大男の涙
※土蜘蛛視点
オラはこの森で一番古い精霊だ。
蜘蛛の一族に帰属してはいるものの、虫としての蜘蛛じゃない。
溶岩を捏ねて憑代を作った時、たまたま蜘蛛の姿に似たに過ぎない。蜘蛛の怨念より生じた絡新婦とは、大元のところでオラは違うんだ。
オラはこの森の大地から生まれた精霊。蜘蛛に似た器を持つ、土の精霊だ。
原野でオラは恥を晒した。
犬神様に、オラの器を「ロックだ」と褒められ、前線の中央に配置されて、正直有頂天になってたんだ。
本当に油断した。人間一人相手に本気になる必要なんてないと嘗めてかかった。だけどそれは大きな間違いだった。そのたった一人の人間は特別な個体で、そいつはかつての犬神様をも倒した、あの聖剣を持っていたんだ。
そしてオラは三つある器の一つを失った。
あっさりと負けたんだ………。
結局あの原野で、負けたのはオラだけだ………。
『絡新婦、オラは本気を出す。覚悟はいいか?』
「ルールを理解してるのかしら? 魔法は禁止なのだけれど………。糸も使えない貴方が、剥き身のままでどう戦うの? 向こう側が透けて見えてるわよ?」
小馬鹿にしやがって…。
だらだらと喋りながら、既にあいつが糸を操っているのを感じる。抜け目なく、頭が切れるタイプの戦士と見た。ちょっと天然だった絡新婦の面影もない。
ああいう手合いに小細工で挑めば泥仕合になる。ここは後先を考えない問答無用の力任せで押し通すのが正しい。暢気に様子見なんてしようものなら、さっきの鬼みたいにあっという間に絡め捕られるのがオチだ。
真っ直ぐだ! 真っ直ぐ進む!
魔力を込めてのしのしと歩く。何が起ころうと、オラは進むのを止めない!
案の定、無数の糸が絡んでくる。だが、そんなもの知るか! 無視する!
「透明なのに質量はあるのね……。思ったより頑丈だわ。凄い力……」
『ぶん殴ってやる!』
「物騒な子。さて。私も殴るつもりなのだけれど、コレで。避けないでね」
もの凄い魔力を帯びた、短い杖を構える絡新婦。こいつの魔法言語にはいちいちおかしな魔力が上乗せされている。避けられないようにオラを誘導したいのか…。小賢しい! 避ける気なんて欠片もない!
背中から生やした歩脚を巧みに操り、思いも寄らない軌道で迫って来る絡新婦。安心しろ。オラは端っから逃げる気はない。
歩みを止めず真っ直ぐ進む。絡新婦が迫る。まだだ、もっと来い! もっと近くに!
あと一歩というところで、絡新婦が視界から消える。
「スキル。影踏み」
背中からぞっとする声が聞こえた。隠密スキルで背後を盗ったか。だが、そこはもう射程距離だ。振り返りもせず、オラもスキルを発動させる。
『精霊術。骨落とし』『精霊術。砂塵縛鎖』『精霊術。無常結晶』
「キャッ!」
太古のスキルは今のスキルと違って、己に働くものじゃない。対象に働く術だ。
気が遠くなる程の永い研鑽の果てに、オラはそのスキルを百発百中の、神業の域まで高めた。射程こそ短いが、食らえば決して逃れられぬ、魔法すら無視する反抗不可能の絶対命令。それがオラの精霊術だ。
全身の骨が鉛と化したかのように、重いと信じ込ませる暗示の術。骨落とし。
砂に紛れた鉄粉を、磁力によりその身に吸引させて自由を奪う。砂塵縛鎖。
細胞分裂すら許さぬ、生滅変化の完全停止。無常結晶。
ゆっくりと振り向く。砂鉄の舞う黒い煙の先で、凝固した絡新婦の顔が色褪せてゆく。
生意気そうな菫色の瞳が徐々に灰色に変化し………………。
「やり過ぎじゃっ! このバカタレめがっ!」
突如、白い手に首を掴まれ、その小さな手からは想像すらできない、万力じみた馬鹿力で絞め上げられる。ぐっ…! ニンマか!
「即、術を解け土蜘蛛っ!」
解いてるっ! もう解いたっ! …から。やめて、やめ…て、死ぬ…。
「………かぁっ! はぁっ…、はぁっ…」
絡新婦が両手を地について、息を整えようとしている。ほらっ…、無事だよっ、無事じゃないかっ! だから首を…、絞め………?
景色が反転して、背中に重い衝撃が走る。仰向けに転がされた上から、胸を強かに踏みつけられる。
見上げれば、赤銅色の蝮の目を吊り上げたニンマがオラを睨んで、とてつもない魔力を………。
怖い………………。
やめて! 許してニンマ! 怖い! 殺さないで!
「すみませんっ! どうかっ、堪えてやってくださいっ!」
唐突に大男の影が視界を埋め尽くした。
「俺がけしかけたようなものなんだ! すまない! どうか勘弁してください!」
太い腕に、きつく頭を搔き抱かれる。こいつ…、オラを守ろうと…?
「ふん。この戦いは無効じゃ! 双方! モチョロン! なし!」
ニンマの足が離れ、男に抱き起こされて安堵する………。オラは、やりすぎたのか。絡新婦が胸を押さえて、苦しそうに咳込んでいる。そうか、あいつは半分人間だったんだ……。あのまま術をかけ続ければ、あの女は本当に死んでしまっていたかもしれない。
「お前強いんだな。びっくりしたよ。アナベル様に勝っちまうなんてな………」
『勝ってない………。無効に…、された』
無駄に大きな手で、わしゃわしゃと頭を擦られる。男の顔が笑っているような、泣いているような、不思議な形に歪んでいる。オラもつられて口を歪める。
こいつ、もしかして泣いているのか? 目に水が滲んでいた。
オラは水が大嫌いだけど………、こいつの水は、どうなんだろう?
仕方なく、親指で男の目元を拭った。
なぜならこいつは、今、オラのために泣いているからだ。
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