虐殺
※バルテル視点
「悍ましい。あなた人として平気なんですか? 魔物の側に寝返った挙句、そんな醜い化け物に成り果ててしまって………」
まあまあ胸に刺さるお言葉ですね………。
壁の上を伝って、必死こいて逃走していた私たちの前に立ち塞がったのは、意外にもうら若き銀髪の美少女さんでした。
未成熟な身体のラインまではっきりと読めそうな、ぴったりとしたナインチェの軍服。可愛い雰囲気にアレンジしたのが見て取れる、仕立ての良いカスタム仕様。
特務隊員か何かですかね。階級章も何もありませんし………。んん…? 本当にナインチェットの兵士でしょうか?
「見た目が別人だけど、あれさっきのしわくちゃ婆あだよ。魂魄が全く同じ」
「あらま。アナベル様は禁断の術を平気で使用すると耳にしていましたが、はぁ、あんな風にもなれるんですね。羨ましい。一体お幾つなんでしょうか?」
「五百くらいかしら。きちんと数えるのはもうやめてしまったわ………」
はて? こちらを見もしないで、喋りながら桃色の短いステッキで、トントンとブーツの踵を叩いておる様子。
「さっき気持ち悪い虫を踏んでしまったの…。少し待っててくださる?」
その場にしゃがみ込んで、ブーツを脱いで手に持ち、今度はガリガリと壁に擦り始めました。潔癖症なんでしょうか? ちょっと怖いんですけど………。
「………ふう。終わったわ。とは言え半分人間なら話が通じるから助かるわね」
丁寧にブーツの紐を結び直し、何事もなかったように襟を正すと、さっぱりした笑顔でそう告げる美少女版アナベル様。
「バルテル・スピノーザ。憑かれたとはいえ、筋道を正せばあなたは反逆者。ここで処分しても一向構わないのだけれど………」
アナベル様の紫色の虹彩が滲む。精神操作の魔眼ですな。芸達者なことで……。
『目を合わせないでください。心を読まれます』
『分かってるわ………』
「あなた、っていうかあなたたち? これから森へ戻る算段なのでしょう? なら邪神にメッセージを伝えて欲しいと思って」
「はい………。見逃してくださるなら。何でも喜んでお伺い致しますよ」
「とりあえず休戦したいの。あのピヨピヨ共を一旦下げてくださる?」
「私の一存では了承しかねます………。が、そう伝える事はできます」
「もうすぐ今代のユーシャがここに来るわ。カイヤナを巻き込んだらもう手遅れよ? できれば話し合いで穏便に解決したいの。調査隊の件も含めて謝罪したいわ。明後日の正午、この原野で赤の魔法使い、アナベル・ベルが待つ。と」
「分かりました。二日後の正午ですね」
そしてアナベル様はその小さな顎に人指し指をあてて、少し思案した後に、こう付け加えました。
「もし邪神がわたくしをお忘れの様でしたらこう伝えて。アベルの妹、アナベルが会いたがっているのだと………」
※衛兵視点
クアナ砦は地獄と化した。
神話の怪鳥、ハーピーが茜の空を埋め尽くし、中庭は燃え、黒煙が舞っている。
昔飼っていた白黒頭の椋鳥を思い出す。子供がはしゃげばその声を真似、仔猫が鳴けばまたそれに似た声を出す。家族は皆、その微笑ましい椋鳥のモノマネを面白がって笑い合った。
一部の鳥は、声や物音を真似て鳴く。
その習性をこれほど無情に、そして残酷に思ったことはない………。
「グアアア! クルシイイイ! イタイイタイイタイ!」
「タスケテエエエ! ムシダ! ムシダ! コロセエエエ!」
塔の庇に留まって、泣き叫ぶ兵士たちを見下ろしながら、しきりに声真似をする鳥の化け物たち。
一体こいつらに、空から何を散布されたのか。
異様な狂気が蔓延する。自らの顔や首を掻き毟り、のたうち回り、狂ったように泡を吹いて喚き散らす。毒の類か? 中には自らに刃を走らせ、自害しようとする者さえいる有様だ。
「虫だあああ! 中庭を封鎖しろおおお! 門を閉じろおおお!」
「トジロオオオ! フウサシロオオオ! ムシダムシダアアア!」
逆に我先に逃れようと、出入り口で団子となる兵士の群れ。虫? 虫を撒かれたのか………?
「身体の中に入ってくるううう!」
「穴を塞げ! 耳もっ鼻もっ、ケツもっ! 穴から中に入られるぞ!」
「アナアナアナ! ケツモフウサシロオオオ!」
暇になってきたのか、数匹のハーピーが逃げ惑う者を殺し始めた。殺し方は単純だ。魔法すら使わない。そこら辺に転がっている石やレンガを掴んで、嬉しそうに空から落とす。
まあまあの高度から、そこそこの速度で滑空し、石を落とす。
たったそれだけの事で尋常じゃない被害が出る………。
こんなのは戦闘じゃない。虐殺という名の遊びだ。やつらにとって、それは実に簡単な作業だった。拾って、飛んで、落とす。それだけで長年苦楽を共にしてきた砦の戦友たちがむざむざと死んでゆく。しかもこの老朽化し、もはや廃墟に近い砦だ。弾になる石ころなどそこら中に転がっている。
やがてそれにも飽きたのか、数匹のハーピーが新しい遊びを見つけた。
見せびらかすように瀕死の兵士を上空に持ち上げ、趾で吊るしながらケタケタと笑い合っている。
もうよせ……、やめろ。やめてくれ………。
石の替わりに人間を使う事を思いついたのだ………。
もう見ていられない………………。
私は窓から離れ、事務所の鍵を閉めた後、部屋の隅っこで蹲るようにして耳を塞いだ。
修正が完了いたしました。
予約投稿ミス。またまたやらかしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
以後、このような失態のないよう、いっそう気をつけて作業いたしますm(__)m




