ベムラー・エーワと復活の魔女
※ベムラー視点
俺の人生はいつから狂ってしまったのか………。
燃え盛る炎を眺めながらぼんやりと考えていた。
いつ、どこでくたばってもおかしくない職業を愚直に勤め、数多の殺戮を粛々と熟してきた俺は、兵士という名の血の通わない人形だ。
この国を守る事が、延いては家族を守る事に繋がるのだという苦しい言い訳。
家族から遠く離れ、家族の為だと呪いのように呟きながら。
大きな矛盾を、見て見ぬふりをして歩んできた人生………。
己を騙してきた罪は重い。俺が死んだら、妻は泣くだろうか。俺がいなくても、子供はちゃんと育つだろうか。俺は家族を守りたかった。
いつだって、そうしてきたつもりだったんだ。
「ツケが回ってきたぜ………」
深紅に染まった艦砲デッキに転がる、意味も成さずに死んだ魔導士たちの死体を踏みつけながら、燃える翼を広げる天使がいた。
なんて神々しい生き物なんだろう………。
敵性魔導生命体。そう人間が勝手に呼ぶ陳腐な存在では決してない。それは神秘の焔を纏った、違えようのない神の使いだ。
虹色の雨覆に、火花を散らす大きな風切羽。聖なる火の鳥と呼ぶには、些か生々しい少女の双丘。仰け反った幼い顔には、水色に輝く瞳が陽炎と共に揺れていた。
「デ? エユワコナ・アータ(あれ? あんたなんでここにおるん)」
魔法言語か……。残念だが、何を言っているのか俺には分からない。
「ベムラー・アータエ(ベムラーやろ)?」
「ベムラー? そ、そうだ。俺はベムラー・エーワだ」
『サンカはんとこ行く?』
念話だ! 助かる!
『頼む。できるなら助けて欲しい………』
『ええよ』
笑ってそう呟くと、火の鳥はデッキに空いた大穴からヒラリと風に身を乗せた。
あの笑い方……? あの時に見たハーピーか! ずっとサンカさんと一緒にいたから、何か特別な子なのだろうとは思っていたが………。火の鳥があの子の真の姿だったのか………。
強風に煽られながら、なんとかデッキの穴に近寄る。
この船はかなりの速度で墜落しているようだ。顔面の皮が持ってかれそうな程の風に抗いながら、地表を覗き込む。真下から二体のハーピーが、こちらへ向かって急上昇して来るのが見えた。
そこからはもう何が起こったのか、記憶が曖昧だ。
その身体の割には大きな趾に鷲掴みにされ、驚く間もなく大空へポイ捨てされたのを覚えている。
回転する空を見た。流れる雲を見た。迫る地を見た。
そして魔物という蔑まされた生き物に宿る、種を超えた優しさを俺は見た。
柔らかく、温かみのある手の平。信じられない程巨大で、真っ黒な手の平の上に俺は転がっていた。
半ば正気を失い、子供のように俺はただ泣きじゃくった………。
何ひとつ状況は理解できていない。ただはっきりと、本能で分かったんだ。俺は魔物たちに助けてもらったのだと。
恥も外聞も何もありゃしない。なりふり構わず俺は号泣し続けた………。
依然とてつもない高高度にいるのだろう。荒れ狂う暴風が、俺の叫び声や色んな汁を浚っていった。
泣き喚くだけ泣き喚き、やがて精も根も尽き果てた頃、その岩壁のような巨大な顔と目が合った。
大きな猿だった。
そうとしか言いようがない………。信じ難いサイズの大猿の魔物だ………。
猿は優し気な表情で、風が起きそうな瞬きをすると、フンと大きな鼻息を吐いてゆっくりと頷いて見せた。
ああ。息子なら、俺のこの話を信じるだろうか………。
お父さんは飛行船に乗り、その墜落の間際に火の鳥に呼び留められて、山よりも大きな猿に助けられたんだと………。
なぜなら、お父さんの知り合いには神様がいるからだと………。
馬鹿げてる………………。本当に馬鹿げている………………。
そしてこの絶景は一体なんなんだ。
広大な森を眼下に見下ろし、見上げれば、いつもより近い、はっきりとした雲が遷ろうのが見える。
生きている………。
俺は今確かに生きている………。
言葉にできない想いを胸に、いつになるかは分からないが。
次に家族の手を握ったならば、もう決してその手を離すまいと俺は誓った。
※ザック視点
帝国の飛行船が、今まさに地に落ちようとしている。
あれもあれで大変そうだが、こちらもこちらでもの凄く気になってしまう。
アナベル様の容態がおかしいのだ。
心臓を貫かれて死亡したアナベル様。顔の表情は見るからに死体のそれと窺えるにも関わらず、未だ肉体が断続的に痙攣を続けている。
周囲には邪神とネームドモンスターたちが集まり、うまく聞き取れないものの、魔法言語でなにやら『蘇生させる』風な事を話し合っている様子だ。
なにしろ彼らはレベル千を前後する化け物たちだ。霊験灼かな奇蹟が起こったとしてもおかしくはない。おかしくないからこそ今目が離せない。もし本当に死から蘇ってしまったならば、これはもう歴史に残る奇蹟であると同時に、王国の宗教を根底から覆す畏るべき珍事となってしまう………。
「………セックス」
待て。………待て、ちょっと待ってくれ。今何て言った?
いやその単語もやばいが、今、誰が、その言葉を口にしたのだ………。
「セックスしたい」
今度はくっきりはっきり言ったぞ。………知ってた。うん。だって、ハナヒル語だもの。いやいやいや、まじか。えーーー………………。
周囲は完全に凍り付いていた。様々な『なぜ?』がそれぞれの胸の中で渦巻いているのを感じる。死体だったそれは、やがてゆっくりと身体を起こし、僅かに頬を染めながら、花も恥じらう笑みを浮かべて………………、
「交尾、したいな♡」
と、言った。




