勇者チャナ・カーン
※チャナ・カーン視点
うーわ、懐かしいねナインチェ。
田舎っていいよねっ、癒されるぜ! あれ? けっこう露店ある。お祭りかな?
「チャナ。馬車から顔を出すな」
「かったい事言うなよー、ザック。おっイイ匂い! あれオコノミヤキじゃね?」
ナインチェットはさ、確か稀人が築いた国なんだよね。だからあんな風に面白い食べ物とかがあるんだ。カイヤナの貴族はああいうの嫌うけどさー、ボクはおいしかったら何でもいい! オコノミヤキもめちゃくちゃ大好きなんだよねっ!
「買い食いしようぜ! ザック!」
「だめだ。もうすぐ着くんだから大人しくしていろ」
ちぇ、つまんな…。お、でっけー門! ゲージュツだねぇ。いいねナインチェ。老後はこの国に住んじゃうのもアリだなー。建物もカラフルでかわいいし、田舎のくせにお店いっぱいあるし!
老後で思い出したけど、怖ーいお婆ちゃんに会うんだっけ………、確か名前は…。
「ベルベルだ!」
「失礼な。アナベル・ベル様だ」
「ベルベルだけで分かっちゃったザックもたいがい失礼じゃね?」
「もう黙っていろ………。お前といると心底疲れるんだよ」
うわー。お出迎えの兵士かな? めっちゃいるじゃん。カッコいいマント!
あー、魔法兵団か。魔法兵団って名前がすでにカッコいいよね。とくに『兵団』ってとこ。ヘイ、ダーン! みたいな。
「元気ですかーっ! 魔法ヘイ、ダーン!」
「よせ…、アホだと思われるぞ」
宮殿の広場にずらーっと並んだマントの奥から、ちょっとだけ豪華な赤マントのお婆ちゃんが出て来た。あれがベルベルだね。絶対そーでしょ。
ここはボクもカッコよきとこを見せなくちゃいけないっ! 馬車からヒラァーッと降りてスバァーッとポーズを決める!
「ボクはユーシャ…。カイヤナの秘密兵器…。チャナ・カーン…」
「………………」
「ボクは、チャナ…・カーン…」
「………………」
「ボクは、チャナ」
「……ようこそ御出なさいました。チャナ・カーン様。お初に御目見得致します。わたくしがナインチェット宮廷顧問の、アナベル・ベルにございます」
「こちらこそ御目にかかれて光栄でございます、アナベル・ベル様。私はカイヤナ王国シンバリ騎士団所属、近衛十士のひとり。ザック・エモンと申します」
「あら、貴方が近衛十士のザック・エモン様…。お噂は予々。聞けば最近カイヤナ王家の剣術指南役にお就きになられたとか………」
「名ばかりの指南役。ただ我が君の御慈悲に甘えておる次第。剣しか振れぬ無骨者でありますゆえ…」
か、勝手に大人の会話が進んでるっ! ボクはこのポーズをいつ解除すればいいのっ?
「ちょっとザック! 何言ってるかぜんぜん分かんないぞっ!」
「そうねぇ。わたくしも実は堅苦しいのは苦手なんですー。チャナ様もこんな感じですし、お互い気楽にお話しましょうか」
「正直助かります………」
「ラクが一番!」
なんだっ。めっちゃいいやつじゃんベルベル!
※ザック視点
オデ牛という不格好な生き物がいる。地域によってはホデ、あるいは訛ってホメとも言う。曲がりくねった大きな角を持ち、ぎりぎり人が乗れる位の小型で鈍足な牛だ。
ナインチェットではこれを重要な家畜として重宝している。
山岳の多いナインチェの風土に良く合い、その辺の草でも食べさせておけば手もかからず、調教すれば荷運びや農業の助けにもなる。
生きようが死のうが、乳も飲めるし肉も美味い。骨スープなんかもけっこうイケる。頑丈な角や蹄、滑らかな皮も素材としての利用価値が高く、頭の先から尾の先まで余すことなく金になる牛だ。
オデの子一頭でおおよそ金貨一枚はする。これが高いか安いかは考え方次第だ。その後の利用価値を考えれば………………。
…って何の話だ。
そう。チャナがさっきからそのオデと戯れている。栗毛の愛らしい仔牛だ。
オープンテラスとはいえ、宮殿の庭で放し飼いにするとはなかなかの庭師泣かせである。
「元気なユーシャ様ですねー」
「アダム様がお亡くなりになるまでサンステックで育ったものですから……。作法を教える時間がなかったのです。本当にお恥ずかしい………」
「いいのですよー。勇者の力さえあればそれで」
今はっきりと『勇者』と口にしたな。この時代、ユーシャの本当の意味を知る者は少ない。
帝国の赤の賢者。ナインチェットの狂気。
おどろおどろしい数多の異名を持つ魔女、アナベル・ベル。
今は全くその脅威を感じられないが、それが逆に怖ろしい。
綺麗に結い上げられた銀髪の後れ毛を指先で弄びながら、まるでただの世間話のように訊いてくる。
「彼女。『アベルの聖剣』は使えるのですかー?」
「………よく、ご存じで。真に『勇者』である。とお答えしておきましょう」
「それなら安心しましたー」
魔導の深淵を覘いた者……。この御仁が齢数百であるという噂も、もしかしたら本当なのかもしれない。
テーブルでただ冷めてゆく濁った紅茶が、次第に血の色へと染まってゆく錯覚を覚える。
何を企んでるにせよ『勇者』の力を欲するならば手を貸してやる。だがカイヤナの決戦兵器は決して安くはないぞ。
「帝都に囚われたカイタリの解放。それが条件です」
「あの獣人たちですね。帝国奴隷市場には顔が効くんですよー。帝国にいる全てのテフント族を解放しましょうね。死体も含めて」
本気で言っているのか?
帝国の捕虜となったカイタリの解放は、二つ返事で了承できるほど簡単ではないはずだ。何よりその恐怖を覚えている帝国騎士の気が済まないだろう。それをこの魔女はあっさりと………。
真っ直ぐにアナベル・ベルの目を見つめて問う。
「で、私たちは何をすれば……?」
老婆の白く乾いた唇に、蛇のように赤い舌が這う。
「ちょっと遊びに行くだけですよ。すぐそこの死の森へ、物見遊山にでも………」
「あ…っ、ごめん! やっちゃった!」
慌てる声に振り向くと、チャナが仔牛の頭蓋を角ごと握り潰してしまっていた。
………どうしてそうなった。




