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首狩り

※ニコデンス視点



「あちゃー…、おっ()んじまったかあ、団長さん」


 砦の死体安置所で、頭陀袋から顔を出した団長さんの生首と再会する。


「あまり近づくと危ないですよー。まだ中に虫がいますから…」


 惨い死に方だあね。いくら年棒が良くったって、こうなっちまうのは勘弁だ。

 もう首だけだってえのに右目と左目がぎょろぎょろ動いてやがる。それも別々の方向によ。気味悪いったらありゃしねえ……。聞けば脳ミソん中に寄生虫がいて、神経に魔力を通して操っているそうな………。


「なんちゅう虫なんだい?」


呪術性寄生(ナミウズ)紐虫(ひもむし)。古代錬金術の写本なんかでちょいちょい登場する、史上最凶にして貴重な幻の紐虫ね。高値が付くのは間違いないから回収するの」


「へ…? う、売れんのかい?」


「最後の発見事例は三百年くらい前かな。わたくしも生体を見るのは久しぶりよ。今じゃホントに実在したのかどうかさえあやふやな絶滅種、生きた化石ね。魔術師や錬金術師、もしくはその筋の専門家なら喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


 変装を解いて、みてくればかり美少女になっちまったアナベル。

 気味悪いクソババアが気色悪い虫についてご立派な蘊蓄(うんちく)を垂れる。うぜえがこの波に乗らねえ訳にゃいかねえ。金になる話だ。


「その金になる虫を、ハーピーが空から降らせたのか?」


「そう。それも大量にね。金貨や宝石をばら撒いてくれたようなものだわ」


 金貨や宝石………………。


「まだ中庭に行けば地を這ってるのがいるんじゃねえか?」



 唐突に胸から赤いスカーフを引っ張り出し、マスクのように口を塞ぐババア。腰から切れ味の良さげなナイフを抜くと、団長さんの生首にゆっくりと顔を寄せた。おいおい近すぎるだろ。


「見てて」


 あらぬ角度でぐりぐりと動いていた目玉が、ぎゅっと同じ方向に回転してババアを凝視する。ややあって瞼がもぞもぞと蠢き、眼球の脇から白い虫が顔を出した。


「きっも………」


 そいつはウネウネしながらアナベルを認識すると、一片の迷いもなくその顔面に飛び移った。

 すかさず左手で虫をキャッチするババア。ぅうわ…っ、怖いもんなしだなおい。掴んだ虫にナイフを絡め、切断しようと試みるも、虫の身体がみょんと伸びるだけで全く歯が立たない。


「史上最凶の理由その一。切れない。頑張って切ったとしても二匹になる」


「うえぇ………」


「史上最凶の理由その二」


 左手に虫を絡めたまま、無詠唱で発火させる。炎に飲まれキューキューと怖気のする声を上げながらのたうち回るが、一向に燃え尽きる気配がない………。


「燃えない。見ての通り外部からの攻撃にやたらと強いの。この虫を殺すには薬を使うか、魔力を体組織の中に注入して、内側から焼くしかないのよ」


「はあ? そんな七面倒臭い殺し方があってたまるかっ!」


「そう。めんどくさい紐虫なの。してこれをご覧なさいな」


 何だ? 模様………、んん? 文字か? 文字に見える模様がある。


「何て書いてあんだ? 文字だろうそれ………」


「神代の古語よ。『全世界が邪悪な存在の支配下にある』って書いてあるの」


「おっかねえええええ!」


 こわっこわっこっわっ! こんな気持ち悪い虫見た事も聞いた事もねえわっ!

 いいい…、いらんっ! 金になんのかも知れねえが誰がこんな虫いるかっ!


「史上最凶の理由その三。人間の脳に寄生して宿主を支配する。ほら、あげるわ」


「いらねえええええ………!」




 中庭を見ると、寄生され、生きる屍となった兵士たちが虚ろな目をしてうろうろしている。ったく冗談じゃねえ。こいつらの首を刎ねて集めて来いだと? 俺の剣を何だと思ってやがんだい………。

 だが首ひとつにつき金貨一枚だ………。

 葛藤の末、こうして引き受けちまう自分がほとほと嫌んならあ。


「さすがの剣聖でも気味が悪いですか? まあ分かります。屍の首を狩るくらい、嫌なら私が片付けますよ」


 柵の前で二の足を踏む俺に話かけてきたのは、カイヤナ十士のザック・エモン。エモン殿はカイヤナ王国でも指折りの剣士よ。王家の剣術指南役とくりゃあ、そらえげつない年棒を稼いでるだろうな。

 だがユーシャを飼いならすのは些か面倒な仕事と察する。いくら金払いが良いときても、俺ぁごめんだ。


「あんた子守りはしなくていいのかい? 暇そうに一人でほっつき歩いて」


「アナベル様と遊んでいますよ。私も実入りの良い仕事を請け負いましてね。あのうろうろしている兵士の首。あれをひとつ刎ねるだけで金貨二枚というお話で」


「かーっ、あんのクソババア! 俺の倍じゃねえか! 足元見やがって!」


「はっはっはっ、ご心配なく。金貨は後程山分けに致しましょう。それよりも………」


 エモン殿が目を細めて言う。もともと細い目の旦那だ、もうそれただの線だぞ。


「邪神を斬るお覚悟で?」


「ハッ……、んな訳ねえだろ。今回は交渉だろ? どんな化け物の相手をすんのか知らねえが、こっちからは手を出すもんかい。だが少なくねえ金を積まれたんだ。いざとなりゃあアナベルを逃がすくらいの仕事はしてやる」


「アナベル様の姿を見ましたか? よもや齢五百を超える魔女とはとても………」


「ありゃ正真正銘のバケモンだ………。あの姿を晒してるとこを見ると、なりふり構ってられねんだろ。邪神ってやつがよ、あの女狐が全部曝け出して、全身全霊で挑まねえと交渉ひとつままならねえ相手だって事さ」


 眉間に皺を寄せるザック・エモン。こいつもしかして芋引いてんのか?

 そりゃそうだわな。遠路はるばるこんなクソ田舎に来て、生きるか死ぬかの博打なんざやってらんねえよな。しかも銭は持ってんだ。どんな弱みを握られてんのか知らねえが、命は惜しいだろ。



「まあ、腹ぁ括ってな。詳しい話は今夜詰めればいい。それよりこいつらの首だ。とっとと刈っちまおうぜ」


 それから二人して首狩りに精を出した訳だが、エモン殿の剣は噂に違わず、文句なしのいい腕前だった。金も山分けしてくれるって言うし、なかなかのいい男じゃねえか。ああ………、惜しいな。実に惜しい。

 死なせるには実に勿体ない男だ。


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