男の密談
「駆け引きは嫌いだから、単刀直入に言うよ。俺は人間の事を知りたい。この世界の人間に関する全てが知りたいんだ。だけどそれだとキリがないから、今は幾つかの質問に答えてくれるだけでいいよ」
「質疑応答ですね……。しかしどこまで話していいものかも分かりませんし……」
ちらりとベムラー君の顔色を窺うバルテル君。
「そうだな……。でもいいんじゃないか? オレたちはどうせ捕虜だし、嘘も通じない相手なら口を割らずにいる手立てもないしな」
「そうですね。重要な国家機密がある訳でもなし………」
俺たちは東屋と呼ぶには少々立派な、高床式木造建築の茶室で会談をする運びとなった。
室内には木の香りが漂い、クオリティの高い座椅子も心地良く、窓際の生け花がちょっとしたオシャレ空間を演出していた。
コトとシノとハーピーの全裸組は、同席するには嵩が高いと、仲良く連れ立ってどこかへ消えた。あっちはあっちで乙女の秘密会議があるそうだ。
ここにいるのは手前に俺と鬼の少女。そして向かいには人間三人という構図だ。
なぜこの少女が会談に参加しているのかは謎だ。ここにいなければならない理由は特になく、ただ退席するタイミングを失っただけなのかもしれない。小さな唇がひくひく震えて目が泳いでいる。
「まず君たちの所属と、そこに於ける立場や経緯も含めて、なぜこの森に来たのかを教えてほしい」
「はい。私とバルテルが所属するのは、この森に隣接しているナインチェット国の魔法兵団です。ナインチェット国はナインチェとも呼ばれ、もともと小国で、大陸に覇を唱えるウラン帝国の従属国というのが現状ですね」
「そしてナインチェは実質、帝国のコマンチ辺境伯の支配下にある。オレは立場的には辺境伯配下の帝国軍人です。まあ出身はナインチェで、マルコとは幼馴染ですが………」
「なるほど」
「この死の森は………、失礼」
「いいよベムラー君。包み隠さず頼むよ」
「ここは、その…、死の森と呼ばれていまして。古来から立ち入り禁止の禁断領域なんです。ナインチェ側は強く反対したのですが、帝国の強い要望により、この度二十名からなる調査隊が編成されました。それが我々、処女峰森林調査隊です」
「なるほど。帝国の命令で、属国であるナインチェットの君たちが禁断領域の調査に来た。という感じかな?」
「概ねその通りですな」
分かる話だ。怖ろしい魔物が闊歩していようが、ここは資源豊かな原始の森だ。人間としてはどうにか俺たちを駆逐して、新たな領土を開拓したいというのが本音だろう。
簡単に負けてやるつもりは毛頭ないが、勇者に来られるとちょっとまずい。
「………勇者が属しているのはそのウラン帝国かな?」
ここでお酒が運ばれて来た。数人の女性の鬼たちが、趣のある御膳台をそれぞれの手前に配置する。御膳台には、芋の煮ものと山菜の漬物っぽい料理が小鉢で並べられており、つまみやすいよう楊枝が刺してある。
和食を思わせる見た目に心が躍る。これは酒のあてかな?
わくわくしていると、白くなめらかな椀型土器が配置され、美しい琥珀色のお酒がとくとくと注がれた。
「鬼の庭謹製の混合酒です。竜舌酒八分に対して蜂蜜酒二分、そこに柑橘の果実を絞り合わせたお酒でございます。少々酒精が際立ってございますので、ごゆるりとご賞味ください」
カクテルか。いいじゃない。きついと言ってもまあ大丈夫だ。さすがに蒸留酒はないだろうからね。
鬼の少女が、俺の脇でいよいよ困り果てた様子だ。場慣れしてないんだろうな。そして逃げるに逃げられない。可愛いから置いておこう。華は大事だ。
「とりあえずお疲れ様、乾杯」
「「「乾杯」」」
「かっ…、乾杯」
乾杯文化があって良かった。ここですべるとなかなかきつい。
「美味い!」
「ほう、これはなかなかイケますな…」
「それはユーシャの事でしょうか? カイヤナ王国の………」
「ん? マルコ君、何だって?」
「『ユーシャ』です。ナインチェの隣国であるカイヤナ王国が、決戦兵器と称して強化人間を育成しているんです」
強化人間………。物騒な響きだな。でもあれから五百年経ってる訳だし、勇者が形骸化していても何もおかしくはない。
「強化人間ってどんなだろう?」
「そのままです。身体能力や魔力が特別強化された、兵器扱いの兵士ですね」
「今のユーシャはアダム・カーンだよな?」
「ベムラー隊長、アダム・カーンは先の王政復古戦争で戦死しましたよ? えっ…と、今代は確か娘のチャナ・カーンですね」
「王政復古戦争?」
「三年くらい前に終結したカイヤナ王国の独立戦争ですね。カイヤナ王国も長らく帝国の属国でしたが、正統カイヤナ王女を掲げて独立に成功したんですよ。いや、本気で美味いなこの酒!」
確かにうまい。うまいがその辺をもっと聞きたいぞ、ベムラー君。
「代継ぎしてるみたいだけど、ユーシャって常に一人? 世襲制? 強い?」
「そりゃあ強いっすね。強すぎて兵器扱いですから。世襲制かどうかは知りませんが、初代ユーシャのアベル・カーンからカーンの名は引き継いでますな。基本的に一時代に一人、なんて言われてます。寿命もやたらと長いんですよ」
「帝国と戦争して勝っちゃいましたからね……。芋おいちぃ」
「まってまって、ちょっとまって。初代の名前をもう一度………」
「アベル・カーン。カイヤナ王国建国の立役者ですね。もう五百年も昔の歴史上の人物ですな」
間違いない! 俺を殺した勇者だよ! カイヤナ王国怖えよっ! やっべえマジどうするよ………、勇者だけが目の上のタンコブだわ…。
「カイヤナ王国が強いのはユーシャだけの力ではないですよ。あの国にはカイタリがいる」
「カイタリ……?」
「はい。獣人による特殊部隊です。アズロマ高原の大虐殺は語り草ですね。わずか三十人足らずの獣人兵が、帝国兵千人を一晩で皆殺しにしたんですよ」
ひえええ……! こっわ! カイヤナ王国こっわ! さらっと言うなよマルコ君。
ん…? そういやコトの記憶にも獣人がいたな。犬の死骸から生まれた呪われた種族。確か………………。
「確か、テフント族。だったか」
「ああ、そうです。よくご存じで。カイタリは、テフント族という獣人の奴隷兵士です」




