん、気にしないで」
「もう大丈夫だよ。一か月経ったし、だいぶ落ち着いてきた」
翔太は力こぶしを作って、丈夫さをアピールした。
「ただ、別れてすぐ向こうに彼氏ができたって知ったときは、さすがに心にきたけどな」
「……うん、そうだよね。その噂も聞いてたから、余計に心配だったんだ」
「でも、逆にちゃんと吹っ切れたよ。だからもう平気さ!」
「ふふっ。それなら良かったよ」
静流は安堵の笑みを浮かべた後、ふうっと息をついて真剣な表情になる。
「……ねえ、翔太」
「何だ、静流?」
「前に話した、翔太のことをずっと好きな女の子がいるって話覚えてる?」
「そりゃ覚えてるけど。その話本当なのか?」
「うん、本当だよ」
「マジ!? てっきり、俺のことを慰めるために言ったんだと思ってたよ……」
「元気づけるために言ったのもあるけど、好きな人がいるっていうのは本当だよ」
「そう、なんだ?」
本気で戸惑っている様子の翔太を見て、静流は『こういうところはずっと変わらないな』とおかしそうに微笑んだ。
しかし次の瞬間、静流はまた慎重な面持ちに切り替える。
「翔太。その翔太をずっと好きな女の子って誰なのか、知りたい?」
「へ? ……そりゃ、教えてもらえるなら」
「ん、分かった。じゃあ教えるね」
「ちょっ、そういうのってそんな簡単に本人にバラしちまっていいのか!?」
「…………」
慌てる翔太の言葉を無視して、静流は覚悟を決めるように一呼吸おいた。
「ずっと前から好きでした。もし良かったら、私と付き合ってください」
「…………え?」
静流が口にした言葉があまりに衝撃的すぎて、翔太は一瞬、状況が呑み込めなかった。
「だからその、ずっと翔太を好きな女の子っていうのは、私のことなんだよ」
「……っ!」
恥ずかしそうに頬を染めながら言う静流を見て、翔太は思わずドキッとした。
「……そ、そうだったのか。静流は俺のことが好きだったんだ。しかも昔からずっと」
「うん、そうだよ。翔太ってば全然気づいてくれないんだから、もう」
「ご、ごめん」
「ううん、謝ることじゃないよ。むしろ私の方こそごめんね」
「え、何で静流が謝るんだ?」
「だって翔太が別れてからまだ一か月ぐらいしか経ってないじゃん?」
「そうだね」
「四年も付き合ってた彼女と別れちゃったんだから、女の子と付き合うことにまだ抵抗があるかもしれない。それを分かってたのに、告白したから」
「いやいや、そんなの気にしなくて大丈夫だよ!」
「そう? 本当は告白するかどうか迷ってたんだけど、もう後悔したくなくて」
「後悔って……あ、そういうことか」
鈍感な翔太も、静流の言っていることの意味は理解できた。
彼女は小学生の頃から自分を想ってくれていた。けれどその想いは伝わることなく、自分は他の女の子と付き合ってしまった。
仮に自分が逆の立場、つまり静流の立場であったなら、想いを伝えなかったことをきっと後悔するだろう。
そして、他の人と付き合ってもなおその相手のことを想い続けていて、もし再びチャンスが訪れたとしたら。
きっと、同じ後悔を繰り返さないために想いを伝えるだろう。目の前にいる女の子のように。
「私の想い、伝わった?」
「ああ。ちゃんと伝わったよ」
「良かった。やっと伝えることができた」
そう言ってニコッとはにかむ静流。その顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかで、翔太の目にはとても綺麗に写った。
「…………」
「……翔太? そんなに見つめられたら、その。恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめん!」
慌てて静流から目を逸らす翔太。無意識に見惚れてしまっていたようだ。
「ううん。それより、返事を聞きたいな」
