狂気の魔女と呼ばれた女
※アナベル・絡新婦・カーン視点
酷く永い………、泥のような歳月を生き延びてきた、勇者の妹としての私。
世界の均衡を保つべく、あらゆる国家を股に掛け、歴史の裏で暗躍してきたこの五百と余年。
狂気の魔女と呼ばれた女の生き様は、如何なるものであったのか………。
聞いてください。
始まりは………、生まれながらの特殊な能力を持つ兄と、その平凡な妹。
異世界からの転生者だった兄、アベル・カーン。かつての名をベニー・ユキーデと称す少年。卓越した身体能力を持ち、数々の強力な恩寵を操り、異世界の知識を以って社会を斜めに見る異常な少年。
カイヤナ市国の片田舎の村。貧しい農夫に過ぎなかった両親は、聞き慣れぬ言葉を口にし、不可解な奇行を繰り返すこの天才児を持て余しました。
鳶が鷹の子を産んでしまったのです。
そして十五の元服も待たずに本山に召された兄は、法王から聖剣を与えられて、すんなりと勇者の称号を賜りました。そんな兄の輝ける道を、共に歩みたい一心で飛び込んだ戦闘奴隷育成施設。やがて凡才の少女は、血の滲む努力の末に魔法使いとなり、晴れて勇者の御伴を務める運びとなったのです。
類稀なる才覚を発揮し、次々とクエストを熟してゆく兄。
あの時代は魔物たちも世に多く蔓延り、社会も今とは比べようもなく混沌としていたものですから。ある意味黄金期でしたね。殺伐とした日々でしたが、それなりに楽しかったと記憶しています。私たち勇者パーティーは行く先々で重宝され、富と名声を恣にしていました。
そして唐突に、その快進撃に終わりを告げたのがこの死の森だったのです。
『邪神』
巨狼の貌をとったダッタンの森の神。世界最古の柱の一柱にして、深刻なエラー。
兄のするそれらの説明は、異世界の言葉も多く含まれており難解で、凡人が理解するには多大な苦労を強いられました。聖剣を手にする者に与えられるという能力<神の眼>。その特殊な視界で兄は一体何を目にしたのか………。
決して多くを語ってはくれない兄でしたが、神の視界で……、その蒼い双眸で、この世界の真実を独り見つめていたのかも知れません。
命辛辛敗走した私たちを待っていたのは、本山の辛辣な批判でした。
神の使徒である勇者に、教義上、断じて敗北は許されなかったのです。
公には邪神討伐は無かった事となり、臭いものに蓋をするべく、ペッコリ平原を含む死の森一帯は、永久立ち入り禁止の禁断領域として、市国の国土からも切り離される結末となったのです。
「これはゲームじゃなかった」
そう呟きながら、何かの影に怯える様に、日々憔悴してゆく兄。
勇者の称号と聖剣を返上し、平穏な日常を手にした後も、兄は二度と魔物と戦う事はありませんでした。
時は移ろい、ダッタンとカイヤナを隔てる形で、稀人の手によりナインチェットが建国されました。
この頃市国も領土を北に拡大し、法王と混血したシンバリ一族を掲げて、現在の強大な軍事国家、カイヤナ王国が誕生したのです。
兄の死を皮切りに、日々強くなるシンバリの圧政。世の不条理を噛みしめながらも泣く泣くカーンの名を捨て、私はナインチェットへと落ち延びました。
残酷な月日が過ぎ、身も心もぼろぼろになり果てた頃、農村の魔女として細々と暮らしていた私に転機が訪れます。
伝説の魔導士、ララベル・ベルとの出会いです。
嘘か真か………。
世界の外に果てしなく広がる大海。その遠く海の果て、『魔界』と呼ばれる別の大陸からやって来たと宣うララベル。
不滅の力を秘めた桃色の魔法の杖を携え、永遠に老いる事のないその容姿から、自らを魔法少女と語る帝国最強の魔法使い。
彼女の美しい菫色の瞳に魔導の深淵を見た私は、迷う事なく地に平伏して、その教えを乞うたのです。
ララベルの杖を引き継ぎ、彼女の後ろを歩いた二百年は、私にとって眩しい青春とも呼べる日々でした。
世界の遠近を飛び回り、不思議なもの、当たり前のもの、美しいもの、醜いものを通じて学んだこの世のカラクリ。そして手にした魔法という力の神髄。
暇つぶしに作った、当時の魔法使いたちによる『仲良し友の会』が、今日の帝国に於ける『魔導士ギルド』だというのだからお笑い種です。
………さて。
ここまでお話したならば、サンカ様にも察しがつくかと思います。残りの半生を語る事は、もはや蛇足かも知れませんね。
どのような命にも、やがて終わりが訪れます……。
ララベル・ベル亡き後、彼女の名を継ぎアナベル・ベルとして、ダッタンにほど近いナインチェットに根城を築き、この世界を監視し続けて来たのが私です。
清濁併せ持つ命。血の色を象徴する、赤の魔法使いとして。
人類の光と闇のバランスを維持し、……悠久の平和が叶う事こそありませんが、大きな破滅もない世の中を維持するために。
私は時に命を摘み、そしてまた育んできたのです。
これを狂気の所業と呼ばずに何と呼ぶでしょうか。
皮肉なものですね。
死を前にして死を迎えられず、魔物と化してまで、一度は捨てた人並みの幸せが欲しいと願うのですから………。
そう。私と蜘蛛が望むのはささやかな幸せ。
今一度、狂気に染まりたい………………。
あなたへ向けた、この狂おしい恋心で。
勇者の前世の名をベニー・ユキーデとしていますが、あのベニー・ユキーデではありませんw
発音上そう聞こえただけで、日本人の紅井幸秀さんです。
と、しておきます。
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