表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/73

剣聖ニコデンス

※ニコデンス視点



「ああ…、じゃ、そのうどんとやらを一杯くだせえな」


 ナインチェットじゃ一風変わったメシが楽しめる。王道楽土(おうどうらくど)にして食道楽土(くいどうらくど)よ。


「へい! お待ち!」


「ああ…、どうもどう…もあっち!」


「どんぶりの(はじ)持って! 火傷するよ!」


 へいへい気を付けますよ…っと。通りで人様を眺めながら、立って食う。こりゃ乙だねえ。帝都でこんな食い方してたら警邏(けいら)にしょっ引かれちまうわ。ん? 何だ紐みたいな食いもんだね。どやって食うんだいこりゃ?


「おっちゃん余所(よそ)から来たんだね、それは(すす)るんだよ」


 隣りの娘さんが元気良く教えてくれる。ありがてえが、啜るって、吸うのか?


「こうだよ」


 ハシと呼ばれる二本の棒で、紐を器用につまんで吸い込む娘。ほう、なるほど。

 見よう見まねでズルズル吸い込むと、盛大に(むせ)た。


「ンゲッホゴッホ!」


「あはっ、ヘタクソだ。吸ったらそのまま飲み込んじゃうんだよ」


「………っはあ、けどうめえ! 飲む? 噛まねえのかい?」


「うどんは飲み物さ。見てて」


 うまそうにうどんをズバズバ啜って、ゴクゴク飲む娘。やるじゃねえか。こりゃ負けてらんねえ。

 ずるるるるるる………………。



「ああ、こんな所にいましたか」


 なんでえ? 食ってる時に鬱陶しい。


「お食事中失礼致します。私は魔法兵団団長、クリス・ベーンと申す者。その風采(ふうさい)と腰の物、剣聖ニコデンス・アラヤ殿とお見受けしますが如何に?」


「如何にも俺がニコだ。だけど今は見ての通りうどんを食ってらあ。食事中失礼と思うならちいと待ってな」


 ずるるるるるる………………。


「おっちゃん軍人さんだったの?」


「ああ、元だな。今はただのおっちゃん。どうだい嬢ちゃんも一緒に来るかい? デートしましょうよ、デート」


「あはっ、行くわけないよう。ごちそうさま!」


「つれねえなあ」


 ずるるるるるる………………。


「さて。では行きましょうか」


「んぐっ…! お汁をまだ吸ってる途中でしょうがあ」




 馬車が巨大な門をくぐると、宮殿のでかさにちょっと引く。…ったく税金じゃぶじゃぶ使いやがって。金もあるとこにゃあるってか。


「ナインチェも裕福になったもんだ。あんさん、兵団のトップなんでしょ? 給金は如何程もらってんです?」


「………………年棒で金貨二十枚。他言無用でお願いします」


「かぁあああ………。ほら(てえ)したもんだ。うどん奢ってもらや良かったよ」


「うどんくらいならいつでも。着きましたよ」


 正門前ロータリーをぐるっと回って、これまたでかい庭園に着く。

 こいつも金かけてんな。植物には明るくねえが、花はきっちり咲いてるし、緑は目が覚める程緑色だ。こういった草花の健康を保とうと思ったら、思いの外ゼニを食うもんさ。

 お、ババア自らお出迎えか? ナインチェの古狐、アナベル・ベル。

 隣りにいるのは……、おおう、カイヤナ十士のザック・エモンか。…って事は、あの女の子はユーシャかい? へえ、まだ子供じゃないかい?



 ちんたら馬車を降りて、斜に構える。

 無精髭をいじくりながら思考してみる。

 アナベル・ベルはナインチェットの重鎮だが、賢者として帝国の魔導士ギルドにも席を持つ二股の魔女だ。団長さんはナインチェット。そんでエモンとユーシャはカイヤナ王国。俺ぁ帝国だ。妙ちきりんな組み合わせだあな………。


「んんん、さっぱり分からねえ! 何を企んでんだあ古狐?」


「お久しぶりですね。剣聖アラヤ。ちょっと老けちゃいましたかー?」


「寄る年波を無視してんのはおめえさんだけよ、アナベル。んなナリしてねえで、本性を現してみろい」


「剣聖!」


 ユーシャの子供が近寄って来る。ふむ。いい目してんな。歳は十三かそこらか。アダムにちと似てんな………。


「戦争では見なかったが、アダムの子か?」


「そうだ。ボクはチャナ! チャナ・カーン! 父ちゃんを殺したのはおっちゃんか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。やつを斬ったのは俺だが、その時点では生きてた。引導を渡したのは俺じゃあねえ。ありゃ戦争なんだ嬢ちゃん、誰が遣った遣られたじゃねんだよ」


 こんなとこで抜くなよ。頼むぜ嬢ちゃん。


「おっちゃんを殺したら、ボクが剣聖か?」


「嬢ちゃんはユーシャだが、俺に剣で勝てりゃあ、その日から剣聖だ」


 血の気の多い子供(ガキ)が、腰のショートソードに手を掛ける。ああ、もったいねえ。


「なら、今日からボクが剣聖だ」






※クリス視点



 止める間もなく、とはこの事だろう。今代のユーシャは幼すぎる。

 他国の敷地内で私怨により堂々と剣を抜く。これは相当な重罪だ。

 国家間のデリケートな問題もあって、本来なら頭を抱える事態と言えるのだが、事はあっけなく幕を閉じた。

 剣聖ニコデンスは通り過ぎた。

 少女の脇をただ普通にすれ違った、そんな風に見えた。

 その一瞬で何が起こったのか。気が付けば少女の剣は根元から切断され、乾いた音を立てて石畳に落ち、彼女は剣を抜いた姿勢のまま、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 十士のエモン殿が慌てて駆け寄る。

 ほっと息つく様子が見てとれた。私も胸を撫で下ろす。昏倒しただけのようだ。


「心配すんな、当身当身。折っちまった剣がもったいねえな、業物だったろうに」


 どうという事はないといった様子で、手のひらで扇ぐ剣聖。

 口をへの字に曲げて呆れた風に見るアナベル様。その顔をしたいのは私ですよ。

 深い溜息を吐く……。

 私から見ればこの場にいる全員が化け物だ。彼らとつるんで死の森へ行くなんて正気じゃない。

 西の空に浮かぶ茜雲の行方を目で追う。

 邪神討伐か………………。

 ふと、本音が零れる。


「魔物も喋れるらしいから、化け物同士、話し合いで解決して欲しいよなあ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