78 婚約破棄?
王宮の一室では、少しづつリハビリをしている王太子殿下の姿があった。
グラッ。「殿下!」
「ヘンリー手を出すな!」
一歩づつ歩行訓練をする王太子殿下。
その額には汗が滴り落ちている。
「その調子です! 殿下!」
その姿を遠くから眺めている国王夫妻の目には涙が浮かんでいた。
「貴方……」
「案ずるな、カインはきっと乗り越える」
「私たちの子ではないか」
「そうね。あの子ならきっと……」
その国王夫妻の姿を、後ろから見ていたルドルフは、無意識に自分の両手を握りしめていた。
父上……
「殿下、今日はそのくらいにしておきましょう」
「一度に頑張り過ぎるのは、よくありませんよ」
付き添っていた、医師の言葉によりリハビリを止める。
「ヘンリーすまないな」
「何をおっしゃいますか!」
「明日も、お付き合いしますよ!」
「殿下が厳しいリハビリを逃げ出さないために、監視しないとですからね」
ヘンリーが笑いながら言う。
「ハッハッハッ。お手柔らかに頼むよ」
「殿下、そろそろエレナ様がいらっしゃるお時間かと思われます」
「お部屋に戻りましょう」
「わかった」
「歩けるようになったところを、お見せしたら喜ばれますよ」
「そうだな……」
そう答えた王太子殿下カインの顔は、何か深く考えるような顔だった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
ヘンリー様に迎えられ、殿下の寝室に入る。
「こんにちは」
「あぁ」
短い返事がかえる。
「いつも、私の為に申し訳ないね」
「いいえ。お気になさらず」
「わたくしが勝手に来ているのですから」
精一杯の笑顔で答える。
「ヘンリー、少し席を外してもらえないだろうか?」
ヘンリーは一瞬驚いた表情をしたが直ぐに
「承知しました」と答え退出した。
暫くの沈黙が続く。
「殿下、もう直ぐクリスマスですよ」
「殿下が、はじめてクリスマスパーティーにいらした時に……」
「エレナ嬢」
途中で殿下に遮られる。
「エレナ嬢。すまない」
「私たちの婚約は、なかったことにしよう」
低く、鋭い抑揚の無い声で殿下が言う。
「何故ですか?」
「私は見ての通りだ。自分で食事をすることさえ、ままならない」
「自分の足で歩くのさえ……」
「だから何だって言うんですか?」
「このまま君を私に縛り付けておくことはできない」
「だから何故? 縛りつけると?」
「私は私の意思でここに来ているのですよ」
「あなたの指示は受けません! 私の意思で来ているのです!」
その淡い紫色の瞳は真っ直ぐに目の前の青白い顔をした男の目を貫いた。
「それに、私は君のことを……」
「いつ思い出せるかもわからない」
「そんなことは関係ないです!」
「殿下は私のことがお嫌いですか?」
沈黙が続いた。
「殿下は私が、お邪魔ですか?」
「嫌いならはっきりおっしゃって下さい!」
短い沈黙の後
「わからない」
「わからないんだ」
「自分でも、好きか嫌いかとか、大事な人とか……」
「周りから、君が婚約者だった。私は君のことをとても大事に想い、愛していたと聞かされても」
「わからないんだ」
「自分でもどうしたらいいか……」
「わからないのに、ご自分の都合だけで婚約を解消されるおつもりですか?」
「いや! 決してそういう訳では……」
「わからないのに、私の気持ちを無視して、一方的に婚約を破棄しようとされていらっしゃるではないですか?」
「甘ったれないでください!」
「わからないから? 私を思って?」
「ふざけんな!」
「そんなの言い訳よ!」
「わからないなら、わかる努力をすればいい!」
「思い出せないなら、ここから始めればいい!」
「この指輪を見なさい!」
「貴方はこの指輪に誓って、私と一緒にこの国の為に歩もう! とおっしゃったのです!」
「わからないから、なかったことにしてくれ?」
「勝手に好きになって、追いかけておいて、記憶が無くなったから、忘れてくれ?」
「王太子として責任はないの?」
「どれだけ我が儘で自分勝手なのよ?」
「いい年して馬鹿じゃないの?」
ポカンと口を開けたままの時期国王陛下 カイン・ステファノ・グレンシードの姿があった。
はぁ。言ってやったわ……
すっきりした!
私、不敬罪で処刑されるかしら?
アラサー独女舐めんじゃないわよ!
「す、すまない…」
「謝る暇があるなら、さっさと、いっぱい食べて、さっさと公務に戻れる身体にしなさいよ!」
「馬鹿なこと考えている暇があるなら!」
「わからないなら。今日から始めれば良いだけでしょ!」
「過去が何よ!」
「今日から新しい思い出を作ればいいだけじゃない!」
「貴方は私のことが、絶対好きになるはず!」
ビシッと王太子である私を、白く綺麗な指で指差してはっきりした口調で言う、その淡く紫の瞳が、キラキラと眩しく輝いて見えた。
「ハッ、ハッ、ハッ」
「君には叶わないな」
殿下は大笑いした。
その笑顔は久しぶりに見た以前の、尊く、高貴で清らかな笑顔だった。
その青白く痩せた頬に後光が差してみえた。
「わかったら、さっさと、食べなさいよ!」
「えぇええ」
「さっき昼食を食べたばかりだよ?」苦笑いする。
「何言ってるんですか?」
「おやつの時間です!」
苦笑いしながら、その小さな少女を柔らかで慈しむ目で見る、未来の国王陛下の姿があった。
「ティーセットをお願いしないとね」
「今日のおやつはアップルパイを持って来たのよ」
「ウフフッ」
君には叶わないな……
殿下は小さく誰にも聞こえない声で呟いた。
「最後までお読みいただき、ありがとうございます」
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