仙鬼
※ザック視点
鬼の庭。死の森にこのような立派な集落があったとは驚きだ。
予想を遥かに超えた魔物たちの文明を目の当たりにして、その文化水準の高さに改めて畏怖の念を抱く。
冷静に観察に徹しようと試みるも、なかなか動悸が治まらない。今尚、神の眼が発動しっぱなしなのだ。広場で擦れ違うモブと思わしきオーガの女性のステイタスが、否応なしに目に入る………。レベル49。……そう。ざっと見る限り、この森の最低ラインのレベル平均が50前後なのだ。
つまり聖剣を手にしていなければ、そこで饅頭を齧りながら、暢気に雑談をしているオーガの女性にすら私は勝てないという話になる。
呆然と立つ私の足元を、愛らしいオーガの子供たちが駆け抜けてゆく。
21、23、20、26………、はぁ。シンバリ騎士団のベテラン騎士たちとほぼ同等じゃないか。我が王国の鍛え抜かれた精鋭と、そこら辺のオーガの子供がどっこいどっこいとは………。
居た堪れない。
マイナス思考に吞み込まれる前に邪神を探そう。スムーズに会話可能な、最強の存在の傍にいるのが賢明だろう。ちなみに彼のレベルは5000もあった…。頭打ちをしているのかきっかり5000だ。ありえない。ありえな過ぎてもう笑うしかない。
それでいて物腰は近所の気さくなお兄さんなんだから遣り切れない………。
ふいに広場の中心から、ワッと歓声が上がる。
気が付けばかなりの群衆が集まっていて、派手に盛り上がっている様子だ。
近づくにつれ、異臭がする。
うっ、何だこの匂いは………。人生で未だ嗅いだ事のない、猛烈な悪臭だ……。例えるなら戦場で三日程放置された死体の上にチーズをふりかけ、追い打ちでドブの汚水をぶっかけたような………。
曲がりそうな鼻をつまみながら、興奮したオーガの群れの中を慎重に進む。
「ふんっ!」
「疾ッ!」
中央に置かれた巨大なイノシシの死体の脇で、フンガフンガ叫びながら肉弾戦を繰り広げている戦士たちがいた。
匂いの原因はあの大きなイノシシか………。いや、それよりもあのオーガ二体。かなり強いぞ。
よく見れば小柄な方は女か? そのボサボサ頭と、異常な速度で跳ね回っているせいで性別が分かり難いが、立派な胸が弾んでいる。面立ちは若い。レベル141。あの子ですら剣聖よりも強い………。人類としてのプライドが、胸中で音を立てて瓦解してゆく。カルチャーショックもいいところだ…。どう足掻いても死の森には敵わないであろうという現実に、今更ながら背筋が凍る。
そして巨大なイチモツを揺らす赤黒いオーガはレベル288。あの子の倍の実力があるようだ。可哀そうだがこの勝負? 手合わせの結果は目に見えている。
「おっぱいの負け。ビッグ・ワンの勝利だ………」
「ビッグ・ワン?」
「ああ。彼は立派なイチモツを持っているからね……、って、…サンカ様?」
「ビッグ・ワンか、いい名前だな。昔そんな名前のガムがあった気がする………。さ、ザック君もおいでよ。一緒に飲もう」
「あ、はい…。ありがとうございます」
知らぬ間に死角を盗られていた? 神の眼が発動しているにも関わらず、こうも簡単に接近を許してしまう。恐るべきはこの隠蔽力だろう。このさわやかな笑顔の裏側に、レベル五千もの力が横たわっているのだと、一体この世の誰が知りうるというのか………。
「ザック君の勝敗予想。根拠は何?」
朱色に塗装された美しい木の杯に、酒精の強そうな酒がなみなみと注がれる。
少しほろ苦く、仄かに甘い不思議な口当たりだ。本来美味いお酒なのだろうが、この周囲に漂う腐臭が全てを台無しにしている………。一体何なんだこの臭さは。
「レベルに差がありすぎますね。女は141、男は288…」
「なるほど。それでおっぱいの負けか……。レベルが見れるって便利だね。ゲームみたいだ」
「初代の勇者も、よくそう零していたそうですが………。サンカ様は『ゲーム』というものをご存じで?」
「もちろん知ってるよ。だけどほら、見てごらん。現実はゲームのようにはうまくいかないから………」
テーブルに頬杖を突き、顎を上げて見せる邪神。
視線の先で戦うオーガたちだが、………ぅうむ。おっぱいは手数が多く、速さでビッグ・ワンを上回っている。一撃の重さでは圧倒的に不利なはずだが…、巧い。間合いと言うべきか。常に有利な位置にいて、ビッグ・ワンを翻弄している。天性のスピードのみではなく、弛まぬ努力に裏打ちされた、確かな技術が透けて見えるようだ。
「俺はハガタに賭けよう。ハガタはおっぱいの名だ。彼女は鬼族でたった一人の、ネームドモンスターなんだよ」
慌ててハガタのステイタスを神の眼で見直す。
『対象を確認。固有識別名<ハガタ> ネームドモンスター。
オーガ亜種。仙鬼。レベル141。
命の書の祝福により、恩寵<火事場の馬鹿力>を所有。
他スキル<疾風迅雷>及び<超硬金属骨格(レベル150で解放)>を所有』
つ…、強い。
しかもただのオーガではない………。亜種…、仙鬼だと? 聞いたこともない。
現時点でレベルが倍の相手と互角の戦いをしているというのに、150でさらに、スキル<超硬金属骨格>の解放だと? 名前から察するにかなり無茶苦茶なスキルだ。150なんて、あとほんの少しじゃないか!
こいつは将来、手が付けられない程の近接戦闘の猛者になるぞ………。




