76 失われた記憶(1)
「今日はねぇ、殿下にお聞かせしようと思って、マクレガー様にお願いして異国の本を取り寄せたのよ」
「そう! クリスマスの絵本よ」
「じゃぁ、読むわよ」
殿下のベッドのベッドサイドに座り、私は絵本を開く。
「このトナカイってセバスに似ていると思わない?」
「思い出すわねぇ。去年のクリスマス会のセバスのあの格好」
「あ! それにウチの侍女達のサンタガール姿に、鼻の下を伸ばしてらした、殿下の顔!」
「今年のクリスマスパーティーの時に同じことしたら怒るわよ?」
「では、読むわよ」
数ページ読み進めて行き、主人公がサンタクロースからのプレゼントを朝枕元で発見するところを読んでいた時、握っていた殿下の人差し指が、僅かに動いた気がした。
え?
急ぎ、ゆっくり私も殿下の手を握る。
すると今度は、人差し指と、中指、小指が軽く握り返される感触がした。
「だ、だれ 誰か!」
「殿下が!」
大きな声で私が叫ぶと、廊下にいた、騎士様と、侍女達が急ぎ部屋に入ってくる。
「エレナ様! どうかなさいましたか?」護衛騎士様が早口で言う。
「殿下の手が! 殿下が私の手を握り返してらっしゃるの!」
「ほら!」
小さく曲がっている指を騎士様が確認し、侍女に目配せする。
「直ぐに、医師様をお呼びして参ります!」
側にいた侍女が足早に部屋を出た。
勢いよくドアを開けて、人が入ってきた。
ヘンリー様とルドルフだった。
私は二人の顔を見て
「殿下が手を握り返されたの!」と伝える。
少し遅れて侍女と一緒に医師様も入室した。
私たちは、少し下がり、医師様が殿下を診察する。
目にライトをあてると、今まで無表情だった殿下が少し顔を顰めた。
!
「殿下!」 ヘンリー様と私が叫ぶ。
「殿下! わかりますか?」 私は再び手を握り声を掛ける。
今度はしっかり私の手を握り返し、殿下の長い睫毛が小刻みに震え、ゆっくりと瞼が開く。
「殿下!」
「殿下! わかりますか?」 ヘンリー様が殿下の顔を覗きこんだ時、
「ヘン リか」
小さな声が聞こえた。
「殿下ーーーーー」
「兄上ーーーー」
私と、ルドルフの声が重なる。
「ルディ?」ゆっくりとその声の方に視線を向けた。
「嗚呼、兄上! 良かった…」
ルドルフは、大粒の涙を流していた。
そして、握った手をゆっくりと殿下は見ながら、私の方にゆっくり視線をあげた。
「殿下! お帰りなさいませ」
「良かった!」私が泣きながら言うと
「失礼だが、あなたは?」
え?
───その後、医師様により診察を終え、医師様より説明を私たちは受けた。
医師様の説明では、崖から落ちた際に強く頭を打ったせいで、記憶が一部消えている状態だと。
半年近く寝たままだった為、筋肉や身体の衰えはあるものの、身体的には徐々に回復するだろうと。
ただ、抜け落ちた記憶に関しては、明日戻るか? 一生このままか?
わからない。とのことだった。
「殿下! この方は、あなたの妃になる方ですよ」
「殿下の婚約者様のエレナ様です!」
ルドルフが何度も殿下に言っている。
そんなルドルフを見て私は制止する。
「ルドルフ、今はもう少し時間を置いて、様子をみましょう。意識が戻ったばかりですし」
「無理をさせては、いけませんわ」
「今はまず、滋養をつけ、体力をお付けになることが優先ですわ」
私は侍女に目配せし、何か食べる物を持ってくるよう指示した。
数分後、スープを持ってきた侍女から、受け取り殿下の側の椅子に座る。
「殿下、少しでもお口に入れませんか?」
「長いことお休みになられていたので、少しだけでも栄養を取りましょう」と
精一杯の笑顔を浮かべる。
スプーンでスープを掬い、殿下の口元に運ぼうとしたら
「いや、あなたにそのようなこと…」
「いえ。殿下はこのようにして差し上げるととても、喜んでいらしたんですよ」
笑顔で口元に再度運ぶ。
ゆっくりと殿下は口を開け、スープを飲んだ。
良かった…涙が溢れ出し、頬を伝う。
咳払いをし、流れる涙を拭い誤魔化す。
「さぁ、もう一口どうぞ」スプーンを口に運ぶ。
医師様の薬も飲んでいただき、再びベッドに横になり、眠りはじめた殿下を見て
「明日もお見舞いに来ますね」とヘンリー様や侍女達にいい、帰り支度の為に席をたった時、
「殿下が、兄上が… あなたをお忘れになったままってことは絶対にありえません!」
「きっと直ぐに思い出します!」
「だから!」
「気を落とさないで下さい!」
と、ルドルフに言われた。
「大丈夫よ。ありがとう。ルドルフ」
「今度は私が殿下に選んでもらう番ね」
私は精一杯の笑顔で笑った。
部屋を出て、馬車に乗り込み一人になると、
涙がとめどなく、溢れてきた。
殿下……
「最後までお読みいただき、ありがとうございます」
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