蝮のニンマ
※狒々視点
「ご隠居。囲みが整いました。合図を下さればいつでも」
姿はなくとも声はする。声の主は雍和という魔物で、こやつがまた狡い。
儂の隠密となってもう数百年の付き合いじゃが、未だ底を見せぬ猿よ。
「ふむ。何匹来ておる?」
「拙者を除いて猿が十一に、挙父が二。鵺が一」
「結構。合図をしたら猿は蛇共に。挙父の投擲でニンマを挟撃せよ。鵺にはシノを守って下がらせるよう伝えるんじゃ」
「鵺めが、犬神様がいらっしゃると聞いて気も漫ろ。護衛は儘ならぬかと………」
「邪魔臭いなら鵺は閉じ込めておくがよい。シノは儂が守ろう」
「御意」
見物に門の端に陣取る。椚の木に凭れて酒を飲むふりをする。
ほんにここからだと良く見える。蝮のニンマに、青大将が六匹か。シノの手にはちと余るの。
「朝から飲んだら体に悪いで!」
金翅鳥が舞い降りた。この鳥の子もこう見えて役に立つ。
「飲んではおらん。ふりじゃふり。金翅鳥、手前の配下はまだ来んのか?」
「まだやな。のんびりしとるわ。でもあの毒マムシ相手にそんな数いる?」
「殺すだけなら正直いらんのう。じゃが無益な殺生は犬神様が許すまいて」
「あ、コトっちが来たで」
朱色の門をくぐって、聖域の蜘蛛が現れた。
見事な曼荼羅を背負って、雅な銀髪を揺らす。大した風格じゃ。名もなき哀れな孔雀蜘蛛が、今や犬神様の第一の眷属よ。五百年祠を守ったその心意気には、儂も嘆美せざるを得ん。
「座に堪えない戯言を。一族の長は今も昔もお白さま只ひとりでありんす。蝮如きが悪臭え…。そん腸ぁかっさばいたろかあっ!」
「シノっちいてまえ! おっぱいでシバいてもたれ!」
おほ。啖呵を切ったぞ。……やるのう。
ニンマと青大将相手に一歩も引かぬか。しかし聞けば病み上がりの身。むう…、合図を出すか………。
「青大将、このシノを名乗る偽者を絞め殺せ。これは主さまの眷属を騙る、哀れで穢れた化け物よ!」
「捕り抑えなさい」
蜘蛛の命令と同時にぼさぼさ頭の影が、疾風と化して門から飛び出す。
何じゃ? 速い。
「魔力、気、骨、肉!」
ハガタか。
鬼の娘が目にも留まらぬ速さでシノの前に出るや否や、迫る青大将を薙ぎ払う。
鋭い音がして青いラミアがもんどり打つ。目を斬ったか。上出来よ。
「おいらはハガタ! 庭で暴れる者は蛇とて容赦しない! 近寄れば斬る!」
ほほう。庭を守るという態でハガタを立てたか。庭を守ろうとする鬼を守る構図じゃな。これだと大義名分が通る。助け船も出せるというもの。
「すご………。ハガっちやるやん」
「どれ、よっこいしょ…」
呆気に取られた顔をしておるなニンマ。青大将たちも二の足を踏んでおる。
渋々出て来た演技をしつつ、際どい距離まで近づく。
「久しいのぅ……、蝮のニンマ。見ればこのシノを偽者と疑っておる様子じゃが、こやつは間違いなくシノよ。よその縄張りで謂れ無い殺生をするは御法度ぞ」
「西の狒々かえ、お久しゅう。よその内輪揉めに口を出すのも御法度ではなかったかえ? これが本物のシノだとしても、長に歯向かう者は粛清せねば一族に示しがつかんよ………」
「ぬしが蛇の長であるとは初耳じゃの。シノよ。ニンマが長か?」
「蝮は長ではありんせん。一族の長はお白さまでありんす。そん蝮の口から出るは奸計と戯言ばかり」
蝮は長く深い溜息を吐くと、半分閉じたような虚ろな目で周囲を見渡す。
「はー………そうか。はー………なるほど。あい、分かった分かった」
緊張が走る。…まずいの。凍てつくような冷たい魔力が足元を這うとる。
「ようは、鬼も、猿も、蜘蛛も、みーんなみんな、妾の敵だという事かい。おい、お前、汚い鬼。ハガタといったかえ? 人間共を今日までで最も殺したのは誰か。言うてみよ」
ハガタが槍を構える。気圧されて震えておるな。これはいかん。
「お前みたいな餓鬼は、テフント族も知らぬであろ? あの穢らわしい犬ッコロを森から追い払うたのは誰か。言うてみよ」
こらまずい…。青大将たちも腰を低く構え始めた。本気じゃ。
ニンマの内在する魔力がパンパンに膨れ上がっとる。限界じゃ、出合え!
「キエエエエエエエエエエ………!」
久しぶりの咆哮に喉が痛む。
潜んでいた猿たちの魔力が解放されて森が震えた。その瞬間、金切り声にも似た甲高い音と共に、凄まじい烈風が耳を劈く。
挙父の投擲による狙撃よ。
拳ひとつより小さな礫ではあるが、その速さは尋常ではない。魔力でどろどろに熱を帯びた石礫は、万物を打ち砕く灼熱の矢と化し、仁王立ちするニンマの横っ腹を貫いた。
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