58 弟子入り
バーバラさんに、他の研究所員の方々も紹介して頂き、後をついて歩く。
部屋に入ったとたん、なんだか懐かしい匂いがした。
独特の薬品の匂い。
アルコールや、硫黄の匂いが入混ざった匂い。
「エレナちゃん平気なのねぇ?」少し驚いた口調でバーバラさんに言われた。
前の世界で、薬品庫の整理や、在庫管理などの仕事も任されていたので慣れていたのだ。
咄嗟に「え、えぇ…」と誤魔化した。
あちらを見ると、何やら実験を行っている様子。
分離? 漏斗に液を流しながら、メモをしているシュゼル様。
少し近くによって見学する。
目線は、薬品に向けたままでメモしながら、片手でゴソゴソ探している。
あ! 鑷子だわ!
近くにあった鑷子に、ガーゼを挟み、固定したまま、シュゼル様に手渡す。
しっかり手に握れるようにパシッっと音が鳴りそうなぐらいガッチリ渡すと、
一瞬シュゼル様が、止まったが何ごともなかったように鑷子を取り、
漏斗の液体にそっと端を一瞬浸し、直ぐにあげた、ちょうどその位置に、バッドを受けると
一瞬、私の顔を見た。
その後も、何台かの器具に繰り返し同じ作業を行う。
漏斗に液を垂らしている間に、鑷子に指示紙(ガーゼのような物をこの世界では使用していた)
を挟んでおき、いつでも手渡せるように待機する。傍らにはバッドを持ち、検査済の液体を入れる、スピッツ(細い容器)を指に数本挟み、タイミングを待つ。
全てのスピッツに液体を慎重に詰め終えたシュゼル様は深い溜息をついた。
「お疲れ様でした」と私が声を掛けると、
「お前どこで学んだ?」低く、鋭い声がした。
は! しまった…
つい癖で…身体が勝手に動いてしまった。
医療現場で働いていた時の癖が。
俯いていると
「まぁいいや」笑いながらシュゼル様が言う。
「シュゼ」でいいぞ。と、一瞬見せたその顔は、国王陛下のお顔に似ていた。
やはり兄弟なんだ! 思わず思った。
その後も、実験や粉薬の分包詰などを手伝った。
「いやぁ。エレナちゃんには驚いたよ」
「あんなに、手早く、正確に分包できる人、俺初めてみたよー」
所員のリチャードさんが褒めてくれた。
「おかげで今日の分がこんなに早く終わったよ。本当にありがとう!」
他の所員の方々にも喜んでいただけた。
王立研究所魔導部では「魔石」などを使用した、魔道具の制作や、修理が専門だが、それ以外に薬品の取り扱いも行っている。
薬師様の数が少ないのもあるけれど「新薬開発」は王立研究所魔導部での、大事な仕事だ。
シュゼル様、バーバラ様、リチャード様は国家薬師免許もお持ちだそうだ。
シュゼル様に云たっては、薬師免許だけでなく、特級薬師免許をお持ちで、国内には現在は二人しか存在しないそうだ。
特級免許は、毒薬や、解毒薬の開発が行える唯一の免許だ。
殿下の事件以来、この国では薬品の取り扱いについて、かなり厳しく制限されている。
「おい! お前! 飯食いにいくぞ!」
え? 私? お前って…
「やったー! 部長の奢りっすか! ありがとうございます!」
所員達の歓声があがる。
「はぁ? おめーらのまではしらんぞ!」
低い声が響く
「ええええ? 細かいことナシっすよ」
「せっかく日が高いうちに終わったんすからぁ~」
所員達も嬉しそうだ。
「さっさと用意しろや! モタモタしてると置いてくぞ!」
シュゼル様が所員を、蹴し立てる。
「あ、でも…私、ヘンリー様が…」モゴモゴしていると
「あ?」「いい、いい。あんなヤツ」
笑いながら、ドアの外に追い出される。
「よし! 忘れもんねーか? 行くぞ!」シュゼル様が言うと
「おーーー!」と元気な返事が沸いた。
───とある酒場
「おめー飲みすぎだ! 置いてくぞ! バカ野郎」
「えーーしゅぜーーるさーーん」と顔を赤くした青年がニコニコしている。
若い職員のシドくんだ。
年は私より2つ上。
隣でバーバラさんも苦笑いしている。
「しかし、今日のエレナちゃんには驚いたよなぁ~」
リチャードさんが言うと
「そそ、手際の良いのは勿論だけど、軽量の正確さ」
「ビックリしたわ」
「シドなんか今だに誤差がしょっちゅう出てるのにね?」
「何処かで学んだんですか? 医術でも?」
興味深そうな目で
私をリチャードさんが見た。
なんて答えていいかわからず、少し俯いてしまったところに、
「レディにあれこれ詮索するのは、無粋よ?」とバーバラさんが助け舟を出してくれ、
こちらにウインクした。
「おい! お前! 明日も来い!」
強い口調で言う。
え? と驚いた顔をしたら
「お前、タダで飯食わせて貰う気じゃねーよなあ?」
「まさかとは思うが?」
えええぇえ? 聞いてないょ?
お金持って来てなかった……
ここ公爵家のツケきくかなあ?
奥のカウンターに目線を移すと
「まあ、初日だから明日は、10時な!」
「遅刻すんじゃねーぞ!」
え? 決定事項ですか? もしかして?
「ようこそ、我が王立研究所魔導部へ!」
バーバラさんと、リチャードさんと、
酔っ払いのシドさんが手を出して握手を求めて来た。
ええええええええ?
シュゼル様をみると、ニヤニヤしている。
え? これ? 私、無理やり入れられる感じ? 嘘よねぇ?
「帰って…家の者に…」とモゴモゴしていると
「あん?」
「そんなもん必要ねーよ! 俺が来いって言えば決まりよ!」
ガハハッと豪快に笑う。
流石に大公様相手に、お父様も…
いや……そういうことじゃなく!
「10時だぞ! 寝坊すんなよ!」
睨まれた。
コワイ……
「エレナちゃんの入所にかんぱーい」パチパチパチと拍手され、
何故かその後は私の歓迎会?
となっていたのだった……
その後、会はお開きとなったが
帰り際に「10時だぞ! 遅刻厳禁な!」と念を押された。
これ? 行かないとダメなヤツ?
とりあえず、明日一日行ってお断りしよう……
帰りの馬車の中で一人呟いた。
「最後までお読みいただき、ありがとうございます」
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