「そ、そうだよな。えっと、好きって気持ちは凄く嬉しいし、俺から見て静流は魅力的な女の子だと思う。けど……」
「けど?」
「その、なんて言うか……」
「やっぱり、まだ女の子と付き合うのは抵抗ある?」
「…………うん。正直に言うと、まだ怖いかな」
言いにくそうに心情を吐露する翔太。
四年間付き合っていた彼女に、精一杯尽くしたにも関わらず冷められて別れを告げられた。そうして心にとてつもないダメージを負ったことで、それが少しトラウマになっていた。
臆病になっているのだ。付き合ったらまた同じように、冷められてフラれるのではないかと。
「そっか。ならまだ付き合わない方がいいね」
「その、少しの間だけ待ってて欲しい。心の整理がついたら改めて返事をするから」
「うん、分かった。じゃあ、帰る前に一言だけ言わせて」
「何だ? ってうお!?」
静流は翔太に向かってグイッと顔を近づける。二人の顔の距離は目と鼻の先まで近くなった。
「私は小学生の頃から今まで、ずっと翔太のことが好き。その気持ちは、好きになってから一度も冷めたことなんかないんだよ?」
静流は翔太の耳元でそう囁いてから、ちゅっ、と頬にキスをした。
「っ!?」
突然の出来事に驚いた翔太はキスをされた方の頬を手で抑えながら、慌てて静流から遠ざかった。
「ふふ、今日はもう帰ろう?」
「え……あ、うん」
動揺している翔太をよそに、踵を返す静流。その一連の動作はいかにも余裕があるように見える。
「(うう、緊張したあ……! さすがにほっぺにキスはやりすぎたかも……。変な女だと思われてたらどうしよう……!)」
けれど実際は、静流もいっぱいいっぱいであった。
★ ★ ★ ★ ★
それからまた、約一か月の時が経過した。
今回は翔太の方が、誰もいない早朝の教室に静流を呼び出した。
「朝早くに呼び出して悪いな、静流」
「ううん、気にしないで」
「ありがとう。今日呼び出したのはもちろん、告白の返事をするためだ」
「……うん、そうだよね。いつ返事をもらってもいいように覚悟してきたはずなのに、結局緊張しちゃうなあ」
静流はその緊張を抑えるように、震える手で胸をぎゅっと押さえつけていた。
「緊張してるのか? 俺に告白してくれた時はわりと平気そうな感じだったと思うけど」
「あ、あの時は告白した勢いでというか、緊張を通り越して半分投げやりになってたから……」
「そ、そうだったのか」
「うん……って、そんなことはどうでもいいの! 告白の返事、してくれるんでしょ?」
「あ、ああ」
翔太はコホン、とわざとらしく咳払いして強引に話を戻した。
「まず、返事をする前に伝えておきたいことがあるんだ」
「伝えたいこと?」
「うん。実は一週間ぐらい前に、元カノに告白されたんだ」
「ええっ!? 元カノさんって他の人と付き合ってたんじゃなかったの!?」
「その彼氏とはもう別れたらしい。それで、どうしてまた俺に告白したのか聞いたんだ。そしたら、『離れてからしばらく経って、やっぱり翔太が一番私のことを分かってくれてるって気付いた』って言われた」
「……ふーん、そうなんだ」
静流はこれを聞いて内心、『もっと早く気付いてれば、翔太を傷つけることもなかったのに』と悪態をついた。
「それじゃ、その……翔太は元カノさんと復縁するの?」
恐る恐る、といったように尋ねる静流。すると翔太は、ふるふると首を横に振った。
「いや、復縁はしないよ。告白も断った」
「ど、どうして!?」
「どうしてって聞かれると言葉にしにくいんだけど……。その時はもう吹っ切れてて、未練とかもなかったし。それにもし仮に付き合ったとして、また冷められてフラれるかもって思うと怖くてさ。もう一度好きになれる気がしなかったんだ」
「そう、なんだ……」
静流は翔太に同情するとともに、どこかホッとしていた。
