シシドリ
※マルコ視点
「人間と………、が、合体?」
『そうだ。合体すれば、オラはもっと強くなれるんだ』
「君は……、もしかしてバルテルと絡新婦のようになりたいのか?」
『そうだ。あの姉妹が羨ましい………。人間と合体すれば強くなれる。オラは強くなりたいんだ!』
巨大な蜘蛛の背に立って吠える半透明の少年。年端もいかない青白い肌の子供、稲穂のようにざわわと揺れる、細かく編みこまれた金髪に、翡翠を思わせる美しい翠色の瞳。
私は同性愛の趣味を持ち合わせてはいないが、それでも思わずたじろいでしまう程の美少年だった。
石造に似た蜘蛛の顔から突き出た、大きすぎる牙を足掛けに、まるで体重を感じさせない軽やかな動きで地に舞い降りる。
少年は半ば宙に浮いたような足取りで進むと、赤く夕陽に染まった水路の手前で立ち止まり、ふてくされた顔でこう言った。
『だから、水は苦手なんだよ………』
こんな小さな川も越えられないのか? 神々しかった印象が薄れ、ふいに庇護欲にも似た温かい気持ちが胸の奥から込み上げる。抱き上げて渡らせてあげたいとも考えるが、彼の口にしていた『合体』という物騒な言葉を思い出し、躊躇する。
「遅いな、何やってんだ? マルコ」
「あ、ベムラー………」
「ん? うおっ、でけえっ! 蜘蛛の魔物か! いっかつっ!」
土蜘蛛の巨体を見て、予想通りのリアクションで驚くベムラー。水路の向こうにいる半透明の少年には気付いていない。
「説明が難しいんだが、あれは土蜘蛛といって絡新婦のような魔物だ。半精霊なのだろう。魂がひとり歩きして今そこにいる。子供の姿だ。半ば透けているんだが、見えるか?」
『オラはここにいる!』
「うおっ! びっくりした! 透明かよ! しかも念話か?」
「ああ。水が苦手で川を渡れないらしい」
ほうほう。などと言いながら、のしのしと無造作に少年へと近付くベムラー。
水路を一跨ぎで飛び越え、しゃがみ込んで視線を合わせる。
おいおい、子供に見えるが死の森の魔物なんだぞ………。警戒心を持てよバカ、ベテランの兵士らしくもない………。
「お、ついてるな。男の子か。水なんかを怖がってちゃ強くなれんぞー」
『オラは強くなりたいんだ!』
「そうかそうか。夢はでっかく持たないとな!」
少年をひょいと持ち上げ、肩に乗せて笑うベムラー。大柄な古兵の成せる業か……。いや、ベムラーには確か子供がいたな。土蜘蛛の愛らしい顔を見て、案外里心がついたのかもしれない。
なんにせよ大した胆力だ……。私なら例え子供に見えたとしても、魔物に対してあんな風には振舞えない。
『夢?』
「そうだ夢だ! 強くなる夢を叶えるためにはまずは腹一杯メシを食わないとな! 一緒に広場に行くか! さあメシだメシだ!」
『お、おう…』
そのまま行くの? 水浴びを忘れてないかベムラー…?
まあ…、そんな事どうでもいいか。
こういった交流に肝要なのは、下手な常識より勢いだろう。
夕陽を背に意気揚々と歩く、親子のような影を追いながら、私は勝手にそう納得した。
※スズ視点
のう。主さまが皆と飯を食うというだけで、このお祭り騒ぎよ。
見よ、広場をあらゆる森の魔物たちが所狭しと埋め尽くし、様々な料理が次から次へと運ばれておる。特に目を引くのは、あの中央にでんと据えられたバカでかい猪じゃな。
んむ。臭かろう。初めてこの匂いを嗅ぐ者は皆その顔をする。
凄まじい腐臭を放つ巨大な猪。而してあれはただの腐肉ではない。めちゃめちゃ腐ってはおるものの、それはわざとじゃ。あれこそが噂に名高い、鬼族秘伝の究極料理『シシドリ』じゃ。
妾も百年程前に一度食うたきりで、その全容を目にするのも久しい。
ほれ主さま、教えてやろう。近う寄れ……。
まずこの猪はたいそう立派じゃ。ここまで猪が育つためには三十年はかかろう。三十年ものの猪肉というだけで涎が滴りそうであるが、それを単純に丸焼きなどという舐めた真似はせぬ。よいか、これは一切火を通しておらぬ。かといって生でもない。聞きかじった話によれば、陽も射さぬ洞窟の奥で数年間寝かせて、ゆっくりじわじわと腐らせて仕上げるそうじゃ。
その手間は尋常ではなかろうと、がさつな妾でもおよそ察しがつく。朝な夕なに腐り具合をチェックしつつ、年単位の時間を肉と過ごすなど、とてつもない暇人か、料理に生涯を捧げた天才にしか成し遂げられん。
腐ってるんじゃなくて発酵? なんじゃ…、これを発酵と申すのか? 主さまは物知りじゃの。じゃが、ふふふ。そんな主さまですら思いもよらぬであろう真実を教えて進ぜよう。
そこな腹の裂け目から鳥の羽が顔を出しておるであろ?
んむ。正解じゃ。この猪の腸は既に抜かれておって、替わりに山鳥が詰められておるのだ。
おう! 勘が良いの。その通りじゃ、意外や意外! 実は猪は勿体なくもただの入れ物に過ぎず、可食部はこのぎちぎちに腹に詰め込まれた山鳥よ!
そうじゃ。もちょろん山鳥も腐っておる。あ……、噛んでしもうた。違う違う。モチョロンという鳥ではない。もちろん、と言ったんじゃ。
山鳥は猪の腐肉と比にならん程臭いが、慣れればたまらん。
どれ、一羽つまみ出してやろう………。うお、くっさ! く、くっさ! こりゃたまらん! 羽も腐っておるから柔らかく、むしむし毟れる。
羽さえ抜いてしまえば、ほれ。丸かじりで全部イケるんじゃ。とはいえ齧りつくと中身が漏れてしまうでの。まずはここ。ケツ穴じゃな。ここから中身を吸う。
「ほれ、吸うてみい」




