表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/73

大男の涙

※土蜘蛛視点



 オラはこの森で一番古い精霊だ。

 蜘蛛の一族に帰属してはいるものの、虫としての蜘蛛じゃない。

 溶岩(マグマ)()ねて憑代(よりしろ)を作った時、たまたま蜘蛛の姿に似たに過ぎない。蜘蛛の怨念より生じた絡新婦とは、大元のところでオラは違うんだ。

 オラはこの森の大地から生まれた精霊。蜘蛛に似た器を持つ、土の精霊だ。


 原野でオラは恥を晒した。

 犬神様に、オラの器を「ロックだ」と褒められ、前線の中央に配置されて、正直有頂天になってたんだ。

 本当に油断した。人間一人相手に本気になる必要なんてないと嘗めてかかった。だけどそれは大きな間違いだった。そのたった一人の人間は特別な個体で、そいつはかつての犬神様をも倒した、あの聖剣を持っていたんだ。

 そしてオラは三つある器の一つを失った。

 あっさりと負けたんだ………。

 結局あの原野で、負けたのはオラだけだ………。



『絡新婦、オラは本気を出す。覚悟はいいか?』


「ルールを理解してるのかしら? 魔法は禁止なのだけれど………。糸も使えない貴方が、剥き身のままでどう戦うの? 向こう側が透けて見えてるわよ?」


 小馬鹿にしやがって…。

 だらだらと喋りながら、既にあいつが糸を操っているのを感じる。抜け目なく、頭が切れるタイプの戦士と見た。ちょっと天然だった絡新婦の面影もない。

 ああいう手合いに小細工で挑めば泥仕合になる。ここは後先を考えない問答無用の力任せで押し通すのが正しい。暢気に様子見なんてしようものなら、さっきの鬼みたいにあっという間に絡め捕られるのがオチだ。


 真っ直ぐだ! 真っ直ぐ進む!


 魔力を込めてのしのしと歩く。何が起ころうと、オラは進むのを止めない!

 案の定、無数の糸が絡んでくる。だが、そんなもの知るか! 無視する!


「透明なのに質量はあるのね……。思ったより頑丈だわ。凄い力……」


『ぶん殴ってやる!』


「物騒な子。さて。私も殴るつもりなのだけれど、コレで。避けないでね」


 もの凄い魔力を帯びた、短い杖を構える絡新婦。こいつの魔法言語にはいちいちおかしな魔力が上乗せされている。避けられないようにオラを誘導したいのか…。小賢しい! 避ける気なんて欠片もない!

 背中から生やした歩脚を巧みに操り、思いも寄らない軌道で迫って来る絡新婦。安心しろ。オラは端っから逃げる気はない。

 歩みを止めず真っ直ぐ進む。絡新婦が迫る。まだだ、もっと来い! もっと近くに!

 あと一歩というところで、絡新婦が視界から消える。


「スキル。影踏み」


 背中からぞっとする声が聞こえた。隠密スキルで背後を盗ったか。だが、そこはもう射程距離だ。振り返りもせず、オラもスキルを発動させる。


『精霊術。骨落とし』『精霊術。砂塵縛鎖』『精霊術。無常結晶』


「キャッ!」


 太古のスキルは今のスキルと違って、己に働くものじゃない。対象に働く術だ。

 気が遠くなる程の永い研鑽(けんさん)の果てに、オラはそのスキルを百発百中の、神業の域まで高めた。射程こそ短いが、食らえば決して逃れられぬ、魔法すら無視する反抗不可能の絶対命令(コマンド)。それがオラの精霊術だ。


 全身の骨が鉛と化したかのように、重いと信じ込ませる暗示の術。骨落とし。

 砂に紛れた鉄粉を、磁力によりその身に吸引させて自由を奪う。砂塵縛鎖。

 細胞分裂すら許さぬ、生滅変化の完全停止。無常結晶。


 ゆっくりと振り向く。砂鉄の舞う黒い煙の先で、凝固した絡新婦の顔が色褪せてゆく。

 生意気そうな菫色の瞳が徐々に灰色に変化し………………。



「やり過ぎじゃっ! このバカタレめがっ!」


 突如、白い手に首を掴まれ、その小さな手からは想像すらできない、万力じみた馬鹿力で絞め上げられる。ぐっ…! ニンマか!


「即、術を解け土蜘蛛っ!」


 解いてるっ! もう解いたっ! …から。やめて、やめ…て、死ぬ…。


「………かぁっ! はぁっ…、はぁっ…」


 絡新婦が両手を地について、息を整えようとしている。ほらっ…、無事だよっ、無事じゃないかっ! だから首を…、絞め………?

 景色が反転して、背中に重い衝撃が走る。仰向けに転がされた上から、胸を強かに踏みつけられる。

 見上げれば、赤銅色の蝮の目を吊り上げたニンマがオラを睨んで、とてつもない魔力を………。

 怖い………………。

 やめて! 許してニンマ! 怖い! 殺さないで!


「すみませんっ! どうかっ、堪えてやってくださいっ!」


 唐突に大男の影が視界を埋め尽くした。


「俺がけしかけたようなものなんだ! すまない! どうか勘弁してください!」


 太い腕に、きつく頭を搔き抱かれる。こいつ…、オラを守ろうと…?


「ふん。この戦いは無効じゃ! 双方! モチョロン! なし!」


 ニンマの足が離れ、男に抱き起こされて安堵する………。オラは、やりすぎたのか。絡新婦が胸を押さえて、苦しそうに咳込んでいる。そうか、あいつは半分人間だったんだ……。あのまま術をかけ続ければ、あの女は本当に死んでしまっていたかもしれない。


「お前強いんだな。びっくりしたよ。アナベル様に勝っちまうなんてな………」


『勝ってない………。無効に…、された』


 無駄に大きな手で、わしゃわしゃと頭を擦られる。男の顔が笑っているような、泣いているような、不思議な形に歪んでいる。オラもつられて口を歪める。

 こいつ、もしかして泣いているのか? 目に水が滲んでいた。

 オラは水が大嫌いだけど………、こいつの水は、どうなんだろう?

 仕方なく、親指で男の目元を拭った。

 なぜならこいつは、今、オラのために泣いているからだ。



励みになりますので、面白い、続きが読みたいと思ってくださった方々、

是非、いいね。それからブックマークと下の評価をよろしくお願いします。

感想やコメントなどもお気軽にお寄せください^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