翔太は元カノからの告白を断った理由を言い終えると、物憂げな表情を浮かべた。
「……俺、恋って冷めるもんなんだって知ったよ。前はあんなに好きだったのに、今はもう好きになれる気がしないって思ってるんだ。おかしいよな」
「いや、おかしくなんかないよ。恋ってそういうものなんだと思う」
静流の言葉を聞いた翔太は、意外そうに目を丸くした。
「静流も、恋はいつか冷めるものだって思ってるのか?」
「うーん。そうだけど、ちょっとだけ違うかな」
「それってどういうことだ?」
「確かにどれだけ長い間続いた恋も、いつか冷めることがあるかもしれない。でも私は、ずっと冷めないで一生燃え続ける恋だってあると思うんだ」
「……何でそう思うんだ?」
「何でって、そうだなあ。年を取ってもずっと円満な夫婦だっていると思わない? 私のおじいちゃんとおばあちゃんは今でもすごく仲がいいし。それに……その」
「?」
「…………何回も言ってるけど。私自身、小学生の頃から今までずっと翔太の事好きだから」
「……っ! そ、そっか」
「うう……こんなこと自分で言うの、恥ずかしいな」
羞恥心を隠しきれずに、耳まで真っ赤になる静流。言われた翔太も同じくらい赤くなっていた。
「と、とにかく! 恋っていうのは突然冷めるときもあれば、ずっと続くときもある。つまり恋はいろんな形があるから、一概には言えないっていうのが私の考え!」
「な、なるほど。すげー理解した」
恥ずかしさを誤魔化すために、ヤケクソ気味で言う静流。
そんな彼女に翔太は若干気圧されながらも、静流の言葉は翔太の胸にしっかりと響いていた。
「それで結局、告白の返事はどうなの?」
静流にそう尋ねられると、翔太はばつが悪そうに目を泳がせた。
「……悪い。本当はすぐ返事をするべきなんだろうけど、まだ先に伝えたいことがあるんだ」
「あ、ごめんね。つい急かしちゃった。それで、まだ伝えたいことって何?」
「こうして返事をするまでの一か月間で、俺が考えてたことを伝えたい。少し長くなるけど、静流には知っておいて欲しいんだ」
「もちろん聞くよ。返事を聞くにしても、その返事をするに至った経緯は気になるし」
「サンキュー」
翔太は泳がせていた目を真っ直ぐに戻した。
「……俺さ、この前静流に『翔太を好きな気持ちは、好きになってから一度も冷めたことなんかない』って言われたとき、凄く嬉しかったんだ」
「そっか。嬉しいって思ってくれたなら、勇気出して良かったよ」
「本当にありがとう。……でも。元カノに告白されて、自分も元カノへの恋が冷めていることに気づいて。恋って冷めるもんなんだって自分自身で体験してしまった」
「……」
静流は黙って俯きながら、翔太の言葉に耳を傾けていた。
「それから俺は、この先誰かと付き合ったとして、その相手がずっと俺を好きでいてくれたとしても、今度は俺の方が冷めちまうんじゃって思うようになった。もしそうなったら、いつかその相手を傷つけてしまう。元カノに振られたばかりのときの俺のように、辛い思いをさせてしまう。そう考えると恋をするのがさらに怖くなっちゃったんだ」
「……」
「それでも静流の言葉には救われたし、気持ちは正直嬉しいと思ってる。とはいえ、こんな恋に臆病になってる心境で付き合うのも静流に申し訳なさすぎる。それでどうすればいいのかずっと悩んでたんだ。ちゃんと真剣に向き合って、結論を出さなきゃって思ってたんだけど、考えれば考えるほどどうすればいいのか分からなくなって……!」
今までずっと思い悩んでいたことを吐露する翔太。努めて平静を装っていた翔太だが、話している内に感情が溢れてしまったのか、眼に力が入り、だんだんと表情が苦しげなものになってしまう。
「……翔太、苦しそう。そんなに悩んでたんだ。ごめんね」
「静流は悪くない! ……全部、臆病で優柔不断な俺が悪いんだ」
