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仙女の仙丹

作者: 小野遠里

「キャンディ作ったの。食べる?」

 と佳那がきいた

 燃え尽きた炭のような色のキャンディである

「うーん」

 と拓海は唸った


「なによ」

「美味そうに見えない」

 佳那がチッチっと指を振る

「味は問題ではないの。仙丹だから」

「おれはせんたん恐怖症だ」

「バカ言ってないで。これを舐めれば不老不死の仙人になれるんだから」

「そういうのを飲んで今まで多くの人が命を縮めてきたんだ。お前はこれを飲んで仙女になったのか?」

「いいえ、あたしは修行の成果よ。仙女が作った仙丹だから、品質は保証済み」

「いったい、お前、本当はいくつなんだ」

「四百歳くらいかな。本能寺の変の頃に修行してたから」

 佳那は二十歳過ぎくらいにしか見えない現代風の美人だ

「安土桃山風には見えないな」

「不老不死でも、やはり時代に合わせて変わっていかないとねえ」


 信じられないような話だが、確かに、佳那は二十年前に初めて会った頃から歳を取っていないように見えるし、昔の写真と比べると、顔つきや体型が少し変わっている。

「今まで誰か飲んだ人はいる?」

「いないわ。だって、十歳のあなたを見て、あっ、この人だってわかったの。だから、あなたと一生添い遂げられるようにって、急いでこれを作ったの」

「優しいお姉さんだと思っていたが、そういう下心があったのか」

「下心って、なによ。あなたに一心に惚れて、あなたが大人になるのをじっと待ったわ。これぞ純愛というものでしょう」


 佳那が「あーん」とか言って、キャンディを口に含ませようとするが、拓海は口を開かない。

「なによ、あたしのこと、愛してないの?」

「愛してるよ。結婚したいと思うくらいだけど、お前には戸籍がない。親族もいない」

「そうよ。みんな死んだ。あたしにはあなただけ」

 拓海は再び唸った。

「このまま添い遂げるってわけにはいかないのか?」

「あなたは年取っていって、お爺さんになって、ヨボヨボになって、死ぬ、あたしはこのまま。そんなの寂しすぎる」

「うーん。でもなあ、永遠の命ってのも怖いよな。生きるのが嫌になっても生き続けなきゃいけないというのは辛そうだ」

 佳那は優しく笑った

「それは大丈夫。仙人というのはね、生きるのに飽きたら、いつでもいなくなれるの。だって、生きるのが嫌になっても生き続けなきゃいけない宿命なんて辛すぎるもの。そんなだったら誰も仙人になんてなりたがらないわ」

「自殺するってこと?」

「違う。そんなんじゃなくて、ただいなくなっちゃうの。仙人ってそういうものなの」

「ふーん」

 拓海が少し考える風になる

 ここぞと、佳那が畳み掛ける

「仙人になって、ずっと一緒にいましょうよ。いつまでも若いまま二人で楽しみましょう。あーん」

「そうだな、しか・・・」

 と言いかけて、少し開いた唇の間に、佳那がキャンディを押し込む

「あっ、むにゃむにゃモグモグ」

 吐き出したりしないように、佳那が口を押さえて舐め終わるのを待っている

 その手を拓海が押し退ける。

「食べたぞ。案外甘くて美味かった」

「そうでしよう。効能ばかりじゃなく、少しは味にも気を遣ったんだから」

 佳那が満足そうに言った。

 と・・・

 拓海が「うっ」と唸り、喉を押さえた。

 顔が真っ青になり、椅子から転げ落ちそうになるのを佳那が抱き止める。その腕の中で拓海は息絶えた。


「あーあ、またダメだったか。仙丹キャンディ、今度はいけると思ったのにねえ。なぜダメだったのか、悩まなきゃ。あなたがまた生まれ変わって、大人になるまでの間に、また修行して、次の仙丹を作るわ。生まれ変わりを見つけるのって結構大変なのよ。あなたは呑気に死んでればいいだけだけど」

 佳那は拓海を横たえて、目を閉じさせ、うっすらと涙を浮かべた


 拓海の死に顔に話しかける

「もとはあなたが言ったんだからね。二人で仙人になって、千年も万年も幸せでいようって

 あたしだけが仙人になって、根性なしのあなたは修行に耐えられなくて・・・

 いつまでも若い嫁はいいな、なんて言いながら死んでって・・・

 生まれ変わったらまた会おうなんて・・・

 仙丹を作っておいてくれ、修行はもう嫌だから、それを飲んでおれも仙人になるよ

 なんて無責任に言って・・・

 あたしがせっかく作った仙丹を飲んでもまたすぐ死ぬし

 少しは根性を見せて、仙丹の毒に耐えてよ、まったく・・・

 でも仕方ない、また仙丹作って、あなたを探して、また飲んでもらうわね」


 そう言うと、棚の中から壺を出して、中の液体を拓海の遺体にかけ、呪文を呟いた

 すると、拓海の身体がみるみる乾いて、ミイラのようになり、灰になって崩れた

 その灰をあつめて壺にいれ、もういくつ目の遺灰かしらと呟きながら、その場を去っていった

 

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