鬼VS鬼
※ハガタ視点
おっちゃんは強い。
虐められてたオイラに、昔からずっと良くしてくれたおっちゃん。槍をくれて、戦い方を教えてくれたおっちゃん。おっちゃん、今まで本当にありがとう。そしてオイラは今日、おっちゃんを卒業します!
「ふんっ! ちょこまかとっ!」
「疾ッ!」
おっちゃんの大振りな左フックを躱して、脹脛を蹴りこむ。深追いはせずに、蹴ったら即離脱。離脱したら再度、おっちゃんの間合いにエサとして転がり込む。さっきからこの繰り返しだ。
何度も下腿を蹴られ、おっちゃんの足は鈍色に変色している。効いてないはずがない。なのに、意にも介さず猛攻を止めないそのタフさに頭が下がる。本当に凄い戦士だ。
身の熟しはオイラが勝っている。コト様の教えに従い、骨を巧く使ってしなやかに跳ねる。何度やっても無理だ。おっちゃんには疾風と化したオイラを捉える事ができない。
「スキル! 鉄腕!」
痺れを切らしたおっちゃんがとうとうスキルを発動させた。わざわざスキル名を言ってくれるのが紳士だ。だけどあの『鉄腕』に捉まったら終いだ。礼を忘れず、オイラも声高にスキル名を叫んで応戦する。
「スキル! 疾風迅雷!」
轟と唸る鉄の拳を紙一重で往なし、鉄腕をまるまる抱き込むようにして、全身で絡め捕る。さらに小指を極めながら、同時に両足で腕を挟み込んで肘を固定する。
飛びつき腕十字だ。
「なんのこれしきっ!」
普通なら、このまま頭を跨いだ勢いで転倒させるのだけど、おっちゃんの粘りが凄くて地に伏せられない。腕を捕ってはいるものの、倒しきれず宙ぶらりんに腕にぶら下がる格好だ。
拮抗する力と技。けれど、オイラには保険がある。この小指だ。
絡め捕った小指を外旋させて、強引に、折る!
「ぐあああああ!」
コキン! という小気味よい音がして、小指があらぬ方向へとへし曲がる。
たまらずおっちゃんの腰が抜け、雪崩れ込むように俯せに倒れ、そのまま裏十字固めへと移行する。
どうだっ!
腕を折る勢いで背筋を伸ばそうとした瞬間、誰かに、顔を強かに踏みつけられてハッとする。
「そこまで」
スズ様………。
「勝負ありじゃ。それ以上やると腕が折れる」
「ぐぅ………、ま、参った」
か、勝った………。オイラが勝ったんだ………。
胸が熱くなって、心臓が早鐘を打つ。今頃になって手足が震える………。
ありがとう………。ありがとうございます………。
サンカ様、コト様、そしておっちゃん、オイラは…。オイラは…。
「お前の勝ちじゃ、早う手を放してやれ」
………あれ? 手が離れない。…って、あれ? やけに骨が軋んで。
※ザック視点
見事。
圧倒的なパワーの差を、速さと技で覆し、見事に勝利した仙鬼ハガタ。
この僅かな時間に、短い戦闘だったにも関わらず急成長している。格上の相手を倒した経験値か………。それにしても凄い上がり方だ。レベル151。戸惑っているように見えるのは新たなスキルが開花したせいか………。
「やっぱりハガタが勝ったね。いい勝負だった。でもちょっと様子がおかしいな」
「レベルが150に達して、スキル<超硬金属骨格>に覚醒したみたいですね」
「へえ! そんな事まで分かるの? 勇者の力ってやっぱ凄いね。ほんとチートだよ………」
「私は聖剣の力を借りているに過ぎませんよ。言わば勇者代理です。色んな情報を感知しているのは聖剣そのものですので。…ってあれ、…何やってるんですか?」
軋む骨が気になるのだろう。ギクシャクしながらも何とか立ち上がった仙鬼が、ジャッジを務めた蛇女の前に頭を垂れる。蛇女は仰々しく肯くと、やにわに腐ったイノシシの腹に手を突っ込み、中から黒ずんでもっちゃりとした塊を取り出した。
「ああ。御褒美のモチョロンだよ」
「モ、モチョロン?」
「この強烈な匂いといい、腐肉にしか見えないだろうが、あれは発酵食品だよ」
「発酵食品………」
「ああ見えて味が良くてね。取り合いになってる。つまりこの戦いはモチョロンの争奪戦なんだよ」
「そっ…、争奪戦!」
仙鬼がモチョロンを天高く掲げると、どっと歓声が沸き起こる。見ればうっすらと目に涙を浮かべている………。笑顔で涙を…、まさか、感動しているのか?
この仙鬼! レベルが十も上がる程の死闘をしてまで、その臭い発酵食品を食べたかったとでもいうのか! それ程までに美味なのか……? …ううむ。
仙鬼が敗者である赤黒いオーガに手を差し伸べ、涙ながらに感謝している様子が窺える。互いに肩を叩き合い、健闘を褒め合っているようだ。美しいな。
「お、モチョロンを譲るのか。優しいじゃないかハガタ」
結局仙鬼は赤黒い鬼にモチョロンを譲ったようだ。友情か……。魔物といえど、こうも真っ直ぐな心根を見せつけられては、私も心ある騎士として、彼女に賛美と拍手を送らずにはいられない。
「まあ、勝ち抜き戦だからな。ハガタは次も勝つつもりでいるんだろう」
「え?」
暢気に手を叩いていると、邪神がとんでもないセリフを言い放つ。
勝ち抜き戦だと? まさか、今みたいな決闘がまだ続くと言うのか。なんとなくルールが透けて見えてきたぞ。つまり勝ち抜き戦の形をとりながらこの戦いは延々と続き、勝者にはいちいちモチョロンが貰える。一度勝てば一つ。二度勝てば二つ手に入る寸法か………。
つまり私も参加し、もし勝つ事ができれば、あの謎の発酵食品が………………。
「次は私の番ね」
聞き覚えのある声がして思わず振り向く。
そこには剥き出しの胸を反らして、ニヒルな角度で口角を吊り上げた女が立っていた。
かつて狂気の魔女と呼ばれた女………。
そして死の淵から蘇り、魔物と融合してさらなる力を手に入れた女。
アナベル・絡新婦・カーンだ。