辛そうに語る翔太の言葉を聞くと、静流の心は罪悪感でズキズキと痛んだ。
『自分が告白しなければ、翔太に辛い思いをさせることはなかったかも』などという後悔の思考が一瞬、静流の脳内によぎる。
だが静流はふるふると首を振ってその思考をかき消す。自分はもう後悔しないようにと覚悟して告白した。そのことを悔いては本末転倒もいいところだ。
静流は自分がどうするのが最善なのか、よく考えてみることにした。
翔太の言葉を聞く限り、彼はとても恋愛ができる精神状態であるとは思えない。きっと彼自身もそれを分かっている。
そんな翔太の立場になって考えてみれば、悩んだ挙句静流の告白を断ることを選ぶだろう。しかしそれは当然、自分の望むところではない。
ならば自分が今するべきことは、返事を下される前に翔太の悩みを解決し、苦しみから解放してあげること。
そう切り替えた静流は頭を必死にフル回転させて、翔太にかける言葉を探した。
「翔太は考えすぎだよ。確かに恋愛はずっと続くとは限らないし、お互いに傷ついたり、辛い思いをしたりすることがあるかもしれない。けどそうやって恋をするのを怖がってたら、永遠に続く幸せな恋に出会えないんだよ?」
「そ、それはそうだけど。その永遠に続く幸せな恋っていうのを見つけられる保証はないじゃないか……」
「でも可能性はあるよ!」
「……!」
「付き合って、お互いを好きになれたらその恋がずっと続いていくかもしれないんだよ? 確かにどんな人と付き合えばそんな恋ができるかだなんて、誰にも分からない。だから皆誰かを好きになって、告白して、付き合って。そうやって永遠に続く本物の恋を探しているんだよ!」
今までのように静かに諭すような話し方ではなく、訴えかけるように熱く語る静流に、翔太は少し面食らう。
「その過程で傷ついたり、辛い思いをすることも当然あるけど、私はそれを悪いことだとは思わない。傷ついて、落ち込んで、反省して、成長して、そういうのを全部乗り越えた先に本物の恋があると思ってるから!」
静流はひとしきり語り終えると、ずっと大きな声で喋っていたからか少し息を切らしていた。
「辛い思いを乗り越えた先に、本物の恋がある、か……」
それは翔太にとって、自分では思いつくことのなかった考え方だった。
「……そうだよ。だから翔太は『付き合ったらいつか相手を傷つけるかも』なんて考えなくていいんだよ。例え翔太にフラれてその人が傷ついたとしても、その人がそれを乗り越えて、新しい出会いを見つけることだってできるんだから。何より、誰かを傷つけるのを恐れて恋に臆病になってたら、翔太自身が幸せな本物の恋を見つけられないじゃん……」
「…………」
翔太は今まで、恋愛をして自分が傷ついたり、相手を傷つけたりするぐらいならいっそ恋なんてしない方が良いと考えていた。
そんなことを思っている状態では恋なんてできるはずがない。だから悩みに悩んだ結果、断腸の思いで静流の告白を断ろうとしていた。
しかし静流の言葉を聞いて、翔太の考えに変化が生じていた。
人は皆、永遠に続く幸せな恋を見つけるために誰かを好きになり、告白して、付き合う。その結果傷つくことになったとしても、成長してそれを乗り越えた先で、やがて本物の恋に出会う。
もしかしたらこの考え方は、あまりに純粋で理想的すぎるのかもしれない。だが翔太は、静流が言ったこの考えを信じたいと思った。
恋に臆病になっていては、いつまでも本物の恋を見つけられない。それを見つけるために自分が考えるべきことは、相手を傷つけることを恐れて恋から逃げるのではなく、例え相手を傷つけることになったとしても、その人が本物の恋を見つけられるのを願うことだ。
そう考えると翔太は、恋に対する恐怖心がだんだんと薄れていくように感じた。これが静流の言っていた、辛い思いを乗り越えて成長するというものだろうかと身をもって実感する。
