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邂逅


 原野に(ぬる)い風が吹く。


 やや強めの陽射しに照らされ、少し汗ばんで見える少女。(まばゆ)い光は深紅のロングケープを滑り、乾いた大地に濃い影を落としている。

 どこかで嗅いだ事のある懐かしい大気の匂い。ああ、この世界にも夏が来るんだな…。などとしみじみ思う。理屈ではなく、肌でそう感じる。そろそろ春が終わるんだろう。


「暑くないの? その恰好…」


 しまった………。思わずのっけからフレンドリーに接してしまった。

 初対面なのにミスった。失礼なヤツだと思われたかもしれない。俺の悪い癖だ。つい馴れ馴れしくしてしまう。取り繕うべきか思案するが、恥の上塗りをしそうで怖い。


「暑いですね。かなり歩きましたので…」


 そりゃそうだ。徒歩で原野を渡って来たんだもんな。それもなかなかの装備で。となりのおっさんなんてめちゃくちゃ暑そうだ。しかも何なんだその腕。剛腕にも程があるだろう。まさかそのバカでかい拳で俺を殴るつもりじゃないだろうな?


「堅苦しい挨拶はいらなさそうですね。わたくしが原初の勇者アベル・カーンの妹、アナベル・カーンです。あなたがダッタンのエラープログラム『邪神(ヴァナルガンド)』に間違いありませんか?」


 思わず口がヘの字に曲がる。何か面白い事言いやがったなこいつ。

 エラー? プログラム?


「バ、バナナガ…」


「『邪神(ヴァナルガンド)』」


 バナナガン。なんだその酷い名前は。確かに子供の頃にバナナを拳銃に見立てて遊んだ事はあるが………。


「違う。俺は森の柱、サンカ・ダッタンだ」


 なんとも言えない緊張が走る。アナベルさんは目を細め、はあ? みたいな顔をしている。俺の方こそ、はあ? なんだが………。

 さらにアナベルさんは片方の眉を吊り上げ、はあ? から、はああ? の表情にシフトアップする。負けじと俺も牙を剥き出し、はあああん? くらいの顔をしてやる。


「あなた、まさか人間………?」


「それも絶妙に違う…」


 居た堪れない空気が漂う…。こいつもしかしてかなりイタイ女なのか?

 何が言いたいんだこいつは。なんだかだんだん腹が立ってきたぞ。


「俺の名はサンカ・ダッタンだ。俺を誰と間違えているのか知らないが、俺がこの森の柱であり、この子たちの親だ。アナベル。お前は建設的な話をしたくてここに来たんじゃないのか?」


「そうよ。…そうです。だけど話をする前にひとつだけ教えて。あなたはアベルを覚えているの?」


「覚えてるに決まってるだろ。俺を殺したやつだ」


「わたくしの事は?」


「お前は知らん。質問はひとつだけじゃなかったのか?」


「………分かったわ。ありがとうサンカ・ダッタン」


 ありがとうと言いつつも腑に落ちてない顔をしている。

 そもそも五百年も前の事をほじくり返すなよ。覚えてる方が気持ち悪いだろ。


「まず、この地に無断で侵入してしまった事を謝罪します。処女峰森林調査隊の件ですが………」


「許す」


「え? ゆ…、許すの?」


 目をまん丸にして驚く少女。そりゃ許さない訳にはいかないでしょ。その内一人は鬼の庭にもう住んじゃってるし、一人は絡新婦のお婿さんなんだから。


「許すよ。はい次」


「え、え、…えっと」


「調子狂ってんな、アナベル。ババアらしくもねえ」


 剛腕の男が口を挟む。あの腕が重いのか、気怠そうな仕草で肩を回しているこのおっさんに正直ちょっとイラっときた。

 隣にいたスズが一歩前に出る。あ、やばい。キレてるわ。横顔しか見えないが、警戒心も露わに、あからさまに歯ぎしりをしているのが分かる。

 パスで必死に念じる。もうちょっと我慢しろ…。我慢しろ・・・。我慢だ。


「ねえ、ベルベル」


 今度は脇でそわそわしていた子供が喋りだす。


「この人、多分邪神じゃないよ? 聖剣が反応しないもの」


「え? 反応しない? うそ…」


 聖剣だって? あ…、まさかっ! 先代の娘って! この子が今の勇者か!


