邪神討伐
困ったな。
コトが俺を庇って、勇者と対峙しようとしている。
あの子が呪文のようなものを唱え、聖剣と化したのには心底度肝を抜いた。
五百年もの空白の時間があったんだ。色々様変わりもして当然なのかもしれないが、人が剣に変身するなんてファンタジーが過ぎる。
剣のデザインは刃長八十センチ程の青味がかった刀身。元幅はがっつりと広く、やや先細りの諸刃造り。象牙を思わせる乳白色の柄は鍔から柄頭まで一体化し、どこか有機的に曲がりくねっている異形の様は、聖剣と呼ぶには些か生々しい。
あの形、確かに見覚えがある。
懐かしいとさえ感じる程、ありありと聖剣の記憶が甦る。
あれは断罪の剣。この世界のエラーとされる魔物ならば、僅かに接触しただけでもその存在を抹消せしめる駆逐の刃。俺がかつて滅ぼされた悪夢の剣だ。
「何言ってんだこいつうううう!」
まずい! 聖剣を握る男が激昂している!
さっきあのロックな土蜘蛛を一刀両断した様子から察するに、あの聖剣の性能は昔とまるで変わっちゃいない。ダメだ………、コトが消されてしまう!
「どいてくれ蝮軍団! コトが!」
「主さん暴れたらあきまへん! 下がって!」
「皆抑えて! ものすごい力や! 抱きついて止めて!」
「あぁっ、主さまっ、胸筋っ…、腹筋っ…、はぁっはぁっ…♡」
一匹変態がいる!
サクッ。…っと乾いた音がした。
見れば男が聖剣を地に突き立て、双手を上げてこちらを見ている。下唇を噛み、顔面は蒼白だ。
「降伏したい………。私の負けだ………」
「は…、はあ?」
コトがゆっくりとこちらへ振り向く。まるで梅干しを食べたような酸っぱい顔だ。なんて酸っぱそうな顔なんだ。時々するその酸っぱい顔の意味は何なんだ。
「ずるいのでぇえ…、さっき討伐するって言ったのでぇえ…」
「うん。た、確かに言ったな…。俺も聞いた…。でもずるいとか言わないの…」
「さっきの言葉は撤回させてくれ……。とてもじゃないが私の敵う相手じゃない。レベル1339なんて絶対に無理だ………」
「レベル?」
「ああ。そこの蛇の少女も………。蛇女スズ、ネームドモンスター、レベル989。ほぼほぼ千だ。ありえない…。ちなみに私はたったの44しかない………」
半泣きだなこの男………。やっぱり本気で降伏したがっているのか?
しかしレベルって何だよ。やけにゲーム臭いな。勇者ってもしかしてゲーム感覚で魔物を倒しているのか?
「なんじゃ? 妾がどうかしたんかえ?」
「うん、スズがすごく強いから参ったするって。レベル989だってさ」
「レベルってなんぞ? ってかあれなんぞ?」
東の空を指さすスズ。ん? 何だ?
あれは、何だ? 雲の切れ間から姿を現したのは巨大な飛行船だ………。
特大の気嚢をパンパンに膨らませたエアシップ。プロペラらしき推進装置こそ見当たらないが、明らかに飛行船だ。クジラを思わせるぼってりとした機体。船体後部にやはりクジラの尾鰭にも似た尾翼が生えている。
まじかよ! この世界の人間はすでに飛べるのか!
「飛行船だ………………」
「帝国の船ですね……。あの紋章は辺境伯を示す双頭の鷲。コマンチ辺境伯本人が搭乗しているかは怪しいですが……。大方剣聖が手配した可能性が高い。アナベル様を殺害した後、あの船に回収してもらう算段を立てていたのかも知れませんね」
「これはちょっと、人間を舐めすぎてたな………」
「おそらくそれなりの魔導士団を連れて来ているでしょう。広範囲殲滅魔法で空爆されると厄介です」
この細目の男、降伏した途端にケロっと寝返ってるじゃないか……。そんなんでいいのか、勇者………。
しかしあれをどうするか。魔法を撃たれる前に墜落させたいところだが………。
「洒落ならん………」
背後から、ふと聞き覚えのある声がする。
「洒落ならん………。洒落ならん………。洒落ならんっ!」
振り向けば一本松の向こうから、燃え盛る翼を広げてのしのしと歩いて来る何かが………。
メラだ!
身の丈を遥かに超える大きな虹色の羽を広げ、美しい火の粉を撒き散らしながらレ〇プ目で迫り来る火の鳥! 覚醒したのか! ナイスタイミング!
「うっ………。またネームドモンスターですか………。メラ。レベル585………」
「なんっっっにもおもろない! ひとっっっつもええことあらへん!」
「おお! カッコいいなメラ! これは感動だよ!」
ピタリと動きが止まる火の鳥。
ややあって、じんわりと、死んでいた目が光を取り戻し始める。
「カッコ………………ええのん?」
「めちゃくちゃカッコいいよ! それに凄く綺麗だ!」
一瞬目がカッと見開き、頭上で一際激しい火の粉が飛び散る。
「ウチ、綺麗………なん?」
「うんうん。綺麗だよ。なんか顔も可愛くなった?」
「かわぃ……。き、きれぃ……。かっこいぃ……」
「ん? どした?」
「はーっ! はっはっはっ! 任しときっ! 何でもやったるでえええええ!」
「よし! じゃああれ。あれ撃墜して」
「どれ?」
「あの船」
修正が完了いたしました。
度々すみません。反省しておりますm(__)m
次回から新章開始です。
第四章「死神の街」
これからも宜しくお願いいたします。




