光
※スズ視点
始まった。
主さまの放つ黄金の魔力は、我ら森の子にとって『万病に効く効く』というものらしい。そのからくりなど知らん。とにかく効く効くという話じゃ。して妾もまたちょん切れた上半身からこうして蘇生した身、その神の奇跡を身を以って知っておる者としては、その効果効能についてなんら疑問を挟む余地はない。
こうなったらお白はもう何がどう転ぼうと大丈夫であろ。
ゆえに妾も余裕をぶっこいて、こうして腕を組んで仁王立ちしておるのじゃが、なにやら妾の腕を肘でつんつんする者がおる。
シノか。
見れば顎をしゃくって妾に合図を送っておる様子。なんじゃ、意味が分からん。
フンと思い、主さまを見れば妾にウインクをしてきた………。なっ、なんぞ! 妾が好きなんか? 好いとるのか? ………んにゃ訳あるまい、知っておる。だが分からん。これは何の合図じゃ…?
『ほら、花。お花が一輪必要でありんしょう?』
『なんじゃい、そんな小声で。は? 花?』
『主さまはお白さまに、花をあげようと言いなんした。ちいと鈍感が過ぎんすえ、スズ。あなたがお花をお白さまに渡してくんなんし。主さまはそう望んでおざんすえ』
なんじゃい、今さら。お白と妾はもう、とっくに袂を分けた間柄。それを今さら花などと………。
「お白。三の目は頭頂眼、顱頂眼とも言うんだが、蛇は体温調節が上手くできないから、その目で太陽からの光量を計っているという説もある。人間はすっかり退化してしまったが、それを第三の目、あるいは松果体と呼ぶ」
「あい。三の目が、お天道様だけは煌煌と、いつもはっきり感じておりんした」
優しくお白の手を握り、そっと小難しい言葉を綴る主さま。じゃがお白のやつは当たり障りのない返事をしておるに過ぎん。多分意味は伝わってなかろう。
「二つの目の回復はもう叶わない。だから思い切って顱頂眼を進化させて、それで視力を取り戻そうと思う。脳内で魔力が暴れるから、苦しみが伴うかもしれない」
「あちきに心遣いをなさりんすな。遠慮のう施しておくんなまし………」
主さまの胸に抱かれ、くぐもるような声で嗚咽を漏らすお白。おそらく苦しいんじゃろ。主さまにしがみつく指は、虎ひしぎの形をとって震えておる。
そして何故か。何故か、主さまはお白を見ずに妾の方を見据えて、こう囁く。
「頑張れお白、君は光を取り戻せる。やり直せるんだ」
主さまの言葉が絆を通じて心に届いた。あれはお白への言葉であろう。しかし、妾へ投げた言葉でもあり、それは贐でもあった。
シノもまた呟く。
「あの大喧嘩の後、主さまはわっちにこう言いなんした。憎しみの旅は終わったのだと」
「シノ………」
毒々蝮軍団が妾をそっと呼ぶ。
「姉御…」
振り向けば気を利かした仲間の一匹が、真っ白な鈴蘭をひと房手渡してくれた。
そうか。この日が来たという事か。
ほんのり酸味の香る鈴蘭の香りを胸に、シノに向き直る。
「まずはシノ。妾はあまりに罪深い。ゆえに許しを請う気もなかったが、今日までの、数々の非礼を詫びたい。………本当にすまなんだ」
「可笑しなことをおっせんす。今やお互い、悪な蝮と山楝蛇などではありんせん。主さまの眷属たる、スズとシノが仲違いする理由が何処にありんしょうえ」
不知涙が滲んだ。
その言葉を聞いた瞬間、我が身の縮んだせいもあろうが、また再び沼の畔を這うていた頃の二匹に戻れた気がした。言葉にできぬ懐かしさと、その哀れな過去世が、走馬灯の様にこの心に浮かんでは消える。
じゃがこれで終いではない。妾はまだまだ進まねばならぬ。
顔を上げたお白が、震える手で主さまの手を握った。
もの見えぬはずの、ただの白い水晶であったその眼が、溢れる涙を零しながら、しっかりと主さまを見据えておる。
「見える、ありありと、主様の御貌が見えるでありんす………」
「お白、よく頑張ったな。しばらくは痛みが残るかもしれないが、次第に落ち着くだろう」
「痛みなど………。光を失ったあの日から、あちきの運命は決まっておりんした。我が身を嘆いてはならぬ、呪うてはならぬと心に誓うも、哀しみばかりが募る日々………。あちきはすっかりあきらめていんした。それをこの哀れな白斑には真勿体ない神の奇跡、感謝の言葉も尽きんせん」
主さまの目配せに従い歩み寄る。妾は鈴蘭を胸に、膝を突いて頭を垂れた。
「気にしなくていいよお白。それよりほら、約束だよ、見てごらん。君が望んだ花だ」
もらい泣きか、はたまた自ずと溢れる涙か、妾も顔をぐちゃぐちゃにしながら花を捧げる。
「す、す、鈴蘭じゃ………。すまん、すまなんだ。すまなんだお白………」
「その声は、蝮のニンマ………」
「すまなん…だ、お白、今日まで、ごめん、ごめんなさい………」
言葉に詰まる妾を、お白がぎゅうと抱きしめた。
「こんなに小さくなりんしたか…。蝮。ぬしが、憎らしかった。あちきの方こそ、許してくんなまし」
「お白………」
「よっく貌を見せて…。ああ、愛らしい。愛らしいお貌。ねえ蝮、憎らしいと思う程に、その度に愚かなあちきは、ぬしを友達だと思い知るのでありんすえ…」
「と、ともだち」
「そう…。ああ、なんて綺麗な鈴蘭。まるでぬしの様でありんす。小さくて…、鈴生りに咲いた………」
鈴蘭を握るお白の手を、妾もまた握る。
「そうじゃ…。妾も今は、ニンマではなく、スズと申す」
「スズ…。良い名でありいす。おかえりスズ、ぬしこそあちきの花。もう戻らぬとあきらめていた懐かしい友」
年甲斐もなく、お白と妾はきつく抱きしめ合った。
青沼の毒蝮が聞いて呆れる。この力を、何故友を守る為に使わなんだか………。
このか弱き肩を守らねばならぬ。そう誓って、瞼を閉じた。
再びこの目を見開いた時、贖いきれぬ罪を背負うて、妾はまた這うて行く。
無様に地を這い、それでも命の限り懸命に。
ただ主さまの指し示す、光の射す方へ。




