乱闘
※挙父視点
僕は挙父という魔物だ。ものを投げる、投擲という技に優れている。逆に言えばそれしか能のない魔物。
右腕ばかりが我が身より長く、赤い毛と黄色い毛の縞模様になってる。赤い毛は火属性の魔力を放ち、黄色い毛は雷属性の魔力を帯電する。これによって投擲の超加速と、石礫の溶岩化を実現している。
この馬鹿のひとつ覚えを買われて、僕は今ここにいる。
雍和様率いるご隠居直属の隠密猿『ハイホウ』の一員だ。
今回の任務はニンマの狙撃。あの悪名高い蝮のニンマを狙い撃つ。
セコイアの高枝を掻き分けて、こちらからは見え易く、あちらからは見え難い、という角度に陣取る。良い位置だ。ここからなら決して外すまい。僕の仕事の成否は、この初めの位置決めでほぼ決定するのだ。
もう一匹の挙父は、裏鬼門のどこかに潜んでいる。死角二方向からの挟撃。これを逃れる魔物はほぼいないと言っていい。
ここまで伝わる現場の緊張感………。
邪悪で底知れぬ魔力が、蛇の巨体に収まり切らず零れているのを感じる。
頭か胸を狙って即死させたいが、おそらく無理だろう。蛇の反応速度は尋常ではない。虚を突かなければ当たる気がしない。どこでもいいから、とにかく当てる事が第一だ。
「キエエエエエエエエエエ………!」
合図だ。準備は出来てる。
礫の熱を高めて振りかぶる。途中で狙撃対象がグラついた。脇腹に穴が空いた。相方の挙父が良いのを食らわせたのだ、この好機を逃す手はない。
「ジュフッ!」
渾身の一投を放つ。狙ったのは最も広い背中。まず外すまい。
何だ?
瞬間、蝮があらぬ角度で仰け反る。
大口を笑みの形に歪めた顔が、天地逆相となって視界に飛び込み、悪魔の形相と目が合う!
光が迸り、耳鳴りがした。
そこからの記憶は曖昧だ。
セコイアの枝が遠ざかる。あそこに見えるのは僕の手か。左腕が僕を離れ、枝に置き去りにされたまま遠のいてゆく。撃ち返された? まさか、石を持ち主に戻す魔法か?
そんな単純な魔法で………………。
ドスンという湿った土に埋まる音を聞いて、僕は意識を失った。
※ハガタ視点
とにかくビビった!
おいらは怒ったおばちゃんが苦手だ。単純に怖い。お乳を丸出しにして怒られると尚怖い。
おっぱいがまるで怒った目ン玉に見えるんだ。
すると凄い音がして、蝮のおばちゃんが突然ふらついた。
臓腑が散って、おばちゃんのお腹に大きな風穴が空いた。何が何だか分からないけど、謎の攻撃を受けたみたいだ。そのまま倒れるように仰け反ると、短い呪文をぶつぶつ唱えている。
「怯むなハガタ! 負け癖を覚えるな!」
背中からコト様の叱咤が聞こえる。
ハッとした。そうだ。おいらは負けてばっかりだ。いい加減勝ちたい! 負けるのが当たり前の鬼になったら終いだ!
魔力を正せ! 気を整えろ! 骨を揃えろ! 背骨を真っ直ぐに!
「おいらはハガタ! 絶対に負けないっ!」
「シャアー…ッ!」
さっき目を斬ってやった青大将が闇雲にシッポをぶん回してきた。八方へ跳んで躱して、隙を計る。ここだ!
「負けないっ!」
槍をシッポに深々と刺し、地に固定する。そのまま横手を回して留め金を外し、仕込みの刃を抜いて、暴れる蛇の首を貫いた。
「疾ッ!」
「カァッ…、ガッ」
しぶとい。喉を刺し貫いてるのに死にゃあしない。蛇の生命力は侮れない!
狒々の翁様がおいらの脇からシノ様に駆け寄る。すり抜け際「そいつは任せた」と叫んだのを聞いて、かっと胸が熱くなった。
「おいらだって役に立てるんだ!」
貫かれて尚暴れる蛇を持て余しながら、騒がしくなった周囲を伺う。
見れば無数の猿たちが青大将たちに群がっている。翁様の眷属だろうか。いつの間に湧いて出て来たんだろう、すごい数だ。
これはもう勝ち戦だと確信した時、蝮が吠えた。
「有象無象の塵滓共があああ! わらわらと散らかしよってからにいいい!」
五体が痺れる程の魔力が爆発的に広がった。
お腹にあんな大穴を空けてこれとは、まさに不死身のおばちゃんだ!
ヒリヒリと肌が焼ける。いや、これは………。毒だ! いけない! 吸うな!
おばちゃんが、口から猛毒の瘴気を吐いているんだ!
「毒じゃ! 息を止めて皆下がれえええ!」
翁様が叫ぶが全然間に合わない。バタバタと猿が倒れてゆく。配下の青大将たちですら何匹か苦しみもがいている。
おいらも逃げないと………。でもこいつを仕留めてから………。
もたもたしていると唐突に全身が引っ張られて身体が持ち上がる。何事かと思う間もなく、後ろへ吹き飛ばされた。
「痛って………」
コト様の足元に転がって、初めて糸で救われたのだと悟る。
「死にたいのですか。引き際を弁えなさい」
「は………、はい」
振り向くと、ここから見える庭の門前は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
毒にやられて、のたうち回る猿と蛇。憤怒の形相で周囲を睨め回す蝮のニンマ。
立ち向かおうとするシノ様と、それを止めようとする翁様。何やら皆叫んでいるようだが、はっきりとは聞き取れない。
一瞬、硫黄の匂いが立ち籠めたかと思うと、口笛に似た快音と共に、夥しい数の電光が走った。
「鵺まで連れて来てたんですね」
「え? ………え?」
ドオーン! と雷が落ちて、思わず目を閉じてしまう。
ドキドキとうるさい心臓に手を当てながら、ゆっくりと目を見開く。
空中に漂う巨大な獣に息を呑む。
ああ、おいらはこの魔物を知ってるぞ。見るのは今日が初めてだけど、見てすぐ分かった。
「ヒョオオオオオ………………………」
西の森の妖怪。雷獣、鵺が甲高い声で嘶いた。




