蝮の幸せ
※ハーピー視点
「「金翅鳥=ハーピー!」」
なんやねんこいつら………。
皆に迷惑かといて、自分ら嬉しそうにいちゃこいてるやん。
ほんでなに? 憑依して? 結婚して? わけわからん。とにかくいちゃこいてもとるやないか! そこが気に障るんじゃボケ!
「ほな、とっとと帰るで。皆心配しとるんやから………」
「ありがとうございます。わざわざお迎えに来て頂いて。………ですがちょっと今立て込んでおりまして」
「なんや派手に囲まれとるな。火ぃ吐きよったやろ己ら」
「いやあれは…、団長の火炎魔法でして………」
「人間が私の夫を殺そうとするの! 助けて金翅鳥!」
「やかましわ! 大騒ぎにしょってからに! 自分ら壁の上這うてあっち逃げな。他の鳥が守ってくれるさかい。せや絡新婦、あんたのお姉ちゃんがカンカンなって待っとるで。あんた念話も切っとるやろ?」
「ひいいい………」
「今すぐ念話繋いでこう言うんや『鷲は舞い降りた』」
「わ、わしはまいおりた?」
「意味分からんやろ? ウチも分からんけどサンカはんの命令や。すぐ伝えな!」
「は、はい!」
しょうもない。ほないっちょかましたろか。
腹括りや! 人間共!
※アナベル視点
「戦力はー?」
「はっ。砦のナインチェット所属の駐屯兵が約二十五名、ナインチェット魔法兵団団員が五名、現在武装して西の塔に集結中です! 総員ベーン少佐の指揮下に入ります!」
「少ないなー。帝国兵は?」
残念。お気に入りのケープが焦げてしまいました。もう使えませんねぇ。はー、それにしてもこの暑さ。変装なんてやってられませんわねー…。どうせここの兵は皆殺しにされるでしょうし、脱いじゃいましょうか。
「北の塔に第十二山岳部隊が一個小隊程…。しかし閣下の許可が降りないと…」
「緊急事態ですからねー。帝国魔導士ギルドの権限を行使致します。このわたくしアナベル・ベルの名に於いて命令しましょう………」
胸やお腹から引っ張り出した詰め綿を見て、衛兵が固まってますねー。
「驚いてもいいけど、おっきな声出さないでね。地声忘れそう…。アー…アー…、テス…テス…」
「ベ、ベル様、そ、そのお顔は………?」
ぞっとするしょう? これ人の皮で出来てるのよ? 高かったんだから。
ほら、ベリベリと老婆の顔を剥がす瞬間を見せてあげましょう。ほれほれ、べろべろ、ばぁー………。
「ふー。すっきりした。ね、驚いた? 偽物じゃないわよ、実は魔女じゃなくって魔法少女なの。さっ、今から着替えるんだから早く行って。帝国第十二山岳部隊は適宜武装して現場に急行、あらゆる装備と兵器の使用を許可します。目標は砦内の敵性魔導生命体の殲滅。指揮官はそのままで機に臨んで各個撃破、目に入る魔物は一匹残らず皆殺しにせよ!」
「は………はっ!」
※スズ視点
思いがけなくも妾に生えたこの人の足じゃが、今のところ悪くはない。こう…、上にも下にも手があるような感覚。腕が四つあるようなものか。ただこの、お尻の辺りに蛇の尾が三尺程残っておるのじゃが、もう役には立たってくれんかと思うと少々侘しい。
「こないに小そうなってもうて………」
名残りと化した尾をいじくりながら、前を歩く主さまの逞しい背を見やる。
はぁ、しかしなんちゅう色男じゃ…。美丈夫にしてあの魔力。あれに惚れん魔物はおらんわ。聖域に拘り続けた蜘蛛の心が今ようやっと分かる。この様な風となるなら聖域を蜘蛛に譲るべきではなかったか…。さすれば今頃妾が第一の眷属に…。
はっ! いかんいかん悪い癖じゃ。また妾は邪な考えを………。
「お、狒々! いいところに! ちょっと鵺を貸してもらえないかな?」
鬼の庭に戻るなり早々、狒々を捉まえて鵺をねだる主様。豪胆じゃ…。妾が必死こいて絞め落としたあの獣、聞けば命が九つもあるらしい。大概な化け物よ。あの雷槌はほんに効いたわ。二度と食らいとうない。
鵺の厳めしい顔を撫でる主さま。それに甘える巨大な雷獣。可愛くなかろう…。顔が猿ぞ……。なんか腹立つなこの絵面……。今一度縊り殺してくれようか……。
はっ! いかんいかんまた妾は邪な考えを………。
「よっ………と」
ひょいと鵺を乗り物にする主様。ふむ。鵺の神速で砦に向かう腹じゃな。ほんにいい考えじゃ。鵺なら原野まで一刻で到達出来よう。
「おいで、スズ」
「え? は…、はあ?」
「スズなら小さいし、ここに座って抱っこしたら一緒に乗れるだろ?」
「はいいい…?」
ぬ、主さま? な、何をぬかしとるんじゃ? そないなこっ恥ずかしい!
今は童女のなりをしておるが、齢七百のおばんじゃぞ! 抱っことかないわ! 青沼の毒蝮と怖れられたこの妾がそんな………。
「スズおいで」
ぁあん♡ 主さまかっこいい! いかん! 乗りたい! 抱っこして欲しい!
苦悶する妾を見て、鵺がスンと鼻を鳴らす。すまんの。お前が一番気拙いわな。
………乗るか。
「あい。どっこいしょ………っと」
「サンカさま。絡新婦から念話が………。今最悪の事態になっている模様なので」
「マジか…」
目覚めてすぐに戦争かえ? まあ妾はいっこう構わん。殺しは馴れたものよ。
「砦はすでに戦場と化しているので。金翅鳥から伝令。『鷲は舞い降りた』」
不謹慎かもしれぬが、妾は今幸せじゃ。こうして主さまに抱かれ、死地へ赴くというのにの。
一度は死んだ悪な蛇よ。何処で朽ち果てようと悔いはない。主さまと、この森の皆を守れるならばな。




