生き残る者
もうね。騒がしいってもんじゃない。
怒鳴り声と爆音。立て続く魔力の震動に、雄叫び上げたりピ-ヒョロ鳴ったり、果てはド派手な落雷。何のお祭りだよ。喧嘩するにも、ええ、限度ってもんがあるでしょうよ?
庭の入り口は群がる群衆で、てんやわんやのごった返しだよ。歓声が沸いたり、悲鳴が走ったり、喜んでるのか怯えているのか支離滅裂な雰囲気だ。
右往左往している女将さんを置いて先に進む。
もはやかまってられない。
門をくぐるとコトがいた。あえて無視する。無視してやる。
足元には血塗れのハガタが転がっていた。こいつも無視だ。
正直俺はちょっと機嫌が悪い。オコだっつうの。
なんでほんのちょっと、マジほんのちょっと目を離すと大喧嘩になるんだよ。
この勇者が来るかもしれないって時に、身内でばっか争っててどうすんだよ。
そして門前に広がる戦場を見て息を呑む。
なんじゃこりゃあ………………。
これは、喧嘩じゃない。こんな喧嘩があってなるものか。これは戦争だ。
見れば猿の魔物と蛇の魔物が虫の息で転がっている。しかも相当な数だ。そこら八丁血塗れで、もう動かない子もいる。
森の、俺の大事な、かわいい魔物たちが死んでいる………?
さらに真ん中が相当えぐい。
猿と虎の合の子の如き四足獣が、バチバチと放電しながら大蛇に締め落とされ、泡を吹いて痙攣している。
巻きついている蛇の方はシノと同じラミアか、こいつも腸を撒き散らし、千切れかけの胴体で未だ怨嗟を吐き続けていた。
ああダメだ。何だこれは。邪神と化して以来こんな怒りを覚えたのは初めてだ。
腹の底から、我が子を引き裂かれたような、例えようもない悲哀が込み上げる。
「嗚呼ああああああああああ!」
感情のままに力を解き放った。世界を沈黙が支配する。
巨大な力場は、この地に息衝く万物の魔力を完全停止させた。
川の水でさえ流れるのを止め、風すらも吹かない。
無論魔物もその中に含まれる。身動きのできる生命体は、羽虫一匹存在しない。
※ニンマ視点
くっ…。動けぬ…。鱗一枚自由にならぬ…。
おのれおのれおのれおのれ! 塵滓共が寄って集ってこの仕打ちっ! この恨み晴らさでおくべきかあっ!
妾はまだ死なぬ! 死んでたまるかっ! うううっ、動け動け動けっ!
「かっ………、はあっ! …はあっ! …はあっ!」
何とか息が出来た。右目と首だけが動かせる。左目は…、電撃で溶けてしもうたか。くそっ、状況はどうなった? 鵺は逝ったか? 絞め殺したはず。感覚が全くない。………何だ? 何だこの魔力は?
あ、あああああ、世界を塗り潰すこの魔力!
この場で唯一動ける者が、静止した世界を歩いて来よる………。
あれは、人狼…、犬神…、主さまか。
誰も声を出せない。息を呑む音すら皆無。魔力が微動だに働かぬ不動の金縛り。
妾は殺されるのか………。殺されるんかい、あの大神に?
五体満足であったとしても、あんなのに敵うはずがない。ここで終いか。終わりなのか。嫌だ…、嫌だ…、死にとうない。
「かわいそうに………」
主さまが膝を折られた。絶命した青大将の頬に触れておる………。
猿ではなく、蛇に。お慈悲を………。右目から涙が溢れた。
妾は何故泣く。何故に涙が止まらぬ。
主さまは優しい仕草で慈しむように、苦しみに剥いた瞼をそっと撫で降ろした。そして、こちらへ歩み寄る。
膝を突き、動けぬ妾を抱き起すと、あやすように髪を撫でながら、その胸に妾の顔を抱いた。
「君はもうぼろぼろだ。捨て置けば死ぬ。でもこの中で、君だけが命を拾う可能性がある………」
落ち着いていて、深みのある優しい声であった………。
とめどなく零れる涙で何も見えなくなる。
こうして抱かれ、優しくされてしまっては、もう…、もう…。
ああ、我が神…。我が主…。主さま…。
今際の際になってようやく己の愚かさを知るとは。
「聞け! 魔の者共よ! 今日のような殺戮は金輪際二度と許さない! 仲間同士で殺し合う不毛さを思い知れ! そんなに殺し合いたいならば、いっそ俺を殺すがいい! 俺は…、俺はもう、こんな気持ちになるのは本当に嫌だっ………」
叫ぶ主さまに抱かれて、徒に殺生を重ねた罪深さを、嫌と言う程思い知る。
事の発端は間違いなく妾だ。妾が歪んだ支配欲に溺れたせいで今日がある。
ここで死んだ、あるいは死んでゆく魔物も、そのほとんどを妾がこの手にかけたのだ。
妾が、妾が今、主さまを泣かせておるのだ………………。
「毒蛇よ。君に名を与える。次の生は殺すのではなく、守るために生きろ。君にはきっとそれができる」
心臓が跳ねる。主さまは………、こんな妾に何を言って……。
主さまの手が妾の頬に触れた。そのまま顔を主さまの方へ向けられ………。
心の芯まで蕩けるような温かい声が、その新しい名前を紡いだ。
「君の名は《スズ》だ」