一人では絶対に克服することのできなかった、恋に対する恐怖心を無くすきっかけをくれた静流に、翔太は深く感謝した。
「静流」
「何?」
「告白の返事、してもいいか」
「え……あ、うん」
脈絡のない翔太の言葉に静流は驚いた直後、ゆっくりと項垂れる。
やはり自分では翔太の悩みを解決してあげることはできなかったのだろうか。静流の心はそんな不安に支配された。
「俺、さっきも言ったけど、恋をするのが怖くなったんだ」
「……うん」
「正直今も、怖いっていう気持ちは変わらない」
「…………うん、そうだよね」
翔太がそう言うと、『ああ、やっぱり自分では翔太を救ってあげられなかった』と静流は絶望した。
静流の目に涙が溜まる。零れそうになるのを必死に堪えていた。
「でも静流の言葉を聞いて、怖がってるままじゃいつまでも本物の恋に出会えないって気付いたんだ。そして幸せな恋を見つけるために、一歩踏み出してみたいと思った。だから静流、こんな臆病な俺で良かったら付き合って欲しい」
「……え?」
そう言って頭を下げる翔太。予想外の展開に静流は呆気にとられ、言葉が出てこなかった。
「静流のおかげで、俺はまた恋がしたいと思えた。俺を救ってくれた静流となら、本物の恋を見つけられると思ったんだ。頼む、付き合ってくれないか」
「……本当にいいの?」
「ああ、もちろん」
「……っ! 翔太っ!」
「わっ、と」
静流は感極まって翔太に抱きつく。翔太はいきなり抱きつかれてびっくりするも、しっかりと受け止めた。
「うう、嬉しい……! まさか翔太と付き合える日が来るなんて。ずっとずっと夢見てたから……!」
「……静流。ありがとな」
泣きながら翔太の胸に顔を埋める静流。翔太はそんな彼女の頭を優しく撫でた。
「大好きな人に抱きつくのって、こんなに幸せだったんだ。想像よりもずっと暖かくて、心地いい……!」
静流は顔の向きを横にして、翔太の胸に頬をくっつけながら、恍惚とした表情でそう言った。
「想像、してくれてたのか」
「……そりゃ、想像ぐらいするよ。だから前に帰り道で、元カノさんが翔太に抱きついてるのを偶然見た時は凄く嫉妬した。私には想像することしかできないのに、直接抱きつけるなんて羨ましいって」
「そ、そうか。何かごめん」
「ううん、いいの。これからはいっぱい抱きつかせてもらうから」
「お、おう」
翔太は静流にこんな甘えん坊なところがあったのかと少し意外に思うと同時に、可愛らしいとも思った。
「ねえ翔太」
「何だ?」
「私、翔太のことずっと好きでいるよ。それに翔太がずっと好きでいてくれるように、もっと魅力的な女の子になる。絶対冷めさせてなんかやらないんだから」
そう言うと静流は、抱きつく力をぎゅーっと強くした。
「静流……。俺も、静流に愛想を尽かされないようにもっと自分磨きを頑張るよ。周りに誇れるぐらいの良い彼氏になってみせる」
「えー。それ以上かっこよくなったらモテモテになっちゃうから頑張らなくてもいいよ。今のままでも充分魅力的なんだから」
「そ、そうかな。……それを言うなら静流だって、今のままでも充分すぎるぐらい魅力的で可愛い女の子だと思うけど」
「へ……? か、可愛い?」
想定外の褒め言葉を食らって、静流の顔がボンッと赤くなる。
「静流? 顔が真っ赤だけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だからこっち見ないで……!」
静流は翔太から顔を隠すように、また翔太の胸に顔を埋めた。
こうして二人は付き合い、その恋は末永く続いていくことになるのだった。
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