温泉②
「はぁ………。良い湯だ………………」
湯温は四十度あるなしかな。癖がなく柔らかな肌触り、そして鼻につく刺激臭もない。アルカリ性単純温泉ってやつかね………。玉肌になっちゃいそう。
源泉は、少し離れた位置にあるフジツボに似た謎の穴から湧き出ており、溢れたお湯がこの直径十メートル程のすり鉢状のスペースへ流れ込み、これを浴槽としている。湯舟は例の芋虫の白いので固められていて見目好く、これが日本なら確実に人気を博すであろう立派な温泉だ。
「えっ? あの鬼の子、名前もろたん?」
「じゃろ。さっきからハガタハガタ言うとるの。これは遅れをとったのう金翅鳥。ほっほっほっ」
湯船の縁の岩に座り足湯を愉しむ狒々が笑う。
ハーピーは羽を濡らしたくないのか、翼を広げ、バンザイの姿勢で湯に浸かっている。そのポーズ辛くない?
「ええし。別に。ウチもう順番とかどうでもええし。焦るんはやめたねん。心臓がもたんわ」
テイムと名付けのシステムがますます分からなくなってるな………。
実験的に試行錯誤を繰り返すべきだと思うが、こればかりは魔物の将来が懸かっているので慎重にならざるを得ない。
「感服いたしました………。サンカ様」
背後から唐突に声がする。振り向くとすぐ近くに全裸の女将さんの脳天、そしてその真下に、重力に抗えず形を崩した胸が目に飛び込んでくる。
「や、やめて! 風呂場で裸で土下座しないで!」
くっそやっぱりエロいなこの女…。じりじりと後退するように湯船を移動する。俺の邪神が今、邪神と化しているのを誰にも知られたくない。
「今日のこの体たらくは全て私の責。お恥ずかしい限りでございます……」
これ以上ない恥ずかしい格好で何を言っているんだこの女は………。
「恥ずかしいなら隠そうよ! タオルか何かないの?」
まずい、狂暴化する邪神を抑えきれない。俺はまだノクターンには飛ばされたくないんだ。
天の助けか、フジツボの向こうからハガタが歩いてくる。
「歯形………。いえ、ハガタ」
よし、女将さんが反応しているぞ。このスケベお姉さんはハガタに…、なっ! なんだと? こちらに歩いてくるハガタが、俺の想像以上にスケベだ! 若さゆえか、張りのある乳房にくびれたウエスト。鍛えられた肉体が醸し出す健康美。顔がやや残念なだけに余計にエロい! このままではエロとエロによる強力な挟み撃ちにあってしまう!
「あ、…女将さん」
ぎりぎり難を逃れた……。二体のスケベがくっちゃべってるうちに距離を置く。
フジツボまで辿り着くと、この謎の源泉吹き出し口を観察して気を紛らわす。
しかし一体何なんだこの穴は………。見れば見るほどキモい穴じゃないか。
邪神がみるみる小さくなる。
いやちょっと待て、本気で気持ち悪いぞ………。穴はそこそこ大きく二十センチ位はある。穴の周囲には薄い桃色の、ぶつぶつとしたホヤを思わせる肉腫のようなものが蠢いている。生き物なはずは決してないのだが、生々しい生命力のような何かがひしひしと伝わってくる。本当にキモい! 見なければよかった!
「サンカさま?」
「あ………」
ああ、コトだ。助かった。何故だか分からないけど君の姿を見ると安心するよ………。
彼女の小さな白い手を握る。フジツボの近くでフリーズしていたのを引き上げてもらう。
「その穴には近寄らないほうがいいですよ?」
「え? なんで?」
「その、男性………が………、たまに吸い込まれるので」
「吸い込まれる?」
「はい。ぬぽっと…。こう………」
コトが手をキツネの形にして、パクっと食べるみたいなジェスチャーをする。
え? やだ聞きたくない。それ以上言わないで。
………色々しんどくなってきたのでさくっと話題を変える。
「結局鬼の庭のボス…、って言うかリーダー。長は誰なの?」
「あの女将さんがそうですね」
そうなん? へえ。女性が長なのか。ってか適当に女将さんぽいから女将さんと呼んでたが、ちゃんと女将さんだったのね。
「そっか」
「あと鬼の戦士は少ないですね。この集落で十人いるかいないか………」
「そんなに少ないの?」
「百年ほど前から鬼族は年々弱体化してます。モノに囚われてしまっているので。これもまた生態系の狂いのひとつです。ですのでハガタは、鬼族では稀に見る強い戦士と言って良いでしょう」
んん…。嬉しいような嬉しくないような誤算だな。鬼のおっさんが強そうだったから、正直期待してたんだけどな。
弱体化する反面、文化が異常発達した訳か。だが衣食住の充実は率直に助かる。ハガタだけを引き抜き、残りの戦士は庭の護衛に充てたいな。
問題はここが東の森で、ナインチェットから遠くない位置にあるという事実だ。本音を言えば、この東の森にある程度の戦力を集めたかったのだが………。
まあしかしものは考えようだ。他種族から戦士を呼んで滞在させたりするのに、ここは拠点としてかなり役に立つ。いや、もう拠点にしてしまおう。ここをベースとして、ナインチェット側の第一防衛ラインを築くんだ。
「ちなみに種族単位で強い順に挙げるとどんな序列かな?」
「鬼は除外しますね。頭数を含めた攻撃力で挙げれば、狒々・蛇・蜘蛛・金翅鳥・大型の魔物」
「えっ…、狒々そんな強いの?」
「数が尋常ではありません。巨大化できる猿もいますし………。総攻撃を受ければいかなる種族も勝てないでしょう」
巨大化って………。
「なるほど…。意外だわ………」
「防御力で挙げれば、蜘蛛・蛇・狒々・小型の魔物・金翅鳥」
蜘蛛は防御特化、ハーピーは攻撃特化か。飛べるしね、納得。攻守共に常に二位にいる蛇族がバランス良いな。はっきり強いと言えるポジションだ。大型の魔物、小型の魔物で括られてる少数派も気にはなる。
「使い勝手も大事なので。サンカさま。蛇族には注意してください」
「どうして?」
「腐ってます。シノは大丈夫ですが、彼女以外は決して信用してはなりません」
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