36 追憶
トムから話を聞いた日の夜、お父様に念のため、フォンターナ領での話をしておいた。
最近、力をつけている、新興派とフォンターナ侯爵領について、注意しておくように宰相様にも、お父様からお話してくださると言われたので安心した。
───その時、前の世界で平和ボケしていた私には、ジワジワと忍び寄る影を疑う余地もなかったのだった……
最近は時々、時間が取れるようになり、店にも顔を出せるようになっていた。
私が店に行くと、最近は必ずと言っていいほどの確率で、黒騎士様にお会いするのだ。
いつも、にこやかに会話を少しした後、ペット用の玩具や、食器などを買って行かれる。
「いらっしゃいませ」私が声をかけると、
にこやかな笑顔でこちらを向きながら、「これは?」酒の空瓶を手に取り、たずねて来た。
「こちらは、お城の近衛騎士様達からの、寄贈品なんですよ」私が答えると、
「ほぅ」と一言、言って
「では、ここにあるのを全部頂きたい」笑顔で言う。
「え?全部でございますか?」驚いた顔をすると、
開店から月日が経って、在庫が少なくなってきているとは言え、まだかなりの量だ…
「大丈夫ですよ。何せ、ここの品物は安いですしね」笑顔で言う。
いや、そっちじゃなく、荷物の方の心配です!と、心の中で呟く。
「お荷物は大丈夫でしょうか?」
「ご自宅に配達も出来ますが?」
「先日のお礼に、配達のお代は是非サービスさせて下さい」
とお願いすると、
「いや、心配には及びませんよ。そこの通りに馬車を待たせておりますから」
「ありがとう。レディ」と、ウィンクする。
クシャッと笑った顔が、なんとなく殿下に似ている気がした。
顔はまったく似ていないのだが…
そういえば、最近殿下をお見かけしないわね…?
と、ふと思ったが、直ぐに店員を数名呼び、棚の瓶を店員数名で梱包作業をしたあと、トムを呼び、馬車に空瓶の箱を積む。
「ありがとうございました」挨拶すると、ニコッと笑顔で手を振り、消えて行った。
あんな、お顔もされるのね…
と、少し温かい気持ちになった。
───とある屋敷の離れの裏庭で
「ガッシャン! ガシャン!」と何かが割れる音が鳴り響く。
けたたましい音が繰り返される。
庭の一角には、ガラスの欠片が飛び散り、ガラス屑の山が出来ていた。
その、一欠片を手に取ると、軽く握る。赤い血が手から滴り落ちる…
その血を、薄いピンクの唇にあて、
ペロリと舐める。
「やっと。やっとだ…
やっとここまで来た。母上」
小さな声で呟く。
───「私から全てを奪ったように、今度は、兄上が全てを失う番だ」
再度小声でつぶやきながら、近くにいた子猫を抱き、撫でた。
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