「君、勇者なの? もしかして、君がチャナ・カーン?」


「そうだよ。ボクがユーシャ…」


「あ…」


 なんだ? なにが起こった?

 アナベルが俺を見ている。なぜ見てる? 違う、こいつは何も見ちゃいない。

 彼女の胸元から何かが………生えている。銀色の、刃だ。日本刀に似た剣だ。


 ああ、こいつ刺されたのか………。

 刺したのは剛腕の男。いつの間にかアナベルの背後にいたおっさんだ。そいつは彼女の肩の向こう側から、モテなさそうな無精髭を歪めて笑った。






※アナベル視点



 認めます…。わたくしは柄にもなく緊張していました。


「暑くないの? その恰好…」


 第一声がそれですか………。親し気に話しかけてくる邪神。白い牙を覗かせて、不敵に笑うその笑顔。南国風の褐色の肌に黄金の瞳。やだ。ど、どうしましょう。控えめに言ってパーフェクトじゃないですか………。


「暑いですね。かなり歩きましたので…」


 くっ。勘が狂います。慣れない遠足をしてしまったせいか、それとも単に陽射しのせいか。じわっと身体が火照って、変な汗が出てきます………。心なしか動悸も早い。


「堅苦しい挨拶はいらなさそうですね。わたくしが原初の勇者アベル・カーンの妹、アナベル・カーンです。あなたがダッタンのエラープログラム『邪神(ヴァナルガンド)』に間違いありませんか?」

 

「バ、バナナガ…」


 噛んでますね。………かわいい。


「『邪神(ヴァナルガンド)』」


「違う。俺は森の柱、サンカ・ダッタンだ」


 え? サンカ・ダッタン? 名前? 名前があるんですか…?

 名前があるという事は、やはり世界に統合されてしまった………。もはやエラーではなくなったという事? それで自らが深刻なエラー、ヴァナルガンドである事を否定したのでしょうか………。

 ん? んん? 何? 何ですかあの、腕輪………? いや、え、時計?

 何ですかあの見事な時計は! 現代の技術を凌ぐ工芸品、まさか聖異物(アーティファクト)

 まさかっ…、まさか異世界人(エラー)邪神(エラー)が統合したとでもいうのっ………?


「あなた、まさか人間………?」


「それも絶妙に違う…」


 稀人はこの世界の人間じゃない。絶妙に………違う。


「俺の名はサンカ・ダッタンだ。俺を誰と間違えているのか知らないが、俺がこの森の柱であり、この子たちの親だ。アナベル。お前は建設的な話をしたくてここに来たんじゃないのか?」


 そ、そうでした………。イケメンすぎて…、いえ…、事態が複雑すぎて混乱してしまいましたわ。いけませんね。少し落ち着かないと……。

 ふう…。それにしても、素敵だわ。まさか邪神がこんなにイイ男だなんて。あの時々牙を剥く表情なんて、も、もう最高としか言いようがないわ。わ、わたくしの事を、わたくしを覚えていらっしゃるのかしら………。


「そうよ。…そうです。だけど話をする前にひとつだけ教えて。あなたはアベルを覚えているの?」


「覚えてるに決まってるだろ。俺を殺したやつだ」


 兄さんを覚えている。では、では、わたくしの事は………。


「わたくしの事は?」


「お前は知らん。質問はひとつだけじゃなかったのか?」


 覚えて………………、なかった。


「………分かったわ。ありがとうサンカ・ダッタン」


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