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奇跡の目撃者

※雍和視点



 困った。鵺が制御不能だ。

 今は手のひらに乗るほどの水晶に封じているのだが、パチパチと放電して(さわ)れたものではない。

 この鵺という四足獣は、厳密に言えば魔物ではない。実体を持たない精霊の類である。ゆえにこうして顕現していない時は、水晶を依り代にして大人しくしているのだが………。

 犬神様の気を感じてか、どうしても落ち着いてくれない。


 今現場の状態は、贔屓目(ひいきめ)に見ても劣勢だ。

 あの毒蛇が予想以上に強すぎた。

 挙父の投擲も一撃目は当てる事ができたが、二撃目は見事に失敗した。ニンマが使ったのは『石を持ち主に返す』という実に初歩的な(まじな)いの一種で、そこに強力な魔力を乗せて(ことわり)を捻じ曲げ、挙父を返り討ちにしてしまったのだ。

 詠唱も短い単純な呪いで、完璧な狙撃封じをやってのける、まさに天才と呼べる手口だった。


 猿たちも奮闘してはいるものの、青大将がしつこい。

 通常なら死んでもおかしくない程の傷を負わせても、尋常ではない生命力で立ち上がってくる。やはり蛇を相手取るには三倍の兵力が必要だ。


 味方の戦力は鬼ひとり………。聖域の蜘蛛が動いてくれれば、と淡い期待を捨てきれない。シノ本人に(ケリ)をつけさせたいのか、鬼の娘を育成したいのか、とにかく蜘蛛は動く気がないらしい。


 さて、この劣勢をどう覆すか。

 あの蛇には、我が一族も過去散々な煮え湯を飲まされている。蛇の謀りにより、闇に葬られた魔物も少なくはない。これは大義名分を以って毒蛇を仕留める絶好の機会だ。

 拙者の思考に呼応するかのように、水晶が火花を散らせる。

 鵺を使うか………………。


「有象無象の塵滓共があああ! わらわらと散らかしよってからにいいい!」


 現場の空気が一変した。

 この魔力は! いかん! 広範囲殲滅魔法を使う気だ! 御法度だぞ!

 肌が焼けるような魔力が四方に爆散する。無詠唱…? 違う! 恩寵(ギフト)か?


「毒じゃ! 息を止めて皆下がれえええ!」


 猛毒を撒き散らすスキル! 毒ガスブレスか!


「已むをえん! 蹴散らせ! 鵺!」


 水晶の封印を解除し、ニンマに向けて放り投げる。

 封印の解けた水晶は、悪臭のする気を放ちながら、異空間より鵺を顕現させる。

 顕現の際に発生する強力な電磁場が、鵺の魔力と干渉して、大気中に火花放電が走る。さらに悪臭気が電離気体と化し、地の魔力と反応して落雷が生じた。


「ヒョオオオオオ………………………」


 この雷電(らいでん)の申し子たる鵺の魔力は、言うまでもなく(かみなり)属性だ。

 ゆえに我々は、この四足獣の妖怪を『雷獣』と呼ぶ。


「シャアアアーッ!」


 間髪を入れずニンマが蛇の身体をくねらせて、鵺の四肢を絡め捕ってゆく。この咄嗟の判断力と迷いのない行動力に心底驚嘆する。性根さえ腐ってなければ、さぞ優れた戦士と称賛されたのは間違いない。

 度重なる電撃に、皮膚は爛れ、腸は燃え、眼球が沸騰した。

 それでもニンマはしがみつき、巻きつき、白煙を上げながら鵺の巨体をバキバキと絞め上げてゆく。

 なんという戦闘本能……。なんという勝利への執念……。

 鵺がたまらず泡を吹く。

 信じられない………。鵺を絞め落とした!

 鵺は九つの命を持つが、そのひとつを今失ったのだろう。肉体がうっすらと透明化し、形を保てなくなり始めている。

 そしてニンマも満身創痍だ。もはや千切れる寸前の腹を横たえ、息も絶え絶えに宙を掻き毟っている………。


「糞がぁ……糞、がぁあ、皆殺しに、してくれるっ………!」


 左目のあった空洞から黄色い汁を垂れ流しながら、尚衰えない猛毒を噴出させる蛇。

 もう、拙者が殺るしかない………。

 御法度ではあるが、もはや已む無し!

 禁忌とされた巨身の術を行使しようとしたその時、全世界が静止した。



 意識はある………。だが、肉体が石化したように動かない。

 何だこの力場は…?

 圧縮された高純度の魔力が、一分の隙もなく大気を埋め尽くしている。

 静止した世界の中を、ただひとり悠然と歩いて来る人影………。


 犬神様だ………………。

 ダッタンを統べる魔物の柱…、不老不死にして最も古き森の神…。

 波となって伝わるこの感情はなんだ? 怒り…、悲しみ…、そして暖かい、愛。

 自然と涙が溢れる。

 魂で(じか)に悟る。同族で殺し合う我らの愚かさを………。

 犬神様は膝を突くと、絶命した蛇の瞼に手をあて、祈るようにその目を伏せた。

 (まご)(かた)なき純粋な親心が、この愚かな猿の心臓を叩いてやまない。

 気が付けば、心は震え、幼子のように許しを乞う自分がいる。


「聞け! 魔の者共よ! 今日のような殺戮は金輪際二度と許さない! 仲間同士で殺し合う不毛さを思い知れ! そんなに殺し合いたいならば、いっそ俺を殺すがいい! 俺は…、俺はもう、こんな気持ちになるのは本当に嫌だっ………」


 肝が冷える。こんなに哀しく、そして畏ろしい言葉を聞いたことがない。

 誰が犬神様を手にかけるというのか………。自らの罪の深さに嗚咽する。

 そしてこの森で最たる悪の権化をその胸に抱き、血塗れの頬を優しく愛でる様。嗚呼…、そのニンマでさえ神は許すというのか………………。


「毒蛇よ。君に名を与える。次の生は殺すのではなく、守るために生きろ。君にはきっとそれができる」


 我々は目撃する。最も罪深きものが許され、そして善良な者として生まれ変わる一部始終を。

 今のニンマには、もはや邪心は一片たりとも残っていない。穢れを知らぬ少女のような純朴な顔をして、犬神様の慈悲に、ただただ縋っていた。

 我々は、涙で滲む景色の果てに、奇跡の転生を目の辺りにする。


「君の名は《スズ》だ」


 隔絶された世界の向こうで、温かく、そして柔らかな光がニンマを包んだ。


励みになりますので、面白い、続きが読みたいと思ってくださった方々、

是非、いいね。それからブックマークと下の評価をよろしくお願いします。

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