妖怪魔法少女
「交尾、したいな♡」
驚愕のセリフと共に、アナベルさんが生き返った。
その顔色はなぜか血色も良く、愛らしい笑みを浮かべてさえいる。清涼飲料水のコマーシャルを彷彿とさせる爽やかさだが、間違いなく正気を失っている。焦点の合わない目とありえない言葉が全てを物語っている。心だけがどこか幸福な場所へ旅立ってしまっているんだろう。……そんな印象だ。
「えっと…、ザック君、だっけ?」
「はい…。ザック・エモンです」
「念の為に聞くけど、アナベルさんて普段からこんな事言う人?」
「………いえ。アナベル・ベルが絶対に言わないであろうワード第1位を連発している状態ですね」
コトを見る。
「………推測ですが。支配に失敗したのではないかと…」
「え?」
やや酸っぱい顔で意見を述べるコト。
「憑依による血肉の支配を試みたんだと思います。バルテルの時と似ていますが、決定的に違うのは脳死状態の人間と融合した事。魔女の脳機能が死んでいたせいで、正常な精神が再構築できていないのではないでしょうか? なので今は生への強い執着心のみが機能している状態なのかと………」
「ふむ………。確かに。生物学的にも子作りは生きる目的そのものだしな」
「死者と繋がるのはそれなりにリスクの高い行動なので。ただ気になるのは、この子がそんな危険を冒してまで、どうしてこの魔女を救おうと思ったのか………」
隣りで静かに佇む、魂の抜け殻となった絡新婦の巨体を撫でながらコトが呟く。
「そこまでして、一体誰との交尾を望んだのか………」
ん? え? やめろよ。おい、なんで皆揃って俺を見るんだ!
狼狽えていると、腕にふわりと柔らかい何かが纏わりつく……。何かじゃない、うん。認めよう。アナベルさんだ。いや、アナベル・絡新婦・カーンと呼ぶべきか。
「んふふぅ♡ しゅきぃ………」
しゅきぃ………だと?
くっ………。い、居た堪れないっ! なんて居た堪れないセリフなんだっ!
抱きついてきたアナベル・絡新婦・カーンさんは、さっきまで死体だったくせに女子のイイ匂いをさせながらスリスリしてくる。くっ、まずい! ちょっと可愛いぞ! こんな可愛い五百歳がいていいのかっ!
間髪を入れずもう一匹ちっちゃいのが腰元にしがみついてくる。スズ! お前もかっ!
「わっ、妾が先じゃ! 妾が先に交尾する!」
ダメだっ! それはいけない! 確かに、ほぼ人間型の今ならオッケーなのかもしれないが、いかんせんビジュアルが幼すぎる! 昨今色々厳しいんだよ! 諦めてくれ!
「いい加減にするので!」
強烈な魔力の波動を伴って、コトの一喝が場の空気を引き裂いた!
森の柱である俺でさえ怯むほどの桁違いの魔力だ! アナベル・絡新婦・カーンが当てられて気を失い、脱力してズルズルとその場に倒れ込む。そしてスズが…、ま、マジかっ、あのスズが震えているだとっ………?
「私が………そ、その、こ、交…、セッ………、私です!」
「………い、言えていないのに断言した!」
「んむ…。た、単純な興味なんじゃが…、蜘蛛よ。その下半身でできるんかえ?」
こ、こいつなんて痛いところを突くんだ! デリカシーが1ミリもないぞ!
「私は、蜘蛛であり、女である」
ん? 違う、コトの声じゃない。これは………?
「白い首を仰け反らせて、私が仰ぐ果ては……」
「変身の呪文です。離れましょう」
アナベル・絡新婦・カーンの身体がゆっくりと浮遊してゆく……。いや、浮いているんじゃない、背中から突き出た蜘蛛の歩脚が身体を持ち上げているんだ。
第二足と思わしき歩脚が、肩甲骨の辺りから翼のように広がり、第一足がそれを超えて、俯いた首から前方へと曲がりくねる。第三足と四足は地に爪を立て、背後から人体を支えた。
溢れる魔力が青白い蒼炎と化し、衣服があっという間に焼失して裸身を晒す。
「青い空であり、天蓋である」
彼女の紫色の目の上に、もう二つの眼が開いた。アメジストの水晶玉を思わせる絡新婦の眼だ。
魔物として完成されたその姿に息を呑む。蒼炎に包まれて、美しい爪先を立てるその四肢に、もはや人間だった頃の鈍重さは欠片も見当たらない。
「私は妖怪魔法少女、アナベル・絡新婦・カーン」
………………妖怪魔法少女。わ、笑っていいところなのだろうか?
魔法少女と名乗ったぞ……。アラフィフの十倍も生きてるのに、魔法少女と。
「今後とも、よろしく」
今後ともよろしくって言いやがった!
「レベル200だと! 妖怪魔法少女………おそるべし!」
草。




