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※コト視点



 鬼の庭から約一里離れた場所にある沼地。その中心にお堂があるので。

 睡蓮(スイレン)が埋め尽くすこの美しい湖沼(こしょう)にかみさまを祀ろうと、丹精込めて鬼族が建てた立派なお堂。真っ青な石をふんだんに使った輝く屋根は蓮の実の如く。真っ白な八角形の壁は、淵に咲いた一際大きな未草(ヒツジグサ)の花の様です。

 少し広めのお堂の内部には、煌びやかな布が幾重にも重ねて敷かれ、そこに蛇女(へびめ)を寝かせているのでした。

 あの悪の権化と怖れられた蝮のニンマは、今やサンカさまと絆を結び、見目幼くして童女(わらめ)の風貌。蛇の胴を棄て去り、人の足を曲げて愛らしく眠る有様に、かつての毒気は微塵も感じられないので。


 サンカさまは金翅鳥と(なまず)を獲りに出たまま帰って来ない。

 もうどれくらいこうして待っているのでしょうか。過ぎた時間を確かめようと、左腕に結んだ宝物の腕時計を見て、見て………。え?


「え、え? はわわわ………………!」


 き、き、き、亀裂がっ! 時計の風防に(ヒビ)が入っているのでえええ!


「あぁ…、あぁ…、あぁっ! あぁっ!」


 いつ…、いつの間にこんな………。綺麗な、風防に、罅があああ!

 だめ、だめだめ吐きそう。何よりも大切な私の宝物に。どうして、いつ傷ついたので?


「うるさいのぅ……」


「ああ! スズ! こ、これを見るのでえ!」


「スズ? ん? ………聖域の蜘蛛か。はて? 妾は…、ここはどこか?」


「どこでもいいのでこれを見てください!」


 覚醒したばかりで朧気の様ですが、今は一大事。そっちよりこっちなので!


「ここですよ! 見てくださいここに亀裂がっ!」


「なんじゃ鬱陶しい………。蜘蛛は雅だの、少し大きくもなったんかえ?」


「私じゃなくてこの時計なのでっ! ほらっ! ここですここ、ほらっ!」


「うう、うるさいっ。分かった分かった。で、どれ?」


「ここですって言ってるでしょう?」


「んー…? …っていうか、何ぞこれ?」


「腕時計なのでえええ!」


『コト様、念話でごめんさない。絡新婦です。人間二人を送り届けて今帰るところなんですが………』


『何ですかっ! 急に念話なんかしてきて!』


「んー…? …っていうか、妾のこの身体は? 身体が縮んで………?」


『緊急事態なんです。妹の絡新婦が、原野から戻る途中に動かなくなっちゃって。中身を見たんですが、空っぽで………』


『はい……?』


「妾の身体があああ! あ、あ、足があるううう?」


『多分、言いにくいんですが。独断で人間に憑依し、勝手に砦に乗り込んだんじゃないかと………』


『はあああ?』


「足がっ…、クネクネできん! なんぞっ? なんぞこれっ?」


 あ、頭が痛い。なぜ眷属が勝手な行動を………。時計は割れてしまうし! スズはうるさいし! ああっ! もうっ! ………ちょっと待って! これは、これは良くない流れなので。大切にしますと言っておきながらさっそく時計の風防をカチ割ってしまったなんて…、サンカさまにどう泣き縋れば……。

 いえ、それよりも! もっと良くないのは絡新婦。あれほど争い事を嫌うサンカさまに、私の眷属が勝手な行動をしちゃったなんて知れたら………。


「子供かっ! 妾は子供になっておるのかっ!」


『ま、まさか、絡新婦は人間を殺しに行ったので………?』


『はい。多分そうじゃないかと………』


「お、思い出した………。主さまがあの時、妾に名を………」


『あれほど殺生を戒められ、反省を誓ったその舌の根も乾かぬうちに、また殺生をしに行ったので?』


『………そうです。あまりの愚かさに泣きそうです。だけど、同じ絡新婦だから、妹だからこそ否定できないんです。こうなったからには私も砦に行って、妹を連れ戻して………』


『ちょ、ちょっと待つので、ちょっと考えさせて………』


「そうじゃ。主さまが、妾に新しい命を。次の生では皆を守れと。ううぅ…」


「ただいまー。鯰獲れたぞ、これ見てよ」


「主さまぁ………! 妾のこれを見て…、人の足が…」


「ああっ! サンカさま、時計を見てほしいので!」


「ウチも貝とかも獲ったんやで、見てんなこれでかいやろ?」






※クリス視点



「スキル。ファイアブレス…」


 咄嗟にフードを目深に被って、マントを翻して丸まる。魔法耐性があったとて、到底これで凌げるとは思えないが耐えるしかない………。

 ………が、しばらく待っても衝撃がやって来ない。恐る恐る振り返れば、どうも空気がおかしい。

 固まっている…?

 蜘蛛の多脚は動かず、大口を開けたままのスピノーザ導士も固まっている。異様なのは、口から今まさに吐き出されんとしている炎までが、中途半端な位置で静止しているのだ。女郎蜘蛛たちも、飛び跳ねた空中でそのまま固定されている。

 時が止まったとしか思えない静寂の中、乾いた足音と、女の声が響いた。


「珍しいー。妖怪じゃないですかぁ? アラクネといい、こんな(あやかし)の者まで生息してらっしゃるんなんて、ホントに怖い森ね」


「アナベル様!」

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