考えるな、感じろ。
やばい光を浴びて半日が過ぎた。
俺は未だにここがどこだか分からない。
言ってみれば森なんだが、森なのか?
なんとも言えない。
生息している植物や生物が、まあ俺の知っているものと違うんだな。
あそこに群生しているのはオオバコに見えるが、多分違う。俺の知っているオオバコは絶対に1メートルも育たない。あのおかしな色の葉の下にカエルを置いたとしても、元気になるどころか別の生き物になりそうだ。
ここにある木は竜血樹に見えなくもない。見えなくもないがやっぱり違う。そもそもしっとりと垂れている樹液がハワイアンブルーだ。トロピカルソースにやばい虫が集っている。虫のデザインも前衛的だ。
目覚めてから俺はずっと、この青いドラセナ属であろう木の下にいる。
訳の分からない場所をうろつきたくなかったのもあるが、心と思考を整えつつ、まずは観察に徹したかったからだ。
右も左もファンタジーな森で、始めるべきサバイバルの第一歩とは何だろうか?
それは多分火起こしでも水探しでもなく、ただそこにじっとしている事だと悟りに至る。様子見の一択だ。
俺はなんとなくだが察していた。きっとあの光が、俺をこの不思議な世界へ連れて来たのだろう。これは所謂異世界転移というやつかもしれない。簡潔にそう信じることにした。
これを人は現実逃避とも言う。
幸いサコッシュとボストンバッグを持ったまま俺は転移できたみたいだ。この二つの鞄は、これからの生活における重要な生命線となるだろう。
改めて確認しておく。
まずは肩掛けの小さなサコッシュ。財布やカード類に印鑑、小さなメモ帳にボールペン、ハンカチとティッシュ。
そしてスマホ。充電器はない。もちろんスマホのアンテナは×だ。電池残量53%…。節電のためオフにし、ジーンズのポケットに捻じ込む。
それと嬉しかったのが、鎮痛剤二錠とLEDペンライト。これはありがたい。
次に二十リットルのボストンバッグ。
このボストンバッグは常に車に積んでいて、犬を連れた日帰りの遠出とかで活躍していた。キャンプとまでは言えないものの、軽いピクニックセットと呼べるアイテムが詰まっているはずだが………やけに重いな。
重さの原因はこのハードケースか……。中身は腕時計だ。十本ぎっちり収納されている。
そう、告白すると俺は時計愛好家だ。機械式腕時計が特に大好物で、長い年数をかけてコツコツと相当な数をコレクションしている。外出の際こうして意味もなく持ち歩いたりするくらいには変態だ。だって寂しいじゃないか。一本しか身に着けられないんだから。
時計を眺めてしばしニヨニヨする。大切なのは実用性ばかりではない。心のケアを鑑みれば、これらがあるのとないのとでは天と地の差がある。
爪切りと点火棒が出てきた。爪切りは犬用で役不足だが、点火棒に文句はない。
レジャーシートにバスタオル。使いかけのウェットティッシュ。からし色の軍手と耐熱グローブ。そして犬用のエチケット袋か……。俺自身がお世話になりそうだな。
おお、食料もあるぞ。味の違うプロテインバーが二本、ペットボトルのお茶と缶コーヒーが一本ずつ。いつから入ってたんだこれ………。まあ賞味期限などもはやどうでもいい。十二分に恵まれた装備だ。
プロテインバーを咥えつつレジャーシートを引っ張り出すと、ポロリとナイフが落ちてきた。一瞬ヒヤッとする。こういう刃物を理由もなく持ち歩くとダメなんだぞ。これは……その、えーっとアレだ。研ぎに出そうと思っていたんだ。そうだ。理由はある。
携帯枕も出てきたので、フンフン息を吹いてふくらませる。
神聖なる荷物チェックの儀式も終わり、缶コーヒーを一気に呷って、あとは横になるだけだ。
夜になっても気温が大して下がらなかったのは僥倖だった。
植物の雰囲気からして、ここは南国かもしれないな。空気もいいし、案外と住みやすい土地なのかもしれない。などと能天気な思考を泳がせつつ寝返りを打てば、肩にかけたバスタオルからふわりと妻の香りがした。
グッと胸に苦しいものが込み上げるのを抑える。
とりあえず寝て、起きてから泣こう………。
さて。
快適でもなかったが、不快とも言い切れない一夜を明かして、森の中を歩く。
歩きながら決心したことが二つある。
ひとつは家族を思い出さないこと。このどうしようもない今の状況下で、残してきた妻やペットを想うのは危険だ。メンタルが危うい。どうにか記憶の奥底に封印するよう努める。
もうひとつは、あのやばい巨大ロボットについても何も考えないことだ。考えたところでどうせ何も分からないだろうし、出口のない分析は結果としてストレスにしかならない。
重要なのは今を生きることだ。
迷いを捨てて、これからのサバイバルに全神経を集中するんだ。
生きてさえいればきっとどうにかなる!
考えるな、感じろ。